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第一章 竜の国
25.一つの別れと英雄を迎える準備
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闇の中で、赤々とした炎が空から落ちた火のように燃えている。
一瞬、村が燃えているのかと思ったが、それは騎士達が篝火を立て、夜通し村を取り囲んでいるせいだった。
離れた岩陰からその様子を見つめていたのはラーシアとラルフだった。
「ナタ村は入れそうにないな。仕方ない、ちょっと道は険しいが山を登ってルト村を目指そう」
すぐ隣で声はするが、暗くて顔は見えない。
「ラルフ、ここからは一人で行くよ。ラルフは南に向かって。それでさ、シーアのお母さんに約束は守るって伝えて」
「ラーシア?」
まるで最期を覚悟しているかのような言葉に、ラルフはラーシアの体を抱きしめた。
「一緒に南に行こう。一緒に南の国で暮らさないか?」
二人の関係に一歩踏み込んだラルフの言葉に、ラーシアは首を横に振った。
「私はただラルフの気持ちを慰めたかっただけだ。ラルフ、私たちの時間は一瞬交わった。だけどそろそろ別々の道を行くべきだ。私には目的がある。頼むよ、私の好きにやらせてくれ」
迷いのないラーシアの言葉は、やはり一人前の戦士のようだった。
男に守られ生きていく女性のものではない。
ラルフは唾を飲み込み、自身の心に静かに向き合った。
「ラーシア、君に言葉は不要だな……。君は、俺にこの道を貫けと言うのだな?」
シーアを探すという先の見えない暗闇を歩き続けた。その願いをラーシアから引き継ぐと言われた瞬間、肩の荷が全て下りた気がした。
しかし、ラーシアは異国からきたただの観光客だ。
そんなラーシアにすべてを押し付け、この苦しい道を下りていいのか迷ってきた。
旅はまだ終わっていない。竜がどこにいるのか、シーアがどこに連れていかれたのかまだ手がかりさえ掴んでいない。生贄の山にもいつか忍び込もうと思っていた。
でも、もしこの道を諦めることが出来るなら、今度はシーアの死を受け入れ、静かに暮らしたいとも思っていた。ラーシアを愛し、ラーシアと共に生きる道も考えた。
だけど、ラーシアはその道を望んでいない。
ラーシアがラルフに望むのは、亡きシーアを愛する男であり続けることだ。
シーアの母親の住む村に行き、シーアを愛していたとシーアの母親に伝えることだ。
「シーアの母さんに必ず伝えてくれ」
きっぱりとしたラーシアの声に、ラルフはシーアを探すという道ともう一つの道を諦めた。
闇の中で聞こえるラーシアの声は揺るがない覚悟を秘めている。
彼女は自身の王なのだ。
「わかった。君が望むように南に向かう」
「ありがとう、ラルフ。長い間、お疲れ様。君を少しでも癒すことが出来たならうれしいよ」
「十分だ。ラーシア、元気で」
暗闇の中、二人は固く抱き合った。
その抱擁は誰かが誰かにすがるものではない。
別々の道を行く友のための激励だ。
「竜に会うことが、君が最も欲する道ならば、俺は応援するよ」
「ありがとう、ラルフ。大丈夫。私は決めたことはなんとしてもやり遂げる」
二人は顔を合わせたが、闇の中で何一つみえなかった。
互いに頬にふれ、それから体を離した。
ラルフはもう何も言わずに背を向け、歩き始めた。
ただ静かに足音が遠ざかる。
ラルフの頭には王国中の地理が入っている。
離れていく気配を背中に感じながら、ラーシアもルト村に向かって歩き出した。
山のふもとは朝方になると白い靄にすっぽり包まれる。
氷の粒を含んだひんやりとした空気の中、ルト村の英雄の家の裏口が開いた。
険しい顔をした逞しい騎士が空の食器を載せた盆を持って現れる。
それを待っていたのは、英雄という名の生贄を世話する村の女達だった。
一人が盆を受け取り朝靄に消えると、もう一人が水差しを差し出しながら尋ねた。
