死の花

丸井竹

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4.冷酷な夫と人妻を待つ男

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 王都に向かう漆黒の馬車の中で、レイシャはこの国で最も優秀な解呪師の夫であるフェスターと向かいあって座っていた。

仲睦まじいとはとても言えない状況だったが、レイシャはなんとか夫婦関係を改善させたいと考えていた。
寂しい結婚生活から逃げ、娼館通いをしてしまったが、ディーンが自由になったら、夫と向き合おうと決めていたのだ。

まずは心に溜まった不満を解消し、二人の間にあるわだかまりを消そうとレイシャは決意した。

「どうして、私があの家族の実の娘ではないと話してくれなかったのですか?フェスター様が大金を渡し、私を養育するように命じたあの酷い家族のことです。
私があなたと結婚した後も、娘の義務だと言われてお金を届けに行っていた事を知っていたはずです。
私は、あんなひどい扱いをうけた家なのに、家族なのだからと自分に言い聞かせ、彼らに良い思いをさせていたのです。フェスター様は私の養育のためにお金を払ったそうですけど、私は育てられた覚えなんてありません。生かされていただけ。
さらにフェスター様に引き渡される時にも、あの家族に大金が支払われたと聞きました」

フェスタ―は妻の言い分を鼻で笑った。

「俺がお前にそれを教えなかったのは、自分を虐待してきた偽物の家族に、必死に金を貢ぐお前を見るのが楽しかったからだ」

あまりにも心無い返答だったが、レイシャの燃えるような目は元気を失ってはいなかった。

「私は、フェスター様の妻なのですよね?なぜ私をそんなに嫌うのですか?」

フェスタ―は意地の悪い笑みを湛え、さらりと言った。

「男娼に入れあげている妻だからではないか?ろくな金の使い方をしない」

娼館通いがばれていることに、レイシャは気まずい顔をしたが、話を終わらせる気はなかった。

「優しい言葉と微笑みをくれる人が欲しかっただけです。娼館ではお金を払えば嘘でも、優しい言葉をかけてくれます。微笑んで、それから、必要だと言ってもらえます。少なくとも、私をゴミ捨て場みたいに扱ったりしないわ」

フェスターの腕が伸び、レイシャの喉をつかみ上げた。

「うっ……」

苦しさに顔を歪め、レイシャは必死に喉にかかったフェスターの手を外そうとした。
両手で指を外しにかかるが、びくともしない。

意識が遠ざかる寸前、フェスターの手が離れ、レイシャは椅子から崩れ落ちた。
激しく咳き込みながら、必死に椅子に這い上がる。

「呪器になる人間を育てたがる者はいない。あの家は金に困り、呪器になる人間を死なせないように育てることを約束した。大切に世話しろとは言っていない。
呪器は所詮ゴミ捨て場だ。目が合う事すら嫌がられる存在を傍において育てたのだ。
そして、私に差し出した。金は成功報酬だ。さすがに、自分で育てた赤ん坊は妻には出来ないからな。養育は外部に頼むしかない」

ぞっとする話だったが、妻になれたことに今のところ不満はなかった。

「それでも妻ですから。相応の扱いをしてください。報酬をあげてください。私の何倍も手にしているくせに」

「優しく微笑みかけてくれる男娼を複数抱え込む気か?そういえば最近一人助けたらしいな?借金を払ってやったのだろう?嫌われ者のお前の道楽にしては惨めでいいな。
金で買える優しさに浮かれ、偽善者きどりで借金まみれの男娼に、助けてあげるなどと口にしているのだろう?
あいつらはお前の股に顔を突っ込み、よく舐めてくれるのか?」

フェスターの言葉が終わらぬうちにレイシャの手が動いた。
乾いた音が鳴り、フェスターは少し驚いたようにレイシャを見返した。
夫を殴ったレイシャも、しまったといった顔になったが、その目はフェスターから逸らさなかった。

