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第一章 竜の国
23.旅路と生贄の日
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ユロからジールスの町に向かう街道はバレア国の騎士達であふれていた。
探しているのは異国の旅行者で、南の島から来た能力者だ。
地理に疎い観光客であるため、大きな街道を通るだろうと推測し、騎士達は街道沿いの町や村を訪ね歩いていた。
ところが彼らは、ラルフの存在についてはそれほど重要視していなかった。
ヒューが騎士団に手紙を出したのは、ラーシアとラルフが二人で町を出る前のことであり、生贄の入れ替わりを知った経緯、また当時、誰がその事実を知っていたのかなどの報告はしたが、ラルフのことはあまり触れなかった。
ヒューには珍しく、復讐のためラルフがアンリの妻を抱いたことに触れたくなかったのだ。
実際、生贄の入れ替わりにラルフは関与していなかった。
その結果、騎士団は南の島から来ている観光客のラーシアを探せとだけ命令を受けることになった。
ところが、ラーシアが行動を共にしているのは、この国を十年もかけて歩き通した旅慣れたラルフで、二人は王国の騎士達も知らないような小さな集落ばかりを巡りながら、ルト村を目指していた。
ジールスに近い小さな集落を出たばかりの二人は、のんびりと森の道を歩いていた。
ラーシアは、手を木漏れ日にかざし、竜花の形をした銀細工の指輪に目を輝かせた。
「すごいな。銀細工に嵌められた赤い石の加工技術は見事だな」
「さっきの村は腕の良い職人が多い。本当に良い物しか売っていない。少し質を下げれば、もっと金を稼ぐことはできるのだろうが、頑なにそれをしない」
「へぇ……。見事な品だ」
ラーシアは指から指輪を外し、ラルフに差し出した。
ラルフが首を傾ける。
「素敵だけど、私はいらないよ。シーアの家に持っていってよ」
一瞬、驚いた顔をしたラルフは、少し寂しそうに微笑みながら指輪を受け取った。
「忘れてもいいとは言わないんだな」
十年、失った愛を探し続け、疲れ果てた男はラーシアの次の言葉を待っていた。
もうシーアのことは忘れて私を好きになって欲しいとラーシアに告白されたら、ラルフは覚悟を決めるつもりだった。
しかし、体まで重ね、恋人たちのように祭りを見て回り、共に旅をしても、ラーシアはその距離までラルフを近づけようとしない。
「もう少し、シーアのことを想ってあげていてよ。シーアのお母さんに会うまではさ」
なるほどと、ラルフは頷いた。
たった一人の娘を失った母親は、娘をまだ愛している男の存在を知ればきっと喜ぶ。
だが、十年前は愛していたが、今は別の恋人がいると聞けば、母親は仕方がないとは思っても、娘は忘れられたのだと寂しく感じるだろう。
それでも、心を慰め、体を満たしてくれるラーシアにラルフは特別な気持ちを抱いていた。
ラーシアの手を取り、森の小道を進みながら、さりげなくラーシアを小さな空き地に誘導する。
抱きしめ、草の中に横たえるとその体にのしかかる。
「ラーシア……」
愛しているとは言わないが、ラーシアがラルフの求めを拒んだことはない。
優しい口づけを重ねながら、ラルフはラーシアの服をまくりあげて体を重ねた。
「あっ……」
びくりと体を震わせ、背中を逸らしたラーシアの体を抱きしめ、ラルフはさらに深くラーシアの中に楔を打ち込んだ。
「ラーシア……温かいな……」
ラルフの顔を見上げ、ラーシアが優しく微笑む。
想いを込めてラルフはラーシアに深く口づけをした。
二人の唇が離れると、ラーシアはラルフの首を抱き寄せた。
その肩越しにラーシアは頭上の木々を眺める。
きらきらと光を取りこぼしながら、木々の葉は風に揺れている。
その葉陰に隠れていた小さな虫が驚いたように枝を伝って姿を消した。
苔むした地面の感触を背中に感じ、ラーシアはラルフの耳に囁いた。
「ねぇ、立ってしてもいい?小石が痛くて」
ラルフが急いでラーシアを助け起こすと、ラーシアは木に上半身を預け、腰を後ろに突き出した。
柔らかなお尻に手を添え、ラルフが下半身を密着させる。
腰を打ち付け、背後からラーシアの胸をまさぐると、体の熱が混ざり合うような多幸感が沸き上がる。
