竜の国と騎士

丸井竹

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第一章 竜の国

6.竜の石と竜の痕跡

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「デレク、事情はよくわからないけど、君は今すごく苦しそうだ。楽にしてあげたいけど、私にも目的がある。ラルフと話をしてみて、私がこの国に抱いている興味が何なんなのかはっきりとした。観光だけじゃなくて、もっと深くこの国を知りたい。一年王都に留まって君と過ごした時間は楽しかったけど、この国に来た目的は竜伝説を肌で感じて観光することだ。頼むよ。少しでいいから私を解放してくれ」

諭すような口調で告げるラーシアをデレクは涙を浮かべ抱きしめた。
解放するということは、他の男と付き合う可能性を示唆している。

「観光が終われば戻ってくるのか?遺跡巡りをしている学者もいるし、竜伝説は国の観光資源だ。君が惹かれるのも理解できる。でも、そのためにラルフと寝るのは理解できない」

「観光と男は切り離してくれないか?そりゃ付き合いが長くなれば、好意を寄せあうようになるかもしれないけど、今のところは考えていないよ。逆に君が他に好きな女性を作っても私は構わない」

デレクの腕の中で大人しくしながら、ラーシアが静かに告げる。
もうすでにケティアを村で待たせているデレクには反論できない。

「もし、もしも君が……他の男を好きになっても、この任務が終わったら取り戻しに行ってもいいか?」

未練がましくデレクがすがる。

「うーん。まぁいいけど……。でもこの国の女を好きになった方がいいんじゃないか?」

そっけないラーシアの言葉に、デレクはとどめを刺された。
デレクが想うほど、ラーシアはデレクに惹かれてはいないのだ。

「君に二度目に会った時、運命を感じた。食堂で歌っている君を見て、それから食事をして、俺達は時間をかけて気持ちを育んだと思っていた。だけど、君は違ったのか?」

デレクの濡れた頬をラーシアは両手で包んで口づけをした。

「いいや。惹かれているよ。君の思念はすごく純粋できれいだよ。だけど、君はこの国の騎士だろう?私はただの観光客で、この国に馴染めない気もしている。君だって、この国を捨てて私の故郷についてくる気はないだろう?」

それは確かに考えられないことだった。村を出て、無一文だったとしても、他国で生きることは考えたこともなかった。
騎士はこの国の男達にとってあこがれの職業だし、名誉ある仕事だ。

「デレク、これを最後にしよう」

ラーシアはそう囁いて、もう一度唇を重ねると、ねっとりと舌を絡めた。
デレクは無言で服を脱ぎ捨て、ラーシアの服をまくりあげた。
肉体的な快楽でラーシアを繋ぎとめようとデレクは励んだが、ラーシアはいつも通りデレクを受けとめ、好意を言葉で伝えようとはしなかった。

 デレクとの逢瀬のあと、ラーシアは一人で部屋を出た。ラルフと食事に出る約束をして待たせている。
だいたい、明日からのことについてデレクと少し話をしたかっただけなのだ。

 一階の食堂で先に食事を始めていたラルフは、階段を下りてくるラーシアに気づき、手をあげて合図をした。
ラーシアがすぐに気づいてラルフの向かいに座る。

首元に見えるいくつもの口づけの跡に、ラルフは苦笑した。
デレクが付けたものだと一目で見抜く。

「ずいぶん独占欲が強いな。スカーフか何か、巻いた方がいい」

ラーシアはフードを被った。

「これでいいだろう?なんというか、こういう関係は疲れるな」

「俺はちょっと良い気味だと思っている。それでもましだろう?彼は好きな女にふられたかもしれないけど、君は生きていて、まだ未来に可能性がある」

ラルフの愛した女性はもう二度と戻って来ない。相手の幸せを願い別れたわけでもない。

「どうする?今からでも行くか?」

話を変え、ラーシアが問いかける。ラルフは頷き、二人は立ち上がった。
外に出ると、闇は深まり、星が瞬いている。
小さな宿場町であるから、あまり人通りもなく、街灯も暗闇をぽつんぽつんと照らすばかりだ。

二人はランタンをぶら下げ、その先にある竜花の丘を再び目指した。
ところどころにある街灯が途切れ、丘のふもとは真っ暗な闇に包まれている。

ランタンの明かりを消し、ラルフは腰から取り出した小さな石をランタンに入れた。
それを掲げ、丘を迂回し闇の中に入っていく。
ラーシアは後ろから普通のランタンを掲げ、地面を照らす。

「ラーシア、ランタンの火を落としてくれ」

先頭を進んでいたラルフの声に、ラーシアはランタンの火を落とした。
途端に二人の姿が闇に包まれる。
星明りばかりの真っ暗な地面に、ちらちらと赤い火が見える。
ラルフが石を入れたランタンを掲げて見せた。

中に入っている石が火に入れた炭のように赤く光っている。

「竜が通った跡にはこうした黒く焼けたような石が残り、当時の火を思い出して赤く光ると言い伝えられている」

「あまり聞かない話だな」

声を押さえ、ラーシアが言葉を返す。

「そうなんだ。これは学者の間では有名な話だが一般には出回らない話だ。
竜の痕跡を辿ると呪われるという言い伝えがあるからだ」

「じゃあ学者は全員呪われているのか?」

「神殿の加護と予言者様のお告げにより、その呪いを回避できているらしい。だから、一般の人間がこの現象を目にすると呪われる。この竜の石も国のものとされ、見つかれば回収される」

