54 / 170
ヒロインの転落
53. 私はアンジェラ -sideヒロイン (3)
しおりを挟むラウルが、教室の中にいない。
隣の席に、知らない子が座っている。
どういうことなんだろう。何が起こっているんだろう。
あの『家』を見た時みたいに、胸の中が嫌な感じにジリジリする。
「ねえ、ロッソ様のお姿、ご覧になった!?」
「ええ、ええ、一瞬ですけれど! 震えるほどにお美しくって、気品に満ち溢れていらして……!」
「お噂以上でしたわよね! ヴェルデ様とアランツォーネ様を従えていらっしゃるお姿なんて、すぐさま画家を呼びつけたくなりますもの」
「わかりますわぁ。ロッソ様も凄まじい御方ですけれど、わたくし達と同い年で高等部生のアランツォーネ様も素晴らしいですわよね」
「ええ、ロッソ様とともにヴィオレット様ご兄妹と同じクラスになられて、たいそう親しくなられたのですって。皆様がお揃いの時にすれ違いでもしたら、わたくし、尊さのあまり天に召されてしまいそう……」
「わかりますわぁ」
「お父様が仰っていたのですけど、実質《セグレート》と《アウローラ》はロッソ様のブランドなのでしょう? お母様が先日、《アウローラ》の香水を……」
クラスメイトの女の子達から、変な噂が聞こえてくる。
私から見れば年下の女の子達の、よくあるお喋り。噂話。
でも、内容が変。
ラウルが高等部? 今はまだ学生のニコラ先生と一緒に、『麗しの緋の君』の側近……?
ルドヴィクとルドヴィカは、その『緋の君』と同じ学年で、同じクラスで、仲良しグループ……?
十三歳と思えぬほどに理知的で大人びて超然として、溢れんばかりの気品と優雅さに満ち、極上の宝石の輝きすらかすむ鮮烈な髪と瞳は……って、誰?
「昨年のシーズン中にロッソ様のお義母様や義弟様、妹様がお迎えにいらしたことがあるそうよ。皆様、この世の方々と思えぬほどお美しくて、たいそう仲睦まじいご様子だったのですって」
「そのお話、わたくしも聞きましたわ。あのクールなロッソ様がご家族には笑顔を振りまいていらして、義弟様や妹様はとても懐いていらしたとか」
「ロッソ様の笑顔! どうしましょう、わたくし、想像するだけで胸が潰れてしまいそう……!」
「わかりますわぁ」
……オルフェオ=ロッソ?
ジルベルトの、お兄さんの?
成績が悪くて怠け者で平気で遊び暮らして、無責任で暴力的で、みんなをずっと苦しめて、悪事に手を染めていたオルフェオ=ロッソ?
ゲームではどのルートでも出てくる金太郎あめ悪役。すごく狡賢そうっていうか、やっていることが悪質だったのよね。見た目からしてダメな成金風のお坊ちゃまだったし、美しいとか知的とか、そんな誉め言葉が似合う人じゃ全然なかったのに。
最後に会った時、私のこともひどく罵倒してきたのよ。いかにもお金をたくさんかけていそうなギラギラした衣装を着て、歪んだ表情がすごく怖い人だった。
それが、二年もスキップして入学? 大商会の天才児に心酔された傑物?
誰それ?
こんなの―――こんなの、おかしい。
何がどうなっているの?
名前が同じだけで、違う人の話じゃないの?
■ ■ ■
「数年前に我が商会の者が、隣国エテルニアでアイデアを拾って来たのですよ。なんでもその国に、ガラスでペンを作りたいと言い出した令嬢がいたそうで」
ラウルは転生者じゃなかった。彼は私のアイデアと知らずに利用しただけだった。
ラウルは大金持ちの商売上手だから、きっとあのむちゃくちゃな金額だって払えた。
「とんでもない方がいるものですよね。成功の見込みが低いものを無理に作らせようとした上に、かかった材料費は全部自分達で負担しろなんて、彼らの生活を何だと思っているのでしょう」
何を言われているのか、すぐにはわからなかった。
私はただ、ちょっと試しに、作ってみてもらいたかっただけ。別にそんな、職人さんの生活を蔑ろにする気なんてなかったのに。
でも、そう受け取られたから、あの人達はあんなに怒ってたの?
