竜の国と騎士

丸井竹

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第一章 竜の国

1.竜の国

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 内陸部にあるバレア国は竜の伝説で有名だ。
南の島や周辺の国々からも多くの観光客が押し寄せる。
それは百年以上も昔の事件に起因する。

竜が村をまるごと焼いてしまったのだ。

悲劇的な事件ではあったが、生きている人間は逞しい。
いまではすっかり竜は観光資源になってしまった。

竜の被り物や竜柄の服などの竜をデザインに取り入れた服飾品、竜まんじゅう、竜焼き、竜の角煮などの竜の名前がついた料理、竜の名前が付けられた花や地名まである。さらに、後付けで作られた竜に関する伝説も、絵本から長編小説まで豊富にある。
とにかく竜と名前が入っていれば、バレア国らしいとなり、観光客が買っていく。

そんな竜伝説に彩られたバレア国の王都イーランの宿に、一年も泊まり続けている客がいる。
うっかり観光に来て、イーランの新人騎士と恋仲になってしまったラーシアだ。
宿の主人、ガーナともすっかり打ち解け、家族の一員のようになってしまった。
一階の食堂が混んでくると、ラーシアも自主的に手伝いだす。
給料はもらっていないが、朝食はただになる。
一年も帰らない観光客のラーシアのことを、近隣住民はこの国がすっかり居心地がよくなってしまったのだろうと噂した。

その日もラーシアは食堂の手伝いを終え、いつもの席で恋人を待っている。

「ラーシア、一曲頼めるかい?」

夜になったのに客足が伸びず、ガーナが頼みにくる。
ラーシアは異国の演奏家で、こっちが本業だ。

「いいよ。じゃあ奥のステージじゃなくて、入り口近くの席を借りようか」

ラーシアは布袋に入れて立てかけてあったリュートを取り出し、入り口近くの席から椅子を引き出すと、ゆったりと座り楽器を奏でだす。
テーブルには南の国の工芸品である流木を削った椀が置かれている。

演奏が気に入れば、硬貨を入れてもらう仕組みだ。

演奏を始め、少し指が温まってくると、歌もつける。
海賊の歌で盛り上げ、陽気なダンス曲も入れる。それからこの国の竜にまつわる曲もかかさない。

店に入ってきた客が、木の椀に硬貨を入れながら、演奏に負けない声で話しかけてきた。

「もし知っているなら、『生贄の日』っていう曲を奏でるといいよ。そろそろだからね。皆が思い出す」

ラーシアは快く頷き、曲調を変える。
観光に来て一年も住んでいるのだ。この国独自の文化や曲、語り継がれる伝説などは調べ尽くしている。

『生贄の日』の演奏を始めると、一気に客が集まった。

「サービスだよ」

店主のガーナが、エールを一杯置いていく。
演奏の音がかきけされるほど店内が賑やかな客でいっぱいになると、いつの間にか向かいに男が一人座っていた。

「デレク!気づかなかったよ」

男はラーシアの恋人で、王都で騎士の仕事についている。一年前は新人で、王都周辺の警備ばかりだったが、最近は魔獣の討伐にも駆り出され、実戦を重ねている。

「ラーシアの歌を聞いていた」

「聞こえたのか?」

店内は客の話し声や笑い声、雑多な音で埋め尽くされ、互いの声さえよく聞き取れない。
デレクは購入してきた屋台の包みを振ってみせた。
「ここはうるさいから二階に行こう」の合図だ。

ラーシアは笑顔で応じ、木の椀を回収しリュートを袋に戻す。
二階に続く階段の手前で、店番のリリが、両手に盆を載せながら、ラーシアを呼び止めた。

「ラーシア、水差し交換しておいたから!」

ラーシアの返事も待たず、リリは忙しそうに次のテーブルに飛んでいく。
賑わう店内を見おろし、デレクがラーシアを褒めた。

「客寄せ成功だな」

二階の突き当りがラーシアの部屋だ。
一年借りっぱなしの部屋は意外にもきれいで、ほとんど物がない。
鍵を閉めて、デレクが部屋の片隅に置かれたテーブルと椅子を引っ張り出す。

「ラーシア、実は宿舎を出ようと思う」

油紙を広げ、屋台で買ったパンや肉を並べながらデレクが話しだす。
ラーシアは枕元の机から水差しを取り上げ、グラスを二つテーブルに置く。

「俺達、付き合って一年経つだろう?だからさ……そろそろ男としてのけじめというか……」

デレクが真っ赤な顔で正面に座ったラーシアを見る。

「俺達……一緒に住まないか?」

ラーシアは目を丸くしながらパンを取り上げ、肉を挟み込んで食いついた。

「もぐもぐもぐもぐ……」

「何を言っているのか聞こえない」

「もぐもぐもぐ……」

デレクはがっくりして、自分もパンを頬張る。
黙々と食事を終えると、グラスの水を飲み干し、やっとラーシアが理解できる言葉を話した。

「かまわないけど、私が観光で来ているって覚えている?」

今度はデレクが目を丸くした。

「いや、もう一年も住んでいるし、住み着いているのと同じだろう?」

デレクは立ち上がり、ラーシアを当然のように抱き上げると寝台に運ぶ。
抵抗もなく横たわるラーシアの上に覆いかぶさりながら、デレクはその唇をついばむように奪い、さらに深く口づけを交わす。
互いに熱くなる前に唇を離し、デレクはラーシアの服をまくりあげながら眉を寄せる。

