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蜘蛛の処刑台

125. 綴る想いと誓い -sideアレッシオ

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 いつも読みに来てくださる方、初めて来られる方も本当にありがとうございます。
 本日は2話更新です。
 1話目は後半がアレッシオ視点。
 2話目は短め、悪魔的な断罪の序章です……。

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 フェランドの手の者による、オルフェオの暗殺未遂。
 その一報が王都に届けられた瞬間、ロッソ王都邸を取り囲んでいた警官隊の任務は保護ではなく逮捕に切り替わった。

 実行犯はロッソ本邸の元料理長であった男。彼はフェランドから他者にはわからぬ暗号的な言い回しでそれを命じられ、鬱々とした気分で館を出た後、何者かもわからぬ男に話しかけられたという。
 さる貴人の使いだと名乗った男は、己の主人が何者かを明かさぬまま、「主人はおまえの力になってやりたいとお考えだ」と甘い言葉で協力を持ちかけてきた。

 元料理長はピンときた。この男は、フェランドの友人の誰かの使いだ。
 そしてこの男は、元料理長の暗い様子から、フェランドに追い返されただけと思い込んでいる。

 案の定、その男は『調子に乗ったロッソ家の長男』の始末を持ちかけてきた。あの生意気な息子の首をれば、またフェランドに取り立ててもらえるに違いない、是非とも協力させてくれ―――と。

『十中八九、あのガキを自由にさせていると、いずれ自分の首にも縄がかかるとビビった奴だろうよ。フェランドの野郎といい、ご友人様といい、どいつもこいつも俺を捨て駒にして使い潰す気でいやがる。利用できそうなうちは手元に置いとくが、俺ごときとの約束なんざ守る価値はねぇと思ってやがるのさ。バカにしやがって……!!』

 フェランドの駒になり、ゴマをすり、手に入れた料理長の座。ロッソ家は他家より給金がよく、『長』が付くとさらに跳ね上がる。
 それをあっさりオルフェオに奪われた逆恨みもあり、彼を始末した上でフェランドも道連れにしてやると自棄やけになったようだ。
 元料理長はベラベラと自供し、アンドレア=ロッソや、先代ロッソ伯爵夫妻の死に関する真相も判明した。

 本邸の料理人をクビになり、お優しいフェランド坊ちゃまに縋ったあの日、言われたこと……。

『よくよく考えてごらん。私にそのような権限があると思うかい? 可哀想だけれど、今の私には何もしてあげられないよ。わかるだろう?』

 性根が薄汚れた悪人の勘なのか、彼はフェランドが自分の目を見つめながら告げた言葉の真意を聞き取れてしまった。

 ―――私にその権限があれば、話は別だけれどね。……わかるだろう?

 反省した元料理人がお優しいフェランド坊ちゃまの慈悲で、誠意と腕前を示すべく菓子づくりをしている。そんな名目で時々菓子を出し、フェランドの何気ないお喋りで教えられた、アンドレアが一人きりの時を狙い。
 お疲れの時には甘いものでもどうぞ、というていで、料理酒入りの菓子を出した。

 彼は昔から人の嫌がること、隠したいことにはよく鼻が利く。
 今まで厨房に出入りしていた時の雰囲気から、アンドレアは酒が受け付けない体質だと気付いたのだ。

 薄い砂糖の器で強い酒を包んだ菓子は、万一見咎められてもただの菓子だと言い張れる代物だ。
 それを口にしたアンドレアは瞬時に酔っぱらった。
 自分が酔っていることを悟られたくなかったというより、この菓子を用意した相手に危険を感じ、逃げようとしたのではないか―――いずれにせよ、まともな思考力はなく、部屋を出て……階段から落ちた。
 こうも巧くいくとは、と彼は思った。

 ロッソ家の跡継ぎ息子はこれでフェランドしかいない。
 しかし相変わらず、お優しいお坊ちゃまのお慈悲で、時々高価な砂糖を使った菓子をお出しするだけで、ロッソ邸に出入りできる日はほとんどない。ロッソ家の正式な使用人ですらなく、フェランド個人の気まぐれで小遣いをもらう、みじめな雑用係でしかなかった。
 だがおよそ半年後、新たな『命令』が下される。お次は、フェランドの両親だ。
 美しい妻も得られ、放っておいてもいずれロッソ家を継ぐであろうフェランドが、何故急いでこの二人を消さねばならなくなったのか?

