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ロッソを継ぐ者

94. 完全なる汚名の証人

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 好きと得意は別だよねっていう好事例だね。え、違うって?
 なんかうちのみんな、そのエピソードだけで俺を見ながら「ああ…」みたいな納得顔になるのは何でかな。いやわかるけどさ。

「それから、大旦那様以上に頑固な御方でした。そのためによく、大旦那様と衝突されている光景をお見かけしたのですが……大旦那様は、『何故あ奴はいつもああなのだ』などと愚痴を漏らされつつ、お顔はどこかお楽しそうで……」

 ……ああ。それも、なんかわかる。学園ではお上品な生徒が多くて、言い合い自体をあんまり見かけなかったんだけど、『俺』の記憶にはたくさんあった。
 同僚達がなんか険悪な言い合いをしているなと思っていたら、最後に必ず笑えるオチが来るんだ。罵り合っているようで、実は気楽な相手と呼吸の合った冗談をぶつけ合って遊んでいるだけだったという。
 でも、もし通りすがりの第三者の耳に入り、そいつがオチを聞かずにその場を離れたら、仲悪いんだなこいつらって誤解されるよな。だから、「おまえら仲悪いって勘違いされるからほどほどにしとけよー」みたいに軽い調子で止めたんだ。

 お祖父様とアンドレアも、そこをフェランドに利用されたのかもしれない。あいつは昔、ジルベルトが庭の池に落ちた時、『おまえが義弟を池に追いやったんだろう』と決めつけた。ジルベルトを止めようとした時の、俺の大声だけが奴のもとまで届いていたから。
 使用人に優しげな顔を向けておきながら、実際は奴にとって、彼らは塵芥ちりあくたと変わらなかった。自分の計算通り、命令通りにしか動けない存在だと舐めていたから、あの時、既に俺を取り巻く使用人達の感情が変化しているのに気付かず、過去のをそのまま使ったんだ。

伯父上アンドレアは、素行がよくないというお噂があったようだが」
「生真面目で、頑固で、働き過ぎの奥手な朴念仁ぼくねんじんでございました。普段は泰然としておられますのに、意中のご婦人と目を合わせるのも、どうにもお得意ではなく……」
「そ、そうなのか」

 後半!! 後半、俺の血!! なんかアレッシオの視線を感じる……!!

「あの御方をよく知る立場にある者は、誰も信じてはおりませんでした。適当な噂を流す輩はどこにでもいる、放っておけと大旦那様からもアンドレア様からも命じられましたもので……その通りに放置したことが、今は悔やまれてなりません。王都の方々は、それを事実と信じていらっしゃるそうではないですか。とんでもないことです。気付けばロッソ領の民も、大半の者がそうであると信じ込んでおり……」

 老領主は悔しげに目を潤ませた。ああ、それは、無念だったろうな……。
 ならひょっとして、これもか。

「伯父上は、泥酔して階段から転落……というのは」
「有り得ませぬな」

 きっぱりと断言した。

「下戸だったのです」
「え」
「アンドレア様は、下戸でございました。飲めぬ男は恥という風潮がございましたもので、恥ずかしいから誰にも話すなとお命じになり。これを知る者はごく一部、旦那様やアンドレア様のお傍に仕える者、あとはお料理をお出しする者だけであったかと存じまする」

 感情論ではない、完璧な根拠だった。



 何とも言えない沈黙が食堂に満ちた。俺の側近達は喋る役目を完全に俺に任せてくれているが、さすがに全員、動揺を隠そうとして隠しきれていない。何となく無意味に布巾を触ったり、口もとに手をやったりしている。
 俺もまさか、こんなところでこんな決定的な話が出てくると思わなかったよ。

 頭にふと浮かんだのは、あの性格の悪い料理長。訊いてみれば、老領主はそいつのことを憶えていた。

「あの者は当時、料理人ではなかったと記憶しております。ですので、大旦那様ご一家に料理をお出しする立場にはございませんでした」

 え、そうなのか。
 さらに聞いてみれば、フェランドが爵位を継いだ直後から古い顔ぶれがどんどん排除されてゆき、その中には厨房の人間も入っていたという。
 権力者が交代する時、よくある現象だ。ただそういうのは、よっぽど先代が頼りなくて悪臣がのさばっていたとか、悪党が当主におさまって良臣を遠ざけるっていう二パターンに分かれる。フェランドの場合は明らかに後者なんだが、お祖父様の臣下が高齢化しているからと言われ、「確かにな」と納得してしまった者のほうが多かったそうだ。
 あの料理長は、先代の料理人達がみんな追い出された後に雇い入れられ、フェランドが気に入るゴマをすって厨房のヌシになったわけだ。その後も、自分の気に入らない新人はイビって辞めさせている。

