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第一章 竜の国
22.竜の年の生贄
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山のふもとにあるルト村は一見すると廃墟のようだった。
崩れた壁に囲まれ、小さな岩積みの家ばかりが並ぶ。
どれも古く、ペンキもはがれている。
そんな村では珍しく真新しい家が、岩山に向かう小道の傍らに建っていた。
まだ完成していないらしく、庭を囲む柵が作りかけだった。
デレクはその家の前で馬を止めて振り返った。
「ここですか?」
後ろをついてきた村長が、幽霊のような顔で黙ってうなずく。
それを確認し、デレクが扉に向かう。
村長は、石のように動かず、震えている。
その様子を一瞥し、ヒューは今回の村長はあてに出来ないと考えた。
ヒューは逃走する可能性を考え、裏口の場所を確かめに走る。
戻ってきたヒューが、すぐに裏に回れる位置に立ち、デレクに扉を叩いて良いぞと合図を送る。
それを確認し、デレクは扉を叩いた。
「はーい」
明るい声が中から聞こえ、華やかな装いの女が幸せいっぱいの笑顔で現れた。
その瞬間、デレクは完全に言葉を失った。
相手がだれであろうと、そんな顔の女性に死を宣告出来るはずがない。
言葉を失ったのは女の方も同じだった。
しかし理由はデレクとは異なる。
デレクを目にした途端、女の顔は凍り付き、それから徐々に怪訝な顔に変わった。
立派な騎士の装いで、国章を縫い込んだマントを羽織っている。
さらに女の視線がデレクの腰に向く。
そこには王国騎士の紋章を刻んだ立派な大剣がある。
女にとっては思いもかけないことだった。
「で、デレク?まさか……成功したの?騎士になるって……そんなの夢物語のようなことだって言っていたのに、本当に?」
ちらりとデレクの後ろの馬を見て、もう一度デレクに視線を戻す。
村長は馬の陰に隠れ小さくなっている。
「立派な馬まで……。あんな立派な鞍、見たことない。本当に騎士になったの?」
喜んでいいのか、驚いていいのか、心を決めかねたような複雑な表情で、女は無理矢理微笑んだ。
「そ、そう、おめでとう。その、良かったわね……それで訪ねてきてくれたの?」
「いや……国の用事できた」
デレクはまだどう切り出していいのか迷っていた。
幸福そうなケティアに、こんなことは告げたくない。
その時、家の中から男の声がした。
「ケティア、誰か来たのか?立ち話になるなら入ってもらえ」
ケティアが気まずそうに顔を伏せた。
「待っていなくていいと言ったでしょう?だからその……」
「わかっている。あの時俺達は別れた。だからそのことは別に良い。今日は別の話できた。中に入れてくれるか?」
生贄になるのは嫌だと村の人々の前で暴れられては困る。
生贄は百人を救う英雄であり、皆がその活躍を讃えて送り出す必要がある。
行きたくないと騒ぐ生贄を無理に引きずって連れ去るようなことをすれば村人たちに罪悪感を与えてしまう。
喜んで村の英雄になるのだという態度を人々に見せてもらわなければならないのだ。
「どうぞ、入って」
ケティアは後ろに下がって場所を空け、デレクは室内に足を踏み入れた。
扉を閉めようと振り返りながら、外に視線を向けたが、村長は馬の傍らで小さくなってまだ固まっている。
一人でケティアを説得することになるのかと、デレクは覚悟を決めて扉を閉めた。
室内を見回し、デレクは少しばかり驚いた。
この貧しい村には不似合いのなかなかお金のかかった家だった。
少し奥には大きな暖炉があり、床材には贅沢にも木が使われている。
町から運んでこなければ木材は手に入らない。
村長の家よりも裕福かもしれないと、デレクは壁の掛物を見て考えた。
「誰が来たんだ?」
ケティアの夫らしき男が台所からお茶を載せた盆を持って現れた。
その瞬間、盆を落としそうになり、ケティアの夫は慌てて盆をテーブルに置いた。
