竜の国と騎士

丸井竹

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第一章 竜の国

4.竜花の丘と旅の男

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 翌日の早朝、東門には三人の男が集まった。
ルト村に先触れとして向かう騎士二人と、旅人のラルフである。
ラーシアは少し遅れて到着した。

小さな荷物一つだったが、ラルフがすかさず馬にあげるのを手伝おうとするのを、デレクがその前に出て阻止した。

「ラーシア、荷物はそれだけか?馬に乗せてやるよ」

「自分で出来るよ」

デレクの手をすり抜け、ラーシアは馬に乗ると荷物を鞍に簡単に括り付ける。

トカゲのような尻尾の鼻の尖った馬は4頭いる。
ラルフのだけ、まだ角がついている。

「竜花の丘を経由して、滝を観光し、谷に向かう。それから……」

デレクが計画を語りだすと、ラルフがすかさず地図を取り出し、異国からの観光客であるラーシアにその道筋を教える。

「竜花はね、本来茜草という名前だったんだ。竜が滅ぼした村の犠牲者たちの血のように赤いという意味でね、竜花と呼ばれるようになったという話だよ」

「へぇ。じゃあ竜花の丘は茜草の群生地なのか?」

「そのぐらいの話、俺達だって知っている!」

デレクがラーシアとラルフの間に馬を進めて二人を引き離した。
ヒューが鼻をひくつかせながら、デレクの浅ましい行動を眺めている。

「とにかく、早く出ようぜ……。俺達は任務だし、行く先々で仕事もある。各地にある騎士団要塞に立ち寄らないといけない」

小さな舌打ちをして、デレクはラルフを牽制するように睨みつけた。
ラルフは気にもとめていない様子でにこにこしている。
ヒューがさっさと馬を進めると、その横にデレクが並び、後ろにラーシアとラルフが続いた。

ラルフはラーシアと目を合わせ、人懐っこい笑みを浮かべる。
ラーシアがそれに軽く応じ、四人は連れ立って王都イーランの東門を出た。

最初の目的地である竜花の丘は二日の行程で、途中の宿場町に立ち寄る必要がある。
デレクとヒューは任務中であり、優雅に旅を楽しんではいられない。
馬を走らせながら、デレクはラーシアとラルフを振り返る。

ラーシアとラルフは、観光客であるからのんびり走っても良かったが、騎士が一緒に回ってくれるなら心強い。
時々目を合わせ、笑みを交わしながらデレクとヒューを追いかけた。

 晴れ渡った空の下、乾いた街道は走りやすく、一行は夕刻前に小さな宿場町の宿に到着した。

太った宿屋の主人が、何部屋必要ですかとデレクに問いかける。
デレクはラーシアと部屋を取ろうとしたが、ヒューがそれを小声で止めた。

「デレク!ケティアのことはどうする。もし彼女がお前を待っているとしたら、道中、他の女と同じ部屋に泊まっていたと知れば、怒りと悲しみで我を失い生贄にはならないと駄々をこねるかもしれない」

「王都では泊まっていた!」

デレクは言い返したが、ヒューは冷静に諦めろと、デレクを説得した。

「俺達は生贄の件をケティアが心から受け入れられるように説得しなくてはいけない。恋人が浮気相手と一緒に現れ、君は生贄だなどと突き付けてみろ。彼女が国のために快く生贄になろうなんて思ってくれると思うか?
お前が今の彼女と昔の婚約者に良い顔をしようとして、任務を失敗したなんてことになったらお前は首だぞ!だいたい、なんでラーシアを連れてきた。彼女はただの観光客だ。もうあの男にくれてやれ」

デレクはラルフと後ろで待っているラーシアを振り返る。
二人はデレクが全員分の部屋をとると宣言したため、大人しく後ろの椅子に座り、仲良くパンフレットを覗き込んで楽しそうにおしゃべりをしている。

