竜の国と騎士

丸井竹

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第一章 竜の国

20.迫るその日

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 第四騎士団の団長ルシアンの前に並んでいたのはデレクとラーシアの関係を知っている騎士達だった。
デレクと付き合いの長い新人の騎士が多い。

「顔は覚えているな」

直接の交流はなくてもラーシアのことは地元ではそこそこ有名だった。
一年も王都で暮らし、吟遊詩人として顔も知られていた。

「同じ宿に一年泊っていた旅行者です。身分証の控えもあります。南のギニー国からの旅行者で、シタ村という漁村の出身とありますが、南の島から来たと周囲には話していたようです。宿の主人も、食堂の女達も普段から親しく話をしていたようで、いろいろ情報が聞けました」

騎士たちは、それぞれラーシアについて調べてきたことを報告した。
ルシアンは胸の前で腕を組んで、眉をひそめた。

「入国書類にあった情報と周りに話していた内容が微妙に違うようだな。門に残っていた町の書類にはギニー国の旅券を所持とあるが……。我が国の通行証も所持とある。番号は控えているのか?」

「その番号のことなのですが……」

口を挟んだのは副官のレイクだった。

「国が発行した契約書類等の保管所の記録を調べました。十年前に発行されたもので、生贄になったイシャリの母親を故郷に返すために作られたものです」

「ラーシアが十年前の旅券を持っていたのか?!」

イシャリという名前が出たが、本当はシーアという娘であることをルシアンと副官のレイクだけが知っていた。
生贄が入れ替わった話は上層部の騎士達にしか知らされていない。
それ故、生贄の入れ替わりを知らない騎士たちにとって、十年前に生贄になったのはイシャリなのだ。

本当に生贄になったのはシーアであることを部下達に知られてはならない。
ルシアンとレイクの間に緊張が走る。

二人はナタ村の住民名簿でシーアの名前を調べていた。
イシャリが村長の娘であることは、用心深く調べればわかったことだった。
今まで生贄に選ばれてきた娘は、身を売るより生贄になった方がましだと考えるほど貧しい家の娘ばかりで、生贄になりたくないと駄々をこねられたことがなかった。

ルシアンとレイクは住民名簿にあったシーアの母親について考えた。
シーアの母親はギニー国のシタ村の出身だった。
南の島から時々旅人がやってくると聞く場所だ。

となれば、ラーシアは生贄になったシーアの母親と接触していたことになる。
つまり、バレア国入国前には生贄が入れ替わった話を知っていた。

しかし自分の口からは明かさず、アンリが口を割るように誘導したのだ。
そこには国の騎士や研究者がいた。

「ラーシアは、そのイシャリの母親と関係があるということか?彼女にその旅券を借り、この国に観光に来た?」

娘を奪われた母親が復讐のためにラーシアを送り込んできたとは考えられないだろうか。
物騒な考えがルシアンの頭に浮かぶ。
レイクも同じ考えに至ったらしく、何かに警戒するように目を細め、ちらりとルシアンを見る。

「心配なのはデレクだな。ラーシアと交際していたのであればかくまうことも考えられる」

「ヒューが一緒ですから、大丈夫でしょう」

レイクは請け負った。

「デレクは情に厚く流されやすいところがありますが、ヒューは合理的で野心的です。彼らを組み合わせたのは正解でした」

ルシアンは重々しく頷き、ではさらに大変な問題について話そうかと、姿勢を正した。
レイクも表情を引き締める。
秘密を知った二人にはさらなる重責がのしかかっていた。


――


 北のマウラ山は山頂付近を常に白く染めているが、そのふもとの積雪量は多くない。
むしろ季節的には温かい時期であり、雪混じりの風もデレクにとっては日常のものだった。
王都出身のヒューはユロで買った防寒具では足りないと、文句ばかりだった。