「デレク……」
田舎の小さな村では全員が知り合いだ。
お前だったのかと、デレクは苦痛の表情を浮かべながらケティアの夫の名前を呼んだ。
「ケビン……」
それは村長の息子の名前だった。
村一番の裕福な家の息子だ。
村長は息子のために木材を使った家を建て、立派な暖炉を取り寄せたのだ。
息子の嫁はケティアで、ケティアの子は村長の孫だ。
紙のように白くなった村長の顔を思い出し、デレクはぐっと何かを飲み込んだ。
嫁と孫をいっぺんに失うのだと村長は知ったのだ。
それで大金も受け取れず、生贄を説得するために家に入ってくることも出来なかった。
「り、立派になったな……」
ケビンはどもりながら、さりげなくケティアの腕を後ろに引っ張り、自分の隣に立たせた。
「お前とケティアのことは知っていたが、一人になった彼女を放っておけなかった」
ケビンは、咎められるのを恐れながらも、語気を強め、牽制するような態度に出た。
狭い村の中で、ケティアとデレクが付き合っていたことを知らない者はいない。
それをデレクがいなくなった途端にかすめとったのだ。
警戒するケビンに、デレクは二人を責めにきたわけではないと、首を横に振った。
「違う。そういう用件で来たわけではない。俺が村を出た時、既に俺達は別れていた。待っていなくていいと告げたのは俺だ」
二人を落ち着かせるようにデレクは穏やかに語り掛ける。
「まずは座ってくれないか?国の仕事できた」
何の話かと、ケビンとケティアは顔を見合わせ、怪訝な顔をしながらテーブルについた。
お茶を盆から下ろそうとするケビンをデレクが手を振って止めた。
気まずそうなケティアは少し拗ねた様子で、顔を横に向けている。
デレクの正面にケビンが座り、その隣にケティアが並ぶ。
ケビンは妻を守るように背を伸ばし、真っすぐにデレクを見返している。
百人を救うためのたった一人の犠牲は、ケビンから妻と子を奪う。
村長から嫁と孫を奪う。
村人たちには大金が入る。
今までは喜びの数と悲しみの数を比べてきた。
大抵は喜びの数が勝つ。悲しみは見逃されてきた。
様々な葛藤に蓋をし、騎士としてデレクは心を決めた。
懐から書類を取り出し、黙ってそれを二人の前に置く。
「今年は竜の年だ。担当部隊は俺の所属する第四騎士団。竜の先触れは俺とヒューという名の同僚だ。そして、生贄として捧げられる国の英雄に、ケティア、君が選ばれた」
顔を背けていたケティアがばっと正面を向き、食いつくようにテーブルの書面を見た。
ケビンも置かれた書面を睨みつける。
一言も発することなく、まるで字が読めなくなったかのように二人は書かれている文字を何度も何度も目で追っている。
テーブルの上に指を置き、ケティアは生贄の欄をなぞった。
ルト村のケティアと書かれている。
「こ、これ?これ……私?」
その時、扉の外から、村人たちの歓声が聞こえてきた。
はっとしてデレクが立ち上がり、扉を開ける。
裏口に回ったはずのヒューが表に立っていた。
「この村から竜の年の英雄が選ばれた!王国から住人一人につき五枚の金貨が支払われる!王都で学問をおさめたいものにも機会がある。
希望があれば本隊が到着するまでに、私のもとに知らせて欲しい!用紙は村長の家にある。明日の朝から受け付ける」
貧しい暮らしが劇的に変わる。
馬の傍らに隠れていた村長は地面にへたり込んでいた。
その傍で村人たちは英雄様万歳と叫び、家や放牧地にいる家族に知らせようと大声で叫びながら走り出す。
「ヒュー!」
デレクの声にヒューが振り返る。
「こうした方が早い。英雄がいなければ彼らに金は入らない」
デレクは室内に戻り扉を閉めた。
それでも外の歓声は聞こえてくる。
振り返ると、ケティアとケビンは先ほどと同じ姿勢でテーブルに置かれた書面を凝視している。
「君の犠牲のおかげで、村が一つ救われることになる。君は数百人の命を救う英雄として国が讃える」
出来る限り冷静な声でデレクが告げた。
