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第一章 竜の国
19.愛ではなくても寝る女と背負いまくる男
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ユロの町の遥か下を歩き続ける二人もまた食事中だった。
岩場で捕まえた岩ウサギをラルフは器用に調理した。
皮をむき、内臓を取り除き、血を抜きながら核を取り出す。
「これを抜かないと食べられない。毒にもなるが、魔力が宿っているから魔道具としても売れる。通信具に入っているのは高性能な核だ」
岩ウサギの心臓から取り出したその血の結晶のような石を、ラルフはラーシアに見せた。
「へぇ……。きれいだな」
「南の島では取れなかったのか?魚から出るとは確かにきいたことはないが」
火の中で串刺しの肉を回しながら、ラルフが問いかける。
「そうだな。核は見たことがないな。というか、私は楽器と歌が専門だ。肉をさばいたり調理したりするのは、金を払ってやってもらうものだとばかり思っていた」
「贅沢な発言だな。親の手伝いもしないのか?」
「親か……」
「すまない。嫌な質問だったか?」
ラーシアから故郷の話を聞いたことがないことにラルフは気が付いた。
「いや……。ただ、私は親を知らないから、なんと答えていいかわからない。でもそんなことは珍しくないだろう?」
「そうだな……事情はどうあれ、貧しい暮らしにある人々は毎日生きていくのも大変だ。子供だけ残されてしまうことも珍しくない」
「そうだな。この世界は危険が多い。ラルフ、今回一緒に回ってくれた観光地は興味深いよ。
竜の岩や竜の小道、竜の花畑、竜の村を再現した観光村、安全な場所はたくさんあるのに、君が選んだ場所は全て危険と隣り合わせだ。
本物を探していた人間にしか案内出来ないところばかりだ。ここなんて、見つかったら罪人だろう?」
串刺しの肉から脂が滴り、大きな音を立てて跳ね飛んだ。
ラルフは落ち着いて肉を少し体から遠ざけ、焼けていないところはないかと確認する。
「君がそうしたところばかりあげたからだ。君が、本当に竜について知りたがっているとわかった。
俺が辿った、もっとも竜の痕跡に近いと思われる場所を見せたかった。ここを出たらどこか小さな教会に行って呪いを抜いてもらおう。目に見えなくても痕跡を辿ったものには呪いがつきまとう」
「そうだな……どこの教会でもいいのか?」
「ああ、浄化と祈りの技能を持つ神官がいればいい」
「それもこの国独自の文化か……竜の存在によって生み出された技術なのかな?」
火の傍から肉を取り出し、ラルフはラーシアに差し出しながら首を傾けた。
「それは考えたことがなかったな。なるほど、呪いを清める技術も竜のために発達してきたというなら、まさにこの国は竜と共に成長してきた国といえるのだろうな」
ラーシアはこんがり焼けた岩ウサギの肉を受け取り、熱そうにそれを頬張った。
「美味しい!味がついているのか?」
「まさか。焼いただけだ。北の生き物は脂肪が厚い。脂の甘味じゃないのか?」
「へぇ」と感心したような声をあげながらラーシアは肉にしゃぶりつく。
ラルフも焼けた肉に噛り付きながら、ラーシアに視線を向ける。
南の島から一人で観光に来ているだけあって、女の身で弱音も吐かず、この過酷な旅にうまく適応している。一日中歩いてもしっかりついてくる。疲れて座りこむこともあるが、顔を合わせればにっこりしてみせる。
辛抱強く、まるで一人前の戦士と旅をしているような気分になる。
ラルフの視線に気づいたラーシアが顔をあげた。
目が合った瞬間、人懐っこい笑みを見せる。
「なんだか、君なら本当に竜と対話が出来る気がしてくる」
ラルフの言葉にラーシアはすぐに応じた。
「出来たらいいね。その時はちゃんと、シーアのことも聞いてみるよ。まぁ、任せておいてよ。私は旅先のトラブルに強いんだ」
頼もしい言葉にラルフは苦笑した。