「ちなみに、酒に関する事実を知る者は」
「わたくしの知る限り、わたくしが最後でございますな。アンドレア様にお仕えしていたメイドと、当時の料理長に関しては、職を辞した後の行方が知れませぬ。その他の者はすべて、老齢で他界しておりますゆえ」

 お―――おいおいおい! それ、なんか後ろ暗いことがあって逃げたか、余計なことを口にしかけて消されてねぇ!?



   ■  ■  ■ 



 老領主と話した後、俺のために用意された客室にアレッシオ、ニコラ、ラウルを集めた。

「現実問題として、あの方のお話だけであの男を訴えることは不可能だったのでしょうね。さぞ口惜しかったことと想像がつきます」

 そう言ったのはアレッシオだ。かつてフェランドをまともな主人と思っていた記憶は、彼の中で相当な暗黒歴史と化している。
 それに加えて今回のこの話だ。

「どれも証拠がないって一蹴されて終わりでしょうね。で、人知れず消されると」

 顔をしかめながら言ったのはラウルだ。これには全員が頷いた。

「あの男の周り、いったいどれだけ消えたんだ……」

 行方不明者も入れれば、相当な数になるんじゃないのか。自分の身内にそんなのがいたんだと思うと、今さらながらゾッとする。

「……アンドレア様がお亡くなりになった時の死因は、『泥酔により階段から転落』ということになっているのですよね?」

 首を傾げながら、不可解そうに確認してきたのは二コラだ。

「そうだが?」
「何故、その方法にしたのでしょう? 飲めない方でいらしたのなら、不審に思われてしまうと考えなかったのでしょうか?」
「それは……あの男は、その事実を知らなかったんじゃないのか?」

 口にして、俺はハッとなった。
 フェランドは知らなかったのか? どうして?
 もしそれを知っていたと仮定すれば、ニコラが言ったように、その方法を使うのは避けるだろう。明らかにおかしい、有り得ないと不審に思う人間が必ず出るのだから。
 知らなかったとすれば……アンドレアが己の恥を打ち明けたごく一部の人間の中に、フェランドが入っていなかったことになる。

「兄として、恥ずかしいことを弟に知られたくなかった……?」

 兄のプライドを保つために、弟には教えなかったのか?

「あるいは。弟君を、信用されていなかったのかもしれませんね」

 アレッシオの言葉がストンときた。
 お祖父様やお祖母様がフェランドに目をかけていたという話はよく聞いた。どちらかといえば長男よりも、次男のほうを可愛がっていたとも。
 それはフェランドが広めたものではなく、当時を知る使用人の口から広まった話だ。フェランドが自分に都合のいい解釈を混ぜて広めたとしても、実際にお祖父様があいつと不仲だったという話は聞かない。

 あいつはお祖父様達の前で、『良い息子』と映るようにふるまっていたはずだ。
 だが、アンドレアと仲が良かったという話はまったく聞かない。
 兄弟仲が良かったエピソードがひとつもない。語られるのは常に、素行の悪い兄貴が高圧的で、弟のフェランドが優秀で良い弟という話ばかりだ。
 どっかで聞いた話だな。

 アンドレアは、自分の弟のに勘付いていたのかもしれない。
 だから、自分の弱みに関することは、決して弟には打ち明けなかった。

「知らずに決行し、後から『おかしい』と言う者が出て来て、初めてそれを知った……ということか?」

 ならば、自分の兄貴の用心深さを舐めていたのが敗因だな。
 フェランドはやや詰めが甘いというか、自分を過信して失敗している点が目立つ。それをリカバリーするために、ポコポコ行方不明者が出ている感じだ。

「ここまでのことを、遊びでやれる感覚がまったく理解できん」

 重苦しい空気と一緒に吐き出すと、全員から同意の頷きが返った。


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