「ううううう」
ケティアがテーブルに突っ伏した。
ケビンがその肩を抱いて震えている。
テーブルに戻ってきたデレクを、ケビンが顔をあげて睨んだ。
「デレク、ケティアが君を裏切ったからこんな仕打ちを?」
「新人の俺にそんな権限はない。俺はただの人形だ。命令通りに動いている」
責任逃れのような言葉しか返せないデレクは、不甲斐なさに拳を握りしめた。
かっとしてケビンが椅子をはねのけた。
「お前には人の情がないのか!彼女がお前の子供を身ごもっていたら同じことが言えるのか!」
デレクの頭にラーシアの姿が浮かぶ。
彼女ならなんと言うだろう。竜の掟に縛られていない彼女なら。
腰に吊り下げられた剣の重みを感じ、デレクは奥歯を噛みしめた。
剣は国にこの身を捧げた証だ。
何も考えず、デレクは決められた言葉を告げる。
「この国を守るため、生贄は必要だ。ケティアが生贄にならなければ、他の誰かが死ななければならない。その誰かが、子供を身ごもった新婚の女性だとしたら、ケビン、代わってくれと言えるのか」
心の痛みに耐えながら、二人の男は火を噴くような目でにらみ合う。
デレクは人である前に騎士であり、ケビンは国よりも妻を守りたい夫だ。
「英雄となるケティアは最後に願いを叶える権利が与えられる。王国の力を持ってかなえられることならどんなことでも言って欲しい」
淡々と告げるデレクの声を甲高い声が遮った。
「ならば、生贄を交代してよ!聞いたでしょう?子供がいるのよ!この子だけは助けてよ!この子を抱いて育てたいのよ!」
濡れた顔を跳ね上げ、ケティアはデレクに掴みかかろうと身を乗り出した。
「それは出来ない」
静かに、デレクは返した。
「第四騎士団本隊が来るまで、君を監視しなければならない。この家を見張ることになる。君の家族であるケビンには十分な金額が支払われる」
はっとしてケティアはケビンを見た。
大金が入れば大抵の美女は手に入る。
ケティアが死んだあとで、ケビンは大金持ちになるのだ。
ケビンは慌ててそんなことはしないと首を横に振る。
何もかも信じられないとケティアは顔を両手で覆って泣き崩れた。
崩れた壁に囲まれ、小さな岩積みの家ばかりが並ぶ。
どれも古く、ペンキもはがれている。
そんな村では珍しく真新しい家が、岩山に向かう小道の傍らに建っていた。
まだ完成していないらしく、庭を囲む柵が作りかけだった。
デレクはその家の前で馬を止めて振り返った。
「ここですか?」
後ろをついてきた村長が、幽霊のような顔で黙ってうなずく。
それを確認し、デレクが扉に向かう。
村長は、石のように動かず、震えている。
その様子を一瞥し、ヒューは今回の村長はあてに出来ないと考えた。
ヒューは逃走する可能性を考え、裏口の場所を確かめに走る。
戻ってきたヒューが、すぐに裏に回れる位置に立ち、デレクに扉を叩いて良いぞと合図を送る。
それを確認し、デレクは扉を叩いた。
「はーい」
明るい声が中から聞こえ、華やかな装いの女が幸せいっぱいの笑顔で現れた。
その瞬間、デレクは完全に言葉を失った。
相手がだれであろうと、そんな顔の女性に死を宣告出来るはずがない。
言葉を失ったのは女の方も同じだった。
しかし理由はデレクとは異なる。
デレクを目にした途端、女の顔は凍り付き、それから徐々に怪訝な顔に変わった。
立派な騎士の装いで、国章を縫い込んだマントを羽織っている。
さらに女の視線がデレクの腰に向く。
そこには王国騎士の紋章を刻んだ立派な大剣がある。
女にとっては思いもかけないことだった。
「で、デレク?まさか……成功したの?騎士になるって……そんなの夢物語のようなことだって言っていたのに、本当に?」
ちらりとデレクの後ろの馬を見て、もう一度デレクに視線を戻す。
村長は馬の陰に隠れ小さくなっている。
「立派な馬まで……。あんな立派な鞍、見たことない。本当に騎士になったの?」
喜んでいいのか、驚いていいのか、心を決めかねたような複雑な表情で、女は無理矢理微笑んだ。