「私はあなた以外の人に体を許したりしていません。ただ、優しい言葉をもらい、安心して眠るだけです。私はあなたの妻であることを忘れたりしません」

フェスターは嘲るように笑い、レイシャの喉を掴んで引き寄せた。

「いいだろう。今すぐ俺の上にまたがり腰を振ってみろ。妻なら出来るのだろう?」

レイシャはローブをまくりあげると下着を脱いでポケットに突っ込んだ。それから夫のローブをまくり、その白い足の間にあるものに目を落とした。

初夜の時に夫に教えられた通りに、レイシャは股間に跪き口を開く。
どうしてもおぞましい物だという意識が先に立つが、心に蓋をするしかなかった。

長い時間をかけて奉仕し、フェスターの肉棒を大きくすると、レイシャは夫にまたがった。
乾いた秘芯を男の物が貫き、レイシャは苦痛のうめき声をあげた。
フェスターはレイシャの細い腰を抱き寄せ、心地よさそうに声を漏らした。

「いいな。お前の痛みが伝わってくる。男娼に貢いでばかりいないで、自分のものも買ったらどうだ?娼婦用の薬もある」

娼館に痛みをやわらげる薬があることは知っていたが、夫との交わりでそれを使ってみようと思ったことはなかった。
苦痛に耐え、腰を振りながら、レイシャは憎たらしそうに夫を見た。

「私が痛がる方が好きなくせに。だから、あえて何もしないのです。私だって、妻であろうと努力しています。うっ……」

フェスターは乱れてきたレイシャの髪を解き、苦痛に歪む顔を引き寄せた。

レイシャがうっとりとした吐息をもらした。
フェスタ―の唇がレイシャの唇を優しく覆い、舌がレイシャの唇を割って入ってくる。

扱いは雑なのに、優しさを感じるその唇の感触だけは、嫌いではなかった。

わずかな愛情を求め、レイシャは必死に夫に縋り付いた。
頭を抱え唇を開くと、積極的に舌を絡める。

夫にとってレイシャはただの道具だとしても、これから何年も一緒に生きていくのだから、情ぐらいは抱ける関係になりたいとレイシャは願っていた。


ところが数日後、今回もその努力は報われず、二人は険悪な関係のまま馬車は王都に到着した。
賑やかな町並みを横目に、馬車は城壁を回り込み、寂れた墓地へ続く道を進んだ。

王都のフェスターの屋敷も、町から離れた場所にあり、王都を囲む壁を迂回してそこに向かわなければならなかった。

毎月のこととはいえ、レイシャはその寂しい道をこっそりカーテン越しに覗き、憂鬱な気分になった。
その向こうには賑やかな町並みがあり、楽しそうな町の音はどんどん遠ざかる。
馬車は斜面を登り始め、やがて鬱蒼とした森に入った。

屋敷は墓地のある丘の中腹に建てられており、コト町郊外にある館と同じように真っ黒だった。
周辺は枯れ木と墓ばかりで、死と呪いを扱う解呪師に相応しい景色が広がっている。

馬車が止まり、二人が外に出ると、王城からきた神官たちが待っていた。
その背後には、死の呪いを受けた人々が収容された、大きな馬車がとまっている。

フェスターは彼らを完全に無視して、屋敷に入った。
レイシャもそれを追いかける。

途端に、レイシャはぎょっとして足を止め、前を行くフェスタ―に問いかけた。

「まさか、今日はここでやるのですか?」

そこには、前回来た時にはなかった、教会にあるはずの祭壇が置かれていた。
振り返ったフェスターは、残忍に笑った。

「死の覚悟は出来たか?」

地獄に誘うような口ぶりだった。

「はい……」

観念し、レイシャは全裸になると祭壇の上によじのぼる。
こんな時ぐらい手を貸してくれてもいいのにと、レイシャは夫を小さく睨んだが、夫にそれを期待するのは無理だとわかっていた。