「デレク様、お湯の用意はどうしますか?」
「ああ……いや、まだいい。後で知らせる」
デレクが新しい水差しを受け取ると、手伝いの女が消え、今度はヒューが現れた。
「デレク、見張りを代わるぞ。こちらの準備はだいたい整った。屋根のあるところで寝てもいいぞ」
仮眠をとって戻ってきたヒューは、眠そうに大きな欠伸をした。
五日も経つと、ケティアも多少は落ち着き、監視は室内に一人になり、一人はもてなしの家で仮眠ができるようになった。
夜はそれでしのいだが、日中の監視はやはり村の人間の手伝いが必要だった。
先触れの仕事は生贄の監視だけではない。
第四騎士団本隊を迎える準備もしなければならない。
ユロの町の役人たちから竜の年を祝う物資が次々に届けられ、その配給もしなければならない。
英雄を出す村に相応しい外観にするため、職人たちも派遣され、壁や門の修復も続いている。
さらに村の正面の荒れ地の整地も始まっている。
英雄を乗せる馬車を飾る場所や、騎士達の野営地を建設しなければならない。
大きな天幕が届けられ、村の男達の手を借りてそれを指定の位置で組み立てる。
それらの作業の指揮をするのも先触れの役目だ。
さらに英雄を讃える祭りも始まる。
デレクはヒューとケティアの見張りを代わり、仮眠を取るため、村の入り口方面にあるもてなしの家へ向かった。
門の近くまで来た時、朝靄の中から馬車の音が聞こえてきた。
こんな早朝から何か物資が届いたのだろうかと、デレクは門に向かう。
朝靄をかきわけるように幌を被せた大きな馬車が現れた。
御者席から長身の男がひらりと飛び降りる。
どこか機敏な動きだと思った瞬間、全身を覆っていたマントが跳ね上げられ、下から立派な騎士の隊服が現れた。
驚いたデレクは急いで駆け寄った。
「第四騎士団所属、先触れのデレクです」
馬車から下りてきた騎士は握手を求めるように、片手を差し出した。
「急ぎで物を運んできた。第二騎士団所属、ラドンだ」
「第二?!」
デレクは驚いて姿勢を正した。
王の身辺を守る近衛騎士団だ。所属するすべての騎士が王騎士と呼ばれる特別な地位にある。
デレクの手を握ろうとしていたラドンは、突然かしこまって敬礼をしたデレクに気さくな笑顔を向けた。
「そんな礼儀はいらない。同じ騎士だ」
あらためて差し出された手を、デレクは二度、ズボンで手を拭いてから握った。
固く鍛えられた手でありながら、指先までも美しい。
王城に入るなら見栄えも重視されるのかとデレクは、均整の取れた美しい容姿にも目を見張る。
「大変だろう?」
ラドンの突然の問いかけに、デレクは背筋を伸ばし即答した。
「いいえ」
「先触れは神経を使う仕事だ。俺達の前では楽にしていろ。
さっそくだが、今日運んできたのは、特別な天幕だ。ちょっと来てくれ」
荷台を覗き込むと、そこには紫色の分厚い皮を張った天幕が積まれていた。
複雑な文様がぎっしりと書きこまれている。
「これは?」
「これは遮断の呪文が埋め込まれた天幕だ。思考や音を遮断する。この中でどんなに大声で叫んでも外には聞こえない」
「思考も?」
「そうだ。もし頭の中を読める人間がいたとしても、この中にいれば読まれることはない」
ラーシアのことを思い出し、デレクは顔を曇らせた。
ユロの町で生贄の入れ替わりについて報告をしたが、ラーシアの存在を王国側がどう受け取ったのか、まだわからない。
「これを建てるのにふさわしい場所を探している。人が注目しやすく、また密集しにくい場所がいい」
ラドンは誰のための物なのか説明しなかった。
ルト村出身のデレクは迷いなく答える。
「それならば村の正面より裏の方がいいと思います。
壁の外になりますが、山の登り口に広い岩棚があります。後ろが壁になっているので風除けにもなりますし、村から少し見上げる位置にありますから、距離もとれます」
ラドンはデレクに案内を頼んだ。
