竜の国と騎士

丸井竹

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第一章 竜の国

14.慰める女と受け入れた男

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 草木の乏しいユロの町はほとんどが石で造られている。
要塞の場所は少し離れたさらに高い斜面の上だった。

まずは宿を決め、それぞれ部屋をとった。
ヒューとデレクは二人部屋で、ラーシアの部屋とはだいぶ離れていた。
ラルフはラーシアの部屋の近くに部屋をとった。
ヒューはラーシアと常に距離を空けていた。

 二人部屋に入ったヒューが、デレクに話しかけた。

「ラーシアのことだが」

「わかっているよ。気味が悪いといいたいのだろう?俺はそうは思わないが、お前がそう感じているなら仕方がないことだ」

「そうじゃない。生贄のことだ」

荷物を片付けていたデレクは腰を上げ、寝台に座ってヒューと向かい合った。

「十年に一度の生贄についてお前はどう思う?俺はこれを変えるなどと考えたこともなかったが、もし、この生贄の儀式を完全に廃止することが出来たら、それは俺達の手柄だろう。歴史に名を残すぞ」

真顔のヒューを信じられないものをみるような目でデレクは見返した。

「本気か?そのために俺にラーシアを売れというのか?」

「そうじゃない。ラーシアは切り札だ。俺が言いたいのは、生贄が入れ替わっていたという話だよ。
もしラーシアの言葉通り、預言者様は何もかも見通していたとしたら、それは変革の時を俺達に促しているのかもしれない。
十年平和な時が過ぎた。つまり入れ替わりは成功だ。もしも、この入れ替わりが公に行われていたら、俺達は十年、何かしら呪いがあるのではないかと怯えることになっていた。悪いことが起きるたびに国のせいにして、反逆者が生まれたかもしれない。
この入れ替わりを国が秘密にしていたからこそ、国民を動揺させることなく、竜を試せたのだとしたら。
それは、国の意図に近づいた気がしないか?出世するには上の人間の意図を読まないといけない。
このことに気づいているのは俺達だけだ。この情報は使える時に使わないと価値がなくなる。
皆が知ったあとでは手柄にならない。噂を消せと命じられたら今すぐ消しに行ける距離にいる。さらなる計画があるから少し待てと言われたら、俺達は新人でありながら上の意図に気づいたということになる」

熱のこもった鬼気迫るヒューの語り口調に圧倒され、デレクはその言葉に聞き入った。

「第七騎士団の要塞はユロから三日のジールスの町に近い。今から知らせを出せば、転送でジールスの配達点に到着する。俺達がルト村に到着する前に、何か動きがあるとすれば、上の方である程度の手配が終了していることになる。
つまり、入れ替わりが意図的であったとすれば、次の計画が動き出すことになる」

「ラーシアの推測だろう?もし意図的でなかったとしたら、隠れ住んでいるアンリたちの生活はどうなる?国の役目から逃げたイシャリは罪人になるかもしれない。それに預言者様の顔を潰すことになるだろう……」

「そうだろうな。だから、国はどちらにしても意図的に行ったと言うしかないんじゃないかな?」

まさかと、デレクは目を細めた。野心をたぎらせたヒューの目はまっすぐにデレクを見据えている。

「預言者様が南の島の出身かどうかはわからないが、思念が読めることは確かだろう。なにせ竜と対話ができるのだから。となれば、真実だってわかるはずだ」

「アンリとイシャリには子供がいる」

もし入れ替わりが公になれば、アンリとイシャリはどうなるのかとデレクは考えた。
これまで生贄として家族を国に差し出した人々は納得できるだろうか。生贄に選ばれながらも逃れた人を。
ヒューは続ける。

「この事実をもみ消そうとするか、それとも公にするのか、預言者がどう判断してくるのか気にならないか?」

「もし、生贄の入れ替わりが意図的に見逃され、次の手を打つ段階だとしたら、俺が生贄になる……。ラーシアはだめだ」

「お前が生贄になっても何も変わらない。ラーシアじゃなきゃだめだ。彼女は特別な能力がある」

竜の伝説は富を生む。十年に一度の竜の年もお祭りだ。
だけど、その裏には竜に翻弄され苦しむ人々がいる。それがこの国の真の姿なのだろうか。
ラーシアの言葉は重く、まっすぐに突き刺さってくる。

二人の騎士は互いの心を探るように見つめ合い、思考の淵に沈みこむ。
闇の中には長い歴史の中で、誰も考えたことのない未来がある。読めない未来に怯え、生贄を差し出し続けるのか?
あるいは見えない未来に希望があると信じ、犠牲を恐れず戦うのか。

その問いは今、バレア国に静かに投げかけられていた。



 その頃、少し離れた場所に部屋をとったラーシアが、ラルフの部屋の扉を叩いていた。
しばらく叩き続け、ようやく扉は開いたが、現れたラルフは暗い表情のまま立ち尽くし、一言も発しない。