『あの野郎は調子に乗ってミスをしたのさ』

 先代ロッソ伯爵夫妻は、アンドレアを死に追いやった何者かがいると警戒していた。当然だ。
 そんなある日、フェランドは両親とのお喋りで余計なことを言った。

 ―――兄上は、仕方のない人でしたね……。泥酔して最期を迎えるだなんて。だからお気を付けくださいと申し上げたのに……。

 先代ロッソ伯爵夫妻の、目の色が変わったらしい。らしいというのは、元料理長はその場におらず町の酒場で飲んだくれており、使用人達の噂で聞いたからだ。
 ロッソ伯爵夫妻は、その瞬間からフェランドとほとんど口をきかなくなり、何かを疑っているのが明白だったという。
 そしてアンドレアの使用人の一部が、ひそひそと噂をしていた。―――口止めをされていたが、アンドレア坊ちゃまは下戸なんだ、ご自分から酒を飲むはずがないと。
 フェランドはそれを知らなかったのだ。知らず、まるで「お酒が過ぎると良くありませんよ」と日頃から兄を注意していたような発言をしてしまったのだ。良い子のふりをして。

『あの野郎のせいで、俺が疑われんのも時間の問題だった』

 元料理長は、うまや番を仲間に引き入れた。その男は賭博中毒になっており、賭け事を続けるための金を喉から手が出るほど欲していた。
 馬の一頭が、どうやら胃の腑が弱っている。しかし彼はそれを報告せず、先代伯爵夫妻が馬車で出かける際には、その馬に薬を飲ませなかった。
 夫妻は時おり馬車で出かけ、二度目か三度目かで事故が起きた。

 フェランドは爵位を継ぎ、彼に忠実であった元料理人の男は料理長になれた。
 やがてうまや番は消え、アンドレアの体質を噂していた使用人も消えた。



 ロッソ邸の大広間で、縄をかけられ、床に膝を突かされた男を見おろし、朗々とした声でルドヴィクが罪状を読みあげる。

「有罪はもはや確定だ。きさまは牢の中で判決を聞くことになるだろう」
「この私が……? ふざけるな! すべてその料理人とやらが勝手にしたことなのだろう!? 私のせいではない!」

 ジルベルトはもはや怒りも通り越し、氷の視線で見おろした。

「往生際が悪いぞ。本当にみっともないな」
「引き取ってやった義父に対し、何という生意気な……!」
「冗談も大概にしろ、僕の顔すら憶えていなかったくせに。どうせシシィが今どんな風に成長しているのかも知らないんだろう? ……耳が腐るので、もう連れて行っていいですよ」
「そうだな。隊長……」
「おのれ、この私を誰だと思っている!」
「ただの罪人だろう。構うな、連れて行け」
「はっ」

 そうして、フェランド=ロッソは投獄された。



   ■  ■  ■ 



 元料理長を乗せた護送馬車は、既に王都に向けて送り出した。
 いち早くヴィオレット家から連絡が来たというジェレミア殿は、俺にもその内容を細かく教えてくれた。

「フェランド以外の何人かも確実にいけるでしょうね。全員を捕えるのはさすがに難しいでしょうが、大きな成果ですよ」
「そうですか……」
「ところで、あなたもお疲れなのでは? 閣下がお目覚めになった時、顔色が悪いと心配されてしまいますよ」

