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第一章 竜の国
27.探していた女
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新婚のケティアとケビンの家の暖炉前に四人の男女が座っている。
「俺は国を裏切るわけにはいかない。命じられた通りに動く。ラーシア、君が正式に生贄に選ばれてしまったら、俺は……君を助けられない」
最初にデレクは自分の立場を明確にした。
「確かに感情的な騎士じゃ頼りないね。冷酷な決断を下すことも必要だ。数百人の命がかかっているとなればその決断には重い責任が伴う。数百人を見殺しにした罪悪感に苦しむか、あるいはたった一人を救えなかった罪悪感に苦しむか。
どちらか選ぶとしたら犠牲者は少ない方が、仕方がなかったと思うことが出来るだろうね」
他人事のようにラーシアは言って、不機嫌な顔をしているケティアに目を向けた。
「ケティアは、もし生贄を逃れることが出来るなら、生贄に与えられる権利は全部放棄することになるけど構わない?」
ケビンに渡された大金がまだ床の片隅に置かれている。
ケティアはケビンがそちらにちらりと視線を走らせたのを確認し、悔しそうに俯いた。
「お金をもらったって、死んだら使えないじゃない。私が死んだあと、ケビンは他の人と結婚して子供を作る。その時使われるのは私の命で手に入れたお金よ。
私が死んだおかげで手に入れたお金で、他の女と幸せになるなんて、絶対に許せない。ケビンにだけはお金は渡さない!だって、ケビンと生きて幸せになるのは私だけのはずよ」
身勝手に思えるが、そうではない。ただ、好きな人と結婚して幸せになりたいと望む女の正直な言葉だ。
誰かのために、自分の幸福を売るなんて間違っている。
「俺は……デレクよりちょっと良い思いがしたかっただけだ……」
話し出したのはケビンだった。
「村の青年団の訓練ではデレクにいつも負けていた。村長の息子が負けるなんて腹の虫がおさまらなかった。村を守るのは俺だ。俺が一番強くないといけない。だから、デレクの付き合っているケティアに手を出した。デレクを欺いて少し気分を良くしていただけだ……」
ケティアは信じられないと、唇を震わせた。
ケビンがケティアを誘惑したのは、ケティアへの純粋な好意ではなかったのだ。
「そんなの……酷い……」
「お前だって、決まった相手がいるのに俺に簡単に尻尾を振っただろう!」
ケビンが蒸し返す。
「それは、だってデレクが、はっきり言ってくれないから不安になって……こんな田舎で結婚できなかったら、もう一生貰い手がなくなる。ケビンはデレクと違う。ちゃんと言葉で言って、安心させてくれた。その安心を誰にも奪われたくなかった。あなたに惹かれたのは本当よ!」
女にとっては切実な問題だ。
しかし残念ながら、相手がいる女に声をかけてくる大抵の男の言葉は罠のようなものだ。
結婚に焦る女はそんな言葉にあっさりすがってしまうのだ。
それは曖昧な態度を続けたデレクにも責任がある。
「それは俺も悪かったと思う。約束は出来なかった。騎士になれるとは思っていなかった。夢だけで約束は出来ない。だから、ケティアが幸せになるなら、振られても仕方がないと思っていた。あの時、ちゃんと別れることもせず、約束もしなかったこと、申し訳なかった」
互いに無一文でも手を取り合って生きていこうと思える覚悟を抱けなかったのだ。
デレクはケティアに軽く頭を下げてから、ラーシアの方を向いた。
「今はラーシア、君が好きだ。ずるくて、卑怯で、都合が良い事ばかり考える俺を真っすぐに見てくれる君に出来るだけ誠実でいたいと思っている。だから……」
「じゃあさ、とりあえず、ケティアは生贄の立場を私に譲ることに異論はないわけだ」
ラーシアはあっさり話しを戻した。
後ろに手を付き、くつろいだ様子で全員の顔を見回す。
