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第一章 竜の国
12.夜が明けて
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月が隠れ、森が暗闇に閉ざされると、ふと気配が動いた。
「ヒュー、どこに行く?まだ諦めていないのか?」
「いや……」
背後の闇からヒューの声が聞こえ、再び地面に座り込む音がした。
「お前はなんともないのか?ラーシアは思念を読む。気持ち悪くないか?」
「今は寝ている。それに、俺は彼女と一年付き合ってきた。最初の頃、俺は本当にずるい男だった。ケティアのことも忘れきれていなかった。それなのに、ラーシアに惹かれて一晩で良いからこの体を抱きたいと考えた。
王都と故郷は離れているから両方うまく繋ぎ留められないかと考えたこともあった。
そのうち、ラーシアだけが好きだと気づいたが、近くにいる女の体に愛着を感じるのは当然だ。やはり傍にいる女が一番になるのだと簡単に考えた。
ラーシアの優しさや温かさに一番に惹かれたが、会えば抱くことばかり考えたし、かなり浅ましいことも企んだ。外で抱いてみたいとか、ステージで口づけして困らせてやろうとか。なんというか、もう今更だ。今の方がよっぽど純粋に彼女を想っている。
彼女はまるごと俺を受けとめてくれていたのだと思うと、愛しさが募る。
それに、思念を読めるが、いつも読むわけじゃないと言っていただろう?
読むなと言えば読まないでくれるさ」
「今日の俺の企みに気づいたのだって、推測しただけのわけがない」
「まぁ……彼女は恐ろしく合理的にものを考える。人の感情を裏表なく考えてどう転がるか読んだだけのことだ。お前のことも理解できるとラーシアは言っていた。
自分がこの国の騎士であり、伝統を重んじるように教育されていたら、迷いなくこの町を滅ぼすかもしれないとさえ口にした」
ヒューはぎょっとした。確かに、この町の人々、特にアンリ家族の近くに住むメーヤ夫妻は、イシャリが生き残った生贄だと知っている可能性もある。
完全に口を塞ぎたいなら、このことを知っている可能性のあるものを一人残らず殺さなければならない。
さすがにヒューもそこまでは考えなかった。女のラーシアが考えたというのは驚きだ。
「本当に?騙されているだけでは?」
「人はみなそれぞれの立場に立って物事を考える。それぞれの正しさを合わせて、落としどころを決める。
彼女はそんな風にものを考えているように俺は思う。
だけど……彼女が生贄になることは反対だ……。
第七騎士団に立ち寄った時に、この話をどう切り出すべきか考えなければならない」
闇に沈み、二人の姿は見えない。
互いの気配だけを感じながらも、二人は周囲を警戒し続けている。騎士訓練の賜物だ。
「上は、俺より酷いことを考えるだろう。この話を上にあげて、何かが動けば、その力は止めようの無い大きなものになる。そんなものに巻き込まれるのはごめんだ。落としどころなんて考えていられなくなるぞ」
ヒューはラーシアの言葉を思い出した。
――国が消し去ると決めたならきっとそうなるさ。どんなにややこしい問題になったとしてもね……
大きな権力が白を黒とすると決めれば、国中が黒に向かって舵を切る。
「ヒュー……。俺達は誰のためにこの話を考えているのだろうな。生贄は国のためか?
では生贄がなくなることは国のためではないのか?逆のことなのに両方とも国のためだ。
人の命は数で尊ぶべきなのか?千年続けば百人が死ぬ。それは正義なのか?
