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ヒロインの転落

53. 私はアンジェラ -sideヒロイン (3)

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 ラウルが、教室の中にいない。
 隣の席に、知らない子が座っている。
 どういうことなんだろう。何が起こっているんだろう。
 あの『家』を見た時みたいに、胸の中が嫌な感じにジリジリする。

「ねえ、ロッソ様のお姿、ご覧になった!?」
「ええ、ええ、一瞬ですけれど! 震えるほどにお美しくって、気品に満ち溢れていらして……!」
「お噂以上でしたわよね! ヴェルデ様とアランツォーネ様を従えていらっしゃるお姿なんて、すぐさま画家を呼びつけたくなりますもの」
「わかりますわぁ。ロッソ様も凄まじい御方ですけれど、わたくし達と同い年で高等部生のアランツォーネ様も素晴らしいですわよね」
「ええ、ロッソ様とともにヴィオレット様ご兄妹と同じクラスになられて、たいそう親しくなられたのですって。皆様がお揃いの時にすれ違いでもしたら、わたくし、尊さのあまり天に召されてしまいそう……」
「わかりますわぁ」
「お父様が仰っていたのですけど、実質《セグレート》と《アウローラ》はロッソ様のブランドなのでしょう? お母様が先日、《アウローラ》の香水を……」

 クラスメイトの女の子達から、変な噂が聞こえてくる。
 私から見れば年下の女の子達の、よくあるお喋り。噂話。
 でも、内容が変。

 ラウルが高等部? 今はまだ学生のニコラ先生と一緒に、『麗しの緋の君』の側近……?
 ルドヴィクとルドヴィカは、その『緋の君』と同じ学年で、同じクラスで、仲良しグループ……?

 十三歳と思えぬほどに理知的で大人びて超然として、溢れんばかりの気品と優雅さに満ち、極上の宝石の輝きすらかすむ鮮烈な髪と瞳は……って、誰?

「昨年のシーズン中にロッソ様のお義母かあ様や義弟おとうと様、妹様がお迎えにいらしたことがあるそうよ。皆様、この世の方々と思えぬほどお美しくて、たいそう仲睦まじいご様子だったのですって」
「そのお話、わたくしも聞きましたわ。あのクールなロッソ様がご家族には笑顔を振りまいていらして、義弟おとうと様や妹様はとても懐いていらしたとか」
「ロッソ様の笑顔! どうしましょう、わたくし、想像するだけで胸が潰れてしまいそう……!」
「わかりますわぁ」

 ……オルフェオ=ロッソ?
 ジルベルトの、お兄さんの?

 成績が悪くて怠け者で平気で遊び暮らして、無責任で暴力的で、みんなをずっと苦しめて、悪事に手を染めていたオルフェオ=ロッソ?
 ゲームではどのルートでも出てくる金太郎あめ悪役。すごく狡賢そうっていうか、やっていることが悪質だったのよね。見た目からしてダメな成金風のお坊ちゃまだったし、美しいとか知的とか、そんな誉め言葉が似合う人じゃ全然なかったのに。
 最後に会った時、私のこともひどく罵倒してきたのよ。いかにもお金をたくさんかけていそうなギラギラした衣装を着て、歪んだ表情がすごく怖い人だった。

 それが、二年もスキップして入学? 大商会の天才児に心酔された傑物?

 誰それ?

 こんなの―――こんなの、おかしい。
 何がどうなっているの?
 名前が同じだけで、違う人の話じゃないの?



   ■  ■  ■ 



「数年前に我が商会の者が、隣国エテルニアでアイデアを拾って来たのですよ。なんでもその国に、ガラスでペンを作りたいと言い出した令嬢がいたそうで」

 ラウルは転生者じゃなかった。彼は私のアイデアと知らずに利用しただけだった。
 ラウルは大金持ちの商売上手だから、きっとあのむちゃくちゃな金額だって払えた。

「とんでもない方がいるものですよね。成功の見込みが低いものを無理に作らせようとした上に、かかった材料費は全部自分達で負担しろなんて、彼らの生活を何だと思っているのでしょう」

