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幸福の轍を描く

73. 最終日の贈り物

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 俺達は二日目も同じようなスケジュールで祭りを楽しんだ。
 ゲームだと祭り風景のスチルの上に、『二日目も同じようにお祭りを楽しんだ』とだけ表示させて、具体的に何があったか『俺』達ですら謎の一日だったんだよな。
 二日目の印象、薄いね。むしろ印象すらなかったね。なんで三日もあるんだろう、二日間でよくね? みたいな。

 そんな疑問は、実際に二日目を体験してみてわかった。初日では到底回り切れないよ。イベントを入れたら三日要るよ。
 とにかく広い学園の敷地内、あそこにもここにも珍しい店が出現しているし、通りすがりの広場でプロのダンサー集団が踊っていたりと、見どころしかない。
 謎の二日目、昨日のようにクタクタになるまで楽しんで、お土産を買い込んで夕方に帰宅した。
 今回はおやすみのキスを忘れなかった。



   ■  ■  ■ 



 祭り三日目。
 学園創立祭という名のカーニバル最終日。
 いくら見どころだらけでも、三日間すべて同じことを繰り返したら面白みがないということで、この最終日だけの特別な趣向が追加される。

 恋人や婚約者、夫婦といった相手に、自分の色の薔薇を一輪贈るのだ。
 この時だけ、学園内の何箇所かに大量の薔薇のワゴンが置かれ、ひとりにつき一輪、無料でもらえるようになっている
 贈られた相手は、それを胸や襟元など、見えやすい場所に飾る。だから祭り衣装にはどれも、さりげなく薔薇を飾りやすい箇所があった。
 そうして、パートナーとともに祭りを楽しむのだ。

 この日のためだけに、目につく美少女をナンパしまくるアホも出るみたいだけど、当然ながらそんなことをしていたら警備兵様に「ちょっとそこまで来ていただけますか」と連れて行かれるんだよ。昨日そんなお兄さんを見かけたんだよね、引きずられながら「私を誰だと思っている、リーノ家の…!」とか叫んでいたけど。
 お酒は置いていないし、飲食物の持ち込みも不可だから、「酔って記憶にございません」は通用しないよ。

 最終日の早朝、エルメリンダは何故か《秘密基地》のほうに行った。
 どうしたんだろうと首を傾げつつ、いつものメイドさん達に戦闘じゅん……いや、おめかしを手伝ってもらった。
 三日もの間、同じ服に袖を通すのって初めてかもしれない。もちろん中の肌着だけは替えているけれどね。

「ん? 今日はこのピンなのか?」
「はい」

 昨日までは、でっかい緋色の色ガラスをはめたブローチだったのに、今日は何故か何の飾りもないシンプルなピンがクラバットに刺されていた。
 またもや首を傾げそうになった俺に、メイドさんがひとり入室し、一礼した。

「失礼いたします、若様。先ほど、アレッシオ様の準備がお済みになりました」
「え……」

 アレッシオの準備?
 エルメリンダや乳母の時は、そんなのいちいち報告してこなかったのに。
 報告に来たメイドに案内され、困惑しつつアレッシオのもとに向かった。
 別室で準備をしているのか? 何故?
 あいつは祭り衣装なんて持っていないはずだろ?


 ―――そして俺は、心臓が止まりかけた。


 悪魔だ。悪魔がいる。
 角はない。蝙蝠コウモリの羽もない。
 けれど、悪魔だった。

 濃い黒茶色の上着に、金糸の刺繍。
 漆黒のズボンには、上着と同じ黒茶色の糸で刺繍が施されている。
 袖や裾から覗くレースやクラバットも漆黒。
 クラバットをとめているのは、瞳にそっくりな鳶色の色ガラスを嵌めた金細工のブローチだった。
 髪はいつもよりラフな感じに流しており、邪魔にならない程度に耳へかけている。

 流し目ひとつで沼の底へ一気に沈められそうな、悪魔的な色気と魅力を放つ男がそこにいた。

 石化して動けない。
 なのに足の底からゾワゾワと震えが這いのぼってきた。
 しかも。しかも。
 この衣装は―――俺と色違いなだけの、完全にお揃いじゃないか!
 上着の背中から垂れる布の端に、黒茶色に染めた羽根が何枚も重なって揺れている。
 黒レースも黒い羽根を模し、それがますます悪魔的な雰囲気を増幅させていた。

 やばい。堕ちる。
 堕ちてしまう。
 底の底へ……。


「あらあら、まあまあ……」
「わ~……アムレート、羽根に飛びついたらダメだよ」
「ふぉぉ……よくやるニャ……」

 ―――はうぁッッ!?