もし、ラーシアが竜と対話して、これを竜にやめさせることができるなら、それはすごいことだ。
死ぬはずだった百人は死ななくて済むだろう。俺はラーシアを守りたいが、彼女は俺の気持ちを中心には考えない。彼女は傍観者でありながら渦の真ん中にいる。
俺達は、ただの駒であり、兵隊だ。でも彼女は誰にも囚われず物事を客観的に眺めて、考えている。恐ろしいことでもあり、必要なことだとも感じている。
ヒュー、ラルフの立場に立てば、今夜のことは妥当だといえるのか?」
その夜の会話は投げかけられた疑問で終わった。
静寂の中、ヒューはもうそこを離れようとはしなかった。
ただ闇の中でじっとしていた。
仮眠をとったかもしれないし、とっていないかもしれない。
ただ、二人の男は少し距離をあけ、そこに互いの気配を感じていた。
朝靄が立ち上り、明るい日差しが水の粒子に反射して宝石のように輝いた。
ラーシアは目を覚まし、温かな胸の中に頬を押し付けた。
「一晩中起きていたのか?」
膝の間に抱いていたラーシアが目を覚ましたことに気づき、デレクは凝り固まった体をほぐし始めた。
「一晩ぐらい平気だ。眠れたか?体は痛くなかったか?」
「うん。平気だ」
ラーシアが両腕を頭上に突き上げ、背中を伸ばす。
「ユロの町に行くか。ラルフはどうするかな?」
問いかけたのはデレクだった。ヒューの気配を意識したものだったが、答えはなかった。ラーシアが答えた。
「連れていくよ。ラルフに生贄にされたシーアを見つけ出すという目的を失わせたらだめだ。ここで腐っていくよりは、竜を追って旅を続けた方がいい」
「十年も探しているのに、まだ探すのか?この辺りで終わりにしておいた方が良い気もするな」
発言したのは後ろにいたヒューだった。
マントの埃を払う音がした。
「どうかな?これは完全に推測だけどさ、イシャリと子供のことはメーヤ夫妻にはわかっていたと思うんだ。なにせご近所さんだしね。老夫婦にとったら、小さな子供は可愛いものだろう。
アンリもこの町に長年住んでフェデルの助手を務めている。
彼のしたことはフェデルも知ったが、彼は歳をとっているし助手は必要だ。ここは小さな町で皆が顔見知りだ。突然やってきたラルフはよそ者だ。
アンリがしたことが最悪なことだったとしても、妻と子供を守るためだとすれば、同情的にもなる」
「つまり?」
鋭くヒューが切り込む。
「ラルフをここに置いておくと、ラルフが危険だ。十年も苦しんだはけ口をイシャリにぶつけることになれば、彼女が孕むまでここにいると言いかねない。
彼はもうシーアと結ばれず、子供も持てない。それなのに、ラルフからシーアを奪ったアンリは妻がいて、子供までいるのは許せないだろう」
憂鬱な溜息をつき、デレクがアンリの小屋に向かって歩き出す。ヒューはデレクが近づいてくるのを待って、隣を歩き出した。その後をラーシアが続く。
アンリの小屋の扉を叩き、先に中に入ったのはラーシアだった。
まだイシャリが裸でいるようなら、部屋に先に入るのは女の方がいいだろうと判断したからだ。
「ラルフ!いるんだろう?」
通路を進み、二人がいる部屋の扉を開けたラーシアはすぐに後ろに叫んだ。
「デレク!ヒュー!」
躊躇いがちにラーシアに続き廊下を歩いてきた男二人が、何事かと駆け足になる。
「デレク!ヒュー!どちらでもいいからフェデルの所に行って解毒薬をもらってきてくれ。作っているはずだ」
ヒューがすぐに引き返して走り去る。デレクは残り、ラーシアの後ろから部屋を覗き込んだ。
「うっ……」
寝台の上にはイシャリがいた。
全裸で仰向けに倒れ、無残に凌辱された跡を晒している。
その床にラルフが倒れている。
体を横にし、目を閉じた状態で、時折びくりと体がけいれんしている。
落ちているのはグラスと水差しだ。
水差しの側面がうっすらと赤くなっている。
「竜花は毒だからね……今後一生脅されるよりは殺した方が早いよね」
虚ろな目でイシャリは天井を見上げている。涙にぬれ、憔悴しきっているようにみえたが、意識はしっかりしていた。