「これで冬ではないというなら、冬はどうなる?時期が冬だったら俺達はとっくに死んでいたぞ」

ジールスからルト村に向かう二人の周辺の光景は二日経ってもあまり変わらない。
多少山は迫ってきたが、家は見えてこないし、すれ違う人もいない。
デレクは懐かしい寒さに耳や頬を切られながら、空を見上げる。

「今日はましなほうだ。雪はこれ以上降らないし、夜まで穏やかな風が続く」

懐かしいような、苦しいようなそんな故郷だった。
ケティアと育んだ恋は良い思い出だったが、村に希望はなかった。

「穏やかな風だと?!氷のように冷たいぞ」

ヒューの文句にデレクは苦笑した。

「ルト村にはもてなしの家があるのだろうな?そうだ。確認しておくが、ケティアは村長の娘ではないな?」

十年前は村長の娘が生贄だったせいで、入れ替えが起こってしまった。
先触れはまず村の村長に生贄の名前を告げる。

村長は、先触れに協力することになっている。それが村のためだからだ。

生贄が逃げないように村長が村の若い者達を集め、その家を取り囲み、先触れが家の扉を叩く。
当人に、生贄に選ばれたことを告げ、それを通知する国の書面と金を渡し、これからの流れを説明する。
そこから村中にその事実が告げられ、祭りの準備が始まる。

先触れは、騎士団の本体が到着するまでに、生贄の娘から叶えたい望みを聞き出し、そのための段取りを整える。
前回は、シーアがイシャリの身代わりとなったため、シーアの願いが聞き届けられた。

生贄の願いは無条件で叶えられる。それ故、名前や出身地に関して詳しい調査も何もなかった。
今回の生贄の顔はデレクが知っている。
ケティアへの愛情で嘘をつく可能性もあるが、単純でわかりやすいデレクなら全て顔に出る。

「暖炉のある家でくつろぎたいな……なんでこうも寒い場所ばかりなんだ」

ヒューは曇り空に向かってぼやきながら、その点では安心だなと考えた。

デレクは先頭を進みながら、一人物思いに沈んでいた。
ルト村が近づくに連れ、死が間近に迫ってくるようだった。
王都にいた時は、ケティアが生贄に選ばれたと知っても、まだどこか遠くの話のように思っていた。それがどんどん現実味を帯びてくる。
愛していたし、結婚を考えたことのある女性だ。
待っていてくれと言いたくてたまらない思いを振り切り、待たなくて良いと告げた。

今はラーシアを愛しているが、やはり捨てきれない情があるし、卑怯なことをしている自覚もある。

頭にこびりついて離れないのはやはりラーシアの言葉だ。
どんなに強くなっても、どんなに立派な騎士団があっても、たった一人の命だけは守れない。
百人が助かるのに、一人だけは助からない。

ケティアは英雄になる。竜から百人の人間を守る。ただし、一人は恐ろしい竜を前に誰にも助けてもらえずに死んでしまう。
それは騎士団が守るべき正義なのだろうか。

ラーシアの落ち着いた微笑みが目に浮かぶ。
どんなことも明るく受け止め、心に浮かんだ疑問を無邪気に口にする。
百年以上も見過ごされてきた、たった一つの命をラーシアは見過ごさなかった。

それがひどく気にかかる。
異国の人間だから、事の重大さをわかっていないだけだろうか。
わかっていないのは自分たちである可能性は万に一つもないのだろうか。

ケティアに死を告げなくてはならない。
その時が刻々と迫る。
それはまるで自分の死刑宣告を待つように辛い。
しかし死ぬわけではないデレクが辛いと思うこと自体、違和感がある。

ケティアの両親や、友人たちの顔も覚えている。
村で過ごした幼少時代の思い出もある。
貧しい暮らしだったが、互いに手を取り合い笑ったこともある。

騎士になることに迷いはなかった。金や暮らしの為だけじゃない。
男なら誰もが憧れる国の仕事だ。

どこから沸いてくるのかわからない心の迷いを抱え、デレクは前に進み続けた。


――


 立ち入りを禁じられている森を出たラーシアとラルフは、小さな集落へ向かう細道に立っていた。
地図を地面に広げていたラルフが、ユロをくだったふもとの村の一つだと道の先を指さした。

