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魔法使いとの出会い
7. 鏡の精霊の真実
しおりを挟む実家訪問から戻って早々、魔導塔筆頭としての自分に会いに来た盟友に、リアム=ヴェリタスは「これは穏やかでないな」と心の準備をしつつ己の館に迎え入れた。
防音完備の応接間に通し、召使いに茶を用意させて人払いをすると、「さぁ何かな?」と促す。
「しのごの言わず《聖者の灰》と《賢者の血》をよこせ」
「待って。ちょっと待って。せめて事情の説明からいこうか?」
《聖者の灰》と《賢者の血》は、どちらも回復系において最高の魔導素材だ。
名称は隠語であり、本物の灰や血液ではない。かつて精霊が愛し子のために提供し、おもに欠損した肉体を治癒させるほどの回復薬の調合に使われてきた。
精霊の加護なき者が触れると変質してしまうため、扱えるのは愛し子のみ。そして精霊ごとに異なる使い方があるとされるが、具体的な手順書などは存在しない。あっても他者には扱えず、愛し子には精霊が使い方を教える。
その愛し子本人であれば、魔導塔の筆頭に口頭で申請し、筆頭が承認してのち国王に事後報告をするだけでいい。大量破壊や殺戮などが可能な危険なものであった場合のみ、必ず国王の承認も先に必要となる。
「ミシェルが、やらかした」
「ほうほう、うん、つまりどんな?」
数分後、筆頭は美女と見紛う美貌をテーブルにごんと打ち付けた。
「な、に、を、やっているんだい、きみの弟は……」
「私のセリフだ」
高位貴族の少年が、平凡でつまらない自分から脱却すべく取った方法が、地道で堅実な努力ではなく、手っ取り早く己の中に『理想の存在』を宿すことだった。そして周りと上手くやる方法を学ぶや否や、用済みとばかりに鏡の中へ閉じ込めたという。
「その少年『ユウマ』が言うには、ミシェルは『確実に願いに応えてくれる〝鏡の精霊〟』を読んでおり、それを実行したのではないかということだ」
「あれか! でもあれ、どの書にも禁術って必ず明記させてるのになあ」
「書にはちゃんと記載があり、しかしユウマが共有したミシェルの記憶にはなかったらしい。ミシェルがその部分だけを読み飛ばしたか、読んだとしても憶えていないのだろう」
「都合のいい箇所だけ憶えていたか、思い出してしまったってやつかな……参ったな。それにしても、とんでもないことをしてくれたね。生きた人間の魂を別の世界から引きずり込んだ上に放逐、なんて、何重にもまずい案件だよ……」
「……ユウマは、元の世界で命を落とし、こちらに引っ張られたのだと思い込んでいた」
「うわぁ……ほんとのこと言えないねえ……」
あの禁術の本質は、『生きた人間の魂を引き剥がして鏡に閉じ込め使役する』というものだった。さすらう亡者の魂は大半が酷く崩壊しており、生霊であればと考えた死霊術師が編み出したとも、闇に染まった召喚士が興味本位で禁忌に手を出したとも言われ、諸説あるが真偽は不明。条件が揃えば比較的簡単に実行できてしまう上に、あまりに非道、かつ危険なため、禁術に指定された経緯があった。
しかも、書籍で一般に知られている禁術に正確な方法など書かれはしない。本来なら使役したい者の名を唱えねばならないのに、ミシェルは『誰』と指定せずに唱え続けた。ミシェルの求める人物像だけがはっきりしており、それ以外はどこの誰の魂が引き剥がされるか全く不明のため、それはひょっとしたら第一王子の魂であったかもしれないのだ。
「ミシェルも召喚士の血統だ。力は弱くとも、ほかの人間よりこの手の術は成功しやすい。だからこそ慎重にならねばならんのに」
「ユウマくんとやらをすんなり追い出せたのなら、制御はできているということかい?」
「いや、幸運にもユウマが無害だったから、出て行くよう念じるだけで充分だったのだ。力ある精霊や邪霊ならそうはいかん」
追い出された悠真が鏡の中に吸い込まれ、出られなくなったことなどミシェルには知る由もなく、当然彼を支配する文言なども唱えていなかった。
さらに、自分の喚んだ少年が結局どこへ消えたのかも深く考えず、彼がミシェルの代わりに築いた幸福を奪うさまを見せつけ続けた。