「さて、じゃあそろそろ上の意見を聞いてみた方がいいね」
その言葉が合図であったかのように扉が鳴った。
「デレク、交代しよう」
扉の外から聞こえてきたのは、ヒューの声ではなかった。
デレクが急いで扉に駆け寄り、ラーシアを振り返る。
「ラーシア!裏口から……」
この期に及んで、デレクはラーシアを逃がそうとした。
その声が誰のものかデレクにはわかっていた。
もしラーシアが見つかれば、本当にラーシアが生贄になる話が動き出す。
「開けてよ。デレク」
ラーシアは容赦なく促した。思念の読めるラーシアは、扉の向こうに誰がいるのかわかっているのだ。
不敵な笑みを浮かべ、ラーシアは堂々とした態度を崩さない。
覚悟を決め、デレクは扉を開けた。
顔を出したのは今朝到着したばかりの、第二騎士団のラドンだった。
精悍な顔立ちのデレクとはまた違う、貴族らしい端正な顔立ちで、王城勤務に相応しい美しい装備で固めている。
見たこともない立派ないでたちの騎士の登場に、ケティアとケビンは驚愕して言葉を失う。
村を離れたことのない二人は、貴族の姿さえ見たことがない。
とにかく身分の高い人なのだと思い、二人は無意識に手を取り合い、震えながら頭を下げた。
ラーシアが悠然と立ちあがり、デレクの後ろから手を差し出した。
「初めまして。私は南の島から観光に来ているラーシア。生贄をケティアと代わりたい話は聞いている?本人からは了承を得た」
国中の騎士が探しているラーシアが、突然目の前に現れたというのに、ラドンは冷静さを欠くことなく、表向きは穏やかにラーシアを見返す。ラーシアは何かを察したようにさっと手を引いた。
「君がラーシア?どこから現れたのかな……今も国中の騎士が君を探している」
「もう探す必要はないね。デレクとここで合流する約束をしていたことは聞いていなかったのか?ここで待ってくれていれば良かったのに。今、話が出来るかな?」
ラーシアを見据えたまま、ラドンが耳の通信具に指をかけた。
「ラーシアを確保。ルト村にて、デレクと接触中のところを発見」
誰かに報告を始めたラドンの返答を全員が待つ。
返事は聞こえなかったが、ラドンの耳には届いたようだった。
ラドンの指が通信具から離れた。
「ラーシア、君に逃げる意思がないと信じていいのかな?」
「もちろん。デレクの首をかけてもいいよ」
「おいっ!」
突然名前を出され、デレクが声をあげた。
「だって、この人、どうやっても私を信じる気がないからね。君の首ぐらいはかけないと」
「俺を安売りしてくれるな」
「それだけ本気だっていうことだよ。君を死なせるわけがないだろう?ラルフとは何度も寝たけど、好きなのはデレクだけだ」
さりげない殺し文句に顔を赤くしたデレクは、熱い目でラーシアを見つめる。
ラーシアはくすくす笑いながら、暖炉の前に戻った。
「俺を好きなのか?」
ラドンの前だというのに、デレクはすぐに感情に流される。
「まぁ嫌いじゃないよ。でも、別れたままでいよう。私は生贄になるし、もしうまくいって助かっても、国に帰る。君はこの国で可愛い女の子を見つけてすぐに私のことは忘れる。間違えて他の女の子を抱いている時に私の名前を呼ぶなよ」
過去の失態を蒸し返され、デレクは鼻の穴を広げて悔しそうな顔をした。
それを見てラーシアはまた楽しそうに笑う。
親し気に言葉のやりとりをする二人をラドンは冷静に観察した。
「デレク、外の天幕で彼女を監視する。お前はここを見張れ。上から命令の変更指示があるまで生贄はケティアだ。そのように準備を進める。ラーシア、お前は俺と来い。生贄になりたいなら、その機会はくるだろう」
ラーシアは大人しく立ち上がった。
扉に向かうラーシアの腕を、デレクが掴み抱き寄せた。
「ラーシア……」
「デレク、君を第二のラルフにしたくない。やめてくれ」
抑えた鋭い声でラーシアは言って、強い力でデレクの手を振り払った。
そのままデレクの横をすり抜け、扉の外で待つラドンの方へ向かう。
