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新たな兎の始動

62. 無意識のクセ

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 プレイヤーでなければSランクへ上がれなかったシステムに、今となっては感謝だ。もしウォルがそのランクに上がっていたら、時間の許す限り律義に依頼を受けていたに違いない。
 僕みたいに『やっている感』を出して回避なんてせず、お偉いさんの都合で便利に使われてしまっただろう。
 この世界にいるのは善良な獣人だけではない。もちろん腹黒い奴だっている。僕の印象では、王族や地位の高い獣人が持ち込むSランクの強制依頼は、依頼主の人格に問題ありなケースがそこそこの割合を占めていた。
 後から思い返しても、BからAランクが一番気楽だったなって感じることは一度や二度じゃなかったよ。けれど苦労して得たランクと、それに付随するメリットを思い、なんとか我慢してきたんだ。

 頂点に達した者の満足度が低くなり、モチベーションが下がりがちなのは、どのゲーム会社でも課題になっていた点ではある。珍しい素材を集め尽くし、使い道がないほどお金も貯まっているトッププレイヤーに、新たな刺激をどう提供するか。
 そこで、より複雑化した依頼と、その依頼でなければ決して得られないレアアイテムを報酬に設定するのは、どこでもやっている基本だった。
 ただ、そればかりが続くと、結局は面倒だった印象しか残らなくなる。

 今のプレイデータを削除し、別の種族で新たなアバターを作って初心者からやり直すか。あるいはレベル上限の解除と新エリアの解放を待つか。どちらかという話になれば、選ぶのは後者しかない。
 将来的にはひとつのアカウントで複数のアバターを作成できるようになるとしても、今は技術的に一体が限界だと吉野さんは言っていた。せっかく育てたキャラを消したくなければ、大型アップデートか技術の進歩をおとなしく待つしかない。

「レンっていろんなことにすげぇ詳しいのに、初心者の手続きとかあんま詳しくなかったよな? なんで?」

 鋭いロルフが突っ込んできた。しまった、そこのところは考えていなかったな。
 ええと、それは……。

「単純に忘れちまってただけだろ? ソロ活動の長い高ランクハンターなら不思議なことじゃねえぜ。ガリオンやデューラーみてぇに下の面倒を任されてる奴は、教える過程で思い出したりすっからそうそう忘れねぇんだ」

 僕が下手な誤魔化しを口にする前に、キーファーさんが的確な答えを返してくれた。ありがとうございます!
 今後誰かに似たようなことを訊かれた時は、その言い訳を使わせてもらおう。



 今後の依頼については解決したので、ついでに黄金鹿の報酬の話になった。
 ウォルは枝角の一部を手元に残し、あとは買い取りに出すらしい。それと、三人の報酬の一部である黄金鹿の肉も含め、受け取りは明日以降ということになった。
 肉はすべてを売却に回さず、いくらかは食べたいと希望する者が大半だったとかで、切り分けるのにやや時間がかかるそうだ。
 幸いにも黄金鹿の肉は、通常の魔物よりも鮮度が落ちにくく傷みにくい。だからといって永遠に腐らないわけでもないのだが、ロルフやイヴォニーはどうやって保管するつもりなのだろう。

「二人は冷蔵や冷凍の魔道具を持っているの?」
「や、持ってねえよ」
「あたしら、もらった肉は即! ここで料理してもらうから、無くてもあんまし問題ないよ」
「そっか」

 なるほど、すぐに食べられる分だけをもらうのか。でもそれだと、せっかく美味しい肉だったとしても、一食しか食べられないということになる。いつか二人にプレゼントするのは、肉用の冷凍箱なんかがいいかな。
 そんなことをこっそり計画しつつ、皆の食事も終えたので『黒熊亭』を出ようとすると、トーマンと手を繋いだアビーに出会った。

「おや、おはようございます、皆さん」
「みなさん、おはよーございます」

 きちんとしたトーマンと、トーマンに倣って挨拶をするアビーにほっこりと場が和んだ。

「そういやあ、おまえとアビーはこのレンに会うのは初めてか?」
「ええ、休暇をいただいておりましたので。話には聞いておりましたが、なんとまあ……レンさん、大きく……なりましたね?」

