竜の国と騎士

丸井竹

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第一章 竜の国

7.十年前の生贄

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 竜花の丘を観光地に持つ宿場町を離れ、ガレンの町を目指す四人は、すぐに木々が密集した森の道に入った。

「ここが危険なんだ」

デレクがラーシアを振り返った。

「ガレンの町はこの森を東に抜けたところにある。そこからユロの町への道に戻るには西に迂回しないといけないが、この森は視界が悪くよく物取りが待ち伏せをしている。さらに、高原に抜ける手前も危険だ。森を抜けて一息入れたところで狙われると逃げ場を失う」

ラーシアは頷き、ラルフは愛想の良い顔をしてデレクの言葉を聞いている。
日が高いうちに森を抜けると、小さな町の門が現れた。

森に飲まれるようにたつガレンの町の表門は、その両脇だけ壁が建てられている。
門をくぐると、そこはちょっとした森の空き地のような場所で、まだ町に入っていないかのような錯覚を覚える。
森と町の境目があいまいで、木々の間に隠れるように家が建っているのだ。

門から真っすぐに進むと、小規模ながら地方言止め所や国の役所に教会があらわれた。

「これは、これは騎士様、ガレンの町へようこそ」

通りの建物は全て扉が開けっぱなしで、表には住人たちが井戸端会議でもするのか、丸く椅子が並んでいる。
国章のついた制服を着た役人が、通りに面した建物から出てきて頭を下げた。

「ガレンの町にお立ち寄り頂けるとは珍しい。大抵ここは素通りで、ユロまで行ってしまうものです」

温厚な顔つきの初老の男に、ヒューが竜の年の張り紙を渡した。

「十年ぶりですね。十年前はユロの町にもらいに行きました。先触れの騎士の方々にはここに寄って頂けなかったので……」

男が告知文に目を通しながら、ヒューに語り掛ける。

「またマウラのふもとの村ですね。ここからは少し距離がありますが、十年前とだいたい同じです。
そこの村から研究所に学問をしにきている者がおりますよ。生贄を出した村の出身者が受けられる優遇措置で学問所に入り、優秀な成績をおさめたとかで、こちらに移動になりました」

騎士達の後ろで話を聞いていたラルフの顔色が変わった。
前に身を乗り出し、話に割って入る。

「誰ですか?ナタ村の人間ですか?あそこは複数の集落がある。本当に十年前に生贄を出した村ですか?」

「ああそうそう、ナタ村です。植物学者のフェデル様のところにお弟子さんとして入られた方です。もうここにきて十年近いですね。十年は長いものですが、ここでは時が止まったようです」

森に沈む小さな町では、森と同じように時が流れる。
鳥のさえずりと共に目覚め、森の恵みの中に暮らし、日が落ちると共に眠りにつく。

ヒューがちらりとデレクに視線を向ける。

「十年前の先触れの仕事について聞けるかもしれない。俺達は新人だ。話を聞こう」

デレクがうなずく。
一行は厩を見つけ、馬を預けた。

研究所の場所を聞くと、四人は町を抜け、また少し森の奥に入る。
木立の向こうに見えてきたのは木々の間を突き抜ける丸い塔だった。
苔むし、蔓にまかれ、すっかり森と同化している。

一階の扉を叩くと、かなり待ってから扉が開いた。
出てきたのは白髭をみつあみにした老人で、長い生成りのローブを身に着け、指先を赤く染めていた。

「フェデル先生ですか?茜草の研究をされていた」

ラルフが前に出た。

「今もしていますよ。御覧になりますか?」

フェデルが外に出てきて、塔の裏に回り始める。
四人がついて行くと、血の海のような赤い花畑があらわれた。
フェデルが竜花だと説明する。

竜花の丘では、竜花は穴の底にあり、一つ一つを注意深く観察できなかったが、ここの竜花は間近で観察出来た。
ラーシアは屈んで花の姿を観察した。

竜花には七枚の花弁がある。二枚が長く、一枚が幅広い。残りの四枚は小さく歪な形をしている。

この不思議な形の花は、竜が変化した姿とも言われ、二枚が角で、一枚が顔、四枚が顎の部分、尖った葉や棘のある茎は胴に例えられている。
多少の毒があり、この花が密集していると他の植物が生えてこない。

花を覗き込んだラーシアが難しい顔をした。

「なんというか……形のせいか、色のせいか、きれいという感覚にはならないな……」

「竜花の丘の上から見た時は距離がありわからなかったが、近くで見るとだいぶ変わった形だとわかる」

ラルフもラーシアの隣で花を眺める。

「昔の文献では、茜草はもっと色が薄く、花弁も全て同じ形だったと書かれています。ところが、竜が訪れた年から形が少しずつ変わってしまった。
その成分もまた変化をしています。魔力の含有量に偏りがあるのです」

