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幸福の轍を描く
79. ある貴婦人達の会談 -side???
しおりを挟むある貴婦人の報告、其の一。
『その御方はさっと見渡された後、即座にご自身の色を選ばれました。ええ、まさにその御方自身を映されたかのような薔薇でございました。よもや、このように近い距離でお姿を拝することが叶おうとは……感激に打ち震えるわたくしの前で、さらなる奇跡が舞い降りたのでございます。
その御方は深く息を吸い込まれ―――お心を落ち着けようとなさったのでしょう―――そして迷わず己を待つ殿方のもとへ歩を進められました。そのお背中は罪深き闇を照らす炎の如く凛となさって……そして、あの、夜の具現であるかのような、殿方に、自らの薔薇を…………すぅ、はぁ…………失礼いたしました。
そして、その御方は、ややぶっきらぼうに差し出された緋き現身を、両の手で、それはそれは大切そうに……掬い上げられ…………か、花弁に…………うやうやしく、く、……く、口、づけを…………っ』
ぱたり。
ある貴婦人の報告、其の二。
『その瞬間、どなたかがお倒れになってしまい……どうやらお衣装の締め付けが過ぎたらしいのですけれど……ええ、ええ、お身体をお美しく魅せたいお気持ちは理解できますわ。けれど、なにもこの瞬間にと、何度手巾を噛みたくなったことか! あの御二方の大切な儀式が中断されてしまったではないの!
……ですけれど、よりによってわたくしの娘が同じようなことをしてしまいましたので、強く責めることもできませんわ……。
この世の罪深き美をすべて集めたかのような殿方が、あの御方の化身をそれはもう大切そうに胸へ飾られて、きっとそれはもう愛しげなまなざしを捧げていたに違いありません。口惜しくもわたくしの位置からは目に焼き付けることが叶わぬ角度だったのですけれど、幸いにも緋色の御方の御尊顔はハッキリと……。仮面の向こうの双玉は潤み輝き、頬は林檎のように色づいていらっしゃる……しかも、唇がほんの少し震えていらっしゃるのです。ああ、なんて切ないこと!
……だというのに、わたくしの娘ったら……咄嗟に貧血ということにしましたけれど、あんなにお顔が火照っていては空々しいではないの。素敵な緋色の御方のことを教えてくれたのは娘なのですし、強くも叱れませんけれど』
ある絵師の報告。
『鐘楼前の広場にて音楽隊が演奏しておりましたのを、偶然立ち寄られた風情のお二人が耳を傾けておられたお姿にございます。どうぞ、お納めくださいませ』
『素晴らしいわ。よくぞ、ここまで』
『過分なお言葉、恐縮にございます。己が凡庸さを一筆ごとに痛感いたしました。不躾に見つめ続けるわけにもゆかず、記憶頼みで、曖昧な部分が多うございますゆえ……』
『謙遜することはなくってよ。それで……薔薇の儀式については』
『現在、鋭意制作中にございます。なにぶんあちらは手を抜くわけに……あいや、いずれの絵にも手など抜いてはおりませぬが』
『ええ、わかっていてよ。ご安心なさいな。あなたの卒業後は、我が家があなたの才能を支援すると約束いたしましょう』
『ありがたき幸せ……! これからも我が才、お嬢様方の御為に全力で振るいますことをお誓いいたします!』
後日。
ある貴婦人とある王女の会談。
「絵師の中には瞬間的に記憶したものを、実物が目の前になくとも描き出せる者がおりますの。本人も申していたように、記憶頼みでございますから、細部は曖昧でございますけれど。わたくしの目から見ましても、これはとてもご本人様方の特徴をよく捉え、完璧に描けておりますわ」
「まあ……素晴らしいこと。これの模写をわたくしにいただけるの?」
「いずれ義姉妹になる御方へ、贈り物は何がお喜びいただけるかと思案しておりましたところ、お兄様やある知人のメイドからお義姉様のお話を聞き、これならよいのではと……」
