鏡の精霊と灰の魔法使いの邂逅譚

日村透

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恋と真実

38. 泉のほとりの秘め事*

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 水鏡の泉それ自体に結界はなく、悠真が膜と感じたのは気温の差だった。湖と呼べる広さがありながら上空から視認できなかったのは、網の目状に張り巡らされた巨大な枝葉の天井が自然に姿を隠しているからだった。
 その隙間を縫って舞い降りた《ラディウス》がゆっくり草の上に足をつけるや否や、オスカーは悠真を抱えて飛び降り、手袋やコートをいささか乱暴に脱がし始めた。

「こ、ここでするの? 誰か、人が来たら」
「誰も来ない。気にするな」

 オスカーが結界を張ったのだろうか。もしくはここがそういう場所なのか、悠真には判断がつかなかった。あの泉には不思議と懐かしさや安心感があり、ここがとても居心地のいい場所だというのはわかるのだけれど……。

(で、でも、外なのに)

 それを言うならガゼボも外だった。けれど、あれは秘密基地の中での秘め事のような感覚で、これとは別物だ。そんなものは個人的な気分の違いと言われればそれまでだが。
 悠真の葛藤をよそに、オスカーはどんどん服をはぎ取ってゆく。冬服だから着衣の枚数が多く、ボタンもきっちり頑丈な種類だ。外しにくいそれらに、オスカーが明らかに舌打ちした。

(……なんか、苛立ってる?)

 気のせいではなく、いていた。その理由は互いの下半身が偶然触れ合った瞬間に判明した。

(あぅ。……ってる……)

 オスカーのそこも臨戦態勢になっていた。外だなんだと、お互いにもう止められる状況ではなかった。
 《ラディウス》が気を利かせ、片翼の二枚をふわりと広げてアーチ状の天井を作った。簡易テントのように木漏れ日を遮り、それだけでも随分『外』に対する抵抗感が薄れた。
 オスカーは悠真のシャツもズボンもブーツもすべてむしり取り、離れた場所へポンポンと放った。ここを出れば再び零下の世界になる。汚せば洗って完全に乾かすしかなく、一応の準備はあるのでそれは無理なことではなかったが、無駄に手間と時間がかかるのは確実だった。
 邪魔な衣類を綺麗にいた悠真の背を、オスカーは《ラディウス》の胴に押し付けた。

「ひっ!? あっ、やだっ、ダメっ!」

 股間で元気に存在を主張している屹立が、オスカーの口にすっぽりと呑み込まれた。生温かくねっとり包み込まれた衝撃で、既に限界ぎりぎりだったそれは実に呆気なく爆発してしまった。

「え、わ、ごめんオスカー! ……ぁ」

 男の喉がゴクリ、と上下した。赤い舌が唇をペロリと舐め、優美な顔立ちと裏腹に、獲物を食らう野生の獣めいている。

(いま……ぼくの、飲ん……)

 間を開けず、性急な指が後ろの窄まりに潜り込んできた。連日愛されているそこは、きゅうきゅうと強く締め付けながら、同時により深くへ柔軟にいざなおうとしている。ほぐすためではなく、それを確認するためだけに入れていた指はあっさり引き抜かれ、一息つく間もなく、もっと大きなものがあてがわれた。

「ぃあっ! ―――あっ、あっ、あぁっ!」
「くっ、……はあっ……すまんっ……」
「あんっ! あっ! ひっ、あっ、ダメ、ダメ、ぁあ……!」

 オスカーは悠真の身体を押さえつけながら己のブーツを脱ぎ、残っていた衣類も脱いで脇に投げた。二人して一糸纏わぬ姿になり、がつがつと腰を振って貪る。
 いつもより荒々しく貫かれ、宙を蹴る悠真の足はほとんど地についていない。その両足を膝裏から抱え込まれ、自重のかかる場所が後ろの一点へ集中し、さらにそこへ容赦なく腰が叩きつけられた。
 奥にある弱点、触れるだけで腰が砕けるその場所を、剛直がズンズンと何度も突き上げる。

「あぁーっ、あーっ!」
「ユウマ……!」

 指では到底届かない深い場所へググ、と先端を押し付け、悲鳴を上げて痙攣する身体を逃がさぬように捕え、はらの奥めがけて思いの丈を流し込んだ。

「ふ、く……っ」
「ひあ、あ、んぁ……!」

 初めての頃は熱としか感じられなかったそれが、今の悠真は魔力を含んだ液体だとわかるようになってしまった。
 熱くて強い、オスカーの精液だ。
 それがはらの中へたっぷりとそそがれている。その事実は、おかしくなりそうなほどの愉悦を四肢の先まで巡らせ、全身の骨という骨を消して軟体生物に変えてしまう。
 掻き出すのは許さないとばかりに、より深みへの射精は止まらず、先ほどオスカーの口内で暴発したばかりの悠真の先端が、押し出されるように白濁を噴いていた。
 中に出されるのに感じて射精をしてしまうなんて、自分はMっ気があったのだろうか? 時々そんな風に悩んだりもするが、どうせオスカー以外とはしないんだから別にいいか、と結論付けるのも毎度のことだった。