「あっ……んっ……んっ……」
甘い声をあげながら、ラーシアが振り返り、口づけを求める。
獣のように交わりながら二人は口づけを交わし、互いの唾液を貪り合う。
刹那的な快楽に身をまかせ、二人は果てるまで交わり続けた。
「ねぇ、マットの上の方がやっぱりいいかも」
足を震わせ、崩れ落ちそうになるラーシアの体を支え、ラルフが最後の一滴までも中に吐き出した。
「そうだな。ごめん」
その声には至福の響きがある。
最後に熱い口づけを交わすと、二人は明るく笑い合った。
服を着こむと何事もなかったかのように歩き出す。
「もうすぐジールスの町だが、そこには寄らずにルト村に向かうこともできる。どうする?見晴らしが良い山沿いを行くことになる」
「いいね。大きな町は人酔いするし、静かに進もう。イシャリのいたナタ村を経由したらどうかな?」
「そうだな、それなら道なき道だな。立ち入り禁止区域を横切れば近道だ。ここから徐々に寒くなる。あそこに見える山が熱を遮っている」
雲のかかる大きな山が木立の向こうに見える。
「生贄の山はどこにある?」
「それが王都の近くなんだ」
「逆方向か……大変な旅路だな」
ラルフは笑った。
「俺達が複雑な道ばかりを選んでいるんだ。大きな街道を使えば一本だ。馬を使えばあっという間だ」
さすがに疲れたのではないかと、ラルフが気づかわし気にラーシアに視線を向ける。
そんなラルフの気持ちを読み取ったように、ラーシアは明るく笑った。
「一本道とは情緒がないな。私たちの辿った道の方が刺激的だった」
「ここからは近道になるが……別れるのは少し寂しいな……」
いつもは心を慰め、ラルフの欲しい言葉をくれるラーシアだが、こういうことにはわざと疎く振舞う。
「デレク達が王都に向けて出発してしまう前にルト村に到着しないといけないからね。そろそろ観光は止めて、本格的に目的地に向かおう。ラルフだって冬になる前に南に向かった方が良い」
思念を読めるラーシアには、ラルフが言いたい事がわかっているはずだ。
何も言わないのであれば、それがラーシアの答えなのだ。
ラルフは少し寂しそうに微笑み、ラーシアの手を引くとルト村への近道を目指した。
――
身代わりの生贄を出したナタ村では、十年経ってほっとしたのもつかの間、その過去に突然向き合うことになった。
黒い隊服に身を包んだ騎士達が夜中に入り込んで、あっという間に村を封鎖したのだ。
「家を出るな」
騎士達の命令に村人たちは大人しく従った。
村長の家に入ってきたのは第七騎士団のエリックとウィリスだった。
二人がこの家に入るのは二度目だった。
十年前、エリックはウィリスと共に先触れとしてこの村長の家を訪ねた。
「俺達が来た理由がわかるか?」
エリックの言葉に、村長は崩れるように椅子に腰を落とし、深くうなだれた。
「はい……」
十年前と同じように、エリックとウィリスは村長の前に座った。
大きく息を吐きだし、二人は十年前の光景を思い出す。
十年前、上級騎士に上がったばかりの二人は使命に燃えていた。
十年に一度の大役を任され、王都から真っすぐ北に向かった。
行く先々で竜の年であることを触れ回り、王国全土が盛り上がり、旅の門はどこも観光客であふれていた。
本来は先触れが到着するまで、生贄を出した村の名前も生贄の名前も隠されているはずだった。
ところが二人がジールスの町を通り過ぎた時には英雄を讃えようと、人々が列を作って押し寄せていた。
十年に一度やってくる生贄の日は、数百人の命が救われる日だ。
百年以上も前、あっという間に村が焼かれ、数百人が死んだ日、預言者が現れ、また十年後、この竜が現れると予言した。
生贄を一人捧げれば助かると告げたのだ。
最初、人々は信じなかった。ところが真夜中、国全体が揺れるほどの巨大な音が轟き、地面が何か所も焼かれ、何も無かった岩山から水が噴き出した。
不気味な花が咲き始め、奇病が流行った。
預言者を引き止め、王は竜の怒りを鎮めたいと相談した。
預言者の言葉通りに竜の痕跡を消し、焼かれた箇所から発見された竜花を回収して深い穴の中に投げ捨てた。そこが竜花の丘だ。
竜の痕跡に関しては選ばれた学者のみが研究することを許された。
預言者の言葉通りに、行動してみると、奇病は収まり、突然森が燃えるようなこともなくなった。