二人が外に出ると扉が閉まった。
嵐のように飛び込んできたラーシアが消えると、部屋は静まり返った。
呆然と見送ったデレクは、いつも通り扉の前で剣を抱いて座り込む。
ケビンとケティアも、なんとなく抱き合い、いつものように毛布の中にくるまった。
「ケビン……ごめんなさい……」
呟いたケティアをケビンは優しく抱きしめた。
小屋を出たラドンはラーシアを連れ、今日建てたばかりの遮断の呪文が宿る特殊な天幕に向かった。
星空のように模様が浮かび上がるその天幕を見て、ラーシアは感嘆の声をあげた。
「へぇ。なるほど。これは発明品だね」
気味のわるいものを見るように、ラドンが振り返る。
ラーシアは足を止めず、ラドンを追い抜くと天幕に入った。
「ここなら思念を読まれずに済むわけだ。言っても信じないと思うけど、私はそんなに頻繁に思念を読み取っているわけではないし、君たちの預言者様より力があるわけでもない。
ほとんど普通の人間と同じだよ。君が私を気味悪がっていることが少しわかるぐらいだ。ところで、名前は?」
天幕の奥に座ったラーシアの向かいにラドンが座る。
「ラドンだ。第二騎士団に所属している。口に出さなくてもわかっていると思った」
「まさか。了解もなく君の頭を深く覗くような真似はしないよ。緊急事態でもない限りね」
ラーシアは両手を後ろにつくと、何もない天幕の中を見回した。
灯りはラドンが持ってきたランタン一つだ。
「眠っていいかな?さすがにちょっと疲れていてね。さっき水を一杯しか飲んでないし」
「何か持ってこよう」
ラドンは怪しむように顔をしかめたが、黙って立ち上がった。
「ありがとう、ラドン。ここで寝て待つよ。安心して……逃げたりしないし……というか、もう寝られるなら死んでもいい……」
本当に疲れていたらしく、横になった途端、ラーシアは寝息をたてはじめた。
驚いてラドンが近づき、ラーシアの体にそっと触れた。
すっかりくつろいだ様子で微動だにしない。
ラドンはマントを脱いでラーシアにそっとかけると、音を立てないように天幕の外に出た。
「俺は国を裏切るわけにはいかない。命じられた通りに動く。ラーシア、君が正式に生贄に選ばれてしまったら、俺は……君を助けられない」
最初にデレクは自分の立場を明確にした。
「確かに感情的な騎士じゃ頼りないね。冷酷な決断を下すことも必要だ。数百人の命がかかっているとなればその決断には重い責任が伴う。数百人を見殺しにした罪悪感に苦しむか、あるいはたった一人を救えなかった罪悪感に苦しむか。
どちらか選ぶとしたら犠牲者は少ない方が、仕方がなかったと思うことが出来るだろうね」
他人事のようにラーシアは言って、不機嫌な顔をしているケティアに目を向けた。
「ケティアは、もし生贄を逃れることが出来るなら、生贄に与えられる権利は全部放棄することになるけど構わない?」
ケビンに渡された大金がまだ床の片隅に置かれている。
ケティアはケビンがそちらにちらりと視線を走らせたのを確認し、悔しそうに俯いた。
「お金をもらったって、死んだら使えないじゃない。私が死んだあと、ケビンは他の人と結婚して子供を作る。その時使われるのは私の命で手に入れたお金よ。
私が死んだおかげで手に入れたお金で、他の女と幸せになるなんて、絶対に許せない。ケビンにだけはお金は渡さない!だって、ケビンと生きて幸せになるのは私だけのはずよ」
身勝手に思えるが、そうではない。ただ、好きな人と結婚して幸せになりたいと望む女の正直な言葉だ。
誰かのために、自分の幸福を売るなんて間違っている。
「俺は……デレクよりちょっと良い思いがしたかっただけだ……」
話し出したのはケビンだった。
「村の青年団の訓練ではデレクにいつも負けていた。村長の息子が負けるなんて腹の虫がおさまらなかった。村を守るのは俺だ。俺が一番強くないといけない。だから、デレクの付き合っているケティアに手を出した。デレクを欺いて少し気分を良くしていただけだ……」
