竜の国と騎士

丸井竹

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第一章 竜の国

21.生贄の村

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 マウラ山のふもとにあるルト村は恐ろしく辺鄙な場所にある。
岩山羊を家畜としているため、岩場に住まいを構えるしかなく、農地も岩棚の上にある。
土を少しずつ運び、何世代もかけて作り上げたもので、農地を持っている村人は裕福な部類に入る。

家畜や農地を持たない者は雪山羊や岩山羊の毛を加工して土産物を作る。
絵柄はやはり竜のものが一番売れる。
観光客用の土産物屋も一応数軒あるが、大抵は大きな町に売りに行く。

バレア国の辺境の村にも竜の恩恵がある。

ついにそんなルト村の門が見えてくると、デレクは一旦馬を止めた。
後ろからきたヒューがデレクに並んで止まる。

「ここか……」

門は馬に乗った二人が並んでくぐれるぐらいの大きさで、両脇には腰までの高さの石壁が村を囲むように少しだけ続いている。
ほとんどが朽ちて、崩れてしまい、門をくぐらなくても村に入れてしまう。

風ばかり吹く、寂れた門の前には門番の姿がない。
門の向こうに、人気のない土産物屋が見え、竜の絵柄のついたスカーフがぱたぱたと飛ばされそうな勢いで揺れている。
なんともやる気のない店構えに、王都出身のヒューは、こんな人気のないところで店を開いて利益など出るのだろうかと首をひねる。

「入るか……」

デレクが馬を下りて、手綱を引っ張る。
ヒューが後に続く。

「デレクじゃないか!」

門をくぐった途端、誰かが話しかけてきた。
風の吹きこまない門の裏側に椅子を置き、くつろいでいたらしい門番が、腰を上げてデレクに手を振っている。
一応手には武器に見えなくもない棒をもっていた。

「その服装、そのマントの印はまさか、騎士になったのか?!」

埃で白くなった頭に寒さで荒れた赤い肌、疲れ果てたような顔が途端に明るくなり、怒涛の質問を繰り出そうと近づいてくる。すかさずヒューが叫んだ。

「デレク!仕事が先だ!まず村長のところだ!」

生贄がこの村から出たことは、まだ秘密にしておかなければならない。
ヒューの言葉でデレクが表情を引き締め、門番の男に短く言葉を返す。

「すまない、また後で、仕事で来たんだ」

男は気を悪くした様子もなく「また後でな」と手を振り、椅子に戻る。
門番の男の顔をヒューはちらりと振り返り、嫌な顔をする。
デレクが騎士になったと触れ回りたくてたまらないと顔に書いてある。

ヒューは馬にまたがると、デレクにも馬に乗れと促した。
馬上にあがり、二人は急いで村長の家に向かう。
集落の人々はほとんどが岩山羊を追って村の外に出ている。

やがて石造りの大きな家が迫ってくると、デレクが馬を下りた。
ヒューも素早く下りる。

「村長の家だな?」

デレクが頷き、家の扉を叩いた。
すぐに使用人が顔を出す。

「あらぁ、デレクじゃない」

出てきた女はやはりデレクの顔なじみで、気軽な口調でさらに話し出そうとする。
ヒューがまたかと嫌な顔をしたが、今度はデレクがぴしゃりと言った。

「村長に話がある」

深刻な表情のデレクに、女は不思議そうな顔をしたが、すぐに騎士の紋章に気が付いた。
女は目を丸くすると、室内に走って戻り、またすぐに戻ってきた。

「どうぞお入りください。騎士様」

通された部屋では村長がほくほく顔で待っていた。
二人に向かいの椅子を勧める。

村長の家が一番立派なはずだが、石造りの大きな部屋にはタペストリーが一枚しかかけられていない。
恐らく村で一番豪華なものだろうとヒューはその竜の絵柄のタペストリーを正面に見上げて考えた。

椅子は石でできていて、固く冷たい。机は大きく立派だが、これも石でできている。
マウラ山でただで拾える石を削り出し、こうしたものに加工しているのだ。

先ほどの女がお茶を入れて運んできた。二人の前に置き、村長の前にも置く。
一応色がついていることをヒューがちらりと確認する。

「デレク、大した出世だ。お前に家族はいないが、故郷を覚えていてくれたのだな。皆、出世するとある程度の恩を返してくれるものだ」

村に仕送りをしている者も多いが、家族がいる場合に限られる。
デレクはまだ一度も村に仕送りをしていない。
なんとなくデレクは目を伏せた。

「まだ騎士になったばかりなのです。実は今日来たのは、王命なのです」

お茶を運んできた女が退室するのを確認し、ヒューが王都から運んできた竜の年を知らせる貼り紙を差し出した。

「ああ、竜の年はやはり今年だったか、これをわざわざ届けてくれたのか」

配布作業をしているのかと村長は軽く考え、文面に目を走らせた。
その顔はすぐに強張り、紙を支える腕と手が震え出した。
ヒューがさりげなく立ち上がり、部屋の扉に向かう。