「部外者のくせに……」
イシャリがひっそりと悪態をつく。
ラーシアはラルフに近づき、その息を確かめた。
「水で薄まるかな」
腰袋から水筒を取り出し口に含むと、ラーシアはラルフに唇を重ね、水を流し込んだ。
「ラーシア!俺が代わる」
慌ててデレクが膝をつく。
水筒をとりあげ、口に含むと、ラーシアを押しのけ、ラルフの口に注いだ。
ラルフの喉がゆっくり動いた。
「デレク、外に出て、町の人達だ」
はっとしてデレクが顔をあげると、窓の向こうに役人たちの姿が見えた。
なんとなく物騒な気配を帯びている。
イシャリがラルフを殺すことを知っていて、ラルフの死体の始末にきたのかもしれない。
デレクが部屋を出て行く。
すぐに窓の向こうに現れ、こちらに向かってきていた町の人々の前に立ちはだかる。
その様子を確認し、ラーシアは寝台に目を向けた。
全裸のイシャリはまだ体を隠そうとしない。
「服を着るなり、毛布を被るなりしたら?それとも、その格好で町の人達の同情を買うつもり?」
辛辣な言葉を吐いたラーシアは、ラルフに視線を向けて呼吸を確かめる。
イシャリがのろのろと体を起こし、布団を引き寄せる。
「こんなことしたかったわけじゃない……」
泣き落としに入ろうとしたイシャリは、すぐにそれをやめた。
ラーシアは窓の外にもう一度目を向けた。
デレクは背中側しか見えないが、手を大きく動かし、熱心に町の人達と何か話している。
「仕方がなかったのよ。わかるでしょう?同じ女なら。私は母親で、こんなこと許すわけにはいかなかった。シーアの替わりに子供を産んでもらうと言われたのよ。そんなの無理に決まっているじゃない」
イシャリの言い訳に、ラーシアは淡々と答えた。
「それだけ恨みを買っただけの話だろう?誰かが身代わりに死んだということは、その誰かを愛していた人の恨みを買うということだ。それぐらいの覚悟はしておくべきだったと思うけどね。
まぁでも、どちらの味方もしないよ。私は部外者だ。だけど、目の前の命を見捨てる真似はしない。
私はこの国が好きだからね。この国の人を死なせたくはない。あんたのことも、この人のこともね」
窓の外ではデレクの説得が続いている。
話している内容は少し距離があってわからないが、その後ろからフェデルとヒューが現れると、町の人達は明らかに動揺したような顔をして、町の方へ引き返していった。
しばらくして白髭を編んだフェデルが部屋に入ってきた。
「解毒薬だ」
差し出された小瓶の蓋を開け、ラーシアは匂いをかいだ。
それから少し指先に垂らし、舌で舐める。
その様子を後ろからフェデルはじっと見つめている。
ラーシアは小瓶をラルフの唇にあて、中の薬をゆっくり注ぎ込んだ。
ラルフの喉がごくりと動いた。
外に出て町の人達を説得していたデレクが戻ってきて、部屋に入ってきた。
ヒューはデレクに道を空け、やはりラーシアから距離をとった。
「ヒュー、どこに行く?まだ諦めていないのか?」
「いや……」
背後の闇からヒューの声が聞こえ、再び地面に座り込む音がした。
「お前はなんともないのか?ラーシアは思念を読む。気持ち悪くないか?」
「今は寝ている。それに、俺は彼女と一年付き合ってきた。最初の頃、俺は本当にずるい男だった。ケティアのことも忘れきれていなかった。それなのに、ラーシアに惹かれて一晩で良いからこの体を抱きたいと考えた。
王都と故郷は離れているから両方うまく繋ぎ留められないかと考えたこともあった。
そのうち、ラーシアだけが好きだと気づいたが、近くにいる女の体に愛着を感じるのは当然だ。やはり傍にいる女が一番になるのだと簡単に考えた。
ラーシアの優しさや温かさに一番に惹かれたが、会えば抱くことばかり考えたし、かなり浅ましいことも企んだ。外で抱いてみたいとか、ステージで口づけして困らせてやろうとか。なんというか、もう今更だ。今の方がよっぽど純粋に彼女を想っている。
彼女はまるごと俺を受けとめてくれていたのだと思うと、愛しさが募る。
それに、思念を読めるが、いつも読むわけじゃないと言っていただろう?