ラルフが暗がりでラーシアの手首を掴んだ。

「足元に気を付けてくれ。明るい時には平らに見えたかもしれないが、思った以上に起伏がある。こっちだ」

地面に散った赤い光を追いかけ、二人は暗がりを歩く。
石を入れたランタンを近づけ、光る方へ光る方へと進む。

しばらくいくと、不意に赤い火が見えなくなった。
後ろを振り返ると、竜花の丘は遥か向こうに黒いシルエットとなって星明りに浮かび上がり、そのさらに奥に町の灯が見える。

「赤い火はここまでだ。つまり竜は火を噴きながらここから地上に近づき、減速してあの丘の上に飛び降りた。そんな風に推測できる」

「呪いの火か……」

ラーシアはランタンに火を入れた。オレンジ色の明かりが地面を照らし出す。
赤い火は完全に見えなくなってしまった。

「夜になると、俺はこの竜の石をかざして他に竜の痕跡がないか探す。竜の伝説は数多く残されているが、この火が見える場所は五か所ぐらいしかない。それも全て北から南に向けて走っている。角度も方角も同じようなものだ。どういう意味かわかるか?」

ラーシアは灯りを掲げ、北を振り返る。

「そうだね……。ラルフは、竜がどこから来ているのか調べていたのか?」

「そうだ……。彼女がどこにさらわれたのか知りたい」

ラーシアが灯りを消した。
また地面に小さな赤い光がちらちらと見えるようになる。

「西南に生贄の山がある。そのふもとには騎士達が守る要塞があり、普通の人間は近づけない。その頂に生贄を捧げる。深い火口の底に竜の巣があると言い伝えられている」

「食べられたとは考えないのか?」

「十年に一度しか物を食べない生き物がいるか?」

バレア国には竜が人の姿にかわるという伝説が数多くある。
竜が人の娘と恋に落ちたり、人の世界の戦をおさめたりする。
それは竜の伝説をヒントに作家が創作したものかもしれないし、どこかに真実が隠されているかもしれない。

「竜が人間の姿になり、生贄を探しに来ているという話がある。それ故、可愛い女の子は男装をする習慣すらある。地方の町に行けばその風習は多くみられる」

「そうか……」

ラーシアは満天の星を見上げた。
地上に灯りがなくても、空には視界に入りきらないほどの光が溢れている。

「もし竜に会えたら……彼女を返してもらいたい。勇気がなかったばっかりに、俺は皆と同じように英雄として彼女を送り出した……。英雄なんかにしたくないと言えなかった……」

ラルフの声は震えていた。
ラーシアはラルフの体に触れ、そっと真っ暗な地面に座らせた。
泣き顔は闇に隠れたが、生贄に反対する声はこの国の人間に聞かれるわけにはいかない。
誰にもその本心を明かせず、ラルフは大きな後悔を背負い、たった一人で十年も生贄になった少女を探し続けてきたのだ。

ラーシアはラルフの頭を胸に抱きしめた。

「十年は……短くなかったな……」

ラルフのくぐもった泣き声が密着するラーシアの胸に吸い込まれた。
その肩を抱き、ラーシアは静かに空を見上げた。



 その頃、宿の一室ではヒューとデレクが向かい合った寝台に腰掛け、互いを正面から睨んでいた。

「ガレンの町に立ち寄るだと?ラーシアとラルフを二人にしないためだけにか?」

ヒューは完全に怒っている。

「半日程度の寄り道だ。次のユロの町に辿り着く前に彼らは野宿しなければならなくなる。
剣も持たない二人が野宿するのは危険だ」

「俺達は一刻も早く、先触れとしてルトの村に辿り着かなければならない。わかっているだろう?」

ヒューは怒るが、デレクも引けない。

「ユロの町を出たらラーシアとは別れる。約束する。だから、ユロの町までは一緒に行こう。ガレンの町には学者がいる。竜花を研究している学者で、王都の研究所にもいたことがあるらしい」

「俺達の任務とどう関係あるんだ」

「ガレンの町からユロ高原は山賊が多いと聞く。騎士の俺達がそんな危険地帯で野宿する彼らを置き去りにはできない」

「こじつけだろう」

ヒューは苛ついた声を出したが、少し考え、問いかけた。

「今回の寄り道を最後に、本当にラーシア達と別れて行動すると約束出来るか?」

デレクは一瞬躊躇ったが、ヒューから目を逸らさず、必ず約束すると声に出して誓った。

 
 翌朝、夜遅くまで観光をしたラーシアとラルフはのんびりと起きて、食堂に下りてきた。
そして、デレクとヒューが待っていたことに驚いた。

「一旦別れて別々に行動しようって話しただろう?」

ラーシアの言葉に、一瞬傷ついた顔をしたデレクは、ラーシアの前に立った。

「ガレンの町からユロまでは治安が悪い。ユロまでは同行する。そこから別行動だ」

ラーシアは困ったように、しかし優しく微笑んだ。

「ありがとう、デレク。心配してくれたんだな。助かるよ」

一行は食事を終えると、そろって外へ出た。

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