 トーマン。そこ、疑問形で首を傾げるところじゃないから。大きくなったんだよ、これでも!
 背後で笑みを噛み殺している奴らは放っておいて、アビーと改めて自己紹介をした。アビーは不思議そうにしていたけれど、とりあえず『前よりちょっとおっきくなったレンお兄さん』ということで納得してくれた。
 同じ兎が成長しただけと思われていそうだな、まあそれでもいいか。

 アビーは『黒熊亭』の厨房のお手伝いのため、ちょこちょこと駆けて行った。
 トーマンは受付のカウンターに入り、僕らはロルフとイヴォニーが目をつけていたBランク依頼を優先的に選んで、ウォルがトーマンのいる受付に持って行く。

「トーマン、これを」
「はいはい」

 依頼書を受け取りながら、役人風の山羊族の男は片手の指で眉間に軽く触れ、目の端で輪を掴むような仕草をしかけてやめた。
 それは、眼鏡のズレを調整するような。

 ……。
 彼は、眼鏡をかけていない。
 眼鏡をしていたのは。

「……トーマン?」
「はい、何でしょう?」
は、何かのクセなんですか? に見えましたが……」
「へ? ――っと、すみません、レンさんの丁寧語って慣れませんね。普段みなさんと話している時の口調で構いませんよ。クセと言いますと、もしやさっきのコレですか?」

 トーマンが人差し指と親指でCの字を作り、僕は「それ」と頷いた。

「これ、アビーにも訊かれたんですよねぇ。何故か時々やっているんです。最近は減ったんですけどね」
「ふうん……」

 嘘のにおいはない。
 それ以上突っ込むことはせず、依頼の受注が完了すると、僕らはギルドの建物を出た。

「レン、気がかりでもあるのか?」

 建物から離れた場所で、ウォルがさっきのことを尋ねてきた。

「ん……トーマンの様子が、少しおかしいかなと、思って。多分気のせいだよ」
「様子か。俺は今日は特におかしいと思わなかったが、もしかしたらアビーのことでまた何か悩んでいるのかもな」
「アビーの?」

 また、って何のことだろう?
 そこで僕は、遠方で冒険者をしていたアビーの父親が依頼中の怪我が原因で命を落とし、母親も病気で亡くなっていたことを知った。

「俺らもそれ、ガリオンのおっちゃんから聞いたぜ。一~二年前らしいって?」
「冒険者にはよくある話だけど、小っちゃい子には言いにくいよねえ……」
「トーマンもどう説明すればいいかと悩んでいてな、以前からたびたび様子がおかしくなることがあった。蓋を開けてみれば、アビーにはとうの昔に悟られていたんだが。幼子は時に大人よりも鋭い」
「そう、なんだ……」

 そう。冒険者には、よくある設定だ。アビーと同じ身の上の獣人は、きっとこの世界のどこにでもいる。
 だけど。
 僕はあの人に、確認したことがあったろうか。
 いつ、この世界の異変を「ゲームではない」と確信したのか。そのきっかけは何だったのか。

 そうか。
 吉野さん。
 トーマンは、あなたのアバターだったんだな。

 一般のプレイヤーではなく、あなたのテストプレイ用に作られたキャラ。
 そして僕と同じように、この世界に『物語』を設定したアバター。

 あなたはどう思ったんだろう。何の気なしに設定した『家族』のキャラクターが夫婦ともに亡くなり、幼い子供アビーを引き取ることになって。
 わざわざそんな展開にする必要なんてないのだから、きっと想定外の出来事だったんじゃないか。

 ログアウトをすれば、その間アバターはこの世界から消える形になる。
 『トーマン』がいなくなってしまったら、小さなアビーは誰が世話をすればいい?
 だからこれまでの行動履歴にもとづき、吉野さんがダイブしていない間は、自動的にキャラが動いて会話をするように設定した。一般のNPCと同じように。

 アビーのために、この世界での自我を与えられたアバター。
 それが、『トーマン』だったのだ。



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 読んでくださってありがとうございます!
 本日は20時までにもう1話投稿予定ですが、それが一旦エピローグとなります。
 近況ボードをご覧になった方もいるかと思いますが、第一部の区切りとなりますのでよろしくお願いいたしますm(_ _m)

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