「ぁ、あぅ、ダメ……オスカー、あ……ぼく、とけちゃ、とけちゃうよぉ……」
「とけてしまえ……愛してる……」
「っ……ぼくも……オスカー……!」

 長い射精が終わり、すっ飛ばされていた愛撫が始まった。凶器を納めたままの腹部を撫で、首筋から鎖骨を味わい、小さなコインに似た簡易身分証のペンダントトップを避けながら舌を這わせ、ぷくりと尖った胸をねぶる。自分で触れても何も感じない乳首が、オスカーにいじられると下半身を直撃するほどの刺激を覚え、後ろのあなが勝手に応えて収縮し、たちまち剛直が力を取り戻した。
 オスカーの指が悠真の指を一本一本搦めて握り、拘束を強めた。抜かずにゆるゆると腰を回し、愛しい伴侶の口から甘やかな声を引き出す。

「愛している、ユウマ……私のものだ。……決して離さん……」
「うれ、し……すき、オスカー……すき……ぁん……」

 途方もない快楽と、途方もない幸福感が同時に押し寄せ、頭がぐずぐずにとろけてしまう。気持ちよすぎて零れる涙を唇で拭われ、さらに胸がパンパンになるほど幸福感が満ちる。

(気持ちいい、気持ちいい……オスカー、好きだ……すごく好き……オスカー……)

 嵐が過ぎ去った後、穏やかな交わりはゆっくり、長く続けられた。



 何度目かの絶頂で意識を飛ばした悠真がふと瞼を開けると、肩近くまで水に浸かっていた。
 ふとももの下にはオスカーの膝。どうやら飛んでいる間に身体を洗ってくれたらしい。少し身じろぐと、尻の中がぬるりとした。……そこは手つかずのようだ。

(……出さなくて、いいのかな)

 言わずもがな、胎内へ大量に出されたオスカーの精液だ。
 が、すぐに考えても意味がないと悟った。つい忘れかけてしまうけれど、この肉体は普通の人のそれとは違う。それに、今まで数えきれないぐらい中にそそがれているのに、一度も腹を壊したことはなく、むしろ翌朝の体調は良くなっている。
 食事と同様、余さずオスカーの精液を吸収して、自分のエネルギーに変換しているんだろうな……と、そこまで想像して頭を水の中に沈めたくなった。

(なんでそんな余計なことまで想像した自分。アホか自分。そうだ、アホだった……)

 腕の中でもだもだしていれば、オスカーも目が覚めたと気付く。こめかみに唇を落とし、低い声であやすように尋ねた。

「どうした?」
「……なんでもないデス」

 小さく笑う気配がする。照れているだけなのはバレバレだった。
 大きな手が水をすくい、悠真の肩にかけた。水に触れている感覚がない。
 水温が体温と同じ三十六度前後であれば、この季節では水ではなくお湯だ。本当なら辺り一帯が真っ白になるぐらいの湯気がもうもうと立ち込めているはずなのに、向こう岸まで視界はクリア。

「この場所って、年中常春なの?」
「いや、季節がちぐはぐなだけだ。二~三ヶ月ごとに季節が変わる。ただ、氷のせつと思われる時期でもこの泉が凍っているのを見たことはない。今は花のせつでタイミングが良かった。……痛みはないか? 加減ができなかった」
「だ、大丈夫だよ。怠さとかも、全然ないし」
「そろそろ戻らねばならん時刻だが、動けそうか?」
「ええと……どこも痛くは、ないんだけど。……足が」
「立てそうにないか」
「ウン……って、なんでそこで嬉しそうな表情かおするの」
「気のせいだろう。気持ちが良かったか?」
「~~~い、言わせるなってば! オスカーこそどうなんだよ?」

 勢いで訊いてみれば、耳をぱくりと甘噛みし。

「最高だった。我を忘れるぐらいに」

 撃沈した。
 うーうー呻く悠真を笑いながら抱き上げ、オスカーは水中との重力差などものともせずに草地へ上がり、手ごろな岩に座らせた。放り出していた荷の中から、オカリナに似た形状の魔道具を取り出し、魔力を流す。
 悠真が心の中でドライヤーもどきと呼んでいる魔道具だ。ドライヤーよりも温風の包み込む範囲が広く、体表の水分を短時間で乾かしてくれる。
 難点は、服や革製品に染み込んだ内側の水分はなかなか乾かせない。これは身体を乾かす際に、カサカサしわしわのミイラにならないよう設計されているからだ。

 終始ご機嫌のオスカーに服を元通りに着せ付けられ、《ラディウス》に―――姿が見えないと思っていたら一時的に影へ戻していたようだ―――横抱きで乗せられた。

(これ、帰ったら、みんなの顔に副音声がえるパターンだな……ふふ)

 悠真は悟りを開いた表情でオスカーにもたれかかった。
 館に戻ってみれば、リアムから手紙が届いていた。


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