二人は食事を終えると、毛皮のマットの上に寝そべり、毛布をひっかぶりながら下半身だけを露出して抱き合った。
魔獣が潜んでいるかもしれない闇の中で、少し危険な行為だったが、ラーシアが追い払えると簡単にラルフを説得した。
愛ではない。ラルフは思った。
ラーシアもそれは望んでいない。ならばこの関係は何なのか。
心満たされる温かな安らぎは、これ以外の方法では得られない。
ラルフはラーシアを抱きしめ、「君が一緒で良かった」と囁いた。
――
ルト村から一番近い、大きなジールスの町に先に到着したのは、やはり馬で進んできたデレクとヒューだった。
ジールスの門には近隣に拠点を持つ三つの騎士団が到着していた。
「異例の事態だが本体が来るまで、お前達は与えられた任務にだけ集中してくれ」
新人の騎士二人は、王の隣に立つことも許される上官の騎士達に囲まれ、硬直した。
年配の騎士達は、油断なく周囲を警戒しながらも落ち着きある物腰で、二人を取り囲んでいる。
「ルト村には先触れであるお前達以外が向かうことを禁じている。物資などはお前達の後に続く。お前達はこれまで通り、国の決まりに則り先触れとして務めを果たせ」
立派な称号をいくつもぶら下げた騎士に告げられ、デレクとヒューは緊張でいくぶん裏返った声で、必ず任務を遂行すると宣言した。
背中にただならぬ重圧を感じながら、先触れの騎士二人は馬を並べてジールスの町の門を出た。
寂しい道を選びながら進み、最後の分岐路でルト村に続く道に入る。
ヒューがちらりと横のデレクの顔を見る。
先触れという任務だけでも大変なのに、デレクは余計な物をこれでもかというほど背負い込んでいる。
愛しいラーシアは他の男と仲良く旅行中で、ルト村には元婚約者が待っている。
さらに結婚を意識したこともある女に生贄に選ばれたことを告げなければならないし、もし生贄を免れたとしても、今度はラーシアを生贄にとられるかもしれない。
この王国でここまで追い込まれている男もそうそういないだろう。
ヒューは冷静に考える。
雪混じりの冷たい風の中、灰色の空を見上げ、二人は馬を進める。
周囲は何もない荒野で雪風を防げるような岩影もない。
わずかな木立もなく、ただただ荒れた貧しい土地が続く。
地方の村とはこうした貧しい土地にある。
生贄が村から選ばれたら、国から大金が入り、一気に暮らしは楽になる。
貧しさのあまり自分の村から生贄が選ばれて欲しいと思う者すらいるだろう。
「これなら出稼ぎに行かなきゃどうにもならないな」
物思いに沈んでいたヒューはうっかり声に出して呟いた。
デレクは無言だった。
小さな家や受け継ぐ田畑、あるいは家畜があればまだなんとかなるが、何もない場合は、村の手伝いのようなことをしないといけないし、町に通って何かしら仕事を見つける。
そんな暮らしでは生きていくのがやっとなのだ。
デレクも王都に出る前はそんな暮らしだった。もし、騎士になる道を選ばず村に残っていたら、さらに生贄がケティアでなければ、生贄を出した村に入ってくるお金で、迷いなくケティアに結婚を申し込んでいたに違いない。
大金を元手にいくらでも商売を始めることが出来たのだから。
頭を白く染めたマウラ山の輪郭がやっと灰色の空の向こうにくっきりと見えてくる。
「あれがマウラ山か?!ずいぶん遠いじゃないか!ルト村はふもとだろう?」
「そうだが……。ヒュー、遠くはならないから、ナタ村に寄らないか?近くなんだ。十年前の生贄を出した村だ」
「駄目だ。生贄の入れ替えが行われた話はするなと言われている。既に他の騎士達が調査に行っているさ。それに、俺達は決められた通りに任務を果たせと言われたばかりだぞ」
ヒューの言葉はもっともだった。
「なぜそんなことを思いつく」
今さっき、命令に忠実に動けと命じられてきたばかりだ。
デレクも困惑した。
「いや、ただの好奇心だ……」
命令を受けた騎士が、他のことに心を奪われるなどあってはならない。
それなのに、デレクは上官の命令に疑問を抱き、自分の頭で考えようとしている。