ちょうどケティアの監禁されている小屋の裏手であり、馬車を引いていくと、その音に気づいたヒューが裏口から顔を出した。
「デレク、何が届いた?」
淡い日差しが朝靄を溶かし、視界はだいぶ晴れていた。
デレクは走って行き、ヒューに事情を話した。
「遮断の呪文だって?!初めて見るな。ということは、それを使わないといけないような人物がくるということか。絶対ラーシア用だな」
「聞いてもいいと思うか?」
デレクの問いに、ヒューは被せ気味に否定した。
「駄目だ。第二騎士団だろう?俺達が口を出せる相手じゃない。従うだけにしておけ。お前が失敗すれば俺にもとばっちりがくる」
予想通りの返答に、デレクは肩をすくめる。
馬車が止まるのを見て、デレクが走り出す。
さすがに王騎士に天幕を組み立てさせるわけにはいかない。
「私がやります!」
ラドンは張り切る新人に、やはり親し気に笑いかけた。
「俺が組み立てるつもりで運んで来たんだ。俺もやるさ。手伝ってくれるなら有難い」
二人は力を合わせ、その不思議な天幕を組み立てた。
それはさすがに立派な造りで、多少の風では揺れたりもしなかった。
天幕は鉄の柱で支えられている。
しかもその杭の先は容易に岩の地面にめり込んだ。
「魔道具ですか?こんなに力があるとは」
「これは預言者様が開発された技術だ」
ラドンが説明した。
「預言者様は滅多に塔から出てこられないが、様々なことをそこから見ておられる。
我らを竜の脅威から守ってくださるだけではない。我らの生活を豊かにするための、助言もして下さる。
王の相談役でもあられるが、預言者様は謙虚で権力や賄賂には関心がない。
お住まいである預言者の塔で研究ばかりされているという話だ。
私は王城に勤めているが、華やかな席でもお見かけしたことがなく、本当に存在しているのだろうかと考えたこともあったが、杞憂だったな」
まさかとデレクは驚いて組み上がったテントを見上げた。
ラドンはにやりとしながらも、デレクにそれ以上教えようとはしなかった。
その夜最初の生贄の見張りはデレクだった。
一瞬、村が燃えているのかと思ったが、それは騎士達が篝火を立て、夜通し村を取り囲んでいるせいだった。
離れた岩陰からその様子を見つめていたのはラーシアとラルフだった。
「ナタ村は入れそうにないな。仕方ない、ちょっと道は険しいが山を登ってルト村を目指そう」
すぐ隣で声はするが、暗くて顔は見えない。
「ラルフ、ここからは一人で行くよ。ラルフは南に向かって。それでさ、シーアのお母さんに約束は守るって伝えて」
「ラーシア?」
まるで最期を覚悟しているかのような言葉に、ラルフはラーシアの体を抱きしめた。
「一緒に南に行こう。一緒に南の国で暮らさないか?」
二人の関係に一歩踏み込んだラルフの言葉に、ラーシアは首を横に振った。
「私はただラルフの気持ちを慰めたかっただけだ。ラルフ、私たちの時間は一瞬交わった。だけどそろそろ別々の道を行くべきだ。私には目的がある。頼むよ、私の好きにやらせてくれ」
迷いのないラーシアの言葉は、やはり一人前の戦士のようだった。
男に守られ生きていく女性のものではない。
ラルフは唾を飲み込み、自身の心に静かに向き合った。
「ラーシア、君に言葉は不要だな……。君は、俺にこの道を貫けと言うのだな?」
シーアを探すという先の見えない暗闇を歩き続けた。その願いをラーシアから引き継ぐと言われた瞬間、肩の荷が全て下りた気がした。
しかし、ラーシアは異国からきたただの観光客だ。
そんなラーシアにすべてを押し付け、この苦しい道を下りていいのか迷ってきた。
旅はまだ終わっていない。竜がどこにいるのか、シーアがどこに連れていかれたのかまだ手がかりさえ掴んでいない。生贄の山にもいつか忍び込もうと思っていた。
でも、もしこの道を諦めることが出来るなら、今度はシーアの死を受け入れ、静かに暮らしたいとも思っていた。ラーシアを愛し、ラーシアと共に生きる道も考えた。
