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22.領主の証言

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ダーナスが国王夫妻にお辞儀をすると、事前に知らせを受けていた国王が重々しく頷いた。

これでは証言を止めることは出来ない。
ダーナスは正面のフェイデルに向かって淡々と話し始めた。

「私も国の調査結果に異論はありません。そうした噂は聞いていましたし、仕事ぶりは優秀でしたが、やはり身分や地位を考えても国法に背くような行為は許しておくことはできません。彼が拘束された時、引退したとはいえ、私が彼の主人だったのですから、私がもっと早く調査するべきだったとも思いました。
しかし、その知らせを受けてすぐのことでした。
領内の北地区周辺の村々から領民たちがやってきて、私にドルバインを助けて欲しいと訴えてきたのです。
そこで、新たな事実が判明しました。証人たちをここに呼んでもよろしいでしょうか?」

複数の証人と知り、フェイデンは裁判直前で運ばれてきた国王承認の書類を急いで見直した。
証人の名前も人数も記載されていない。

国王が承認しているのであれば、否定は出来ない。
最下層の罪人席の後方にある扉が開かれた。

誰が入って来るのかと、全員が息を殺し注目していると、そこに大勢の農民たちが入ってきた。その数は十や二十ではない。百人はいるのではないかという大人数で、あっという間に中央の広いスペースが埋まっていく。
階段状の座席の通路にも溢れ、空きスペースの全てが埋まると、証人席にまで入り込んできた。

それでもおさまりきらず、扉も閉められない状態で、行列はまだ外まで続いている。

「一体、何人いるのだ?」

審議官が問いかけると、ダーナスは書類を取り出した。

「実は人数が多すぎて、全員連れてくることは出来ませんでした。彼らは代表者の三百人です。全員がドルバインの管理下にあった領民たちで、彼らは我が領地が誇る、優秀な農民たちです。中央に運ばれる糸麦の三割は彼らが作っていると言っても過言ではありません。
彼らは春から秋にかけ、大変よく働きます。領地を支えてくれる良い働き手です。
しかし、彼らには秘密がありました。ドルバインは彼らの秘密を守るために、今ここで処罰を受けようとしています。
それが判明し、私は急いで調査報告書をまとめ、新たな法を陛下に提案させて頂きました。
彼らの人数が多く、全員の証言を聞いて書類をまとめるために時間がかかり、本日ぎりぎりに仕上がったので、まだその結果を記載した書類は陛下にしかお渡し出来ておりません」

会場を埋め尽くす人々の手を渡り、フェイデンのもとにようやく分厚い書類が回ってきた。
それを手にしたフェイデンは、書類を急いでめくり始める。
その顔が青ざめ、最後には赤くなった。

「馬鹿な、こんなことが……嘘だ!」

叫んだフェイデンの前に、一人の農民の女が進み出た。
女は証言台の上によじ登り、真っすぐに立った。
乱暴で無礼な行為だったが、それを止めようとする騎士達はそこまでたどり着くことが出来なかった。
農民たちがぎゅうぎゅうに会場に入っていたため、そこに辿り着くための隙間すらなかったのだ。

ダーナスが声を高らかに告げた。

「彼女はアロナ、彼らの代表として発言をすることをお許しください。アロナ、そこを下りて証言しなさい」

ダーナスは言ったが、アロナは下を見て、首を傾けた。
そこには入り口から詰めてきた人々で既に埋まってしまい、下りる場所もなかった。

「申し訳ありません。下りられる場所が埋まってしまったようです」

アロナは大きな声でそう言って、深くお辞儀をした。
罪人席の正面にあるその台に乗っても、貴族席よりは低い場所にある。
仕方がないと、審議官が証言を促した。

「ありがとうございます。説明させて頂きます」

アロナの声は緊張で少し硬く、顔色は青ざめていたが、その目は怒りに燃えていた。
カインの姿に気づいた途端、吐き気がするほどの緊張や不安は吹き飛んでしまっていた。

毅然と顔を上げ、アロナは周囲に目を向けた。

「まず言わせてください。ドルバイン様は私達を庇うために、わざと罪を被ろうとしています。私たちの名誉を守るためであり、私達が国法に背いた罪で殺されないためです。なぜなら、私達はご覧の通り、大人数ですから、全員を裁判にかけられ殺されてしまえば領地の税収が大幅に減ってしまうことになります。
しかし私たちはドルバイン様無しには生きられないのです。なので、私達は、私達の秘密を全てここで暴露し、ドルバイン様同様に皆様にも理解を頂きたくお願いに参りました!」

アロナは突然、着ていたドレスを脱ぎ棄てた。

驚く人々の前で、アロナは全裸になってその姿を見せつけた。
貴族席から悲鳴があがり、ざわめきが広がった。
事前にすべてを知らされていた国王夫妻だけが、澄まして座っている。