 何を言われているのか、すぐにはわからなかった。
 私はただ、ちょっと試しに、作ってみてもらいたかっただけ。別にそんな、職人さんの生活を蔑ろにする気なんてなかったのに。
 でも、そう受け取られたから、あの人達はあんなに怒ってたの?
 きつい言葉がザクザクと突き刺さる。

 ううん、知っている。ラウルは、こういう人だもの。最初は猫を被って可愛い男の子のフリをしているけれど、二年目に同じクラスになって、仲良くなればどんどん本性が出てくるの。なの。
 私に対してもそうだったもの。きついけれど、でも私にはつい甘くなってくれるのが素敵なの。小柄なのは彼にとって全然コンプレックスじゃなくて、むしろ武器にしちゃえる人で、何年かしたらすごく背が高くなるの。格好よくなるのよ。
 ラウルは、そういう人なの。

 私は、みんなをよく知っている。ルドヴィクもラウルもニコラ先生も、それからまだここにはいないジルベルトもアレッシオさんも、私が一番よく知っている。
 ねえ私、みんなと恋をするために、またここに来たのよ。みんなと再会できる日を心待ちにして、たくさん我慢してたくさん頑張ってきたの。
 なのに、どうして?

 きっと強制力なんて関係ない。そんなもの、この世界にはないんだ。だってシナリオめちゃくちゃじゃない。
 もしかして、そっくりな別の世界? 並行世界みたいな。
 そんな意味不明な展開、聞いたことない。でも、だったらどうして、私以外の人がこんなにも変わっちゃったんだろう?

 もしかしてオルフェオ=ロッソが隠しキャラで、知らずに悪役救済ルートみたいのに入っちゃったのかな。ジルベルトが金髪碧眼でオルフェオ=ロッソが赤なのは、そういうことじゃないかって噂があったもの。
 でもそれなら共通ルートまで全部消えて、オルフェオのキャラ自体が変わっている説明がつかない。
 あとは……あのオルフェオ=ロッソも転生者で、ヒロインの私を追い詰めるために、みんなを仲間に引き入れた?

 でもクラスの子に聞いたら、ラウルから先にオルフェオ=ロッソに声をかけたらしいって言うし。
 ルドヴィクとルドヴィカも、学園長先生から年下のクラスメイトの面倒を見るよう頼まれたっていう、ごく普通のきっかけらしいし。
 ニコラ先生は長髪じゃなくて、身なりもきちんとしてストイック……なんて、全然ニコラ先生の話に聞こえない。別人になっているのはオルフェオだけじゃなかった。
 ジルベルトは……彼のお母様、今頃はもう亡くなってたんじゃなかったの? まさか、死んでるはずの人が生きてる? キャラの変化どころじゃないよ。

 何とかしてみんなに会いたいのに、うまくいかない。会わせてもらえない。
 全部が裏目に出る。何が悪かったの?
 先生達は厳しくて、クラスメイトはだんだん反応が冷たくなって、マナーの授業はスパルタで、放課後も休みの時間もみっちり潰されて。
 お父様やお母様からはお説教の嵐、お兄様は意地悪、二十歳はたちになっても家に居座っているお姉様からは「何をしに学園へ行っているの?」なんて嫌味言われるし。

 全然関係ない気持ち悪いナンパ男が寄って来るし! もう嫌!

 出会いのイベントが発生してないのに、焦って会おうとしたからダメだったのかな。
 だとしたら初心に戻って、ルドヴィカと知り合うイベント、あれを起こせないかやってみよう。

 ……失敗した。すごく恥ずかしいことになっちゃった。……もう、なんでこんなことになるの!?
 どうしてか行く先々で、いろんな人に邪魔をされる。関係ないクラスの人にも邪魔される。私はただ、好きな人達に会いたいだけなのに。

 とぼとぼ歩いていたら、いつの間にか高等部の学舎の前にいた。周りはとても静まり返っていて、人の姿がほとんどなかった。
 そうか、もうすぐ休み時間が終わるんだ。みんな教室に戻っているから、こんなに人がいない。
 ……。

「そこの生徒、何をしている? 自分の学舎に戻りなさ―――あっ、こらっ!?」

 だって。
 だってもう、ほかに方法がないじゃない。


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