部屋を覗き込もうとしていた使用人の女と一瞬目が合い、女が慌てて廊下を走り去る。
ヒューは扉を閉めて椅子に戻り、さらに王城からの書面をテーブルに置いた。

「こ、こ、この村が選ばれたと?」

「はい」

デレクは静かに告げる。

「まさか……十年前は隣のナタ村だった!今度はもっと離れた村ではないのか?」

動揺する村長を前に、ヒューが大金の入った革袋を書状の横に並べる。
音だけでも中身が大変な金額であることがわかる。
村長が震える指で袋を開ける。

「ああっ……こ、こんなに?!まさか……聞いていた金額以上だ……」

十年前に生贄を出した村が隣にあるなら、この村にも多少の情報が入ったはずだ。
恐らく隣のナタ村の人間は生贄で得られた金額を少なめに村長に教えたのだ。
あるいは生贄が入れ替わったことに気づいたものへの口止めに、かなりの金額を使ったのかもしれない。

「これからケティアのところへ行き、この件を告げなければなりません。
逃亡の恐れがあればそれを阻止する必要がある。協力してもらえますか?」

感情を交えず、淡々とデレクが告げた。
村長は震える指を拳の中に閉じ込めた。

「あ、ああ……当然だ……。だが……デレク……その……彼女は君と婚約していた」

背筋を伸ばし、デレクは呼吸を整えた。
今デレクは国の騎士として村長の前に座っている。
騎士は国の命令を忠実に実行するのが役目だ。余計な感情に左右されてはいけない。

「私は先触れとしてここに来ました」

私情を挟む気は一切ないという姿勢を見せたデレクに、ヒューは安堵した。
村長は大金の入った袋を見おろしながらも、手を触れようとせず、さらに続けた。

「し、しかし……この場合はどうなるのか……その……ケティアは……一人の体ではない……」

目を丸くし、二人の騎士は押し黙った。
村長が続ける。

「生贄は……いや、英雄になれるのは一人だけだ。だが、ケティアは……一人ではない。その、お腹に」

ガタンと椅子が後ろに動いた。
両手をテーブルについて、デレクが立ちあがる。
ヒューがデレクの手首をつかみ、騒ぐなよと警告するように力を込める。
しかし既にデレクは冷静さを失いかけていた。

「どういうことだ?俺の子か?!」

「え?!」

そっちなのかと、ヒューが声をあげた。

「いや、デレク、お前は一年以上王都にいただろう。どう考えてもまだ腹にいるならお前の子ではない」

ならば誰の子なのだと、叫びだしそうなデレクをヒューが腕を引っ張り制止した。

「誰の子であろうと関係ない。生贄はケティアだ。俺達はそれを彼女に告げなければならない」

デレクは頭を抱えた。
ラーシアを愛しているのに、ケティアを待たせているという意識も消えていない。
ケティアは自分の婚約者だったはずだ。ちゃんとした約束はしていないが、村を出てまだ一年しか経っていないのに子供がいるなんて思いもしなかった。

別れる間際にケティアを抱いた記憶が蘇る。
あの時の子供だとするなら、確かに生まれていてもおかしくない。だが、長めにお腹にいることもある。となれば、二か月ぐらいの誤差はあるのではないかとも思う。

「村長、とにかく生贄の件を告げるのが先触れの仕事だ。協力を頼めるな」

ヒューがデレクの隣に立って、強い口調で告げた。
村長は大金の入った革袋にまだ触れないでいる。

一人の犠牲で百人が救われる。英雄を出した村には、大金が入る。
国章が縫い込まれた立派なタペストリーと旗が贈られる。

親しくしてきた隣人を失う痛みに対し、村人全員に十分なお金が支払われる。
ケティアと共にお腹の子供が殺されるというなら、その金は生まれてくる子供の値段だ。

村長は良心の狭間で少しだけ躊躇ったが、国に逆らう選択肢はなかった。

「わ、わかった。すぐに人を呼び、ケティアの居場所を確認させる。とにかく家に向かおう」

うろたえながらも、村長は立ち上がり、ふらふらと机を回り込んで戸口に向かう。
その前にヒューが立った。

「村長、私たちが彼女にこの話をするまで、村長は黙っていてください。他の村の人たちにも知られてはいけません」

今にも取り乱してしまいそうな村長の様子に、ヒューが念を押す。
真っ青な顔で頷く村長の様子を見て、ヒューは村長と村の人々の協力はあてにせず、二人でいこうとデレクに合図した。

「家の場所は変わっていませんね?」

デレクがケティアの家の場所を確認する。
ケティアの実家の場所ならわかっている。
村長は首を横に振った。

「い、いいえ……。彼女は結婚して別の家へ……」

さらにデレクは衝撃を受け、言葉を詰まらせた。
一年しか経っていないのに、もう他の男の子供を身ごもり、結婚して新居まで建てていたのだ。
まだ待っていてくれるのではないかと心配していたデレクは複雑だった。
村長はすがるようにデレクを見上げた。

「それでも、デレク……彼女に情があったはずだ。ど、どうしても、彼女を生贄にしなければならないのか?……」

生贄の入れ替わりがあったのは隣の村だ。
その話を村長は知っているのではないかと、二人の男の頭にちらりと過る。

「王の命令で来ています。私の一存ではどうにもできないことだとご理解下さい」

デレクの回答に、ヒューも頷いた。
長老はがっくりと肩を落とし、金の袋は石のテーブルに残したまま、二人を案内しようと部屋を出る。

入ってきた時より一回りも小さくなったような長老の背中を、騎士達は無言で追いかけた。

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