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第一章 竜の国
3.新たな男と旅の前夜
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そろそろ夕刻だというのに、王都イーランのガーナの宿の前で、デレクは長い間立ち尽くしている。
デレクが一年もこの宿に泊っているラーシアの恋人だと知っている店主や、店員たちは、ちらちらとデレクの方を見て、喧嘩でもしたのではないかと噂し合う。
そこに、二階から渦中のラーシアが下りてきた。
「ラーシア!」
小声でガーナがラーシアを呼び止める。
階段の途中で足を止め、きょとんとするラーシアに、ガーナが素早く囁いた。
「外でデレクが待っている。なんだか深刻そうな顔をしているぞ。喧嘩でもしたのか?とにかくそろそろ夕方で客の入りも増える。どいてくれるように言ってくれないか?」
誰も恋人たちの痴話喧嘩に巻き込まれたくはない。
ラーシアは窓から外を覗き、店の前に立つデレクの深刻そうな顔を見つけると、首を傾けながら外に出た。
「デレク?」
いつもなら駆け寄ってくるデレクは、真剣な顔でラーシアを階段の下から見上げている。
ラーシアがデレクの正面に立つと、デレクはようやく口を開いた。
「ラーシア……。任務でここを離れることになった」
「そうなのか?じゃあしばらく会えないな。だったら二階に上がって一回やっていく?」
少し離れるというなら体を重ね、別れを惜しむものだ。
普通の恋人たちはそうしたものだとラーシアは知っている。
ところが、デレクは首を横に振った。
「昨日、ヒューが来ただろう?その重大な任務で、とてもその、浮かれたようなことをする気にはなれない」
ルト村の幼馴染に、生贄に決まったことを知らせにいかなければならないのだ。
確かにそれは深刻で心が痛む任務だ。
「そうか。わかった。どのぐらい離れる?私もちょうどここを出ていこうと思っていたんだ」
「え?!」
素っ頓狂な声をあげたのはデレクだった。
「なんだって?!出ていく?どうして!昨日一緒に住もうと話したばかりだろう!」
今は生贄に選ばれた、ケティアのことを考えるべきだと思ったが、やはり愛しているのはラーシアだ。ケティアは任務であるから優しくはしたいが、そのためにラーシアを手放すことは考えていない。
混乱しながらも、デレクはラーシアの腕を掴む。
「ちょっとまて、やっぱり部屋にあがろう」
こんなはっきりしない状況で体の関係はもうやめようと決意してきたデレクは、あっさり決意を翻した。
部屋にあがると、デレクはさらに頭を抱えた。
普段から物のない部屋だったが、今回はすっかり引き払う準備が出来ていた。
旅道具を収めた鞄が一つだけ戸口に置かれている。
「待ってくれ!嘘だろう?王都を出ていくのか?」
「私はただの観光客だ。なんだか居心地がよくてついつい長く住みついてしまったが、まだ見ていないところも多い。せっかくだから竜花の丘とか、竜の爪とか、その辺りの観光地を見に行こうと思ってね。
竜の年でお祭りも増えて、いろいろ見て回るには良い時期だ。
デレクも忙しそうだし、ちょうどいいかと思って」
「な、ならば帰って来るのか?いつ戻ってくる?だったらこの部屋はひき払わなくていいだろう?一か月分借り上げておこう。俺が払うよ!」
デレクに寝台に押し倒され、ラーシアは目をぱちくりした。
「住まない部屋に金は払わなくていいよ。また気に入った土地がみつかるかもしれないし。デレクだって勤務地がかわるかもしれないだろう?」
「待て、じゃあその、俺達は別れないということでいいな?」
「付き合おうとも言われてないけど……」
困惑した顔のラーシアにデレクもなんとも表現しがたい難しい顔をした。
村に置いてきたケティアのことを忘れてしまえれば、付き合おうという言葉は簡単に出てくるが、今の立場は複雑だ。
ケティアとは付き合っているような、もう別れたような微妙な関係であり、口に出して、別れるつもりだともはっきり言えない。
ケティアはこれから生贄になるのだ。もしデレクのことを待っているようなら、支えてやらないといけない。