「こんなことをしているのに、まだ落ち着く気がないのか?」

ラーシアは難しい顔をしながらも、デレクの誘いにのって服を脱ぐ。二人は息をするようにごく自然に毛布に潜り込むと、互いをまさぐり合いながら、体の最も深いところと出ているところを重ね合わせる。

「あんっ!」

ラーシアが驚いたような小さな悲鳴を上げる。
何度体を重ねても、その瞬間のラーシアの反応は初々しい。

「辛ければ言ってくれ」

自分勝手に腰を動かしたい欲求を抑えこみ、デレクは優しくラーシアに口づけをしながら、ラーシアの準備が整うのを待っている。
足を大きく広げ、デレクの体にしっかりしがみつくと、ラーシアが小さな声で「来て」と囁く。
慣れ親しんだ感覚であり、デレクに言わせれば、もう夫婦のようなものだった。

会って食事して、ベッドで楽しみ、それが繰り返される。
それがいけないのだろうかとデレクは密かに考えた。
恋人同士のロマンチックな体験といったものはないし、プロポーズのタイミングになるような出来事もない。

デレクは熱心に腰を動かしながら、ラーシアの体を深く抱きしめる。

「ラーシア、その、旅行とかどうだろう?一年付き合った記念に」

「うんっ……いいかも……旅行はしたかったんだよね。ほら、私、観光客だし」

旅先で結婚するのもありかもしれない。デレクはそんなことを考えながら、ラーシアの首に顔を埋め、唇で愛撫する。

「あっ……あっ……んっ……」

ラーシアの甘い声にうっとりしながら、デレクも本気モードに突入しかけた時、突然扉が開いた。

「デレク!」

はずみで堪えていたものがはじけ飛び、デレクの意思に反して飛び出したそれがラーシアの中にどくどくと注がれていく。

「んっ……」

ちょっと消化不良な声を出したラーシアの上に、デレクはがっくりと体を落とし、ノックもせず飛び込んできた悪友を睨みつけた。

「ヒュー!お前、こんな時に入ってくるな!」

扉の外でちょっと耳を澄ませば、室内の状況ぐらい察することが出来たはずだ。
部屋に飛び込んできた男はベッドの二人を見ても、出て行く素振りもみせず、後ろ手に扉を閉めた。
その顔は衝撃に強張り、目は大きく見開かれている。

「それどころじゃないんだ!」

あたたかなラーシアの体を胸の下で隠しながら、デレクは毛布を引っ張り上げて肩から被る。

「いいから、一度出て行けよ!」

ラーシアは全裸でデレクの下に横たわり、さらにまさに子種を注入されたばかりという、とても繊細な場面にある。
ところが、ヒューは引き下がらなかった。

「だから、それどころじゃないんだ。今日、竜の広場に張り紙があった。今年は竜の年だと書いてあった」

村が竜に焼かれてから十年に一度、竜の年はやってくる。
それは良い事と悪いことが二つやってくる年だ。
良いことは、各地でイベントが行われ、観光客が爆発的に増えることだ。
悪いことは、王国内で誰かが一人、竜の生贄に選ばれることだ。
しかし、十年に一人の犠牲者で村が焼かれずに済むなら、やすいものだと大抵の人は考える。

「そろそろだと言われていたからな。皆も噂していただろう。さっさと出ていけ!」

デレクが叫ぶが、ヒューはまだ動かない。

「それだけじゃないんだ。今年の担当騎士団は俺達の第四騎士団で、さらに竜の先触れも二名選ばれていた。名前が書いてあったんだよ。お、お、俺と、お前の名前だ、デレク!」

それを聞いた途端、デレクは飛び上がり、弾みで毛布がばさりと落ちた。

「な、なんだって?!」

さらに起き上がろうとしたデレクの肉棒は乱暴にラーシアの胎内から引き抜かれ、白い雫が放物線を描いて飛んだ。

「きゃっ」

粘性を帯びた白い雫がラーシアの全身に降り注ぐ。
頬にまで飛んだそれを、ラーシアが指で拭い始めると、さすがのヒューも顔を赤くして固まった。
デレクも大混乱だった。

「うわぁ!ラーシア、ごめん!というか、俺達が先触れ?いや、その前に毛布だ。
おい!お前、ラーシアの服踏んでいる!どけよ!いや、待て、その話は今すぐ教えろ!いや、もうどこから何をしたらいんだ!とにかく後ろを向け!」

デレクが落ち着く前に、ラーシアが冷静に立ち上がり、体を拭くと服を身に着けた。
ヒューは回れ右をして、さりげなくズボンを緩め、もりあがった股間をズボンの上から押さえつけた。
デレクは震えながらもラーシアの着替えを手伝い、最後に毛布でラーシアの体を包んだ。

「もう隠す必要ないと思うけど……」

ラーシアは言ったが、動揺しているデレクには聞こえていない。
ようやくデレクもズボンを履くと、ラーシアから手渡されたグラスで水を飲み、なんとか呼吸を落ち着けた。

「さあ聞かせてくれ。俺達がなんだって?」

ラーシアはグラスをテーブルに戻し、寝台に座るデレクの後ろにうずくまる。
ヒューがあらためて二人を振り返った。



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