ケティアは信じられないと、唇を震わせた。
ケビンがケティアを誘惑したのは、ケティアへの純粋な好意ではなかったのだ。
「そんなの……酷い……」
「お前だって、決まった相手がいるのに俺に簡単に尻尾を振っただろう!」
ケビンが蒸し返す。
「それは、だってデレクが、はっきり言ってくれないから不安になって……こんな田舎で結婚できなかったら、もう一生貰い手がなくなる。ケビンはデレクと違う。ちゃんと言葉で言って、安心させてくれた。その安心を誰にも奪われたくなかった。あなたに惹かれたのは本当よ!」
女にとっては切実な問題だ。
しかし残念ながら、相手がいる女に声をかけてくる大抵の男の言葉は罠のようなものだ。
結婚に焦る女はそんな言葉にあっさりすがってしまうのだ。
それは曖昧な態度を続けたデレクにも責任がある。
「それは俺も悪かったと思う。約束は出来なかった。騎士になれるとは思っていなかった。夢だけで約束は出来ない。だから、ケティアが幸せになるなら、振られても仕方がないと思っていた。あの時、ちゃんと別れることもせず、約束もしなかったこと、申し訳なかった」
互いに無一文でも手を取り合って生きていこうと思える覚悟を抱けなかったのだ。
デレクはケティアに軽く頭を下げてから、ラーシアの方を向いた。
「今はラーシア、君が好きだ。ずるくて、卑怯で、都合が良い事ばかり考える俺を真っすぐに見てくれる君に出来るだけ誠実でいたいと思っている。だから……」
「じゃあさ、とりあえず、ケティアは生贄の立場を私に譲ることに異論はないわけだ」
ラーシアはあっさり話しを戻した。
後ろに手を付き、くつろいだ様子で全員の顔を見回す。
「さて、じゃあそろそろ上の意見を聞いてみた方がいいね」
その言葉が合図であったかのように扉が鳴った。
「デレク、交代しよう」
扉の外から聞こえてきたのは、ヒューの声ではなかった。
デレクが急いで扉に駆け寄り、ラーシアを振り返る。
「ラーシア!裏口から……」
この期に及んで、デレクはラーシアを逃がそうとした。
その声が誰のものかデレクにはわかっていた。
もしラーシアが見つかれば、本当にラーシアが生贄になる話が動き出す。
「開けてよ。デレク」
ラーシアは容赦なく促した。思念の読めるラーシアは、扉の向こうに誰がいるのかわかっているのだ。
不敵な笑みを浮かべ、ラーシアは堂々とした態度を崩さない。
覚悟を決め、デレクは扉を開けた。
顔を出したのは今朝到着したばかりの、第二騎士団のラドンだった。
精悍な顔立ちのデレクとはまた違う、貴族らしい端正な顔立ちで、王城勤務に相応しい美しい装備で固めている。
見たこともない立派ないでたちの騎士の登場に、ケティアとケビンは驚愕して言葉を失う。
村を離れたことのない二人は、貴族の姿さえ見たことがない。
とにかく身分の高い人なのだと思い、二人は無意識に手を取り合い、震えながら頭を下げた。
ラーシアが悠然と立ちあがり、デレクの後ろから手を差し出した。
「初めまして。私は南の島から観光に来ているラーシア。生贄をケティアと代わりたい話は聞いている?本人からは了承を得た」
国中の騎士が探しているラーシアが、突然目の前に現れたというのに、ラドンは冷静さを欠くことなく、表向きは穏やかにラーシアを見返す。ラーシアは何かを察したようにさっと手を引いた。
「君がラーシア?どこから現れたのかな……今も国中の騎士が君を探している」
「もう探す必要はないね。デレクとここで合流する約束をしていたことは聞いていなかったのか?ここで待ってくれていれば良かったのに。今、話が出来るかな?」
ラーシアを見据えたまま、ラドンが耳の通信具に指をかけた。
「ラーシアを確保。ルト村にて、デレクと接触中のところを発見」
誰かに報告を始めたラドンの返答を全員が待つ。
返事は聞こえなかったが、ラドンの耳には届いたようだった。
ラドンの指が通信具から離れた。