待ち続けた恋人が帰ってきたと思ったら、命を奪われることを知らされ、さらにその恋人には他に女が出きていたなどと知れば、ケティアは愛する男に裏切られた上に、生贄として殺されることになる。
先触れは、生贄に選ばれた女性の願いを叶え、なるべくこの世に悔いを残さないようにしてやらなければならない。
ケティアとの微妙な関係を清算し切れないデレクは、ラーシアを繋ぎとめる言葉を口に出来ない。
迷った挙句、デレクはありきたりな言葉を連ねた。
「ちゃ、ちゃんとするよ。ラーシア、待っていてくれ。その、君の事を真剣に考えるから。だから、戻って来て欲しい」
「うーん。まぁ……戻って来るとは思うけど……でも、待っていなくていいよ」
ラーシアが口にしたのは、村を出る時にデレクがケティアに告げた言葉だった。
「だ、だめだ!信用できない!」
待っていなくていいという言葉は、待てなければ他の人と交際を始めても良いという意味だ。
相手に都合よく聞こえるが、自分にも都合が良い。
旅先でラーシアがデレクと出会ったように、ラーシアがまた他の場所でデレク以外の男性と出会い、付き合う可能性がある。
「信用出来ないと言われても……約束もしてないじゃない。とにかく明日から観光に行くから」
「明日から俺も町を出る。ラーシア、その一人か?誰かいたりしないか?」
尚もデレクが食い下がる。寝台の上で完全にラーシアを抱きしめ、胸に閉じ込めようとする。
ラーシアは抵抗しなかったが、大きな欠伸をした。
気を削がれ、デレクは物悲しい表情を見せる。
「今ちょうど、食堂で何か食べようと思っていたところなんだ。とりあえず、何か食べないか?」
落ち込んだり、騒ぎ出したり、すがりついたりと忙しいデレクを連れ、ラーシアは一階の食堂におりた。
いつもの席で、二人は向かい合う。
竜の角をイメージして作られたバルバルのハムに、竜の爪という名前の野菜が添えられている。竜の嘆息という名前のお酒が運ばれてくると、ラーシアはデレクの手にもグラスを押し付けた。
「さ、食べよう。明日から互いに忙しい旅になりそうだしね」
「どこに行くつもりなんだ?本当に一人か?」
のろのろと両手でグラスを抱えて一口飲んだデレクは、意気消沈した様子でフォークを手に取る。
「そうだなぁ。この町に入った時にもらったパンフレットを参考にね、とりあえず竜花の丘に行ってみようと思っている。竜の年ということで花祭りも始まるようだし、出し物もあるようだ。悲恋の竜というお芝居が見られるのかな?」
「それは……踊りだ……」
「へー。パンフレットには竜に恋した娘が竜と結ばれると書いてあったけど、芝居じゃないのか」
なんとなく元気のないデレクを前に、ラーシアはさらに観光地を数か所上げ、伝説のもとになった、竜に滅ぼされた村の跡地にも行ってみるつもりだと口にした。
「あそこは竜の谷にあり、山賊も出ると言われている。危険な場所だ。女が一人で旅するような場所じゃない」
むっつりとデレクが告げた時、デレクの隣の椅子に突然誰かが座った。
その手には琥珀色の蜂蜜酒が注がれたグラスが握られている。
「ちょっといいかな?」
突然割り込んできた男に、むっとして顔をあげたデレクはさらに嫌な顔をした。
隣に座っていたのは整った顔立ちの男で、旅人がよく身に着けるような分厚い革のマントを身に着けている。
森に溶け込むような深い緑色で、最近流行りの竜の牙をデザインした首飾りを首にかけている。
髪型もなかなかおしゃれで、長い髪を一部編み込み、顔の縁に垂らしながら、残った髪を凝った編紐で後ろで止めている。
今どきの身なりで、背も高いとくれば、自分の恋人にはあまり近づけたくない部類の男だ。
日に焼けた顔から白い歯が爽やかに覗き、小さな皺を刻んだ優しい目元がまっすぐにラーシアを見つめている。
「突然割り込んで申し訳ない。後ろの席にいて、君の計画が聞こえてしまってね。これからの俺の予定とだいたい同じようだったから、良かったら一緒にどうかなと思ってね。女の子一人じゃ危ないよ」
男はバレア国のパンフレットと一緒に、一枚の紙を出した。