ヒューは苛立ちながら、デレクが道を間違えないようにしっかり監視の目を光らせた。
二人は黙々と正面に立ちはだかるマウラ山を目指し、進み続けた。
その頃、二人の所属する第四騎士団はまだ王都にいた。これから隊列を組んで先触れの後を追わなければならない。本来の第四騎士団の任務は王都周辺の治安維持だ。
しかし、竜の年の担当騎士団に選ばれた。それは団長のルシアンにとっても初めての経験だった。
さらに、今回に限って決まり通りに事は運んでいない。
団長のルシアンは副官のレイクを前に、深い息を吐きだした。
その手には王からの書状がある。
「なぜあの新人たちが先触れなのかと思ったが、こうした意図があったのだな。我らと違い、彼らはまだ任務に対する集中力が足りない。余計なものを掘り起こしてしまうことまで見越したのだろう……」
「預言者様のご指示ですか?」
「そうだ。今回の竜の年は大きな変革の時だ。だが、その計画は途中までしかまだ我らには知らされていない。鍵はこの女だ」
ルシアンは手元の書状をレイクに差し出す。
レイクが受け取り、一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに難しい表情に変わる。
そこには聞き覚えのある名前が記載されていた。
「ラーシア……隊員に聞いてみます。恐らく知っている者がいます。しかしこれは本当ですか?預言者様が?」
「骨が折れるな……。こんな重責は初めてだ」
どんな難しい任務にも弱音を吐いたことのないルシアンの言葉に、レイクは不安を覚えながら、手元の書面に目を戻した。
それから汗ばんだ手で書状の向きを変えてルシアンの前に戻す。
額をふきながら、上司が弱音を吐くのだから自分も許されるだろうとレイクは少しだけ気を抜いた。
「確かに……私も今から胃が痛いです……」
お前までそれは許していないぞと、ちらりと鋭い目を向けたルシアンは無言だった。
知らぬふりでレイクはルシアンの前に立つ。
二人はちらりと目を見合わせ、顔を背けると、声を出さないように憂鬱な息を同時に吐き出した。
岩場で捕まえた岩ウサギをラルフは器用に調理した。
皮をむき、内臓を取り除き、血を抜きながら核を取り出す。
「これを抜かないと食べられない。毒にもなるが、魔力が宿っているから魔道具としても売れる。通信具に入っているのは高性能な核だ」
岩ウサギの心臓から取り出したその血の結晶のような石を、ラルフはラーシアに見せた。
「へぇ……。きれいだな」
「南の島では取れなかったのか?魚から出るとは確かにきいたことはないが」
火の中で串刺しの肉を回しながら、ラルフが問いかける。
「そうだな。核は見たことがないな。というか、私は楽器と歌が専門だ。肉をさばいたり調理したりするのは、金を払ってやってもらうものだとばかり思っていた」
「贅沢な発言だな。親の手伝いもしないのか?」
「親か……」
「すまない。嫌な質問だったか?」
ラーシアから故郷の話を聞いたことがないことにラルフは気が付いた。
「いや……。ただ、私は親を知らないから、なんと答えていいかわからない。でもそんなことは珍しくないだろう?」
「そうだな……事情はどうあれ、貧しい暮らしにある人々は毎日生きていくのも大変だ。子供だけ残されてしまうことも珍しくない」
「そうだな。この世界は危険が多い。ラルフ、今回一緒に回ってくれた観光地は興味深いよ。
竜の岩や竜の小道、竜の花畑、竜の村を再現した観光村、安全な場所はたくさんあるのに、君が選んだ場所は全て危険と隣り合わせだ。
本物を探していた人間にしか案内出来ないところばかりだ。ここなんて、見つかったら罪人だろう?」
串刺しの肉から脂が滴り、大きな音を立てて跳ね飛んだ。
ラルフは落ち着いて肉を少し体から遠ざけ、焼けていないところはないかと確認する。
「君がそうしたところばかりあげたからだ。君が、本当に竜について知りたがっているとわかった。