 ジェレミア殿の忠告に礼と苦笑いを返し、俺はあの人の部屋に向かった。
 眠りの浅い日が続き、それが顔に出てしまっている自覚はあった。俺も父もあの人に「親子揃って完璧執事」と評されているが、それもあって不調を隠せないことがあると、これはよっぽどだと方々ほうぼうから心配されてしまう。

 命に別条はなかったとはいえ、すぐ近くであの人が刺された瞬間を目撃してしまったのだ。俺は相当に恐ろしい思いをしたに違いなく、しばらく仕事を休めとニコラ殿やラウル殿も気遣ってくれていた。
 働いていたほうが気は紛れるが、普段やらない失敗が増えてしまいそうだ。
 父からも、周囲の迷惑だから休めと言われている。

 だから俺は、あの人の看病にだけ専念することにした。俺にとってそれは仕事ではなく、精神こころの安定に欠かせない日課となっている。

 あの人の傷は浅く、治りも早かった。ただ、傷の周りが広く打撲痕のように変色していた。医師の見立てでは、元料理長が体当たりをした瞬間、手元が狂って拳か腕が強く当たり、腹を殴られた形になって意識を失ったのでは……ということだった。
 酷い内出血はなく、治りかけの打ち身のようで、傷口も化膿していない。
 けれどあの日から、熱が出て意識が戻らなかった。

『閣下はご幼少の頃より、たびたび熱を出されております。お身体が弱いわけでなくとも、発熱しやすい体質なのやもしれません』

 それはあるかもしれない。
 だが……。
 俺の頭には、あの日の白昼夢がくっきりと残っていた。
 彼に置いて逝かれる恐怖、突然響き渡った子供のような声。自分の周りにだけ暗幕を垂らされたような不可思議な空間で、それが自分に何を問い、自分がどう応えたのかもしっかりと憶えていた。

 全員を捕えるのは、さすがに難しい?
 ……そうだろうか?

 あの人の部屋に戻れば、ミラと交替で看てくれていたエルメリンダに、少し迷う様子で「実は…」と切り出された。

「万が一、ご自分の身に何かあればと仰ってましたので……」

 今がその『万が一』なのか迷ったものの、何日も眠りから覚めないあるじを見て、話したほうが良いと判断したようだ。
 ロッソ邸の鍵の管理者は父だが、俺はあの人の非公式な執事として、邸内にいる間、かつ彼のプライベートな空間に限り合鍵の所持が許されている。
 鍵を持っているからといって、許可のない場所を無断で開けたりはしない信頼の証でもあった。

「この引き出しです」

 ずっしりと頑丈な机の引き出しの鍵を開ければ、そこには箱が入っていた。
 その箱にもさらに鍵があり、唯一鍵穴が不明だったものを差し込めば、抵抗なく開いた。
 蓋を開ければ、大量の封筒が丁寧にまとめられている。
 開封せずとも、それの中身に想像がついてしまった。

 ……遺言書、だ。

 それも、記憶にある限り全員分。使用人はもちろん、騎士隊ひとりひとりの分まである。
 軽く三ケタもある遺言書を、手が痛くなってきたとぼやきながら、それでも書き続けた姿がありありと浮かぶ。
 法的な効力を持つものもあるだろうが、大半はただの想いを綴った手紙だろう。
 俺宛ての封筒は一番上にあった。封を開け、読み進めるうちに、口元を手で押さえた。目の前がぼやけてくる。


『おまえが言ってくれたように おまえの命もまた 私の命だ』

『愛している』


 既に自分が、この世にいないことを前提に書かれた告白。
 ―――あれはきっと、白昼夢ではなかった。
 現実に起きたことだった。
 最近はそうでもなくなっていたけれど、以前のあの人は、自分の命をさほど重んじていないところがずっとあった。
 もしやあの人は、謎の声の正体を知っているのだろうか?

「アレッシオ様……?」

 脇で見ていたエルメリンダは、俺の尋常ではない様子から、その『手紙』が何なのかを察したようだ。
 探すまでもなく、彼女の分もとうに見つけており、無言で渡した。


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