「この間より少し西に出たな。ルオの村がたぶんあっちだ。東に行けばルトの村の手前に位置するジールスの町に向かう街道に出る」

「大きな道じゃなくて、小さな地元の道がいいな。竜にまつわる小さな観光地があるだろう?」

ラーシアがのんびりとした口調で言う。

「そうだな。ルオの村によっていくか?宿もあるし酒場もある。今は竜の年だし、祭りの準備をしているかもしれない」

ラルフの言葉に、ラーシアは苦笑した。
百人が救われることを喜び、英雄が選ばれたことを祝う。
悲しみをごまかすためなのか、それとも盲目的にうれしいことだと教育されているのか。

「不思議な国だな。でもまあ、悲しみに沈む国であるより、前向きでいいのかな?」

恋人を殺された男が地図を畳み、ラーシアに手を差し出した。
その手をラーシアが握る。

「失われる命の痛みに気づいてくれた人が一人でもいたことは、俺にとって救いだ」

困ったようにラーシアは微笑む。

「教会にもよっていこう。俺達はかなり呪いを受けたはずだ」

ラーシアは肩を大袈裟に回す。

「ラルフはその自覚がある?」

「無いけど、やっておこう。旅が続けられなくなっては困る」

二人は手を繋ぎ、距離を縮めて歩き出す。

森に沈みそうな小さな村は意外にも多くの人で賑わっていた。
安全で小さな観光地は旅行者も立ち寄りやすい。

可愛い屋台がずらりと町の門から広場まで続き、旅行者用の宿が一軒増えていた。
この村を訪れたことのあるラルフが、この宿は新しいとラーシアに教えた。
竜の尻尾という名前の飴菓子を買ったラーシアは、それをラルフに一本渡した。

「食べてみてよ。何の味かわからないんだ」

ラルフは紫色のくねった形の飴にかじりついた。
途端にぴりりと舌に痛みが走り、溶けた飴が喉を焼く。
吐き出しそうな顔を無理に堪え、ラルフは口を歪めた。

「ハハハっ」

ラーシアがラルフの顔を指さして笑いだす。

「尖り草だ!」

舌を紫にしたラルフをラーシアがからかった。

「色でわかるだろう?罰ゲーム用だって、面白いな」

むっとしながら、ラルフは強引にラーシアを抱き寄せ、唇を重ねた。

「んっ!」

紫の飴が一欠けらラーシアの口に放り込まれた。
慌ててラーシアが口を押える。

「うわっ!痛いっ」

「ハハハ」

今度はラルフが笑った。顔を見合わせ、二人は笑いながら次の屋台を覗く。
赤い竜のお面を買ったラーシアは、それを頭に被った。

「どうだ?今夜はこれでやってみないか?微妙に復讐しているつもりになれるかもしれない」

ラーシアを恋人をさらった竜にみたて、ベッドで復讐してはどうかと提案したのだ。
以前なら笑える話ではなかったが、ラルフはその冗談を明るく受け止めた。

「なるほど。俺の女をさらった仕返しに酷くしてやらないといけないな」

お面をめくり、ラーシアは挑むようにラルフを見上げた。

「そうだね。かなりこっぴどく頼むよ。そういうのも嫌いじゃない」

悲しみを怒りに、怒りは前を向く力に、その力は仲間と笑い合う未来のために。
ラーシアは赤く染まってきた空を見上げ、ラルフにひっそりと告げる。

「この国が好きだよ。ラルフ、君のことも、この国で暮らす全ての人をなんだか愛しく思うよ」

屋台の周りは人であふれ、その声はラルフの耳に届かなかった。
ラルフは人混みの中、ラーシアの腕を引っ張って進み、ここだと一軒の宿を指さした。
「良さそうじゃないか」とラーシアが応じ、二人は宿の階段を登り始めた。


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