だけど、ラーシアはその道を望んでいない。
ラーシアがラルフに望むのは、亡きシーアを愛する男であり続けることだ。
シーアの母親の住む村に行き、シーアを愛していたとシーアの母親に伝えることだ。
「シーアの母さんに必ず伝えてくれ」
きっぱりとしたラーシアの声に、ラルフはシーアを探すという道ともう一つの道を諦めた。
闇の中で聞こえるラーシアの声は揺るがない覚悟を秘めている。
彼女は自身の王なのだ。
「わかった。君が望むように南に向かう」
「ありがとう、ラルフ。長い間、お疲れ様。君を少しでも癒すことが出来たならうれしいよ」
「十分だ。ラーシア、元気で」
暗闇の中、二人は固く抱き合った。
その抱擁は誰かが誰かにすがるものではない。
別々の道を行く友のための激励だ。
「竜に会うことが、君が最も欲する道ならば、俺は応援するよ」
「ありがとう、ラルフ。大丈夫。私は決めたことはなんとしてもやり遂げる」
二人は顔を合わせたが、闇の中で何一つみえなかった。
互いに頬にふれ、それから体を離した。
ラルフはもう何も言わずに背を向け、歩き始めた。
ただ静かに足音が遠ざかる。
ラルフの頭には王国中の地理が入っている。
離れていく気配を背中に感じながら、ラーシアもルト村に向かって歩き出した。
山のふもとは朝方になると白い靄にすっぽり包まれる。
氷の粒を含んだひんやりとした空気の中、ルト村の英雄の家の裏口が開いた。
険しい顔をした逞しい騎士が空の食器を載せた盆を持って現れる。
それを待っていたのは、英雄という名の生贄を世話する村の女達だった。
一人が盆を受け取り朝靄に消えると、もう一人が水差しを差し出しながら尋ねた。
「デレク様、お湯の用意はどうしますか?」
「ああ……いや、まだいい。後で知らせる」
デレクが新しい水差しを受け取ると、手伝いの女が消え、今度はヒューが現れた。
「デレク、見張りを代わるぞ。こちらの準備はだいたい整った。屋根のあるところで寝てもいいぞ」
仮眠をとって戻ってきたヒューは、眠そうに大きな欠伸をした。
五日も経つと、ケティアも多少は落ち着き、監視は室内に一人になり、一人はもてなしの家で仮眠ができるようになった。
夜はそれでしのいだが、日中の監視はやはり村の人間の手伝いが必要だった。
先触れの仕事は生贄の監視だけではない。
第四騎士団本隊を迎える準備もしなければならない。
ユロの町の役人たちから竜の年を祝う物資が次々に届けられ、その配給もしなければならない。
英雄を出す村に相応しい外観にするため、職人たちも派遣され、壁や門の修復も続いている。
さらに村の正面の荒れ地の整地も始まっている。
英雄を乗せる馬車を飾る場所や、騎士達の野営地を建設しなければならない。
大きな天幕が届けられ、村の男達の手を借りてそれを指定の位置で組み立てる。
それらの作業の指揮をするのも先触れの役目だ。
さらに英雄を讃える祭りも始まる。
デレクはヒューとケティアの見張りを代わり、仮眠を取るため、村の入り口方面にあるもてなしの家へ向かった。
門の近くまで来た時、朝靄の中から馬車の音が聞こえてきた。
こんな早朝から何か物資が届いたのだろうかと、デレクは門に向かう。
朝靄をかきわけるように幌を被せた大きな馬車が現れた。
御者席から長身の男がひらりと飛び降りる。
どこか機敏な動きだと思った瞬間、全身を覆っていたマントが跳ね上げられ、下から立派な騎士の隊服が現れた。
驚いたデレクは急いで駆け寄った。
「第四騎士団所属、先触れのデレクです」
馬車から下りてきた騎士は握手を求めるように、片手を差し出した。
「急ぎで物を運んできた。第二騎士団所属、ラドンだ」
「第二?!」
デレクは驚いて姿勢を正した。
王の身辺を守る近衛騎士団だ。所属するすべての騎士が王騎士と呼ばれる特別な地位にある。