それはいくつかの観光地を回る予定表で、竜花の丘と竜の滝、竜の谷から竜の爪までの行き方が細かく書きこまれていた。さらに通過する町の情報や、危険とされる地域、さらにパンフレットにもない周辺の集落の祭りの日時の記載まである。
「結構、次の観光地まで数日かかる場所もあるから野宿にならないように下調べが重要だよ。宿や町については調べてある?」
ラーシアは紙を覗き込み、感心したように男を見上げた。
「実は、町でもらったこのパンフレットだけで回ろうと考えていた。私は南の島から来ているラーシア。君の旅に同行させてもらってもいいのか?」
「俺はラルフ、南というとギニー国から?」
「いや、その南の島だよ。浜辺の漁村でこの国の話をいろいろと聞いてね。ラルフは南じゃないの?」
「俺は……」
「ちょっと待てよ!」
突然割り込んできたラルフとラーシアの会話を面白くない顔で聞いていたデレクが、大きな声を出してラルフを後ろに押しのけた。
「彼女は俺の連れだ。初対面の男と旅に出すわけにはいかない!」
「ああ、この国のお役人さん?」
笑顔を崩すことなく、ラルフは身分証を取り出した。
「身元が分かっていれば安心じゃないですか?それに彼女の合意は得ています」
すかさずラーシアも口を出す。
「同行者がいた方が安心じゃない?」
そこに、また新たな男が現れた。
「デレク、明日の待ち合わせは東門でいいか?」
割り込んできたのは一緒に竜の先触れとなったヒューだ。
いつもの席にラーシアとデレクの姿を見つけたヒューは、見慣れない男とラーシアが話している横で、暇そうにしているデレクを見て、二人で話が出来そうだと思い、近づいてきたのだ。
デレクが唐突に立ち上がり、ラーシアとラルフを引き離しながら、やってきたヒューに向かって宣言した。
「ヒュー!マウラのルト村までこの国の観光案内を兼ねてラーシアを同行するぞ!」
「はああああ?!」
完全に公私混同しているデレクの発言に、声をあげたのはヒューだけじゃなかった。
ラーシアも目を丸くし、それから女の子と旅ができるとにこにこ顔だったラルフも役人の監視付きなのかと、露骨に嫌そうな顔をした。
三人の人間を同時に驚かせたデレクは、むすっとしたまま椅子に戻り、酒場女に強めの酒を追加注文した。
デレクが一年もこの宿に泊っているラーシアの恋人だと知っている店主や、店員たちは、ちらちらとデレクの方を見て、喧嘩でもしたのではないかと噂し合う。
そこに、二階から渦中のラーシアが下りてきた。
「ラーシア!」
小声でガーナがラーシアを呼び止める。
階段の途中で足を止め、きょとんとするラーシアに、ガーナが素早く囁いた。
「外でデレクが待っている。なんだか深刻そうな顔をしているぞ。喧嘩でもしたのか?とにかくそろそろ夕方で客の入りも増える。どいてくれるように言ってくれないか?」
誰も恋人たちの痴話喧嘩に巻き込まれたくはない。
ラーシアは窓から外を覗き、店の前に立つデレクの深刻そうな顔を見つけると、首を傾けながら外に出た。
「デレク?」
いつもなら駆け寄ってくるデレクは、真剣な顔でラーシアを階段の下から見上げている。
ラーシアがデレクの正面に立つと、デレクはようやく口を開いた。
「ラーシア……。任務でここを離れることになった」
「そうなのか?じゃあしばらく会えないな。だったら二階に上がって一回やっていく?」
少し離れるというなら体を重ね、別れを惜しむものだ。
普通の恋人たちはそうしたものだとラーシアは知っている。
ところが、デレクは首を横に振った。
「昨日、ヒューが来ただろう?その重大な任務で、とてもその、浮かれたようなことをする気にはなれない」
ルト村の幼馴染に、生贄に決まったことを知らせにいかなければならないのだ。
確かにそれは深刻で心が痛む任務だ。
「そうか。わかった。どのぐらい離れる?私もちょうどここを出ていこうと思っていたんだ」
「え?!」
素っ頓狂な声をあげたのはデレクだった。
「なんだって?!出ていく?どうして!昨日一緒に住もうと話したばかりだろう!」
今は生贄に選ばれた、ケティアのことを考えるべきだと思ったが、やはり愛しているのはラーシアだ。ケティアは任務であるから優しくはしたいが、そのためにラーシアを手放すことは考えていない。
