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番外・後日談
20. 真剣な娯楽
しおりを挟む九月下旬。第二回ロッソ杯の申し込み希望者は百名を超えた。
三ケタって、ちょっとした馬術大会の規模だよ。なんでこんな人数になってしまったんだ。
でもまあ、どうなるかなと心配していたものの、結論から言えば大成功に終わった。
参加希望者の急激な増加は、単純には喜べない。
前回の成功理由を振り返れば、領民達の積極的な手伝い以外に、出場者の質の良さに助けられていた面も大きかった。
ところが一気に数が増え過ぎると、この『質』が怪しくなってくる。
―――公爵家と仲良しで、王様の覚えもめでたいと噂のある俺に近付きたい、取り立ててもらいたい。そんな打算のある連中が、この祭りに目をつけて集まってきていた。
前回の参加者の一部もまた来てくれたけれど、それ以外はすべてご新規様。
その中にはやはりというか、あからさまにぎらぎらギスギスしている奴らもいた。
そいつらの控え室の隣に部屋を用意させ、こっそり聞き耳を立ててみたら案の定だ。
『遊び気分の者どもは帰れ』
『こちらはおまえ達のような道楽者と違って、真剣にやっているんだ』
は? 何言ってんの。ロッソ杯の趣旨は娯楽の提供だっつってんだろ。はっきり言っておまえらのほうが迷惑だっての。
せっかく今回も盛り上げてくれようとしてくれた前回の参加者に、見当違いなセリフで水を差してくれやがって。真面目に臨んでくれる分にはいいが、勝手に将来を賭けた真剣勝負にすんな。
『これは祭りであって、主役は民だ。最初からそう言っているのに、個人の都合で未来を左右する試練の場にされてしまっては困る。空気を読めず決まりを守れない者は出てもらわなくていいと、あの連中にはしっかり申し伝えておけ』
『はっ』
俺自身は顔を出さず、部下に言わせるようにしたのは、顔を憶えてもらえたと勘違いをさせないためだ。
ラウルも言っていたんだが、普通の方法では会えない相手を攻略するために、わざと失礼な言動や、親しい知人であるかのようなふるまいをして、本人に確認に来させるという手段を取る輩もいるらしい。
そんな方法で「実はわたくしはどうしても閣下にお会いしたく~」なんて売り込みをかけられて、天晴れな奴よこれは一本取られたなとか、本気で感心する人っているのかね? 俺は気に食わねぇわ。
第一、他の出場者への牽制なんて祭りの妨害行為でしかない。これは民を楽しませ、自身も楽しむことがルールだ。
たとえ上位に入ろうと、そもそものルールを勝手にねじ曲げる人間は、仮に取り立ててやったところでいつかどこかで命令違反を犯す。
それって、俺のことも民のことも舐めてるよな。誰がそんな奴をわざわざ雇うかってんだ。
そんな風にきっちり釘を刺させたら、何人かは捨てゼリフを吐いて去ったらしい。空気が綺麗になっていいことだ。
そいつらが減っても、百余名っていう人数にあまり影響はなかったしね……。
まあ、お祭り騒ぎを楽しみに来てくれた人々は大歓迎だ。
唯一残念なのはミラが観戦できなかったことだな。すっかり身体も回復し、医師からも気分転換の外出を勧められてはいるけれど、生まれて間もない赤ちゃんはさすがに連れて来られない。我が子が今どうしているのか、観客席でずっと気をもむことになってしまうので、今回ヴェルデ夫妻は二人とも遠慮し、来年は是非観戦させて欲しい……とのことだった。
その返事に、ちょっと考えが足りなかったなぁと反省した。回復したと言っても、一ヶ月少々では身体の抵抗力が落ちているのではなかろうか。そんな状態で不特定多数の観客が大勢集まる場所に呼ぶもんじゃなかったかも。
『初代殿には、次こそはワシの勇姿をご覧いただきたいですな!』
『次は負けませんぞ!』
『なんの、わたくしこそ!』
ミラを憶えている参加者から口々に祝福と再戦の伝言を頼まれ、これは第三回も絶対やらなきゃなと俺は苦笑をこぼした。
風はだいぶ涼しくなってきたものの、祭りの熱気は未だ冷めやらぬ九月末頃。
ロッソ領はそろそろ、一年のうち最大の収穫期に入ろうとしている。
「今年は作物がよく育ち、以前の収穫量に戻る見込みです」
「収穫祭の日取りですが、変更せずに中止前と同じ日取りにいたしますか?」
良い報告に満足しながら、俺は「ああ」と頷いた。
「十月末頃から開始し、十一月一日のファタリタの祝祭日を最終日とする。そのように進めてくれ」
「かしこまりました」
秋祭りからファタリタの祭りにそのまま移行するのは、別に俺の手抜きじゃないぞ?
うちの領では昔からそうなんだ。
「しかし収穫祭、楽しみだな。私は秋の食材に好物がとても多いのだよ」
俺の食いしん坊なセリフに、側近達は肩に力を入れて笑いを堪えている。
「閣下がこまめにレシピを公表されていますから、我が領は食事の味がぐんと上がったと評判ですよ」
「町の屋台も客足が増えたと報告が上がっております」
「そうだろう」
ますます満足して大袈裟に「フフン」とふんぞり返れば、とうとう我慢できなくなったのか、執務室のそこかしこで噴き出す音がした。
実はこの二年ほど、我が家の料理長と顔を突き合わせ、一般家庭でも作れそうな簡単おいしいレシピを練っては、民間にちょっとずつ流してきたのだ。
いろんな食材が手に入る豊かな領地なのに、庶民の食卓はよそとあんまり変わらないザ☆シンプルなメニューしかなくてびっくりしたんだよ。
調べてみれば単純な話だった。味付けに必須の塩が、庶民の手に入るようになってからまだ歴史が浅いんだ。
おまけに、どうすれば美味しくなるかを知っている者は富裕層に独占され、庶民の台所を預かる者にまでその知識が行き渡らない。屋台の主人は売り上げに響くのを恐れ、旨くなる秘訣なんて絶対に口にしない。
だからまずは屋台や食堂を優先してレシピを流し、次に彼らの店と被らないメニューを一般家庭に流した。
目論見は成功し、最近はどこへ行ってもメシが美味いと喜びの声が聞こえてくる。
内心「フッフッフ」とほくそ笑む俺。
しかしまだ足りない。ロッソ杯の出場者には、公平性という観点から宿の提供はできず、食事も当日の二~三食分しか提供できなかった。確かにメシは好評だったけれど、美食の地をもっと宣伝したい俺としてはそれだけでは物足りなかった。
「そういえば、あちらの祭りはどうなったろうか」
俺に対抗して馬術大会の開催を決めたという貴族。盛況だったのならよかったねオメデトウで済むけれど、結果次第では収穫祭の警備計画に影響が出そうだ。
側近達の表情は途端に微妙なものへと変わった。
「そうですね。このところそれだけに注力されていた甲斐はあり、成功はしたらしいですね」
やんわりオブラートで包みまくったアレッシオの言葉がすべてだった。ただしそのオブラートは全部破れている。
……詳しく聞かなくとも、なんかわかったよ。
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