上 下
64 / 67
喚び招く

64. リアムと新たな客人達

しおりを挟む

 リアムがレムレスの館に戻ったのは、悠真の目覚めた翌日だった。

「リアムさん、お帰りなさい!」

 笑顔でおかえりを言った直後、ふと思った。彼はこの館の住人ではないのに、この挨拶は変だろうか?
 しかし「ただいま~」と普通に返されたので、まあよしとしておく。

「心配したよぉ、ユウマくん」
「ごめんなさい……」

 頭を撫でられ、シュンとしつつも少しこそばゆくなる悠真だった。
 悠真にとってリアムは、優しい兄の友人というポジションだ。自分の内側に変化が起きてしまっても、周りの人々に抱いている気持ちは今まで通りなのだと実感できて、なんだかホッとする。

「オスカー、彼らをしばらく泊めてやってもいいかい?」
「ああ、構わん」

 リアムの後ろには、ローブ姿の人物が数十名。どことなく迫力のある一行に、悠真はドキリとした。
 全員、魔法使いだ。魔法使い自体、オスカーとリアムの二人しか知らなかったのに、いきなりこんな大勢の姿を見ることになるなんて。
 しかも鋭敏さを増した悠真の感覚は、レムレスの館周辺に展開する魔法使いの気配も捉えていた。かなりの数だ……。

「すごい、こんなに大勢いたんだね」
「ああ。おまえに敵意を持つ者はいないから安心しろ」

 オスカーが安心させるように肩を抱き、心持ちかがんで囁くと、目の前にいる魔法使い達はあからさまに驚いた。

「……筆頭? あれはレムレスだよな?」
「そうだよー? だからあんなに言ったじゃないか」
「事実だったのか……」

 人が精霊に変じた存在については、彼らにも情報が共有されていた。
 しかし共有した人物がリアムだったので、「レムレスが伴侶へでろでろの甘々になっている」というくだりは、誰もまったく信じていなかったのだ。

「ねえオスカー? きみの愛想の悪さ、もうちょっと改善しようよ。きみがそんなだから、みんな私の説明を素直に信じてくれないんだよ?」
「私のせいにするな。日頃の行いを振り返れ」
「レムレスの言う通りだ」
「そうだ。責任転嫁をするな」
「見苦しいぞ筆頭」
「えっ!? ちょっと待って、私が劣勢なの!?]

 どうやら魔法使いの界隈でも、リアムの性格は大概らしかった。
 悠真は吹き出しそうになった。



 笑いを堪え、慌てて表情を取り繕う悠真に、それぞれが会釈をして簡潔に名乗った。異国の容貌を持つ黒髪の《精霊公》を軽んじる気配はなく、むしろ最大限の礼儀を払っている。
 彼らの来訪には、ジュール王子の一行も目を白黒させていた。特に近衛達はひりつくような警戒心を発している。
 そんなにハッキリと警戒なんてしたら、相手の気分を害する結果になりはしないだろうか……と悠真は心配になりかけて、ふと気付いた。

(もしかして、実はそんなにあからさまじゃないの?)

 近衛として、動揺を表に出さない訓練ぐらいしているのではないか。よく見れば彼らの表情や態度自体には何ら変わったところがなく、悠真が感じ取っているのは、彼らの感情からくる気配の微妙な変化だ。
 そういったものは通常の人間相手にはほとんど伝わらず、近衛達もそれが『漏れて』いる自覚がないのかもしれない。