「ラルフ……入れてよ」

ラーシアの言葉で、ラルフはやっと後ろに下がった。
部屋に入り、ラーシアは扉を閉める。

ぼんやり立っているラルフの腕を引っ張り、ラーシアはラルフを寝台に座らせた。
その隣にラーシアも座る。

「ラルフ、竜の痕跡を辿ろう。ユロの町には竜の滝がある。かなり標高が高いからゆっくり登らないと体がきつくなる。山に体を慣らすためにも早朝出かけて一晩山に泊まろう」

ラルフは両手で顔を覆い、ごろんと後ろに寝そべった。
その顔を覗き込み、ラーシアは声をかける。

「ラルフ……。聞いて欲しいことがある。君を苦しめた事本当に申し訳なかった」

「どういうことだ?ラーシア、君は何もしていないだろう?」

十年前にはこの国のことさえ知らなかったラーシアに謝罪され、ラルフは怪訝な顔になった。

「そうだけど……。実は……生贄が入れ替わった話、知っていた」

驚愕し、ラルフは飛び起き、その勢いのままにラーシアを寝台に押し倒した。
ラーシアは怒りと驚きに染まるラルフの顔を見上げた。

「お前もあいつらの仲間だったのか?ナタ村にいた?」

入れ替わりに関与したのは村長と村長の娘イシャリ、そしてアンリの三人だ。
あるいはそれを知った村人たちから聞いたのかもしれない。
どちらにしろ、シーアを助けられたかもしれない時に、生贄の入れ替わりを知っていたとしたら許せない。
しかしラーシアはその可能性を否定した。

「違う。私は南の島からきた観光客だ。一年前、私は南の島から船で大陸に上陸した。その浜辺に小さな村があった。知っていたか?シーアの母親は漁村の出身だ。そこで彼女の母親に会った」

顔を強張らせ、ラルフは食い入るようにラーシアを見おろす。

「彼女は、亡くなった娘の年と同じぐらいだと私をもてなしてくれた。家に泊め、食事をふるまい、温かな寝床を用意した。竜の伝説をもつバレア国の話を聞き、観光してみようと思った。別れ際、彼女はなぜ娘が亡くなったのか私に話した。
生贄に選ばれたのだと、彼女はそういって私に何も言わず金の袋を押し付けた。
何も言わなかった。何も言わなかったんだ。ラルフ……娘を奪われた母親は無言で、その時に手に入れた金を私に押し付けた。だから、ラルフ、終わりにしよう」

母親は娘が誰かの身代わりで生贄になった事実を受け入れたのだ。
ラルフはラーシアの上に覆いかぶさり、唇を震わせた。
ラーシアの頬に熱い滴りが落ちた。

「う……うう……うっ……」

二人は自然と抱き合い、ラルフは濡れた頬をラーシアに押し付けた。

「シーア……シーア……俺は……俺はどうしたらいいんだ……」

「ラルフ、真実を知ってもシーアを愛しているだろう?それなら、それで十分だ」

アンリに辱められ、逃げるように生贄になってしまったシーア。
正直に話してくれていたら、変わらず愛していると告げられた。
それでも愛していると安心させてやれたのだ。

ラーシアの言葉に、ラルフはさらに激しく泣き始めた。
ラルフの唇がラーシアの頬を撫で、耳をついばんだ。それから首を舐めるように伝う。

愛でも欲望でもない、それは慰めを求めるような愛撫だった。
互いに服を脱ぎ、ラーシアはすがりつくラルフの体を受け入れた。
ラルフはイシャリにしたような乱暴なものではなく、愛するシーアを抱いた時のようでもない、ただ、ひたすら心を埋めるようにラーシアの体に優しい愛撫を繰り返した。

空っぽになった寝台の片側を埋めるように、体を重ね、体温を感じ、肌を擦り合わせ、ついに濡れた茂みをこじ開けた。
柔らかな秘肉にしゃぶりつきながら、ラルフは手を伸ばしてラーシアの乳房に触れた。
イシャリを抱いても手に入らなかった、人のぬくもりがそこにあった。

優しく、張り詰めた肉の塊をラーシアの中に押し込むと、ラルフは感極まったように声をあげた。

「シーア……」

呼んだのは残念ながらラーシアの名ではなかった。だけど、ラーシアはほっとしたように下からラルフの体を抱きしめた。
慰めるように肩から背中をなでおろす。

「ラルフ……一人でよくがんばったな……」

ラーシアが耳元で囁くと、むせび泣きながら、ラルフは腰を動かした。何度も何度も体を揺すり、腰を押し付け、そのうち頭が真っ白になるまで快楽を貪った。
ラルフが満足するまで、ラーシアはラルフの腕に抱かれ続けた。


 
 その音を間の悪い男が聞いていた。
夜の食事に出ないかと誘いに来たデレクとヒューだった。

ラーシアは切り札と位置付けたヒューは、別行動になる前に、今後のラーシアの予定を聞き出そうと、デレクと一緒にラーシアの部屋を訪れた。
ところが、部屋にラーシアはおらず、隣のラルフの部屋から何やら物音が聞こえだした。
それは寝台がぎしぎしと軋むような音で、ついでに男女の甘い息遣いまで扉越しに漏れてきた。
デレクは真っ青になってドアノブに伸ばした手を止め、震え出した。

ヒューが気の毒なデレクの肩を叩いた。

「一旦、別れたはずだろう?旅先の男女なんてものはこんなものだ。ラルフは気の毒な男だし、ラーシアは気の毒な男に弱い。先に食事に行こうぜ。また後で話をしにこよう」

階段へ向かいながらヒューがまだ扉の前を動かないデレクを促した。

「まずは手紙を出してこよう。俺達は仕事中だぞ。色恋沙汰は任務が終わった後にしてくれ」

もっともな発言だった。デレクは肩を落とし、階段を駆け下りていくヒューを追いかけた。


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