きつい言葉がザクザクと突き刺さる。
ううん、知っている。ラウルは、こういう人だもの。最初は猫を被って可愛い男の子のフリをしているけれど、二年目に同じクラスになって、仲良くなればどんどん本性が出てくるの。そういうキャラなの。
私に対してもそうだったもの。きついけれど、でも私にはつい甘くなってくれるのが素敵なの。小柄なのは彼にとって全然コンプレックスじゃなくて、むしろ武器にしちゃえる人で、何年かしたらすごく背が高くなるの。格好よくなるのよ。
ラウルは、そういう人なの。
私は、みんなをよく知っている。ルドヴィクもラウルもニコラ先生も、それからまだここにはいないジルベルトもアレッシオさんも、私が一番よく知っている。
ねえ私、みんなと恋をするために、またここに来たのよ。みんなと再会できる日を心待ちにして、たくさん我慢してたくさん頑張ってきたの。
なのに、どうして?
きっと強制力なんて関係ない。そんなもの、この世界にはないんだ。だってシナリオめちゃくちゃじゃない。
もしかして、そっくりな別の世界? 並行世界みたいな。
そんな意味不明な展開、聞いたことない。でも、だったらどうして、私以外の人がこんなにも変わっちゃったんだろう?
もしかしてオルフェオ=ロッソが隠しキャラで、知らずに悪役救済ルートみたいのに入っちゃったのかな。ジルベルトが金髪碧眼でオルフェオ=ロッソが赤なのは、そういうことじゃないかって噂があったもの。
でもそれなら共通ルートまで全部消えて、オルフェオのキャラ自体が変わっている説明がつかない。
あとは……あのオルフェオ=ロッソも転生者で、ヒロインの私を追い詰めるために、みんなを仲間に引き入れた?
でもクラスの子に聞いたら、ラウルから先にオルフェオ=ロッソに声をかけたらしいって言うし。
ルドヴィクとルドヴィカも、学園長先生から年下のクラスメイトの面倒を見るよう頼まれたっていう、ごく普通のきっかけらしいし。
ニコラ先生は長髪じゃなくて、身なりもきちんとしてストイック……なんて、全然ニコラ先生の話に聞こえない。別人になっているのはオルフェオだけじゃなかった。
ジルベルトは……彼のお母様、今頃はもう亡くなってたんじゃなかったの? まさか、死んでるはずの人が生きてる? キャラの変化どころじゃないよ。
何とかしてみんなに会いたいのに、うまくいかない。会わせてもらえない。
全部が裏目に出る。何が悪かったの?
先生達は厳しくて、クラスメイトはだんだん反応が冷たくなって、マナーの授業はスパルタで、放課後も休みの時間もみっちり潰されて。
お父様やお母様からはお説教の嵐、お兄様は意地悪、二十歳になっても家に居座っているお姉様からは「何をしに学園へ行っているの?」なんて嫌味言われるし。
全然関係ない気持ち悪いナンパ男が寄って来るし! もう嫌!
出会いのイベントが発生してないのに、焦って会おうとしたからダメだったのかな。
だとしたら初心に戻って、ルドヴィカと知り合うイベント、あれを起こせないかやってみよう。
……失敗した。すごく恥ずかしいことになっちゃった。……もう、なんでこんなことになるの!?