混乱しながらも、デレクはラーシアの腕を掴む。
「ちょっとまて、やっぱり部屋にあがろう」
こんなはっきりしない状況で体の関係はもうやめようと決意してきたデレクは、あっさり決意を翻した。
部屋にあがると、デレクはさらに頭を抱えた。
普段から物のない部屋だったが、今回はすっかり引き払う準備が出来ていた。
旅道具を収めた鞄が一つだけ戸口に置かれている。
「待ってくれ!嘘だろう?王都を出ていくのか?」
「私はただの観光客だ。なんだか居心地がよくてついつい長く住みついてしまったが、まだ見ていないところも多い。せっかくだから竜花の丘とか、竜の爪とか、その辺りの観光地を見に行こうと思ってね。
竜の年でお祭りも増えて、いろいろ見て回るには良い時期だ。
デレクも忙しそうだし、ちょうどいいかと思って」
「な、ならば帰って来るのか?いつ戻ってくる?だったらこの部屋はひき払わなくていいだろう?一か月分借り上げておこう。俺が払うよ!」
デレクに寝台に押し倒され、ラーシアは目をぱちくりした。
「住まない部屋に金は払わなくていいよ。また気に入った土地がみつかるかもしれないし。デレクだって勤務地がかわるかもしれないだろう?」
「待て、じゃあその、俺達は別れないということでいいな?」
「付き合おうとも言われてないけど……」
困惑した顔のラーシアにデレクもなんとも表現しがたい難しい顔をした。
村に置いてきたケティアのことを忘れてしまえれば、付き合おうという言葉は簡単に出てくるが、今の立場は複雑だ。
ケティアとは付き合っているような、もう別れたような微妙な関係であり、口に出して、別れるつもりだともはっきり言えない。
ケティアはこれから生贄になるのだ。もしデレクのことを待っているようなら、支えてやらないといけない。
待ち続けた恋人が帰ってきたと思ったら、命を奪われることを知らされ、さらにその恋人には他に女が出きていたなどと知れば、ケティアは愛する男に裏切られた上に、生贄として殺されることになる。
先触れは、生贄に選ばれた女性の願いを叶え、なるべくこの世に悔いを残さないようにしてやらなければならない。
ケティアとの微妙な関係を清算し切れないデレクは、ラーシアを繋ぎとめる言葉を口に出来ない。
迷った挙句、デレクはありきたりな言葉を連ねた。
「ちゃ、ちゃんとするよ。ラーシア、待っていてくれ。その、君の事を真剣に考えるから。だから、戻って来て欲しい」
「うーん。まぁ……戻って来るとは思うけど……でも、待っていなくていいよ」
ラーシアが口にしたのは、村を出る時にデレクがケティアに告げた言葉だった。
「だ、だめだ!信用できない!」
待っていなくていいという言葉は、待てなければ他の人と交際を始めても良いという意味だ。
相手に都合よく聞こえるが、自分にも都合が良い。
旅先でラーシアがデレクと出会ったように、ラーシアがまた他の場所でデレク以外の男性と出会い、付き合う可能性がある。
「信用出来ないと言われても……約束もしてないじゃない。とにかく明日から観光に行くから」
「明日から俺も町を出る。ラーシア、その一人か?誰かいたりしないか?」
尚もデレクが食い下がる。寝台の上で完全にラーシアを抱きしめ、胸に閉じ込めようとする。
ラーシアは抵抗しなかったが、大きな欠伸をした。
気を削がれ、デレクは物悲しい表情を見せる。
「今ちょうど、食堂で何か食べようと思っていたところなんだ。とりあえず、何か食べないか?」
落ち込んだり、騒ぎ出したり、すがりついたりと忙しいデレクを連れ、ラーシアは一階の食堂におりた。
いつもの席で、二人は向かい合う。
竜の角をイメージして作られたバルバルのハムに、竜の爪という名前の野菜が添えられている。竜の嘆息という名前のお酒が運ばれてくると、ラーシアはデレクの手にもグラスを押し付けた。
「さ、食べよう。明日から互いに忙しい旅になりそうだしね」
「どこに行くつもりなんだ?本当に一人か?」
のろのろと両手でグラスを抱えて一口飲んだデレクは、意気消沈した様子でフォークを手に取る。