「魔素材なのですか?」

質問したのはデレクだった。
不思議な力を宿す素材は魔素材と呼ばれ、魔法薬の材料になる。
その魔素材は王国が管理する農園で育てられ、滅多に表に出ないのだ。

「空気中に漂う魔力を吸収しやすい植物といえるでしょうね」

フェデルが言った。その時、ラルフの傍の花がふわりと赤く光った。

「おや?」

「まさか、あの石をお持ちでは?」

ラルフは竜の石を取り出した。

「おおっ……これは私の研究にかかせないものです。どちらでそれを?」

フェデルの目から隠すようにラルフは石をポケットに移した。
竜花の光が消える。

「私はこの地の竜の伝説について調べています。竜の痕跡を辿るだけではなく、その地域を研究する学者の方々からも話を聞いて本も書いています。この石は……実は立ち入り禁止になっている村の跡地で拾ったものです」

デレクとヒューが目を合わせ、さりげなく数歩後ろに下がった。国が立ち入りを禁じているところに入ったなどと騎士が聞いてしまっては、やっかいなことになる。
きかなかったことにしようと目を合わせる。

「茜草は生えていましたか?」

フェデルの言葉にラルフは首を振った。

「草木一本ありません。あそこは真っ黒に固まった岩ばかりです」

「あれは呪いが溜まった場所です。教会で清めてもらわなければなりませんよ。私も時々教会に行って呪いを払ってもらいます。この花もやはり多少の呪いを宿しています」

不意にデレクがラーシアの腕を後ろに引っ張った。

「ラーシア、そんな危険な花に近づくな」

「竜花の丘は深い窪みに花があり、呪いは下にたまっている。実はあれは呪いの花を全部あの穴に捨てたのだと言われています」

「ではここにある花は?」

「これはそれを増やしたものです。千年前に予言者様が一本だけ穴に投げ込まずにここに運ばせ、最初の研究者に託しました。
魔素材になるかもしれないと研究対象にされたのです。これは不思議な作用があって、その研究に何世代もかかわっています」

「先生?」

その時、塔の表の方から裏の畑に人が入ってきた。
ラルフがすぐに立ち上がり、入ってきた男に鋭い目を向ける。

「ナタ村のアンリか?」

「まさか……ラルフか?」

二人は向かい合い、目を合わせたが、すぐにアンリの方が目を伏せた。
同郷の旧友に向けられたものとは思えない敵意を宿した目で、ラルフはアンリを見据えている。

「シーアの命と引き換えに学者の弟子になったのか?」

田舎の村の人間が国の研究所で雇ってもらえるわけがない。
そんなことがあるとしたら、生贄を出した村の優遇措置だ。
棘のあるラルフの声に、アンリはかっとしたように顔をあげた。

「お前だって同じだろう!俺達は皆、国からの金を受け取った!悲しみを共有したんだ。お前だって、村を出て暮らしていけるのはその時の金のおかげだろう」

生贄を出した村には大金が入る。気まずい空気が流れる中、ラーシアが進み出た。
じっと突然現れたアンリを見つめ、静かに語り掛ける。

「アンリ、ラルフに言いたいことがあるのではないか?」

ラーシアを花の呪いから遠ざけようと腕を引っ張っていたデレクが、ラーシアはアンリという男と知り合いなのかと驚き、ラーシアの表情を確かめた。
しかし、アンリは突然目の前に現れた女の言葉に驚いたような顔をして、目をぱちくりしている。

「勘違いかな?なんとなくそんな表情に見えたから。十年前のことならもう時効だと思うけど」

アンリは真っ青になった。

「な、なぜそれを!?まさか、どうして……漏れたのか?やはり村の誰かが……」

明らかな動揺を見せ、ラーシアをごまかせるか、確かめようとアンリは必死に視線を向ける。
ラーシアは何もかも知っているような顔で見つめ返している。

罪悪感に押し負け、突然、アンリは膝をついてラルフに頭を下げた。

「そうか……逃げられないのだな……。時効だろうか……十年平和に時が過ぎた。そうだな?シーアの犠牲のおかげで十年の平和が過ぎたんだ。だから、俺は……十年経ったらお前に言わなければならないと思っていた……。
俺が村を離れたのはそのためだ。ラルフ……許してくれ……俺は、シーアに黙っているように頼まれた」

「なんだ?どういうことだ?」

アンリの前に同じようにしゃがみ、その体をゆすりながらラルフが問う。

「シーアが何をお前に頼んだ?十年前、生贄に連れて行かれる前に……俺に何か言葉を残したのか?」

お祭りのような騒ぎの中、豪華な馬車に乗せられ、ラルフの前でシーアは去った。その時、騎士達が周りを囲み、村長を先頭に村人たちがその周りに詰めかけていた。
ラルフは別れの言葉も言えなかった。

「お前を遠ざけておくようにと頼まれた……お前が……国に逆らうような真似をしないようにと……」

痩せたアンリの骨ばった肩は震え、両手は地面を掴んでいる。
ぼたぼたと涙が溢れ、雑草の葉を濡らしている。

「一体、何のことだ?」

強い力でアンリの顔を引き上げたラルフは、その濡れた面に絶句した。
とてつもない罪悪感をにじませ、アンリは、絞り出すように告白した。

「シーアは……シーアは、生贄に選ばれてはいなかったんだ」

その声は少し後方に立っていた二人の騎士にも聞こえていた。
目を剥いて、二人の騎士は数歩前に出た。
植物学者のフェデルまでもが口を閉じるのを忘れ、ラルフは息さえせずに、固まった。


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