「ラーシア、君に逃げる意思がないと信じていいのかな?」
「もちろん。デレクの首をかけてもいいよ」
「おいっ!」
突然名前を出され、デレクが声をあげた。
「だって、この人、どうやっても私を信じる気がないからね。君の首ぐらいはかけないと」
「俺を安売りしてくれるな」
「それだけ本気だっていうことだよ。君を死なせるわけがないだろう?ラルフとは何度も寝たけど、好きなのはデレクだけだ」
さりげない殺し文句に顔を赤くしたデレクは、熱い目でラーシアを見つめる。
ラーシアはくすくす笑いながら、暖炉の前に戻った。
「俺を好きなのか?」
ラドンの前だというのに、デレクはすぐに感情に流される。
「まぁ嫌いじゃないよ。でも、別れたままでいよう。私は生贄になるし、もしうまくいって助かっても、国に帰る。君はこの国で可愛い女の子を見つけてすぐに私のことは忘れる。間違えて他の女の子を抱いている時に私の名前を呼ぶなよ」
過去の失態を蒸し返され、デレクは鼻の穴を広げて悔しそうな顔をした。
それを見てラーシアはまた楽しそうに笑う。
親し気に言葉のやりとりをする二人をラドンは冷静に観察した。
「デレク、外の天幕で彼女を監視する。お前はここを見張れ。上から命令の変更指示があるまで生贄はケティアだ。そのように準備を進める。ラーシア、お前は俺と来い。生贄になりたいなら、その機会はくるだろう」
ラーシアは大人しく立ち上がった。
扉に向かうラーシアの腕を、デレクが掴み抱き寄せた。
「ラーシア……」
「デレク、君を第二のラルフにしたくない。やめてくれ」
抑えた鋭い声でラーシアは言って、強い力でデレクの手を振り払った。
そのままデレクの横をすり抜け、扉の外で待つラドンの方へ向かう。
二人が外に出ると扉が閉まった。
嵐のように飛び込んできたラーシアが消えると、部屋は静まり返った。
呆然と見送ったデレクは、いつも通り扉の前で剣を抱いて座り込む。
ケビンとケティアも、なんとなく抱き合い、いつものように毛布の中にくるまった。
「ケビン……ごめんなさい……」
呟いたケティアをケビンは優しく抱きしめた。
小屋を出たラドンはラーシアを連れ、今日建てたばかりの遮断の呪文が宿る特殊な天幕に向かった。
星空のように模様が浮かび上がるその天幕を見て、ラーシアは感嘆の声をあげた。
「へぇ。なるほど。これは発明品だね」
気味のわるいものを見るように、ラドンが振り返る。
ラーシアは足を止めず、ラドンを追い抜くと天幕に入った。
「ここなら思念を読まれずに済むわけだ。言っても信じないと思うけど、私はそんなに頻繁に思念を読み取っているわけではないし、君たちの預言者様より力があるわけでもない。
ほとんど普通の人間と同じだよ。君が私を気味悪がっていることが少しわかるぐらいだ。ところで、名前は?」
天幕の奥に座ったラーシアの向かいにラドンが座る。
「ラドンだ。第二騎士団に所属している。口に出さなくてもわかっていると思った」
「まさか。了解もなく君の頭を深く覗くような真似はしないよ。緊急事態でもない限りね」
ラーシアは両手を後ろにつくと、何もない天幕の中を見回した。
灯りはラドンが持ってきたランタン一つだ。
「眠っていいかな?さすがにちょっと疲れていてね。さっき水を一杯しか飲んでないし」
「何か持ってこよう」
ラドンは怪しむように顔をしかめたが、黙って立ち上がった。
「ありがとう、ラドン。ここで寝て待つよ。安心して……逃げたりしないし……というか、もう寝られるなら死んでもいい……」
本当に疲れていたらしく、横になった途端、ラーシアは寝息をたてはじめた。
驚いてラドンが近づき、ラーシアの体にそっと触れた。
すっかりくつろいだ様子で微動だにしない。
ラドンはマントを脱いでラーシアにそっとかけると、音を立てないように天幕の外に出た。
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