上 下
28 / 64
狼と寄り添う兎

27. 誓いの指輪と狼の過去

しおりを挟む

「おまえにとって不都合なことであれば言わなくていい。細かいことは考えずに、おまえが俺に思っていることを口にしてくれればいいだけだ」
「それが不都合で難しいんじゃないか!」
「どこがだ」

 タジタジになっている僕に構わず、デューラーはさらにずずいと身を乗り出してきた。いつの間にか、僕の身体の両脇の地面、いや、毛皮の上に手を突いている。
 この毛皮がここにあることも、僕の今の反応もすべて含めて、彼は勝利を確信している。だからいつになく強引になっているのだ。

「べ、別におまえは、俺じゃなくと」
「狼族はつがいを変えないぞ。一度この相手と決めたら目移りはしない。頑丈で体力もある。稼ぎもけっこうあるぞ」

 最後まで言い切らせず、アピールポイント攻撃で畳みかけてきた。
 待て待て、待ってくれ!

「ぼ、じゃなくて俺は、その、……性格が暗いぞ!? 根暗だし、ひねているし、秘密主義だし、おまえであっても俺の部屋には入れないし!」
「あ? それを言うなら、俺は根に持つ性格だ。とことんあきらめが悪いし、どうでもいい奴は俺の部屋に入れない。おまえは入っていい。むしろ住め」
「くっ……そ、そんなに、どうして、俺なんか……」
「しつこいぞ? ゴチャゴチャ複雑に考えるなと言ったろ。おまえは是と答えればいいんだ」

 傲慢かよ!?
 しかもあの香りを強烈に発してきた。僕をフラフラに酔わせる香りだ。
 僕は今夜が徹夜二回目。『森の迷宮』で複数件の討伐依頼をこなした後なのに、体力回復薬だけで強引にたせている。
 ただでさえ頭がフラフラになっている時に、この香りはまずい。

「俺は……俺は……」
「なあ。レン。俺のものになってくれ。頷いてくれたら、俺をおまえにやる。全部おまえのものだ」
「……僕の?」
「そうだ」

 ぶわり、と、また香りが強くなった。絶対、僕がこれに弱いとわかった上でやってるだろ!
 睨みつけたら、ぼんやり反射する瞳が細められ、「フン」と鼻で嗤われた。
 ああそうだよ、これに弱いんだ。もう頭の芯がグダグダなんだ。猫にマタタビってこんな感じか?

「ずるいぞ、おまえばっかりこんなワザ……」
「使えるものは使う。当然だろ」

 まったく悪びれない。もっとクールな兄貴だと思っていたのに、こんな奴だったなんて。
 しかも、これがこんなにも効くっていうことは、僕の答えなんてもう出たも同然なんだ。どんなに言い回しだけを変えようと、僕の中に芽生えてしまった感情が変わりはしない。

「レン。俺とつがってくれ。俺のことは、別に嫌いではないだろう?」
「……うん」

 もうだめだ。
 耳には傲慢に響いても、胸の内では真剣な感情とともに訴えられ、とうとう頷いてしまった。

「僕は……おまえが、好き……だと、思う……」

 全力で好きだと伝えられて。言葉でも何度でも言ってくれて。目移りはしない、僕だけだと言ってくれて。
 こんなに好き好きアピールされたら、グラつくに決まってるだろ。
 とりわけ僕はダメ人間だから、向けられる好意にめっぽう弱い。こんなにも、僕のために必死になってくれる相手なんて、この先一生現われない。
 今まで自分の色恋なんて想像もできなかったけれど、相手が自分のことを好きだと気付いて堕ちるというのはありなんだろうか?
 わからない。でも、どんなに目を逸らそうとしたって、ゴチャゴチャ複雑な言い訳をひねり出したって、デューラーが言った通りなんだ。
 僕の中で出ている答えは、最初からイエスしかなかった。
 
「っっはああぁ~……」
「でゅ、デューラー!?」

 いきなり深く溜め息をついたかと思うと、デューラーは半分のしかかる体勢のまま、僕の腹に額をこすりつけてきた。
 ちょっ、くすぐった! ていうかこの格好きついっ、後ろに倒れそうなんだけど!?
 上半身が四十五度ぐらいの角度になり、慌てて両手を後ろに突いて支えた。

「デューラー! くすぐったいから、それやめろ!」
「はっ、やだね」
「やだ、って」
「レン、おまえな。往生際が悪いぞ? 俺が好きなら好きって、とっとと言いやがれ!」
「んなっ! ~~悪かったな! こういう性格の僕でもいいんだろ!?」
「まぁな」

 彼はしれっと言い、額や鼻をこすりつけてくるのをやめない。
 とうとう中途半端な姿勢を支えるのがつらくなり、上半身が毛皮の上にぽすりと倒れた。
 デューラーはのそ、と覆いかぶさる体勢になって、僕の首や肩に鼻面を埋め、何度か深く息を吸い込む。

「っ……デューラー、嗅ぐなよっ」
「なんで」
「だって、臭くないかっ?」
「いい匂いだぞ。甘い……」

 酩酊した声音で呟きまじりに答え、彼はまた僕の首もとで息を吸う。
 市内で見かけたカップルの姿を思い出した。デューラーも彼らのように、僕にうっとりしてくれているんだろうか。
 そう思ったら顔だけじゃなく、全身がカッと熱くなった。
 わけもなく嬉しくて恥ずかしい。身じろいだら、デューラーは頭を持ち上げ、顔がどんどん近くに……