俺が辿った、もっとも竜の痕跡に近いと思われる場所を見せたかった。ここを出たらどこか小さな教会に行って呪いを抜いてもらおう。目に見えなくても痕跡を辿ったものには呪いがつきまとう」
「そうだな……どこの教会でもいいのか?」
「ああ、浄化と祈りの技能を持つ神官がいればいい」
「それもこの国独自の文化か……竜の存在によって生み出された技術なのかな?」
火の傍から肉を取り出し、ラルフはラーシアに差し出しながら首を傾けた。
「それは考えたことがなかったな。なるほど、呪いを清める技術も竜のために発達してきたというなら、まさにこの国は竜と共に成長してきた国といえるのだろうな」
ラーシアはこんがり焼けた岩ウサギの肉を受け取り、熱そうにそれを頬張った。
「美味しい!味がついているのか?」
「まさか。焼いただけだ。北の生き物は脂肪が厚い。脂の甘味じゃないのか?」
「へぇ」と感心したような声をあげながらラーシアは肉にしゃぶりつく。
ラルフも焼けた肉に噛り付きながら、ラーシアに視線を向ける。
南の島から一人で観光に来ているだけあって、女の身で弱音も吐かず、この過酷な旅にうまく適応している。一日中歩いてもしっかりついてくる。疲れて座りこむこともあるが、顔を合わせればにっこりしてみせる。
辛抱強く、まるで一人前の戦士と旅をしているような気分になる。
ラルフの視線に気づいたラーシアが顔をあげた。
目が合った瞬間、人懐っこい笑みを見せる。
「なんだか、君なら本当に竜と対話が出来る気がしてくる」
ラルフの言葉にラーシアはすぐに応じた。
「出来たらいいね。その時はちゃんと、シーアのことも聞いてみるよ。まぁ、任せておいてよ。私は旅先のトラブルに強いんだ」
頼もしい言葉にラルフは苦笑した。
二人は食事を終えると、毛皮のマットの上に寝そべり、毛布をひっかぶりながら下半身だけを露出して抱き合った。
魔獣が潜んでいるかもしれない闇の中で、少し危険な行為だったが、ラーシアが追い払えると簡単にラルフを説得した。
愛ではない。ラルフは思った。
ラーシアもそれは望んでいない。ならばこの関係は何なのか。
心満たされる温かな安らぎは、これ以外の方法では得られない。
ラルフはラーシアを抱きしめ、「君が一緒で良かった」と囁いた。
――
ルト村から一番近い、大きなジールスの町に先に到着したのは、やはり馬で進んできたデレクとヒューだった。
ジールスの門には近隣に拠点を持つ三つの騎士団が到着していた。
「異例の事態だが本体が来るまで、お前達は与えられた任務にだけ集中してくれ」
新人の騎士二人は、王の隣に立つことも許される上官の騎士達に囲まれ、硬直した。
年配の騎士達は、油断なく周囲を警戒しながらも落ち着きある物腰で、二人を取り囲んでいる。
「ルト村には先触れであるお前達以外が向かうことを禁じている。物資などはお前達の後に続く。お前達はこれまで通り、国の決まりに則り先触れとして務めを果たせ」
立派な称号をいくつもぶら下げた騎士に告げられ、デレクとヒューは緊張でいくぶん裏返った声で、必ず任務を遂行すると宣言した。
背中にただならぬ重圧を感じながら、先触れの騎士二人は馬を並べてジールスの町の門を出た。
寂しい道を選びながら進み、最後の分岐路でルト村に続く道に入る。
ヒューがちらりと横のデレクの顔を見る。
先触れという任務だけでも大変なのに、デレクは余計な物をこれでもかというほど背負い込んでいる。
愛しいラーシアは他の男と仲良く旅行中で、ルト村には元婚約者が待っている。
さらに結婚を意識したこともある女に生贄に選ばれたことを告げなければならないし、もし生贄を免れたとしても、今度はラーシアを生贄にとられるかもしれない。
この王国でここまで追い込まれている男もそうそういないだろう。
ヒューは冷静に考える。
雪混じりの冷たい風の中、灰色の空を見上げ、二人は馬を進める。
周囲は何もない荒野で雪風を防げるような岩影もない。
わずかな木立もなく、ただただ荒れた貧しい土地が続く。