他の人々は言葉を失いアロナの姿を凝視している。

若く、愛らしいアロナの裸体には、異様な部分がついていた。
その白い乳房には金色のピアスが嵌められ、赤い花の飾りが三つもぶら下がっている。
そして股間には、コアスライムの殻で作られた男根をかたどった棒が突き立っていた。

女性の裸体に、男の特徴である立派なものが突き立っている。そんな体を見たことがない貴族たちは動揺し、その違和感のある体に見入っていた。

次々と、会場に溢れていた農民たちも服を脱ぎだした。
女も男も、裸体にそれぞれ卑猥な装飾品を身につけている。
男の半分は男性器を小さな器具に閉じ込め、皮のベルトで止めている。

女の半分はアロナと同じように男根を模した棒を股間に生やしている。
さらに、乳首にはそれぞれ卑猥な装飾を施し、ピアスや花飾りをつけている者や、あるいは紐で絞って乳首を赤く腫らしている者さえいた。

死んだような顔で座っていたカインは、自分よりも卑猥な体になった村人たちの姿に、目をみはり、さらに最も目立つ位置に立ったアロナの姿に釘付けになった。

恥ずべき姿を堂々と晒し、アロナは話し始めた。

「私達には特殊な性癖があります。誰かの妻を抱きたい、あるいは自分の妻を抱かれたい、女なのに男を抱いてみたい、男なのに女に抱かれてみたい、私達はそうした特殊性癖を持ち、欲望を抑え込んで生きてきました。
しかし押さえ込まれたらそれはいつか発散してしまいそうになるものです。
事件になれば、その事件も恥ずべきものとして隠さなければならなくなります。
ドルバイン様はそうした事件を解決していくうちに、誰にも迷惑をかけない形であれば、それぞれの欲求に忠実に生きてもいいのではないかと考えて下さるようになりました。
私達の話に耳を傾けて下さるドルバイン様に、実は、私達の村は、密かに寝取り、寝取られ村と呼ばれていることを告白しました。そして、国法に背くような淫らな村だけど保護してほしいとお願いしました。
その時初めてドルバイン様にも秘められた欲求があるということを私たちは知りました。
ドルバイン様は、私達の苦しみを理解してくださいました。
私達はドルバイン様に、領主様に忠実に仕え、良い領民として春から秋まで必死に働くことを約束しました。
そして、仕事のなくなる冬だけに、その欲望を発散してもいい日を作ってもらったのです。
ドルバイン様は、この状態が続くのは良くないからと、親交のあった貴族の方々に事情を話し、協力してもらおうとしました。私達が堂々と生きていけるように、国に新たな法の提案をするための道づくりを考えてくださったのです。
私達が国に貢献していること、それから誰にも迷惑をかけていないこと、誰にも自分の性癖を押し付け、傷つけるような行為はしないことなどを証明し、こうした村が存在することを公に認めてもらいたいとその実態を証明するため、冬になるたびに、私達の記録を取りはじめました。
特殊な性癖を持っていても、健全な社会生活が送れることをわかって欲しい。
そうした思いをドルバイン様が形にしてくださると私たちは信じていました。
しかし特殊な願いですから、その記録を集め、健全な集団だと証明するには時間がかかります。
今年の冬も、私達は一年よく働いたご褒美に、自分たちの欲求を満たすことを許してもらいました。ドルバイン様は私たちの様子を観察し、国にこの実態を報告し、害がないことをわかってもらうための資料作りをしていました。
そこに、ナリア様がやってこられたのです。知らせもなく突然のことでした」

誰がナリアの夫なのか、探すように、アロナは台の上でぐるりと回り、青ざめ、震えているフェイデンを見つけてそちらを向いた。

「特殊性癖に面識のない貴族の女性が、私と夫の特殊な交わりを目撃しました。しかも複数いたので、とてもショックを受けられたと思います。
しかしこうしたことが不名誉なことになると知っているナリア様はすぐに、護衛の方や侍女の方を外に出されたのです。
ドルバイン様がナリア様にこうした事情を説明しました。税収を上げていくためにも、領民たちの幸福度を上げるのは大切なことだと説得し、ナリア様には協力をお願いすることになってしまいました。
ドルバイン様は、ご自身の性癖のため、ナリア様と一緒に寝ることが出来ず、ナリア様を長く傷つけてきたとして謝罪に行ったことがあるのですが、ナリア様はそれを受け付けず、ドルバイン様が変態だと言いふらしてしまったのです。
そのことをナリア様は謝罪するべきだと思い、ドルバイン様のもとに来られたのです。
ドルバイン様は、ご自身の性癖を隠し、辛抱強く生きてこられましたが、私達は農民であり、守らなければならない家名も身分もありません。毎日辛い農作業が待っています。せめて冬ぐらい、自分達の欲求を発散し楽しめなければやっていけません。
私達は変態として、胸を張って生きたいのです。ドルバイン様は真面目に働けば、ご褒美があることを教えてくれました。
生きる喜びを下さったのです。そんな私たちの幸せを守るために、ドルバイン様はやってもいない罪を被られました。でも……」