「そ、そう、おめでとう。その、良かったわね……それで訪ねてきてくれたの?」
「いや……国の用事できた」
デレクはまだどう切り出していいのか迷っていた。
幸福そうなケティアに、こんなことは告げたくない。
その時、家の中から男の声がした。
「ケティア、誰か来たのか?立ち話になるなら入ってもらえ」
ケティアが気まずそうに顔を伏せた。
「待っていなくていいと言ったでしょう?だからその……」
「わかっている。あの時俺達は別れた。だからそのことは別に良い。今日は別の話できた。中に入れてくれるか?」
生贄になるのは嫌だと村の人々の前で暴れられては困る。
生贄は百人を救う英雄であり、皆がその活躍を讃えて送り出す必要がある。
行きたくないと騒ぐ生贄を無理に引きずって連れ去るようなことをすれば村人たちに罪悪感を与えてしまう。
喜んで村の英雄になるのだという態度を人々に見せてもらわなければならないのだ。
「どうぞ、入って」
ケティアは後ろに下がって場所を空け、デレクは室内に足を踏み入れた。
扉を閉めようと振り返りながら、外に視線を向けたが、村長は馬の傍らで小さくなってまだ固まっている。
一人でケティアを説得することになるのかと、デレクは覚悟を決めて扉を閉めた。
室内を見回し、デレクは少しばかり驚いた。
この貧しい村には不似合いのなかなかお金のかかった家だった。
少し奥には大きな暖炉があり、床材には贅沢にも木が使われている。
町から運んでこなければ木材は手に入らない。
村長の家よりも裕福かもしれないと、デレクは壁の掛物を見て考えた。
「誰が来たんだ?」
ケティアの夫らしき男が台所からお茶を載せた盆を持って現れた。
その瞬間、盆を落としそうになり、ケティアの夫は慌てて盆をテーブルに置いた。
「デレク……」
田舎の小さな村では全員が知り合いだ。
お前だったのかと、デレクは苦痛の表情を浮かべながらケティアの夫の名前を呼んだ。
「ケビン……」
それは村長の息子の名前だった。
村一番の裕福な家の息子だ。
村長は息子のために木材を使った家を建て、立派な暖炉を取り寄せたのだ。
息子の嫁はケティアで、ケティアの子は村長の孫だ。
紙のように白くなった村長の顔を思い出し、デレクはぐっと何かを飲み込んだ。
嫁と孫をいっぺんに失うのだと村長は知ったのだ。
それで大金も受け取れず、生贄を説得するために家に入ってくることも出来なかった。
「り、立派になったな……」
ケビンはどもりながら、さりげなくケティアの腕を後ろに引っ張り、自分の隣に立たせた。
「お前とケティアのことは知っていたが、一人になった彼女を放っておけなかった」
ケビンは、咎められるのを恐れながらも、語気を強め、牽制するような態度に出た。
狭い村の中で、ケティアとデレクが付き合っていたことを知らない者はいない。
それをデレクがいなくなった途端にかすめとったのだ。
警戒するケビンに、デレクは二人を責めにきたわけではないと、首を横に振った。
「違う。そういう用件で来たわけではない。俺が村を出た時、既に俺達は別れていた。待っていなくていいと告げたのは俺だ」
二人を落ち着かせるようにデレクは穏やかに語り掛ける。
「まずは座ってくれないか?国の仕事できた」
何の話かと、ケビンとケティアは顔を見合わせ、怪訝な顔をしながらテーブルについた。
お茶を盆から下ろそうとするケビンをデレクが手を振って止めた。
気まずそうなケティアは少し拗ねた様子で、顔を横に向けている。
デレクの正面にケビンが座り、その隣にケティアが並ぶ。
ケビンは妻を守るように背を伸ばし、真っすぐにデレクを見返している。
百人を救うためのたった一人の犠牲は、ケビンから妻と子を奪う。
村長から嫁と孫を奪う。
村人たちには大金が入る。
今までは喜びの数と悲しみの数を比べてきた。
大抵は喜びの数が勝つ。悲しみは見逃されてきた。
様々な葛藤に蓋をし、騎士としてデレクは心を決めた。
