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喚び招く
64. リアムと新たな客人達
しおりを挟むリアムがレムレスの館に戻ったのは、悠真の目覚めた翌日だった。
「リアムさん、お帰りなさい!」
笑顔でおかえりを言った直後、ふと思った。彼はこの館の住人ではないのに、この挨拶は変だろうか?
しかし「ただいま~」と普通に返されたので、まあよしとしておく。
「心配したよぉ、ユウマくん」
「ごめんなさい……」
頭を撫でられ、シュンとしつつも少しこそばゆくなる悠真だった。
悠真にとってリアムは、優しい兄の友人というポジションだ。自分の内側に変化が起きてしまっても、周りの人々に抱いている気持ちは今まで通りなのだと実感できて、なんだかホッとする。
「オスカー、彼らをしばらく泊めてやってもいいかい?」
「ああ、構わん」
リアムの後ろには、ローブ姿の人物が数十名。どことなく迫力のある一行に、悠真はドキリとした。
全員、魔法使いだ。魔法使い自体、オスカーとリアムの二人しか知らなかったのに、いきなりこんな大勢の姿を見ることになるなんて。
しかも鋭敏さを増した悠真の感覚は、レムレスの館周辺に展開する魔法使いの気配も捉えていた。かなりの数だ……。
「すごい、こんなに大勢いたんだね」
「ああ。おまえに敵意を持つ者はいないから安心しろ」
オスカーが安心させるように肩を抱き、心持ちかがんで囁くと、目の前にいる魔法使い達はあからさまに驚いた。
「……筆頭? あれはレムレスだよな?」
「そうだよー? だからあんなに言ったじゃないか」
「事実だったのか……」
人が精霊に変じた存在については、彼らにも情報が共有されていた。
しかし共有した人物がリアムだったので、「あのレムレスが伴侶へでろでろの甘々になっている」というくだりは、誰もまったく信じていなかったのだ。
「ねえオスカー? きみの愛想の悪さ、もうちょっと改善しようよ。きみがそんなだから、みんな私の説明を素直に信じてくれないんだよ?」
「私のせいにするな。日頃の行いを振り返れ」
「レムレスの言う通りだ」
「そうだ。責任転嫁をするな」
「見苦しいぞ筆頭」
「えっ!? ちょっと待って、私が劣勢なの!?]
どうやら魔法使いの界隈でも、リアムの性格は大概らしかった。
悠真は吹き出しそうになった。
笑いを堪え、慌てて表情を取り繕う悠真に、それぞれが会釈をして簡潔に名乗った。異国の容貌を持つ黒髪の《精霊公》を軽んじる気配はなく、むしろ最大限の礼儀を払っている。
彼らの来訪には、ジュール王子の一行も目を白黒させていた。特に近衛達はひりつくような警戒心を発している。
そんなにハッキリと警戒なんてしたら、相手の気分を害する結果になりはしないだろうか……と悠真は心配になりかけて、ふと気付いた。
(もしかして、実はそんなにあからさまじゃないの?)
近衛として、動揺を表に出さない訓練ぐらいしているのではないか。よく見れば彼らの表情や態度自体には何ら変わったところがなく、悠真が感じ取っているのは、彼らの感情からくる気配の微妙な変化だ。
そういったものは通常の人間相手にはほとんど伝わらず、近衛達もそれが『漏れて』いる自覚がないのかもしれない。
「教えてあげたほうがいいのかな?」
悠真の呟きを拾い、オスカーが「不要だ」と応えた。
「指摘したところで、彼らに防ぐ方法などあるまい。気まずくなるだけだ」
「そうだね……」
頭をかり、と掻いて赤面した。オスカーが独白の意味を正確に読んだのも同じ理由である。気付かずに自分の困惑が漏れていて、視線や状況から「こういうことだろう」と当たりをつけられたわけだ。
感知能力が多少上がったところで、まだまだ自分はひよっこ魔法使いなのだと自覚せざるを得ない。
しかし、これが魔法使いとそうではない人々との感覚の違いというのなら、オスカーやリアムは本当に、王都では生きづらかったのではないか。ドロドロと醜い感情を隠し切れているつもりで、愛想笑いを向けてくる人々……。
先ほど彼が言ったように、気まずくなるのを避けたければ、気付いても指摘しないのが礼儀だ。
(でもそれを知っているってことは、もしかしてオスカーを怖いだの人の心がないだの好きに言ってた奴らって、腹に据えかねたこの人にそういうところを指摘されただけだったりするのかな。だって、オスカーが実際に危害を加えたっていう話はひとつもなかったんだから)
悠真は無意識にオスカーの手を握っていた。形の良い唇がふと笑みを浮かべ、すぐに指をからめて握り返してくれる。
「本当だったんだな……」
「信じられん……」
「なるほど、お熱いですね……」
「これ。そういうのは指摘するもんではないぞ」
「!!」
―――しまった、人前だった……!
自分達に集中する驚愕の視線と生温かい視線に気付くも、後の祭りだ。
リアムが戻れば話すと約束した以上、顔が燃えるように熱くとも引っ込むことはできない。
(うう……うかつ過ぎる……でもとりあえず、ほんとに敵意や悪意はないみたいだからよかった。うん、それでいいよね!)
好奇心、興味、同情……それらの感情を込めた視線の雨がどれほどビシバシ降りそそごうと、実害がなければそれで良しだ。
「ええと……僕が、僕の中で彷徨ってた時のことなんだけど」
自分でも奇妙な出だしだと思いつつ、悠真は順を追って話し始めた。ただし、己の姿を模した何かについては話すのを避けた。
あれは指を口に当て、「シー」という仕草をしていた。「自分の存在を秘密にしておけ」という意味であれば、今は従ったほうがいいかもしれないと思ったのだ。
それ以外については、思い出せる限りすべてを包み隠さず話した。ミシェルが鏡の前で唱えていたことも、そして……おそらく過去のレムレスと思しき人物と、大勢の魔法使いの儀式についても。
いつの間にか息苦しい沈黙が支配していた。
リアムの表情もいつもとは違い、彼は笑みを消して口元に手を当て、悠真を見定めようとしているかのようだった。
ジスランと近衛達は目を見開き、ジュール王子は何も驚いた様子がなかった。
「儀式についての話は、あなた達に聞かせないほうがいいかもしれないとも思った。でもここまで来たら、あなた達ももう『こちら側』の関係者だから、隠さないほうがいいと思って。ごめんなさい」
悠真は近衛隊長に目を合わせて謝った。彼は「いや……」と首を横に振り、けれどそれ以降の言葉を継げなくなっていた。
「ジュールは知っていたみたいだね?」
今度は王子に視線を合わせて尋ねると、彼は肩をすくめてリアムを見た。
リアムはそれを受けて、彼の代わりに答えた。
「そうだね。ユウマくんが話したことは、僕らが知っていることと一致するよ」
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読んでくださってありがとうございます!
明日は更新お休みとなり、次回は9/14予定です。
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