アロナは台の上でまた体を回転させ、今度は黙って座っているドルバインの方を向いた。

「ドルバイン様、私達は身分もない平民、性癖が晒されても、変態だと罵られても、卑しまれ白い目で見られても大丈夫です!地に落ちるような家名はありません。
だから、どうか私達を置いていかないでください!ドルバイン様がいなければ、私達は春から秋まで必死に働く意欲がわきません。冬の会が本当に楽しみで励みになっていたのです!だから、正直に言ってください。私達を庇っていただけだと」

ドルバインは表情一つ変えず、アロナを見上げ、それから領主のダーナスに視線を向けた。
ダーナスは肩を小さくすくめ、小さく頷いた。

正面に向き直ったドルバインは、股間に男根を生やしたアロナ越しに後ろの審議官に顔を向けた。

「先代の領主様に拾って頂き、私は誠心誠意主人に仕えてきました。時には酷い取り立ても行い、人々に嫌われる存在にもなりましたが、全ては国の為、国に仕える主のために勤めてきました。
戦争になり、財源が不足した時に心から思いました。領民たちの働きこそが、この国を支えているのだと。
彼らの働く意欲を守るためにどうするべきか考え始めたのです。それが……この結果です。
しかし私は国に仕えてきた人間。国の方針に従い死ぬべきだとも思っています」

「そ、そんな!困ります!」

アロナは叫んだ。それを合図に、押しかけた村人たちもドルバインに見捨てないでくださいと叫びだした。
アロナの乗っている台に、一人の老人がよじ登った。

それはルータスの父親である村長だった。

示し合わせたように、人々がぴたりと口を閉じた。

老人は、萎びた体を晒し、両手を広げた。
股間には貞操帯が嵌められ、乳首には赤いピアスが嵌められている。

老人は台の上で回転し、それから国王夫妻の席がある方を向いて頭を下げた。

「私はもうじき七十歳になります。変態歴は一番長いと自負しております。ずっと隠れてきましたが、若い人達の言葉に触発され、公にしても失うものがないことに気づきました。
ドルバイン様はこんな変態だらけの村を非難し、取り壊そうとはしませんでした。
税の取り立てのたびに、村の隅々まで改め、虐げられ、虐待されている者はいないか確かめていかれました。
しかしこの話を外に出すわけにはいかないと、私はずっと沈黙してきました。
私の村は周辺では有名な、寝取り寝取られ村です。そういうことが好きな人たちがなんとなく集まり、村になったのです。歴史は古く、公然の秘密とされてきましたので記録は何も残っていません。しかし、生きている間にこの証言が出来ることをうれしく思います。
我が村に、いや私達の誰も、望まない性癖を押し付けられている者はいません」

かなりの大ウソだったが、嘘でない者も確かにいた。
アロナは村長の体を支え、貴族であれば二度と表も歩けないような卑猥な装飾品で固めた裸体を晒し、堂々と正面を見た。

「時間が無かったため、署名ではなく直接来ました。私たちは代表者三百名。でも、村にはもっとドルバイン様のために証言出来る人達がいます。私達が国法に背く存在であるならば、もっと連れてこなければなりません。どうか、寛大な裁きをお願いいたします」

ダーナスがアロナに続き、話し出した。

「私どもから提案させて頂きたい法案の一部に、不貞行為が許されても良いと考えられる条件が記載されています。公に許される行為であってはいけないと思いますが、双方の配偶者の許可があり、誰も傷つけない場合に限り許されるなどといった内容ですが、全てはまだ議論すべき項目であり、取り急ぎ我々の考えとして記載させて頂きました。
この村の存続に関しては、また別の機会で論じられるべきだとは思いますが、今回はどうか、この真実を持って我が忠実な部下、ドルバインをお返し頂きたい。
彼は、我が領民を守り、私の仕事を支えてきてくれた優秀な男です。それを私は今回のことであらためて知ることになりました。この訴えを取り下げて頂けたらと思います」

「嘘だ!」

フェイデンは立ち上がり、証人として連れてきたカインを見た。
死にそうな顔で座り込んでいるカインを使い、ドルバインを有罪に持ち込めるだろうかと考えたが、こちらの証人はカイン一人で、あちらは三百人越えの農民たちだ。

農民の証言など、いくらでも捻じ曲げられると思ってきたが、さすがにこの人数を拷問するわけにもいかない。
さらに、領主が事情を聞き、既にその証拠を国王に提出済みなのだ。

ドルバインの嘘を暴くには、あまりにも時間も証拠も足りない。
フェイデンは、がっくりと肩を落とし、崩れるように座り込んだ。


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