「教えてあげたほうがいいのかな?」

 悠真の呟きを拾い、オスカーが「不要だ」と応えた。

「指摘したところで、彼らに防ぐ方法などあるまい。気まずくなるだけだ」
「そうだね……」
 
 頭をかり、と掻いて赤面した。オスカーが独白の意味を正確に読んだのも同じ理由である。気付かずに自分の困惑が漏れていて、視線や状況から「こういうことだろう」と当たりをつけられたわけだ。
 感知能力が多少上がったところで、まだまだ自分はひよっこ魔法使いなのだと自覚せざるを得ない。
 しかし、これが魔法使いとそうではない人々との感覚の違いというのなら、オスカーやリアムは本当に、王都では生きづらかったのではないか。ドロドロと醜い感情を隠し切れているつもりで、愛想笑いを向けてくる人々……。
 先ほど彼が言ったように、気まずくなるのを避けたければ、気付いても指摘しないのが礼儀だ。

(でもそれを知っているってことは、もしかしてオスカーを怖いだの人の心がないだの好きに言ってた奴らって、腹に据えかねたこの人にそういうところを指摘されただけだったりするのかな。だって、オスカーが実際に危害を加えたっていう話はひとつもなかったんだから)

 悠真は無意識にオスカーの手を握っていた。形の良い唇がふと笑みを浮かべ、すぐに指をからめて握り返してくれる。

「本当だったんだな……」
「信じられん……」
「なるほど、お熱いですね……」
「これ。そういうのは指摘するもんではないぞ」
「!!」

 ―――しまった、人前だった……!
 自分達に集中する驚愕の視線と生温かい視線に気付くも、後の祭りだ。



 リアムが戻れば話すと約束した以上、顔が燃えるように熱くとも引っ込むことはできない。

(うう……うかつ過ぎる……でもとりあえず、ほんとに敵意や悪意はないみたいだからよかった。うん、それでいいよね!)

 好奇心、興味、同情……それらの感情を込めた視線の雨がどれほどビシバシ降りそそごうと、実害がなければそれで良しだ。

「ええと……僕が、僕の中で彷徨ってた時のことなんだけど」

 自分でも奇妙な出だしだと思いつつ、悠真は順を追って話し始めた。ただし、己の姿を模した何かについては話すのを避けた。
 あれは指を口に当て、「シー」という仕草をしていた。「自分の存在を秘密にしておけ」という意味であれば、今は従ったほうがいいかもしれないと思ったのだ。
 それ以外については、思い出せる限りすべてを包み隠さず話した。ミシェルが鏡の前で唱えていたことも、そして……おそらく過去のレムレスと思しき人物と、大勢の魔法使いの儀式についても。

 いつの間にか息苦しい沈黙が支配していた。
 リアムの表情もいつもとは違い、彼は笑みを消して口元に手を当て、悠真を見定めようとしているかのようだった。
 ジスランと近衛達は目を見開き、ジュール王子は何も驚いた様子がなかった。

「儀式についての話は、あなた達に聞かせないほうがいいかもしれないとも思った。でもここまで来たら、あなた達ももう『こちら側』の関係者だから、隠さないほうがいいと思って。ごめんなさい」

 悠真は近衛隊長に目を合わせて謝った。彼は「いや……」と首を横に振り、けれどそれ以降の言葉を継げなくなっていた。

「ジュールは知っていたみたいだね?」

 今度は王子に視線を合わせて尋ねると、彼は肩をすくめてリアムを見た。
 リアムはそれを受けて、彼の代わりに答えた。

「そうだね。ユウマくんが話したことは、僕らが知っていることと一致するよ」



-------------------------------------

 読んでくださってありがとうございます!
 明日は更新お休みとなり、次回は9/14予定です。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

【R18】ショタが無表情オートマタに結婚強要逆レイプされてお婿さんになっちゃう話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