読むなと言えば読まないでくれるさ」
「今日の俺の企みに気づいたのだって、推測しただけのわけがない」
「まぁ……彼女は恐ろしく合理的にものを考える。人の感情を裏表なく考えてどう転がるか読んだだけのことだ。お前のことも理解できるとラーシアは言っていた。
自分がこの国の騎士であり、伝統を重んじるように教育されていたら、迷いなくこの町を滅ぼすかもしれないとさえ口にした」
ヒューはぎょっとした。確かに、この町の人々、特にアンリ家族の近くに住むメーヤ夫妻は、イシャリが生き残った生贄だと知っている可能性もある。
完全に口を塞ぎたいなら、このことを知っている可能性のあるものを一人残らず殺さなければならない。
さすがにヒューもそこまでは考えなかった。女のラーシアが考えたというのは驚きだ。
「本当に?騙されているだけでは?」
「人はみなそれぞれの立場に立って物事を考える。それぞれの正しさを合わせて、落としどころを決める。
彼女はそんな風にものを考えているように俺は思う。
だけど……彼女が生贄になることは反対だ……。
第七騎士団に立ち寄った時に、この話をどう切り出すべきか考えなければならない」
闇に沈み、二人の姿は見えない。
互いの気配だけを感じながらも、二人は周囲を警戒し続けている。騎士訓練の賜物だ。
「上は、俺より酷いことを考えるだろう。この話を上にあげて、何かが動けば、その力は止めようの無い大きなものになる。そんなものに巻き込まれるのはごめんだ。落としどころなんて考えていられなくなるぞ」
ヒューはラーシアの言葉を思い出した。
――国が消し去ると決めたならきっとそうなるさ。どんなにややこしい問題になったとしてもね……
大きな権力が白を黒とすると決めれば、国中が黒に向かって舵を切る。
「ヒュー……。俺達は誰のためにこの話を考えているのだろうな。生贄は国のためか?
では生贄がなくなることは国のためではないのか?逆のことなのに両方とも国のためだ。
人の命は数で尊ぶべきなのか?千年続けば百人が死ぬ。それは正義なのか?
もし、ラーシアが竜と対話して、これを竜にやめさせることができるなら、それはすごいことだ。
死ぬはずだった百人は死ななくて済むだろう。俺はラーシアを守りたいが、彼女は俺の気持ちを中心には考えない。彼女は傍観者でありながら渦の真ん中にいる。
俺達は、ただの駒であり、兵隊だ。でも彼女は誰にも囚われず物事を客観的に眺めて、考えている。恐ろしいことでもあり、必要なことだとも感じている。
ヒュー、ラルフの立場に立てば、今夜のことは妥当だといえるのか?」
その夜の会話は投げかけられた疑問で終わった。
静寂の中、ヒューはもうそこを離れようとはしなかった。
ただ闇の中でじっとしていた。
仮眠をとったかもしれないし、とっていないかもしれない。
ただ、二人の男は少し距離をあけ、そこに互いの気配を感じていた。
朝靄が立ち上り、明るい日差しが水の粒子に反射して宝石のように輝いた。
ラーシアは目を覚まし、温かな胸の中に頬を押し付けた。
「一晩中起きていたのか?」
膝の間に抱いていたラーシアが目を覚ましたことに気づき、デレクは凝り固まった体をほぐし始めた。
「一晩ぐらい平気だ。眠れたか?体は痛くなかったか?」
「うん。平気だ」
ラーシアが両腕を頭上に突き上げ、背中を伸ばす。
「ユロの町に行くか。ラルフはどうするかな?」
問いかけたのはデレクだった。ヒューの気配を意識したものだったが、答えはなかった。ラーシアが答えた。
「連れていくよ。ラルフに生贄にされたシーアを見つけ出すという目的を失わせたらだめだ。ここで腐っていくよりは、竜を追って旅を続けた方がいい」
「十年も探しているのに、まだ探すのか?この辺りで終わりにしておいた方が良い気もするな」
発言したのは後ろにいたヒューだった。
マントの埃を払う音がした。
「どうかな?これは完全に推測だけどさ、イシャリと子供のことはメーヤ夫妻にはわかっていたと思うんだ。なにせご近所さんだしね。老夫婦にとったら、小さな子供は可愛いものだろう。
アンリもこの町に長年住んでフェデルの助手を務めている。
彼のしたことはフェデルも知ったが、彼は歳をとっているし助手は必要だ。ここは小さな町で皆が顔見知りだ。突然やってきたラルフはよそ者だ。
アンリがしたことが最悪なことだったとしても、妻と子供を守るためだとすれば、同情的にもなる」
「つまり?」
鋭くヒューが切り込む。
「ラルフをここに置いておくと、ラルフが危険だ。十年も苦しんだはけ口をイシャリにぶつけることになれば、彼女が孕むまでここにいると言いかねない。