デレクの手を握ろうとしていたラドンは、突然かしこまって敬礼をしたデレクに気さくな笑顔を向けた。
「そんな礼儀はいらない。同じ騎士だ」
あらためて差し出された手を、デレクは二度、ズボンで手を拭いてから握った。
固く鍛えられた手でありながら、指先までも美しい。
王城に入るなら見栄えも重視されるのかとデレクは、均整の取れた美しい容姿にも目を見張る。
「大変だろう?」
ラドンの突然の問いかけに、デレクは背筋を伸ばし即答した。
「いいえ」
「先触れは神経を使う仕事だ。俺達の前では楽にしていろ。
さっそくだが、今日運んできたのは、特別な天幕だ。ちょっと来てくれ」
荷台を覗き込むと、そこには紫色の分厚い皮を張った天幕が積まれていた。
複雑な文様がぎっしりと書きこまれている。
「これは?」
「これは遮断の呪文が埋め込まれた天幕だ。思考や音を遮断する。この中でどんなに大声で叫んでも外には聞こえない」
「思考も?」
「そうだ。もし頭の中を読める人間がいたとしても、この中にいれば読まれることはない」
ラーシアのことを思い出し、デレクは顔を曇らせた。
ユロの町で生贄の入れ替わりについて報告をしたが、ラーシアの存在を王国側がどう受け取ったのか、まだわからない。
「これを建てるのにふさわしい場所を探している。人が注目しやすく、また密集しにくい場所がいい」
ラドンは誰のための物なのか説明しなかった。
ルト村出身のデレクは迷いなく答える。
「それならば村の正面より裏の方がいいと思います。
壁の外になりますが、山の登り口に広い岩棚があります。後ろが壁になっているので風除けにもなりますし、村から少し見上げる位置にありますから、距離もとれます」
ラドンはデレクに案内を頼んだ。
ちょうどケティアの監禁されている小屋の裏手であり、馬車を引いていくと、その音に気づいたヒューが裏口から顔を出した。
「デレク、何が届いた?」
淡い日差しが朝靄を溶かし、視界はだいぶ晴れていた。
デレクは走って行き、ヒューに事情を話した。
「遮断の呪文だって?!初めて見るな。ということは、それを使わないといけないような人物がくるということか。絶対ラーシア用だな」
「聞いてもいいと思うか?」
デレクの問いに、ヒューは被せ気味に否定した。
「駄目だ。第二騎士団だろう?俺達が口を出せる相手じゃない。従うだけにしておけ。お前が失敗すれば俺にもとばっちりがくる」
予想通りの返答に、デレクは肩をすくめる。
馬車が止まるのを見て、デレクが走り出す。
さすがに王騎士に天幕を組み立てさせるわけにはいかない。
「私がやります!」
ラドンは張り切る新人に、やはり親し気に笑いかけた。
「俺が組み立てるつもりで運んで来たんだ。俺もやるさ。手伝ってくれるなら有難い」
二人は力を合わせ、その不思議な天幕を組み立てた。
それはさすがに立派な造りで、多少の風では揺れたりもしなかった。
天幕は鉄の柱で支えられている。
しかもその杭の先は容易に岩の地面にめり込んだ。
「魔道具ですか?こんなに力があるとは」
「これは預言者様が開発された技術だ」
ラドンが説明した。
「預言者様は滅多に塔から出てこられないが、様々なことをそこから見ておられる。
我らを竜の脅威から守ってくださるだけではない。我らの生活を豊かにするための、助言もして下さる。
王の相談役でもあられるが、預言者様は謙虚で権力や賄賂には関心がない。
お住まいである預言者の塔で研究ばかりされているという話だ。
私は王城に勤めているが、華やかな席でもお見かけしたことがなく、本当に存在しているのだろうかと考えたこともあったが、杞憂だったな」
まさかとデレクは驚いて組み上がったテントを見上げた。
ラドンはにやりとしながらも、デレクにそれ以上教えようとはしなかった。
その夜最初の生贄の見張りはデレクだった。
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