「視た限り、ユウマ自身が鏡の精霊と言って過言ではない存在になっている。孤独を紛らわせるために朝も夜もなく知識を貪り、暇を潰すために魔法の修練を続け、しかも鏡から鏡へ行き来できるようになったそうだ」
「うわあぁ……それ、あと一歩で悪魔になってしまうやつじゃないか……!」
頭を抱えるリアムに、オスカーは重々しく頷いた。
『確実に願いに応えてくれる〝鏡の精霊〟』には、世に出ていない裏話がある。
男はミシェルと同じように、対象を指定せず喚びかけ続けた。それに応えたのは、鏡の悪魔だった。
男はそれの正体を知らず、鏡に閉じ込められていた悪魔を己の中に移してしまった。
その後、鏡の中へ戻っていったのは、果たしてどちらだったのか。
「いろいろ興味深い話を聞けたぞ。例えばユウマが、ミシェルの檻から解放されたくだりなんだが―――」
□ □ □
悠真はひとしきり狂喜した後、「お見苦しいところをお見せしまして、まことに申し訳ございません……!」と頭を床にこすりつけた。いきなり土下座をされて面食らったオスカーは直前の警戒心もすっぽぬけ、
「いや、構わん。どういう事情だ?」
と、つい声をかけてやる羽目になった。
涙声に聴こえたので泣いているかと思いきや、顔を上げた少年の目に涙はなく、ここでは泣けないのだと悲しそうに言った。
悠真がそこに居る理由、ミシェルとの関わりが明らかになるにつれ、オスカーは何度か眉間を揉んだり、天を仰ぎそうになった。
そして話は、悠真がようやく別の鏡へ逃げ出せた時の出来事に及んだ。
そこはミシェルに鏡をプレゼントした親戚の部屋だった。
実物そのままに鮮明に映る鏡は高級品であり、それが自室に置かれている家は富裕層の証明でもある。
その家にももれなく書斎があった。これに悠真は歓喜した。親戚のプライバシーを侵害している罪悪感がよぎったのは最初の一瞬だけ。その後はひたすら、新鮮な知識や経験との出会いを貪った。悠真自身、決して勉強が好きでも得意でもなかったのに、もし第三者がこれを見ていれば、本とペンを抱えて産まれた知識欲の権化にしか見えなかっただろう。
「うわっ! こいつ浮気してるじゃん! あんな優しそうな奥さんいるのに何やってんだよ……!」
ミシェルの部屋から解放された影響か、強制リセットの時間でなくとも、部屋の状態を意識的に更新させられるようになった。悠真はこれを『同期』と命名した。
部屋の主が頻繁に誰かと手紙のやりとりをしており、相手からの手紙をいそいそと鍵付きの引き出しに仕舞い込むものだから、ちょっと悪戯心を起こして、返事を書いている最中に同期させてみたのだ。机の上に出現した便箋に目を通してみるとあらびっくり、どこかの女性に宛てたラブレターではないか。
他人様のゴシップに意図せず触れてしまい、微妙な気持ちになったものの、今の悠真にはそんな刺激すら大歓迎。いきいきと部屋中を物色し、書物という書物を読み漁っては書き写しての繰り返し。ミシェルの書斎にはなかった専門書もそれなりにあって、嬉々として単調な日々を享受すること半月ほど。
「やっぱり奥さんにバレちゃったかー。男の浮気はバレる率高いからやめときなよって言ったじゃんー」
言ってないが。
土下座しながら別れないでくれと哀願する親戚のおじさんの姿に、「こっちの世界でも土下座ってあるんだ」と妙なところで感心してしまった。
男性優位の国なのだが、妻が資産家の娘で、夫より立場が強いらしい。別れられると妻の実家からの援助が期待できなくなって困るのだそうだ。
いやそれ奥さんにサイテーだろ、と悠真は他人事ながら情けなくなってしまうが、ふと、もしあの夫婦が別れてしまったら自分はどうなるのだろうと不安になった。
この部屋の中身がすべて処分されてしまったら。建物が改築されて部屋自体がなくなったら。
「……僕がミシェルの部屋から出られた時のあれ、合わせ鏡だよな」
ここにある鏡のどれかで、また別の場所へ行けはしないか。
鏡面に触れながら、向こう側へくぐり抜けるイメージが不意に浮かび―――
―――真っ暗闇の中、鏡だけが浮かんでいる奇妙な空間にいた。
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