懐から書類を取り出し、黙ってそれを二人の前に置く。
「今年は竜の年だ。担当部隊は俺の所属する第四騎士団。竜の先触れは俺とヒューという名の同僚だ。そして、生贄として捧げられる国の英雄に、ケティア、君が選ばれた」
顔を背けていたケティアがばっと正面を向き、食いつくようにテーブルの書面を見た。
ケビンも置かれた書面を睨みつける。
一言も発することなく、まるで字が読めなくなったかのように二人は書かれている文字を何度も何度も目で追っている。
テーブルの上に指を置き、ケティアは生贄の欄をなぞった。
ルト村のケティアと書かれている。
「こ、これ?これ……私?」
その時、扉の外から、村人たちの歓声が聞こえてきた。
はっとしてデレクが立ち上がり、扉を開ける。
裏口に回ったはずのヒューが表に立っていた。
「この村から竜の年の英雄が選ばれた!王国から住人一人につき五枚の金貨が支払われる!王都で学問をおさめたいものにも機会がある。
希望があれば本隊が到着するまでに、私のもとに知らせて欲しい!用紙は村長の家にある。明日の朝から受け付ける」
貧しい暮らしが劇的に変わる。
馬の傍らに隠れていた村長は地面にへたり込んでいた。
その傍で村人たちは英雄様万歳と叫び、家や放牧地にいる家族に知らせようと大声で叫びながら走り出す。
「ヒュー!」
デレクの声にヒューが振り返る。
「こうした方が早い。英雄がいなければ彼らに金は入らない」
デレクは室内に戻り扉を閉めた。
それでも外の歓声は聞こえてくる。
振り返ると、ケティアとケビンは先ほどと同じ姿勢でテーブルに置かれた書面を凝視している。
「君の犠牲のおかげで、村が一つ救われることになる。君は数百人の命を救う英雄として国が讃える」
出来る限り冷静な声でデレクが告げた。
「ううううう」
ケティアがテーブルに突っ伏した。
ケビンがその肩を抱いて震えている。
テーブルに戻ってきたデレクを、ケビンが顔をあげて睨んだ。
「デレク、ケティアが君を裏切ったからこんな仕打ちを?」
「新人の俺にそんな権限はない。俺はただの人形だ。命令通りに動いている」
責任逃れのような言葉しか返せないデレクは、不甲斐なさに拳を握りしめた。
かっとしてケビンが椅子をはねのけた。
「お前には人の情がないのか!彼女がお前の子供を身ごもっていたら同じことが言えるのか!」
デレクの頭にラーシアの姿が浮かぶ。
彼女ならなんと言うだろう。竜の掟に縛られていない彼女なら。
腰に吊り下げられた剣の重みを感じ、デレクは奥歯を噛みしめた。
剣は国にこの身を捧げた証だ。
何も考えず、デレクは決められた言葉を告げる。
「この国を守るため、生贄は必要だ。ケティアが生贄にならなければ、他の誰かが死ななければならない。その誰かが、子供を身ごもった新婚の女性だとしたら、ケビン、代わってくれと言えるのか」
心の痛みに耐えながら、二人の男は火を噴くような目でにらみ合う。
デレクは人である前に騎士であり、ケビンは国よりも妻を守りたい夫だ。
「英雄となるケティアは最後に願いを叶える権利が与えられる。王国の力を持ってかなえられることならどんなことでも言って欲しい」
淡々と告げるデレクの声を甲高い声が遮った。
「ならば、生贄を交代してよ!聞いたでしょう?子供がいるのよ!この子だけは助けてよ!この子を抱いて育てたいのよ!」
濡れた顔を跳ね上げ、ケティアはデレクに掴みかかろうと身を乗り出した。
「それは出来ない」
静かに、デレクは返した。
「第四騎士団本隊が来るまで、君を監視しなければならない。この家を見張ることになる。君の家族であるケビンには十分な金額が支払われる」
はっとしてケティアはケビンを見た。
大金が入れば大抵の美女は手に入る。
ケティアが死んだあとで、ケビンは大金持ちになるのだ。
ケビンは慌ててそんなことはしないと首を横に振る。
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