「は、継母上ははうえ!? ジル!?」
「うふふふ」
「あはは……」
「みゅ♪」

 イレーネが口元を手で隠して上品に微笑み、ジルベルトが頭をかきながら曖昧に笑い、ジルベルトに抱っこされている子猫は子猫だった。
 周りにいるメイドや従僕は―――みんな目が、目が生温かい……!?

 ちょっ!?
 待って!?
 え!?
 あの、え!?
 え!?

 えええええぇぇ~っ!?

「オルフェ。わたくし達は少し後から行くから、先にアレッシオと待ち合わせ場所まで行っておいてくれるかしら?」
「えっ、あ、……は、い……」
「アレッシオ、オルフェを頼みますね」
「命に替えましても」

 悪魔が胸に手を当てながら、麗しい女神にこうべを垂れ、まるで宗教画を切り取ったかのような―――……

「では若君。参りましょう」

 思考停止。俺はふらふら魔術にかけられた迷える被害者のごとく、悪魔に馬車までエスコートされた……。
 これまで執事以外の対人戦では無敗を誇ってきた『俺』の擬態が、もうズタボロ。
 微細な震えが上半身にまで到達し、それを止めることすら思いつかなかった。
 絶対に、あの場にいた全員にバレている。

 っていうか。

 バレ、てる。
 バレバレ?
 みんなに?

 だって。これ。そうとしか。
 こんな、誰がどう見ても、超絶お揃い衣装。

 そうだ。おまえ、その衣装どうしたんだよ。いつ注文したんだ。俺じゃないとすれば、どうやって手配を?
 アレッシオルートなんて思い出したくなくても、どうしたって頭に浮かぶ。
 定職についておらず、質素な服を着てみすぼらしい部屋に住んでいたゲームの―――巻き戻り前のアレッシオに、そんな財力はなかったはずだ。
 彼はヴィオレット公爵家の仕事を、それも潜入捜査といったリスクのある仕事をいくつかこなして報酬をもらい、それで自分とヒロインの衣装を用意したんだ。
 既製服を祭り仕様に仕立ててもらうという方法なら、日数と価格の両面クリアできるかもしれない。でもあの衣装と、いま彼の纏っている衣装とでは、ランクに差があるどころではない。

 俺の衣装と色が異なるだけの、同じデザイン。明らかにフルオーダーだ。
 そして上級使用人としてバリバリ働いている彼に、他家の依頼で潜入捜査なんてやれる時間などない。

 二人きりで向かい合って座り、問い詰めたいことがあとからあとから湧いてくるのに、脳内を巡るだけで一向に口から出てこなかった。

「この衣装は、どなたかに用立てていただいたものではありません。私自身で購入しました」

 俺の疑問は丸わかりだったろう。謎めいた微笑みとともに、アレッシオの唇は答えを紡いだ。

「ですが、詳細については後日、若君のお誕生日の折に。それまでは秘密とさせてください」

 …………。
 ……この様子だと、俺以外の全員に口止めしていそうだな。

 アレッシオはなにやら上着の内側を探り、ケースを取り出した。その蓋をあけて現われたものに、俺の視線は釘付けになる。
 彼は俺のクラバットからシンプルなピンを抜き、ケースの中のそれを付け直した。

 小ぶりだが実物と変わらない大きさなので、ピンだけではなく、安定して固定するための金具もついている。
 透かしを入れた、立体的な黄金の薔薇の細工だ。
 その中央に、大きな黒茶色の、おそらくは色ガラス。
 周りを囲む花弁に色が映り、焦げ茶から金の美しいグラデーションになったそれは、さながら―――みずみずしい茶色の薔薇だった。


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