異世界に転生してもゲイだった俺、この世界でも隠しつつ推しを眺めながら生きていきます~推しが婚約したら、出家(自由に生きる)します~

kurimomo
BL
俺がゲイだと自覚したのは、高校生の時だった。中学生までは女性と付き合っていたのだが、高校生になると、「なんか違うな」と感じ始めた。ネットで調べた結果、自分がいわゆるゲイなのではないかとの結論に至った。同級生や友人のことを好きになるも、それを伝える勇気が出なかった。 そうこうしているうちに、俺にはカミングアウトをする勇気がなく、こうして三十歳までゲイであることを隠しながら独身のままである。周りからはなぜ結婚しないのかと聞かれるが、その追及を気持ちを押し殺しながら躱していく日々。俺は幸せになれるのだろうか………。 そんな日々の中、襲われている女性を助けようとして、腹部を刺されてしまった。そして、同性婚が認められる、そんな幸せな世界への転生を祈り静かに息を引き取った。 気が付くと、病弱だが高スペックな身体、アース・ジーマルの体に転生した。病弱が理由で思うような生活は送れなかった。しかし、それには理由があって………。 それから、偶然一人の少年の出会った。一目見た瞬間から恋に落ちてしまった。その少年は、この国王子でそして、俺は側近になることができて………。 魔法と剣、そして貴族院など王道ファンタジーの中にBL要素を詰め込んだ作品となっております。R指定は本当の最後に書く予定なので、純粋にファンタジーの世界のBL恋愛(両片思い)を楽しみたい方向けの作品となっております。この様な作品でよければ、少しだけでも目を通していただければ幸いです。 GW明けからは、週末に投稿予定です。よろしくお願いいたします。

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

もしも○○だったら~らぶえっちシリーズ

中村 心響
恋愛
もしもシリーズと題しまして、オリジナル作品の二次創作。ファンサービスで書いた"もしも、あのキャラとこのキャラがこうだったら~"など、本編では有り得ない夢の妄想短編ストーリーの総集編となっております。 ※ 作品 「男装バレてイケメンに~」 「灼熱の砂丘」 「イケメンはずんどうぽっちゃり…」 こちらの作品を先にお読みください。 各、作品のファン様へ。 こちらの作品は、ノリと悪ふざけで作者が書き散らした、らぶえっちだらけの物語りとなっております。 故に、本作品のイメージが崩れた!とか。 あのキャラにこんなことさせないで!とか。 その他諸々の苦情は一切受け付けておりません。(。ᵕᴗᵕ。)

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

サビアンシンボルのタロット詩集、ときどき英文読解

都築よう子
児童書・童話
サビアンシンボルは、占星学と霊性的な成長に関連する一連の象徴的なイメージです。これらのシンボルは、宇宙のメッセージや導きを受け取るためのツールとして使用されることがあります。また、タロットカードも占いや霊的な瞑想のために使用される道具であり、各カードには固有の象徴があります。 サビアンシンボルとタロットカードを組み合わせて、ジョークと照らし合わせながら詩を書くことは、霊的な啓示や洞察を得るための深い表現の手段として楽しむことができます。 時々気まぐれで、猫でもわかる英文読解をしたりして、人生を楽しむ勉強をしています。 《サビアンシンボルに関する日本語WEBサイト》 ☆さくっとホロスコープ作成 http://nut.sakura.ne.jp/wheel/sabian.html ☆松村潔のページ http://matsukiyo.sakura.ne.jp/sabiantxt.html ☆sabian symbol http://www.246.ne.jp/~apricot/sabian/sabianfr.html ☆すたくろ https://sutakuro.com/sabianhome1/ ☆絵でわかるサビアンシンボル占星術 https://sabianimage.link/ ☆心理占星術研究会 http://astro-psycho.jugem.jp/?cid=18 ☆サビアンシンボルとは?ー星読みテラス https://sup.andyou.jp/hoshi/category/sabian-symbol/ ☆ サビアンシンボル<一覧> https://heart-art.co/list-of-savian-symbols/ 《サビアンシンボルに関する英語WEBサイト》 ★Sabian Assembly https://sabian.org/sabian_philosophy.php ★The Sabian Symbols http://www.mindfire.ca/An%20Astrological%20Mandala/An%20Astrological%20Mandala%20-%20Contents.htm ★Sabian Symbols https://sabiansymbols.com/the-sabian-symbols-story/

処理中です...