十年後、預言者の言葉に従い生贄を一人捧げた。
村は焼かれず、奇病も流行らなかった。
竜の痕跡を研究していた学者が、竜花は魔力吸収が良く、使いようによっては魔道具などに利用可能だと発見した。
十年前の悲劇を覚えていた人々は、何も起こらなかったことを喜んだ。
生贄の山に生贄を運んだ騎士達は恐ろしい体験をした。山が揺れるほどの風を感じ、耳が割れるほどの咆哮を聞いた。
竜に関われば呪われると預言者が告げ、王は預言者の指示通り、教会で呪いを清め、聖なる加護を受けられるよう改革を行った。
預言者は生贄を英雄と呼び、讃えるように王に告げた。
各地で祭りが行われるようになった。
そのうちそれはこの国の伝統行事になり、英雄を讃える歌や絵本も生まれた。
竜の襲撃に備えて騎士団要塞が王国中に建設され、竜の年の担当騎士団と先触れという仕事が出来た。
全ては預言者が決めた事だった。
エリックとウィリスが村長に生贄の名前を告げたその日、外は大雨で、二人はびしょ濡れだった。
もてなしの家でまずは着替えをしてほしいと言われたが、淡々と生贄の話をした。
床が水浸しになり、椅子も濡れた。
村長は、生贄の名前を聞くと、イシャリの家に行く前に、濡れた体を乾かし、服を着替えるべきだと主張した。
英雄を迎えにいくのにふさわしい服装であるべきだと村長は言ったのだ。
そこでエリックとウィリスはもてなしの家に寄ることになった。
その時、部屋に村長は一人だったが、後ろの扉は開いていた。
恐らくそこに本物の生贄であるイシャリと村長の家に働きに来ていたアンリがいた。
それから、イシャリの家の召使としてシーアも。
エリックとウィリスがもてなしの家で着替えをしている間に、村長の家では生贄の入れ替わりが起きていた。
確認を怠った二人の落ち度なのか、それとも、預言者はそれまでも見通していたのか、十年前の先触れであったエリックとウィリスにはわからない。
ただ、真実を直接確認したかった。
エリックが口を開いた。
「十年前、俺達が生贄の名前をお前に告げ、もてなしの家に着替えに出たあと、ここで何が起きた?真実を語ってもらおう」
村長は生贄の入れ替えなど起こっていないと叫びだしたりしなかった。
村長にとっても、隠し続けてきた十年は長かった。
青くなり、震えながら、村長は絞り出すような声で話し出した。
探しているのは異国の旅行者で、南の島から来た能力者だ。
地理に疎い観光客であるため、大きな街道を通るだろうと推測し、騎士達は街道沿いの町や村を訪ね歩いていた。
ところが彼らは、ラルフの存在についてはそれほど重要視していなかった。
ヒューが騎士団に手紙を出したのは、ラーシアとラルフが二人で町を出る前のことであり、生贄の入れ替わりを知った経緯、また当時、誰がその事実を知っていたのかなどの報告はしたが、ラルフのことはあまり触れなかった。
ヒューには珍しく、復讐のためラルフがアンリの妻を抱いたことに触れたくなかったのだ。
実際、生贄の入れ替わりにラルフは関与していなかった。
その結果、騎士団は南の島から来ている観光客のラーシアを探せとだけ命令を受けることになった。
ところが、ラーシアが行動を共にしているのは、この国を十年もかけて歩き通した旅慣れたラルフで、二人は王国の騎士達も知らないような小さな集落ばかりを巡りながら、ルト村を目指していた。
ジールスに近い小さな集落を出たばかりの二人は、のんびりと森の道を歩いていた。
ラーシアは、手を木漏れ日にかざし、竜花の形をした銀細工の指輪に目を輝かせた。
「すごいな。銀細工に嵌められた赤い石の加工技術は見事だな」
「さっきの村は腕の良い職人が多い。本当に良い物しか売っていない。少し質を下げれば、もっと金を稼ぐことはできるのだろうが、頑なにそれをしない」
「へぇ……。見事な品だ」
ラーシアは指から指輪を外し、ラルフに差し出した。
ラルフが首を傾ける。
「素敵だけど、私はいらないよ。シーアの家に持っていってよ」
一瞬、驚いた顔をしたラルフは、少し寂しそうに微笑みながら指輪を受け取った。
「忘れてもいいとは言わないんだな」
十年、失った愛を探し続け、疲れ果てた男はラーシアの次の言葉を待っていた。
もうシーアのことは忘れて私を好きになって欲しいとラーシアに告白されたら、ラルフは覚悟を決めるつもりだった。