「……っ!」
「…………」

 ものすごく不機嫌そうな感情が漂ってきた。そりゃあそうだろう。
 僕は咄嗟に自分の口を手でガードしていた。その甲に彼の唇がくっつき、ぞわわっと震えるのはともかく。

「ご、ごめん……! でも……」

 これはダメだ。本当に、後戻りができなくなりそうで怖い。
 それが相手にもちゃんと伝わったのか、彼は「わかった」とすんなり引き下がってくれた。

「俺も、強引に押し過ぎた。もうしないから逃げるなよ」

 謝りつつ、ちゃっかり釘を刺されたけれど。
 もしかしなくとも僕は、押しの強い相手に弱い……?
 自問していると、身を起こしたデューラーが何やらゴソゴソしているのが聞こえた。ポケットでも探っているのだろうか。

「これを、おまえに」

 言いながら、僕の左腕を掴んで上半身を起こさせ、優しい手つきで指先を握ってきた。
 僕にって、何だろう。
 彼は手元に何かを持っている。暗い中でもぼんやりと目立つ、とても綺麗な銀のリングだ。
 抱き合わせ腕と呼ばれる中央に、丸い石が抱かれている。石の色合いはデューラーの毛並みに似て、その奥にちりばめられた煌めきは、今まさに頭上で瞬いている星の一部がそのまま宿ったかのようだ。

「え。まさか」

 左手の薬指に、リングをスッと通された。もっと大きく見えた気がするのに、僕の指に違和感なく収まっている。
 サイズが自動的に調整される魔道具だろうか。

「聖石の指輪だ。神言を刻み、生涯を捧げる相手に贈る、誓いの指輪だ」
「誓いの指輪……」

 やっぱり。つまりこれは、結婚指輪だ。
 まさか自分が、男からそんなものを贈られる日が来るなんて。
 呆然としていると、デューラーはうやうやしく僕の左手を両手で支え、指輪の上に口づけた。指輪全体がぼんやりと青銀に輝き、彼の表情を照らして、僕は息を呑む。
 彼は瞼を閉じ、長いまつ毛が青白い頬にくっきりと映えていた。
 静謐せいひつな銀の月の下、祈りを捧げる聖職者さながらの空気。

「……ほかの獣人も皆、こういう指輪を贈り合うのか?」

 こんな時にどんな会話をすればいいのかわからず、僕はどこかふわふわとした心地で尋ねた。

「さあ? 贈りたいものを贈るんじゃないか」

 デューラーが顔を上げ、僕と目を合わせてきた。綺麗な青は、聖石の指輪と共鳴するように淡く輝いている。

「俺は最初からこれを持っていた」
「最初から?」
「昔の記憶が無いんだ。二年ぐらい前に、死にかけで倒れているのを発見されてな。場所はだいたいこのへんだったと聞いている。自分の名前と、戦い方、魔法の使い方、それからその指輪をどういう時に使うのかも憶えていたんだが、それ以外はさっぱり記憶にない」

 悲しみも苦しみもなく、天気の話題を口にする調子で言った。

「神言を刻んだのはおまえに会った後だ。俺の神聖魔法にそういうのがあってな。別の誰かに贈る予定じゃなかったのは確かだから誤解するなよ?」
「ご、誤解なんてしない! ……でも、それじゃあ、おまえは自分がどこの何者だったのか、わからないのか」
「まぁな。だが、今の俺が俺だ。漠然とだが、故郷を探しても無意味だと感じている。あんな大怪我をするぐらいだから、そこはもう消えてしまったんじゃないかとな。だが不思議と悲観してはいない。ここが新たな故郷だと、自然に思える」

 ドキドキと、さっきまでとは種類の異なる動悸がしてきた。
 これはもしや、『デューラー』の核心ではないか……?

「俺の名前は、ウォルフリック・デューラー。ハンター登録の際に『デューラー』としたから皆はそう呼ぶが、おまえは『ウォル』と呼んでくれ。多分、それが俺の愛称だ」


しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

神獣様の森にて。

しゅ
BL
どこ、ここ.......? 俺は橋本 俊。 残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。 そう。そのはずである。 いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。 7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。

転生したら猫獣人になってました

おーか
BL
自分が死んだ記憶はない。 でも…今は猫の赤ちゃんになってる。 この事実を鑑みるに、転生というやつなんだろう…。 それだけでも衝撃的なのに、加えて俺は猫ではなく猫獣人で成長すれば人型をとれるようになるらしい。 それに、バース性なるものが存在するという。 第10回BL小説大賞 奨励賞を頂きました。読んで、応援して下さった皆様ありがとうございました。 

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない

春野ひより
BL
前触れもなく異世界転移したトップアイドル、アオイ。 路頭に迷いかけたアオイを拾ったのは娼館のガメツイ女主人で、アオイは半ば強制的に男娼としてデビューすることに。しかし、絶対に抱かれたくないアオイは初めての客である美しい男に交渉する。 「――僕を見てほしいんです」 奇跡的に男に気に入られたアオイ。足繁く通う男。男はアオイに惜しみなく金を注ぎ、アオイは美しい男に恋をするが、男は「私は貴方のファンです」と言うばかりで頑としてアオイを抱かなくて――。 愛されるには理由が必要だと思っているし、理由が無くなれば捨てられて当然だと思っている受けが「それでも愛して欲しい」と手を伸ばせるようになるまでの話です。 金を使うことでしか愛を伝えられない不器用な人外×自分に付けられた値段でしか愛を実感できない不器用な青年

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
第12回BL大賞奨励賞いただきました!ありがとうございます。僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」 知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど? お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。 ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

処理中です...