彼はもうシーアと結ばれず、子供も持てない。それなのに、ラルフからシーアを奪ったアンリは妻がいて、子供までいるのは許せないだろう」
憂鬱な溜息をつき、デレクがアンリの小屋に向かって歩き出す。ヒューはデレクが近づいてくるのを待って、隣を歩き出した。その後をラーシアが続く。
アンリの小屋の扉を叩き、先に中に入ったのはラーシアだった。
まだイシャリが裸でいるようなら、部屋に先に入るのは女の方がいいだろうと判断したからだ。
「ラルフ!いるんだろう?」
通路を進み、二人がいる部屋の扉を開けたラーシアはすぐに後ろに叫んだ。
「デレク!ヒュー!」
躊躇いがちにラーシアに続き廊下を歩いてきた男二人が、何事かと駆け足になる。
「デレク!ヒュー!どちらでもいいからフェデルの所に行って解毒薬をもらってきてくれ。作っているはずだ」
ヒューがすぐに引き返して走り去る。デレクは残り、ラーシアの後ろから部屋を覗き込んだ。
「うっ……」
寝台の上にはイシャリがいた。
全裸で仰向けに倒れ、無残に凌辱された跡を晒している。
その床にラルフが倒れている。
体を横にし、目を閉じた状態で、時折びくりと体がけいれんしている。
落ちているのはグラスと水差しだ。
水差しの側面がうっすらと赤くなっている。
「竜花は毒だからね……今後一生脅されるよりは殺した方が早いよね」
虚ろな目でイシャリは天井を見上げている。涙にぬれ、憔悴しきっているようにみえたが、意識はしっかりしていた。
「部外者のくせに……」
イシャリがひっそりと悪態をつく。
ラーシアはラルフに近づき、その息を確かめた。
「水で薄まるかな」
腰袋から水筒を取り出し口に含むと、ラーシアはラルフに唇を重ね、水を流し込んだ。
「ラーシア!俺が代わる」
慌ててデレクが膝をつく。
水筒をとりあげ、口に含むと、ラーシアを押しのけ、ラルフの口に注いだ。
ラルフの喉がゆっくり動いた。
「デレク、外に出て、町の人達だ」
はっとしてデレクが顔をあげると、窓の向こうに役人たちの姿が見えた。
なんとなく物騒な気配を帯びている。
イシャリがラルフを殺すことを知っていて、ラルフの死体の始末にきたのかもしれない。
デレクが部屋を出て行く。
すぐに窓の向こうに現れ、こちらに向かってきていた町の人々の前に立ちはだかる。
その様子を確認し、ラーシアは寝台に目を向けた。
全裸のイシャリはまだ体を隠そうとしない。
「服を着るなり、毛布を被るなりしたら?それとも、その格好で町の人達の同情を買うつもり?」
辛辣な言葉を吐いたラーシアは、ラルフに視線を向けて呼吸を確かめる。
イシャリがのろのろと体を起こし、布団を引き寄せる。
「こんなことしたかったわけじゃない……」
泣き落としに入ろうとしたイシャリは、すぐにそれをやめた。
ラーシアは窓の外にもう一度目を向けた。
デレクは背中側しか見えないが、手を大きく動かし、熱心に町の人達と何か話している。
「仕方がなかったのよ。わかるでしょう?同じ女なら。私は母親で、こんなこと許すわけにはいかなかった。シーアの替わりに子供を産んでもらうと言われたのよ。そんなの無理に決まっているじゃない」
イシャリの言い訳に、ラーシアは淡々と答えた。
「それだけ恨みを買っただけの話だろう?誰かが身代わりに死んだということは、その誰かを愛していた人の恨みを買うということだ。それぐらいの覚悟はしておくべきだったと思うけどね。
まぁでも、どちらの味方もしないよ。私は部外者だ。だけど、目の前の命を見捨てる真似はしない。
私はこの国が好きだからね。この国の人を死なせたくはない。あんたのことも、この人のこともね」
窓の外ではデレクの説得が続いている。
話している内容は少し距離があってわからないが、その後ろからフェデルとヒューが現れると、町の人達は明らかに動揺したような顔をして、町の方へ引き返していった。
しばらくして白髭を編んだフェデルが部屋に入ってきた。
「解毒薬だ」
差し出された小瓶の蓋を開け、ラーシアは匂いをかいだ。
それから少し指先に垂らし、舌で舐める。
その様子を後ろからフェデルはじっと見つめている。
ラーシアは小瓶をラルフの唇にあて、中の薬をゆっくり注ぎ込んだ。
ラルフの喉がごくりと動いた。
外に出て町の人達を説得していたデレクが戻ってきて、部屋に入ってきた。
ヒューはデレクに道を空け、やはりラーシアから距離をとった。
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