地方の村とはこうした貧しい土地にある。
生贄が村から選ばれたら、国から大金が入り、一気に暮らしは楽になる。
貧しさのあまり自分の村から生贄が選ばれて欲しいと思う者すらいるだろう。
「これなら出稼ぎに行かなきゃどうにもならないな」
物思いに沈んでいたヒューはうっかり声に出して呟いた。
デレクは無言だった。
小さな家や受け継ぐ田畑、あるいは家畜があればまだなんとかなるが、何もない場合は、村の手伝いのようなことをしないといけないし、町に通って何かしら仕事を見つける。
そんな暮らしでは生きていくのがやっとなのだ。
デレクも王都に出る前はそんな暮らしだった。もし、騎士になる道を選ばず村に残っていたら、さらに生贄がケティアでなければ、生贄を出した村に入ってくるお金で、迷いなくケティアに結婚を申し込んでいたに違いない。
大金を元手にいくらでも商売を始めることが出来たのだから。
頭を白く染めたマウラ山の輪郭がやっと灰色の空の向こうにくっきりと見えてくる。
「あれがマウラ山か?!ずいぶん遠いじゃないか!ルト村はふもとだろう?」
「そうだが……。ヒュー、遠くはならないから、ナタ村に寄らないか?近くなんだ。十年前の生贄を出した村だ」
「駄目だ。生贄の入れ替えが行われた話はするなと言われている。既に他の騎士達が調査に行っているさ。それに、俺達は決められた通りに任務を果たせと言われたばかりだぞ」
ヒューの言葉はもっともだった。
「なぜそんなことを思いつく」
今さっき、命令に忠実に動けと命じられてきたばかりだ。
デレクも困惑した。
「いや、ただの好奇心だ……」
命令を受けた騎士が、他のことに心を奪われるなどあってはならない。
それなのに、デレクは上官の命令に疑問を抱き、自分の頭で考えようとしている。
ヒューは苛立ちながら、デレクが道を間違えないようにしっかり監視の目を光らせた。
二人は黙々と正面に立ちはだかるマウラ山を目指し、進み続けた。
その頃、二人の所属する第四騎士団はまだ王都にいた。これから隊列を組んで先触れの後を追わなければならない。本来の第四騎士団の任務は王都周辺の治安維持だ。
しかし、竜の年の担当騎士団に選ばれた。それは団長のルシアンにとっても初めての経験だった。
さらに、今回に限って決まり通りに事は運んでいない。
団長のルシアンは副官のレイクを前に、深い息を吐きだした。
その手には王からの書状がある。
「なぜあの新人たちが先触れなのかと思ったが、こうした意図があったのだな。我らと違い、彼らはまだ任務に対する集中力が足りない。余計なものを掘り起こしてしまうことまで見越したのだろう……」
「預言者様のご指示ですか?」
「そうだ。今回の竜の年は大きな変革の時だ。だが、その計画は途中までしかまだ我らには知らされていない。鍵はこの女だ」
ルシアンは手元の書状をレイクに差し出す。
レイクが受け取り、一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに難しい表情に変わる。
そこには聞き覚えのある名前が記載されていた。
「ラーシア……隊員に聞いてみます。恐らく知っている者がいます。しかしこれは本当ですか?預言者様が?」
「骨が折れるな……。こんな重責は初めてだ」
どんな難しい任務にも弱音を吐いたことのないルシアンの言葉に、レイクは不安を覚えながら、手元の書面に目を戻した。
それから汗ばんだ手で書状の向きを変えてルシアンの前に戻す。
額をふきながら、上司が弱音を吐くのだから自分も許されるだろうとレイクは少しだけ気を抜いた。
「確かに……私も今から胃が痛いです……」
お前までそれは許していないぞと、ちらりと鋭い目を向けたルシアンは無言だった。
知らぬふりでレイクはルシアンの前に立つ。
二人はちらりと目を見合わせ、顔を背けると、声を出さないように憂鬱な息を同時に吐き出した。
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