「うふふ。そのメイド、わたくしの知っている者かもしれないわね。わたくし今、それはもう感激しておりましてよ。大切に額に入れて飾るべきか、厳重に仕舞い込むべきなのか悩んでしまいますけれど。楽しい悩みができましたわ」
ふふ、と可愛らしく微笑む王女に、貴婦人は淑やかに頷いて返す。
「それにしても……こちらのお国には、扇がないのですわね」
王女の美しい顔の下半分は、言葉通り扇で隠れている。かの国の貴婦人の間では、そのようにして隠すのが一般的だからだ。
しかしこちらの国の社交界では扇が使われない。かの国とは逆に、顔を隠すべきではないとされているのである。特に麗しいご婦人方は、その微笑みを隠すべきではない、と。
扇の陰でこっそり内緒話をしたり、疲れを感じていてもある程度は誤魔化せる点で、扇は便利ではある。しかし、侮蔑のお喋りをこそこそ交わし合う者がいたり、いまいち感情が読みにくい印象を与えてしまうといった負の側面もあった。
「このような素敵なものを目にすると、ついお口がゆるんでしまうものだから、扇はわたくしにとって助かるのだけれど。あちらの貴族達が扇を重ね合って陰湿な毒をそそぎ合うのにうんざりもしていたから、こちらに広めたいとも思わないの。どうすればよいのかしらね」
「扇がなく、皆様お顔を晒しております分、表情の作り方がお上手な方が多い印象はございます。わたくしは表情がないとよく言われているのですけれど、肉親やお友達など、近しい方々には『素直』と言われますわ。なんでも、目がよく語るのだとか」
口元がいくら笑っていても、目に全く笑みのない者は、顔の全面に仮面をつけているようにしか見えず、よい印象は与えない。
「どちらでも、お義姉様のよろしいように……というのが模範的な答えなのでしょうけれど、わたくしとしては、お義姉様のお顔との間に何も隔てずお話ししたいと存じますの。ちなみにですけれど、この国の殿方の大半も同じようなご意見と存じますわ。お父様のお知り合いや、他国に詳しい友人などに話を聞きますと、どうやら我が国は他国より、殿方が情熱的な傾向にあるそうですの」
「―――そう! わたくしも驚いてよ。あの方に薔薇をいただけるところまでは、わたくしの立場として想像できていたのだけれど、最初からわたくしのためにお時間を割いてくださるとは思ってもみなかったの。まずは殿方同士の交流を優先して、その後にわたくし……となるとばかり思っていたものだから。あちらの国ではそうなの。それにわたくしがご挨拶すると、皆様にわたくしの相手をさせねばならなくなるから……あちらではそうだから、しばらくはあなたのお父様方にだけお相手をお願いすることになると思っていたの」
「そうなのですね。―――正直に申し上げますと、父の話では、我が国にある社交クラブ……貴族階級の殿方がさまざまな場所に集まられて、情報交換や議論を交わされたり、交流を深められるものがあるのですけれど。そちらに頻繁に顔を出される殿方には、あまりよろしくない方が多い傾向にあるそうですわ。使用人を長く外で待たせたり、酷い者は己より身分の低い婚約者を長時間外で立たせたきりで、ご自分はゲームに興じられるとか……」
「まぁあ……」
王女は顔をしかめた。彼女に限らず、女性がそういう男を好むわけがない。
「お美しいお義姉様に声をかけそうな方々ですから、お兄様から注意があると思いますの」
「―――よかった。あの方は、そのような方々と親しくされる方ではないのね」
「いずれ家の柱を継ぐ者として、最低限の礼儀は果たすけれど、限度を超える者どもにまでその必要はないと仰っていましたわ」
「そうなの。それを聞けてとても安心してよ。……いずれこの国で暮らすのが楽しみ」
王女はふふ、と弾むように笑い、素晴らしい出来栄えの絵をためつすがめつ眺めた。
やはりこの方に扇はないほうがいいわ、と貴婦人は思った。
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