「そうだなぁ。この町に入った時にもらったパンフレットを参考にね、とりあえず竜花の丘に行ってみようと思っている。竜の年ということで花祭りも始まるようだし、出し物もあるようだ。悲恋の竜というお芝居が見られるのかな?」
「それは……踊りだ……」
「へー。パンフレットには竜に恋した娘が竜と結ばれると書いてあったけど、芝居じゃないのか」
なんとなく元気のないデレクを前に、ラーシアはさらに観光地を数か所上げ、伝説のもとになった、竜に滅ぼされた村の跡地にも行ってみるつもりだと口にした。
「あそこは竜の谷にあり、山賊も出ると言われている。危険な場所だ。女が一人で旅するような場所じゃない」
むっつりとデレクが告げた時、デレクの隣の椅子に突然誰かが座った。
その手には琥珀色の蜂蜜酒が注がれたグラスが握られている。
「ちょっといいかな?」
突然割り込んできた男に、むっとして顔をあげたデレクはさらに嫌な顔をした。
隣に座っていたのは整った顔立ちの男で、旅人がよく身に着けるような分厚い革のマントを身に着けている。
森に溶け込むような深い緑色で、最近流行りの竜の牙をデザインした首飾りを首にかけている。
髪型もなかなかおしゃれで、長い髪を一部編み込み、顔の縁に垂らしながら、残った髪を凝った編紐で後ろで止めている。
今どきの身なりで、背も高いとくれば、自分の恋人にはあまり近づけたくない部類の男だ。
日に焼けた顔から白い歯が爽やかに覗き、小さな皺を刻んだ優しい目元がまっすぐにラーシアを見つめている。
「突然割り込んで申し訳ない。後ろの席にいて、君の計画が聞こえてしまってね。これからの俺の予定とだいたい同じようだったから、良かったら一緒にどうかなと思ってね。女の子一人じゃ危ないよ」
男はバレア国のパンフレットと一緒に、一枚の紙を出した。
それはいくつかの観光地を回る予定表で、竜花の丘と竜の滝、竜の谷から竜の爪までの行き方が細かく書きこまれていた。さらに通過する町の情報や、危険とされる地域、さらにパンフレットにもない周辺の集落の祭りの日時の記載まである。
「結構、次の観光地まで数日かかる場所もあるから野宿にならないように下調べが重要だよ。宿や町については調べてある?」
ラーシアは紙を覗き込み、感心したように男を見上げた。
「実は、町でもらったこのパンフレットだけで回ろうと考えていた。私は南の島から来ているラーシア。君の旅に同行させてもらってもいいのか?」
「俺はラルフ、南というとギニー国から?」
「いや、その南の島だよ。浜辺の漁村でこの国の話をいろいろと聞いてね。ラルフは南じゃないの?」
「俺は……」
「ちょっと待てよ!」
突然割り込んできたラルフとラーシアの会話を面白くない顔で聞いていたデレクが、大きな声を出してラルフを後ろに押しのけた。
「彼女は俺の連れだ。初対面の男と旅に出すわけにはいかない!」
「ああ、この国のお役人さん?」
笑顔を崩すことなく、ラルフは身分証を取り出した。
「身元が分かっていれば安心じゃないですか?それに彼女の合意は得ています」
すかさずラーシアも口を出す。
「同行者がいた方が安心じゃない?」
そこに、また新たな男が現れた。
「デレク、明日の待ち合わせは東門でいいか?」
割り込んできたのは一緒に竜の先触れとなったヒューだ。
いつもの席にラーシアとデレクの姿を見つけたヒューは、見慣れない男とラーシアが話している横で、暇そうにしているデレクを見て、二人で話が出来そうだと思い、近づいてきたのだ。
デレクが唐突に立ち上がり、ラーシアとラルフを引き離しながら、やってきたヒューに向かって宣言した。
「ヒュー!マウラのルト村までこの国の観光案内を兼ねてラーシアを同行するぞ!」
「はああああ?!」
完全に公私混同しているデレクの発言に、声をあげたのはヒューだけじゃなかった。
ラーシアも目を丸くし、それから女の子と旅ができるとにこにこ顔だったラルフも役人の監視付きなのかと、露骨に嫌そうな顔をした。
三人の人間を同時に驚かせたデレクは、むすっとしたまま椅子に戻り、酒場女に強めの酒を追加注文した。
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