しかし、体まで重ね、恋人たちのように祭りを見て回り、共に旅をしても、ラーシアはその距離までラルフを近づけようとしない。
「もう少し、シーアのことを想ってあげていてよ。シーアのお母さんに会うまではさ」
なるほどと、ラルフは頷いた。
たった一人の娘を失った母親は、娘をまだ愛している男の存在を知ればきっと喜ぶ。
だが、十年前は愛していたが、今は別の恋人がいると聞けば、母親は仕方がないとは思っても、娘は忘れられたのだと寂しく感じるだろう。
それでも、心を慰め、体を満たしてくれるラーシアにラルフは特別な気持ちを抱いていた。
ラーシアの手を取り、森の小道を進みながら、さりげなくラーシアを小さな空き地に誘導する。
抱きしめ、草の中に横たえるとその体にのしかかる。
「ラーシア……」
愛しているとは言わないが、ラーシアがラルフの求めを拒んだことはない。
優しい口づけを重ねながら、ラルフはラーシアの服をまくりあげて体を重ねた。
「あっ……」
びくりと体を震わせ、背中を逸らしたラーシアの体を抱きしめ、ラルフはさらに深くラーシアの中に楔を打ち込んだ。
「ラーシア……温かいな……」
ラルフの顔を見上げ、ラーシアが優しく微笑む。
想いを込めてラルフはラーシアに深く口づけをした。
二人の唇が離れると、ラーシアはラルフの首を抱き寄せた。
その肩越しにラーシアは頭上の木々を眺める。
きらきらと光を取りこぼしながら、木々の葉は風に揺れている。
その葉陰に隠れていた小さな虫が驚いたように枝を伝って姿を消した。
苔むした地面の感触を背中に感じ、ラーシアはラルフの耳に囁いた。
「ねぇ、立ってしてもいい?小石が痛くて」
ラルフが急いでラーシアを助け起こすと、ラーシアは木に上半身を預け、腰を後ろに突き出した。
柔らかなお尻に手を添え、ラルフが下半身を密着させる。
腰を打ち付け、背後からラーシアの胸をまさぐると、体の熱が混ざり合うような多幸感が沸き上がる。
「あっ……んっ……んっ……」
甘い声をあげながら、ラーシアが振り返り、口づけを求める。
獣のように交わりながら二人は口づけを交わし、互いの唾液を貪り合う。
刹那的な快楽に身をまかせ、二人は果てるまで交わり続けた。
「ねぇ、マットの上の方がやっぱりいいかも」
足を震わせ、崩れ落ちそうになるラーシアの体を支え、ラルフが最後の一滴までも中に吐き出した。
「そうだな。ごめん」
その声には至福の響きがある。
最後に熱い口づけを交わすと、二人は明るく笑い合った。
服を着こむと何事もなかったかのように歩き出す。
「もうすぐジールスの町だが、そこには寄らずにルト村に向かうこともできる。どうする?見晴らしが良い山沿いを行くことになる」
「いいね。大きな町は人酔いするし、静かに進もう。イシャリのいたナタ村を経由したらどうかな?」
「そうだな、それなら道なき道だな。立ち入り禁止区域を横切れば近道だ。ここから徐々に寒くなる。あそこに見える山が熱を遮っている」
雲のかかる大きな山が木立の向こうに見える。
「生贄の山はどこにある?」
「それが王都の近くなんだ」
「逆方向か……大変な旅路だな」
ラルフは笑った。
「俺達が複雑な道ばかりを選んでいるんだ。大きな街道を使えば一本だ。馬を使えばあっという間だ」
さすがに疲れたのではないかと、ラルフが気づかわし気にラーシアに視線を向ける。
そんなラルフの気持ちを読み取ったように、ラーシアは明るく笑った。
「一本道とは情緒がないな。私たちの辿った道の方が刺激的だった」
「ここからは近道になるが……別れるのは少し寂しいな……」
いつもは心を慰め、ラルフの欲しい言葉をくれるラーシアだが、こういうことにはわざと疎く振舞う。
「デレク達が王都に向けて出発してしまう前にルト村に到着しないといけないからね。そろそろ観光は止めて、本格的に目的地に向かおう。ラルフだって冬になる前に南に向かった方が良い」
思念を読めるラーシアには、ラルフが言いたい事がわかっているはずだ。
何も言わないのであれば、それがラーシアの答えなのだ。
ラルフは少し寂しそうに微笑み、ラーシアの手を引くとルト村への近道を目指した。
――
身代わりの生贄を出したナタ村では、十年経ってほっとしたのもつかの間、その過去に突然向き合うことになった。