通常は死体が置かれる祭壇に横たわったレイシャは、大きく息を吐きだした。

「では始めようか」

夫の声を合図に、レイシャはゆっくり目を閉じる。

解呪師の妻であるレイシャは、その瞬間、人間ではなくただの呪器になる。
人が死ぬほどの苦しみをいくつも体に受け入れ、その苦痛に耐えるのが仕事だ。

それが終われば、多少の報酬を受け取ることになる。

大勢の人が入ってくる気配がして、彼らを並ばせる神官達の声が聞こえてきた。
始めてもいいかと誰かがフェスタ―に問いかけ、フェスターが連れてこいと応じる。

すぐに、苦痛に喘ぐ人々の声が間近に迫った。
レイシャは目を閉じたまま、静かにその時を待った。


――
 
 王都に向かう解呪師の馬車が通過して数日後、今度は王都から解呪師が戻ってきたことを知らせる警鐘が、コト町に鳴り響いた。
町の住人達は、急いで家中の窓を閉めに走る。

娼館でも窓閉めが始まっていた。
二つ目の窓を閉め、カーテンを引っ張ったディーンは、ふとその手を止めた。
通りの向こうから猛烈な勢いで迫ってくる黒い影が見えた。
すぐに目を背けようと思ったが、その異様な光景に目を疑い、カーテンの隙間からもう一度外を見た。

迫ってくる黒い馬車には馬がいなかった。
では何が馬車を引っ張っているのかと言えば、それは馬車の四隅に浮かぶ黒い影だった。

宙に浮いているのであれば車輪の音がするわけがないのに、その音は確実に迫ってきている。
その影がどんな形をしているのか、ディーンは好奇心に駆られ、目を凝らした。

その瞬間、一つの影が大きくふくらんだ。
何かと目があったような気がして、ディーンは素早く窓の下にしゃがみこんだ。
馬車を目にしたものは呪いを受け、運が悪ければ数日で死に至ると言われている。

それが真実かどうかはわからないが、気分が悪くなったという話は客から聞いたことがあった。
コト町に住む解呪師は、王都で広まった死の呪いの全てを持ち帰り、郊外の屋敷で浄化するのだと噂されている。

解呪師とは忌み嫌われる存在であり、噂はあれど、それを確かめようと近づこうとする人はいない。

馬車の音が遠ざかり、娼館中から窓を開ける音が聞こえてきた。
ディーンも立ち上がり、窓を開ける。
乾いた風が吹き込み、囚われの身であるディーンを誘うように髪を揺らし、反対側の窓から出て行った。

通りを見ると、見知らぬ女性がこちらを見上げている。
すかさず、ディーンは愛想よく微笑んだ。

一瞬目が合った女性は、嫌な顔をしてさっさとそこを離れてしまう。
それは珍しくない反応だった。

娼館から男娼に微笑みかけられた女性たちの大半は、そっぽを向いて逃げてしまう。

睨みつけ、唾を吐く者すらいる。
心が折れそうになる瞬間だが、娼館から出られないディーンが客を呼び込むには、これしか方法がない。

通りに顔を出し、見知らぬ女性達に微笑みかけることもディーンの日課だった。

解呪師の馬車が通過してさらに数日後。

その日もディーンは、窓から通りを眺めていた。
いつもなら、営業用の笑顔をふりまくところだったが、ここ数日は少し切羽詰まっており、笑う気分にもならない。
あと数日で霊薬が切れてしまうのだ。

それ故、ディーンは客の呼び込みもせず、レイシャの姿ばかりを探していた。
夕刻が近づき、娼館街に華やかな赤い光があふれ始める。

通りにも娼館目当ての客が増え、ディーンも仕事に追われる時間となった。
今日はもう来ないのだと諦めかけた時、人混みの向こうから近づいてくる小さな人影に目を奪われた。

ディーンは、窓から身を乗り出し、人混みに目を凝らす。
少しでも早く確信が得たいディーンは、大きく手を振り、声を張り上げた。

「レイシャ!」

三度呼んで、やっと女性が顔をあげた。
それはやはりレイシャで、ディーンと目が合うと、ぱっと笑顔になり、元気よく走り出した。

それを確認し、ディーンも部屋を飛び出した。


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