ヒューが淡々と部屋をとった。ヒューとデレクで一つ、その隣をラーシア、そしてその二つ離れたところにラルフの部屋だ。

「どこかで別行動になる。とにかく、ラーシアとは一旦別れておけよ」

ヒューは忠告し、ラーシアとラルフの分の部屋の鍵を手にすると、おしゃべりしている二人に鍵が用意できたぞと声をかけた。

 ラーシアとラルフがそれぞれの部屋に入るのを見届け、ヒューとデレクも部屋に入った。
荷物を置いて、すぐにラーシアの部屋に向かおうとするデレクをヒューが引き止めた。

「おい!俺達には仕事がある。先触れとして立ち寄った場所に竜の年の告知を貼りださなければならない。騎士団の拠点と町の警備兵の待機所、門にも寄らなければ」

「貼り紙を届けるだけだろう?俺はラーシアと少し話をしてくる」

「別れ話をしてくれるっていうなら、俺が一人でこの仕事を引き受けてやるが?」

それは嫌なのだ。出て行きかけていたデレクは、ヒューの所まで戻ってくると貼り紙を半分奪った。

「これを持って行けばいいんだな。くそっ」

二人が廊下に出ると、階段を並んで下りるラーシアとラルフの姿があった。
デレクが張り紙の束を抱えたまま走る。

「ラーシア!」

足を止め、振り返ったラーシアの手をさりげなくラルフが繋いでいる。

「な、な、なにをしている!どこに行くんだ!」

「竜花の丘だ。まだ日暮れ前だ。ここから遠くないそうなんだ。ちょっと見て来るよ」

一緒に行くと叫びだしそうなデレクを後ろからヒューが引き止めた。

「俺達は仕事なんだ。二人で気を付けて行ってきてくれ。土産はいらないぞ。落ちるなよ」

落ちる?とラーシアは首を傾けたが、ラルフに手を引かれ、宿を出ていく。
その後ろを呆然と見送り、デレクがヒューを睨みつけた。

「二人が良い感じになったらどうするんだ!」

「良い感じになった方がいいじゃないか。この仕事が終わってから取り返せよ。全く、俺達が十年に一度の重大な任務についていることを忘れるなよ」

デレクの横を通り過ぎながら、足を引っ張られるのはごめんだとヒューは言い捨てた。


 宿を出たラーシアとラルフは竜花の丘に向かった。
馬の乗り入れは禁止されている場所だと聞き、二人は手を繋いで夕暮れの道を歩く。
ラルフが先導したおかげで、二人は迷うことなくその場所に到着した。

竜花の丘は、丘ではあるが、少し変わった形をしていた。
緩やかに山頂を目指すと、中央が大きく窪み、火山のような形をしている。
それほど深い窪みではないが、赤い竜花が密集し、マグマの煮えたぎる火口のように見える。

「あれが溶岩なら、ここには座れないな」

窪みの縁に座り、ラーシアが不思議な花畑を見おろす。

「なぜこんな窪みが?」

「竜の巣穴だったとか、あの村が滅びた日、竜が飛び下りた場所だとも言われている」

ラルフがラーシアの隣に座り、さりげなく肩を触れ合わせた。

「へぇ。不思議だな。雨が降って水が溜まりそうなものなのに、花しかない。水はけが良いのか、あるいはこの地域は雨が少ないのか」

「あの花は、竜が下りた日以降にこの国に咲くようになったと言われている。茜草のもとの姿はもっと緑が濃かったと書いてあるな」

手書きのノートをめくりながら、ラルフは説明し、さりげなくラーシアの顔を覗き込む。
ラーシアは眼下の花を眺めている。

ノートを懐に戻し、ラルフはラーシアに顔を寄せた。
夕焼け空に、赤い花、それから古の伝説が残る丘の上に二人きりだ。
女性が恋に落ちる環境は整っている。

ラルフの唇がラーシアの頬に触れる直前、ラーシアがくいっと顔をラルフに向けた。
互いの目がぴたりと合い、二人は黙り込む。
ラルフの目は、これから恋を育もうとする女性に向ける目としては少し鋭すぎた。
ラーシアの目は、少し良い雰囲気を醸し出してくる男性に向けるには、あまりにも冷静過ぎる。

「あの新人騎士のデレクさん……あなたの恋人?」

口づけを諦め、ラルフが姿勢を戻す。
ラーシアも花に視線を戻す。

「どうかな。何も言われていないし。だけど、彼からは好意の思念が強く伝わってくる。まぁいろいろ感情の整理がついてないようだけどね。
でも一番不思議なのはラルフ、君だよ。君からは好意の思念が伝わってこない。
なのに、こうして私の隣に座り、好意があるふりをしてくる。君がさぐっていることの方が気になるな」

「思念?不思議な言い方をするね……」

ばれているのか、とラルフはふっと肩の力を抜いたような笑い方をした。

「竜の伝説を調べているのは本当だ。観光というか、こうした場所を何度も訪れている」

「なぜ?」

憂いを帯びた暗い眼差しがラーシアに向けられる。

「竜に奪われたんだ。俺の……俺の愛した人を……」

ラーシアは何も言わず、ラルフの次の言葉を待っている。
夜闇が迫り、竜花の丘の窪みがすっかり影に沈むと、ようやくラルフが静かに語りだした。

「俺の生まれは、マウラ山の西側だ。小さな貧しい村で、酷く閉鎖的だった。十年前……俺が思いを寄せていた女性が生贄に選ばれた。
国から大金が入ると村の人達は喜んだ。一人の犠牲で多くの人々が助かる。
さらに彼女の家は貧しく、母親しかいなかった。
生贄に選ばれた女性は、騎士団に願いを叶えてもらえるんだ。
彼女は異国の女性だった母親を故郷に返してくれること、それから今後母親が生活に困らないようにしてほしいと願った。彼女の願いはかなえられ、異国の地で夫に死なれ、村八分状態だった彼女の母親は無事に故郷に戻ることが出来た。
村はお祭り騒ぎで、皆が喜んでいた。俺は……喜んでいるふりをした。
国の為、村の為、家族のために、一人の犠牲ですむなら安いものだと、無理に笑おうとした。
自分の心を納得させようとしたが、それはどうしても無理だった。
悲しいのも、辛いのも、この生贄制度がどれほど残酷なものか、そう思っているのは俺だけなのかと、俺はずっとこの伝説について調べてきた。
過去に生贄に選ばれた女性の家族にも会いに行った……。生活は潤い、親孝行の娘だったと笑顔で語る人もいた。俺に会いたがらない人もいた。
子供を金に換えたことに苦しんでいる人もいたが、もう三十年も四十年も経てば……口を閉ざしてしまう。
彼女を連れ去った騎士達は、国の英雄だと彼女を讃え、村人たちをたきつけた。誰も、彼女を連れていかないでくれと口に出せないように仕向けた」

「それで、騎士のデレクに嫌がらせを?」

ラルフは首を横に振った。

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