黒い隊服に身を包んだ騎士達が夜中に入り込んで、あっという間に村を封鎖したのだ。
「家を出るな」
騎士達の命令に村人たちは大人しく従った。
村長の家に入ってきたのは第七騎士団のエリックとウィリスだった。
二人がこの家に入るのは二度目だった。
十年前、エリックはウィリスと共に先触れとしてこの村長の家を訪ねた。
「俺達が来た理由がわかるか?」
エリックの言葉に、村長は崩れるように椅子に腰を落とし、深くうなだれた。
「はい……」
十年前と同じように、エリックとウィリスは村長の前に座った。
大きく息を吐きだし、二人は十年前の光景を思い出す。
十年前、上級騎士に上がったばかりの二人は使命に燃えていた。
十年に一度の大役を任され、王都から真っすぐ北に向かった。
行く先々で竜の年であることを触れ回り、王国全土が盛り上がり、旅の門はどこも観光客であふれていた。
本来は先触れが到着するまで、生贄を出した村の名前も生贄の名前も隠されているはずだった。
ところが二人がジールスの町を通り過ぎた時には英雄を讃えようと、人々が列を作って押し寄せていた。
十年に一度やってくる生贄の日は、数百人の命が救われる日だ。
百年以上も前、あっという間に村が焼かれ、数百人が死んだ日、預言者が現れ、また十年後、この竜が現れると予言した。
生贄を一人捧げれば助かると告げたのだ。
最初、人々は信じなかった。ところが真夜中、国全体が揺れるほどの巨大な音が轟き、地面が何か所も焼かれ、何も無かった岩山から水が噴き出した。
不気味な花が咲き始め、奇病が流行った。
預言者を引き止め、王は竜の怒りを鎮めたいと相談した。
預言者の言葉通りに竜の痕跡を消し、焼かれた箇所から発見された竜花を回収して深い穴の中に投げ捨てた。そこが竜花の丘だ。
竜の痕跡に関しては選ばれた学者のみが研究することを許された。
預言者の言葉通りに、行動してみると、奇病は収まり、突然森が燃えるようなこともなくなった。
十年後、預言者の言葉に従い生贄を一人捧げた。
村は焼かれず、奇病も流行らなかった。
竜の痕跡を研究していた学者が、竜花は魔力吸収が良く、使いようによっては魔道具などに利用可能だと発見した。
十年前の悲劇を覚えていた人々は、何も起こらなかったことを喜んだ。
生贄の山に生贄を運んだ騎士達は恐ろしい体験をした。山が揺れるほどの風を感じ、耳が割れるほどの咆哮を聞いた。
竜に関われば呪われると預言者が告げ、王は預言者の指示通り、教会で呪いを清め、聖なる加護を受けられるよう改革を行った。
預言者は生贄を英雄と呼び、讃えるように王に告げた。
各地で祭りが行われるようになった。
そのうちそれはこの国の伝統行事になり、英雄を讃える歌や絵本も生まれた。
竜の襲撃に備えて騎士団要塞が王国中に建設され、竜の年の担当騎士団と先触れという仕事が出来た。
全ては預言者が決めた事だった。
エリックとウィリスが村長に生贄の名前を告げたその日、外は大雨で、二人はびしょ濡れだった。
もてなしの家でまずは着替えをしてほしいと言われたが、淡々と生贄の話をした。
床が水浸しになり、椅子も濡れた。
村長は、生贄の名前を聞くと、イシャリの家に行く前に、濡れた体を乾かし、服を着替えるべきだと主張した。
英雄を迎えにいくのにふさわしい服装であるべきだと村長は言ったのだ。
そこでエリックとウィリスはもてなしの家に寄ることになった。
その時、部屋に村長は一人だったが、後ろの扉は開いていた。
恐らくそこに本物の生贄であるイシャリと村長の家に働きに来ていたアンリがいた。
それから、イシャリの家の召使としてシーアも。
エリックとウィリスがもてなしの家で着替えをしている間に、村長の家では生贄の入れ替わりが起きていた。
確認を怠った二人の落ち度なのか、それとも、預言者はそれまでも見通していたのか、十年前の先触れであったエリックとウィリスにはわからない。
ただ、真実を直接確認したかった。
エリックが口を開いた。
「十年前、俺達が生贄の名前をお前に告げ、もてなしの家に着替えに出たあと、ここで何が起きた?真実を語ってもらおう」
村長は生贄の入れ替えなど起こっていないと叫びだしたりしなかった。
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