どうしてか行く先々で、いろんな人に邪魔をされる。関係ないクラスの人にも邪魔される。私はただ、好きな人達に会いたいだけなのに。
とぼとぼ歩いていたら、いつの間にか高等部の学舎の前にいた。周りはとても静まり返っていて、人の姿がほとんどなかった。
そうか、もうすぐ休み時間が終わるんだ。みんな教室に戻っているから、こんなに人がいない。
……。
「そこの生徒、何をしている? 自分の学舎に戻りなさ―――あっ、こらっ!?」
だって。
だってもう、ほかに方法がないじゃない。
4,368
お気に入りに追加
7,698
あなたにおすすめの小説
大好きな彼氏に大食いだって隠してたらなんだかんだでち●ち●食べさせられた話
なだゆ
BL
世話焼きおせっかい×大食いテンパリスト
R-18要素はフェラ、イラマチオのみ。
長くスランプの中ひねり出したものなので暖かい目で読んでもらえると助かります。
愛されすぎて、溢れ出ちゃう
tomoe97
BL
★特殊性癖(小スカ)詰め込み小説です。
苦手な方はカムバック推奨。
大体おしっこ我慢して漏らしてます。(故意有)
主人公は、山奥にある全寮制の中高一貫男子校で生徒会長を勤める男前。
彼は『抱かれたい男』として生徒から人気を博しているが、ストレス解消の為に自室でわざとおもらしをする趣味を抱えていた。
それは、過去に受けた虐めが少なからず関係していて…。
王道(ではないかもしれない)転校生✖️男前会長です。
王道学園設定は、全くないと言っても過言ではありません。雰囲気と要素だけ王道学園?
攻の方が線の細い美青年、受の方が体格の良い男前設定。
全編R-18描写予定。
アホアホエロお漏らし物。中身はありません。
権田剛専用肉便器ファイル
かば
BL
権田剛のノンケ狩りの話
人物紹介
権田剛(30)
ゴリラ顔でごっつい身体付き。高校から大学卒業まで柔道をやっていた。得意技、寝技、絞め技……。仕事は闇の仕事をしている、893にも繋がりがあり、男も女も拉致監禁を請け負っている。
趣味は、売り専ボーイをレイプしては楽しんでいたが、ある日ノンケの武田晃に欲望を抑えきれずレイプしたのがきっかけでノンケを調教するのに快感になってから、ノンケ狩りをするようになった。
ある日、モデルの垣田篤史をレイプしたことがきっかけでモデル事務所の社長、山本秀樹を肉便器にし、所属モデル達に手をつけていく……売り専ボーイ育成モデル事務所の話に続く
武田晃
高校2年生、高校競泳界の期待の星だったが……権田に肉便器にされてから成績が落ちていった……、尻タブに権田剛専用肉便器1号と入墨を入れられた。
速水勇人
高校2年生、高校サッカーで活躍しており、プロチームからもスカウトがいくつかきている。
肉便器2号
池田悟(25)
プロの入墨師で権田の依頼で肉便器にさせられた少年達の尻タブに権田剛専用肉便器◯号と入墨をいれた、権田剛のプレイ仲間。
権田に依頼して池田悟が手に入れたかった幼馴染、萩原浩一を肉便器にする。権田はその弟、萩原人志を肉便器にした。
萩原人志
高校2年生、フェギアかいのプリンスで有名なイケメン、甘いマスクで女性ファンが多い。
肉便器3号
萩原浩一(25)
池田悟の幼馴染で弟と一緒に池田悟専用肉便器1号とされた。
垣田篤史
高校2年生
速水勇人の幼馴染で、読者モデルで人気のモデル、権田の脅しに怯えて、権田に差し出された…。肉便器4号
黒澤竜也
垣田篤史と同じモデル事務所に所属、篤史と飲みに行ったところに権田に感づかれて調教される……。肉便器ではなく、客をとる商品とされた。商品No.1
山本秀樹(25)
篤史、竜也のモデル事務所の社長兼モデル。
権田と池田の毒牙にかかり、池田悟の肉便器2号となる。
香川恋
高校2年生
香川愛の双子の兄、女好きで弟と女の子を引っ掛けては弟とやりまくっていた、根からの女好きだが、権田はの一方的なアナル責で開花される……。商品No.2
香川愛
高校2年生
双子の兄同様、権田はの一方的なアナル責で開花される……。商品No.3
佐々木勇斗
高校2年生
権田によって商品に調教された直後に客をとる優秀商品No.4
橘悠生
高校2年生
権田によってアナルを開発されて初貫通をオークションで売られた商品No.5
モデル達の調教話は「売り専ボーイ育成モデル事務所」をぜひ読んでみてください。
基本、鬼畜でエロオンリーです。
【連作ホラー】幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー
至堂文斗
ホラー
――其れは、人類の進化のため。
歴史の裏で暗躍する組織が、再び降霊術の物語を呼び覚ます。
魂魄の操作。悍ましき禁忌の実験は、崇高な目的の下に数多の犠牲を生み出し。
決して止まることなく、次なる生贄を求め続ける。
さあ、再び【魂魄】の物語を始めましょう。
たった一つの、望まれた終焉に向けて。
来場者の皆様、長らくお待たせいたしました。
これより幻影三部作、開幕いたします――。
【幻影綺館】
「ねえ、”まぼろしさん”って知ってる?」
鈴音町の外れに佇む、黒影館。そこに幽霊が出るという噂を聞きつけた鈴音学園ミステリ研究部の部長、安藤蘭は、メンバーを募り探検に向かおうと企画する。
その企画に巻き込まれる形で、彼女を含め七人が館に集まった。
疑いつつも、心のどこかで”まぼろしさん”の存在を願うメンバーに、悲劇は降りかからんとしていた――。
【幻影鏡界】
「――一角荘へ行ってみますか?」
黒影館で起きた凄惨な事件は、桜井令士や生き残った者たちに、大きな傷を残した。そしてレイジには、大切な目的も生まれた。
そんな事件より数週間後、束の間の平穏が終わりを告げる。鈴音学園の廊下にある掲示板に貼り出されていたポスター。
それは、かつてGHOSTによって悲劇がもたらされた因縁の地、鏡ヶ原への招待状だった。
【幻影回忌】
「私は、今度こそ創造主になってみせよう」
黒影館と鏡ヶ原、二つの場所で繰り広げられた凄惨な事件。
その黒幕である****は、恐ろしい計画を実行に移そうとしていた。
ゴーレム計画と名付けられたそれは、世界のルールをも蹂躙するものに相違なかった。
事件の生き残りである桜井令士と蒼木時雨は、***の父親に連れられ、***の過去を知らされる。
そして、悲劇の連鎖を断つために、最後の戦いに挑む決意を固めるのだった。
憧れの剣士とセフレになったけど俺は本気で恋してます!
藤間背骨
BL
若い傭兵・クエルチアは、凄腕の傭兵・ディヒトバイと戦って負け、その強さに憧れた。
クエルチアは戦場から姿を消したディヒトバイを探し続け、数年後に見つけた彼は闘技場の剣闘士になっていた。
初めてディヒトバイの素顔を見たクエルチアは一目惚れし、彼と戦うために剣闘士になる。
そして、勢いで体を重ねてしまう。
それ以来戦いのあとはディヒトバイと寝ることになったが、自分の気持ちを伝えるのが怖くて体だけの関係を続けていた。
このままでいいのかと悩むクエルチアは護衛の依頼を持ちかけられる。これを機にクエルチアは勇気を出してディヒトバイと想いを伝えようとするが――。
※2人の関係ではありませんが、近親相姦描写が含まれるため苦手な方はご注意ください。
※年下わんこ攻め×人生に疲れたおじさん受け
※毎日更新・午後8時投稿・全32話
モブに転生したはずが、推しに熱烈に愛されています
奈織
BL
腐男子だった僕は、大好きだったBLゲームの世界に転生した。
生まれ変わったのは『王子ルートの悪役令嬢の取り巻き、の婚約者』
ゲームでは名前すら登場しない、明らかなモブである。
顔も地味な僕が主人公たちに関わることはないだろうと思ってたのに、なぜか推しだった公爵子息から熱烈に愛されてしまって…?
自分は地味モブだと思い込んでる上品お色気お兄さん(攻)×クーデレで隠れМな武闘派後輩(受)のお話。
※エロは後半です
※ムーンライトノベルにも掲載しています
兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜
藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。
__婚約破棄、大歓迎だ。
そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った!
勝負は一瞬!王子は場外へ!
シスコン兄と無自覚ブラコン妹。
そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。
周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!?
短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています
カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる