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ヒロインの転落

52. 私はアンジェラ -sideヒロイン (2)

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 お母様は綺麗でお優しくて素敵だからとっても大好き。
 でも、お母親から教わるマナーは基礎の基礎過ぎて、ちょっぴりつまらない。だって私、もう学園で習ったから、お母様に教わらなくてももう全部できちゃうの。
 その証拠に、ぱぱっとやってみせて、ホラ! ―――あら、こぼしちゃった。
 失敗失敗、もう一度。……ほらね、できたでしょ!

 だけど、最初はよくできましたって笑ってくれていたのに、最近は渋いお顔で注意ばかりしてくる。
 「基礎をなおざりにしてはいけません」って……そんなの知っているのに、もう! この間こぼしちゃったのは、たまたまなんだから!
 ほっぺたをぷぅ、てふくらませて見上げたら、以前はここで「しょうがない子ね…」って苦笑して許してくれたのに、厳しいお顔で叱られちゃった。
 
 なんでだろう。前と全然、反応が違う。
 どうしてなのかな。私は全然変わらないのに、みんなが厳しくなっている。
 ひょっとして、『私』が本物のアンジェラじゃないから?
 そんなはずない。どうしてか巻き戻って転生したけど、自分はアンジェラだもの。ちゃんと巻き戻る前の記憶だってあるんだから。

 やっぱり、前はしなかったことを何回もやって、うまくいかなかったのが尾を引いているのかな。
 何度も怒られちゃったし、あれは失敗したなあ……。私きっと、転生チートに向いてないタイプなんだ。
 何かで読んだけど、『チート』って『ズル』のことなのよね? ヒロインの『アンジェラ』はズルなんてしない、できない子なんだから、そもそもムリがあったんだ。

 とっくに教わったお勉強、とっくに教わったマナー。同じことをまた何年もやらなきゃいけないのって、正直つらい。
 でもいつかアルティスタ王国に戻れる日まで、我慢しなきゃ。

 大丈夫。私には『天使の祝福』があるんだから。
 今は身体が子供に戻っちゃったから、癒しの力は使えない。でも元の大人に戻れたら、またみんなと出会って、みんなの心や身体の傷を癒やしてあげるの。
 それから、またみんなと恋をするのよ。



   ■  ■  ■ 



 十二歳、とうとうアルティスタ王国に到着!
 やっぱりエテルニアの王都より、断然大きくて人も多い。お店もたくさん。懐かしいなあ……!
 お父様が私を学園に行かせないって言い出した時はすごく焦っちゃった。もうびっくりなんてものじゃない。
 どうしても通いたいってお願いして、やっと許してもらえたの。ああ、ホッとした……。

「父上、アンジェラに甘いですよ。この子が問題を起こしたらどうするのです」

 お兄様はもうずっと、顔を合わせればこんなことばっかり。どうしてこんなに意地悪になっちゃったのかしら。
 お姉様だって全然笑ってくれなくなったし、なんでか暗いお顔ばっかり。

「だが実際、学園は我が家で家庭教師を雇うより、高度な教育が期待できるのも確かだ。アンジェラ、何度も言ったが、任意選択科目にマナーがある。必ずそれにチェックを入れて提出しなさい」
「はい、お父様」
「よろしい」

 以前はここで「はぁい!」って答えたら、お父様もお母様もお兄様もお姉様もニッコリしてくれたんだけど……なんて、もう考えるのはやめよう。
 最初に失敗をたくさんしたのがまだ響いているんだと思う。あんなに優しかった家族みんなが変わっちゃったのは、ちょっと、すごく悲しいけど、学園に行けばきっとすぐに挽回できる。だって一度通ったんだから、ほかの子よりいい成績を取れるのは間違いないもの。

 うちは貴族だけど、あんまりお金持ちじゃない。マナーはお母様に教わって、勉強は家庭教師さんに教わった。でも、子供向けのお勉強だから、レベルはそんなに高くなかった。もっと授業を進めて欲しいって言ったのに、なかなか基礎から先へ進めてくれなかった。前回教わった時はわからなかったけど、実は意地悪な先生だったのかな?
 お母様も、家庭教師の先生も、基礎、基礎って、そればかり。私、いつもちゃんとできているのに。

 ううん、ヒロインはここでくよくよしていたらダメ!
 そうだよ、せっかくアルティスタに来られたんだから、あの『家』を見に行こう!

 六人で暮らすために、ルドヴィクが用意してくれた家。彼のお父様がずっと所有していた空き家があって、それを譲ってもらったんですって。空き家って言っても、公爵様の所有していた物件だから、私が今暮らしている男爵邸よりずっと広くて立派なの。
 私が誰の家へ住んだとしても、愛し合うのに不便だから、いっそ全員で一緒に住もうって……きゃー♡
 
 ああ、楽しみ。今はまだ誰もいない空き家なのはわかってるけど、でも、見てみたいのが乙女ってものよ♪

 そうと決まればさっそくお出かけ。引っ越しして間もないんだから、いろいろ揃えなきゃ―――っていうのは、お父様やお母様が手配するものだから理由には使えないわね……。
 変な言い訳せずに、「新しく住む国がどんなところか見てみたい」って、ゲーム通りのセリフでいったら、すんなりオッケーが出た。
 やっぱり、前の私と違うことをやったり言ったりすると不自然な感じになっちゃうのね。強制力があるのかな。お父様達が怒りっぽくなったのは、それだけ反動が強かったってことかしら。

 とにかく、メイドを連れて王都見物。昔と目線が違うから不思議な感じだけど、懐かしい……!
 何が怒られる要因になるかまだわからないから、お店の中には入らずに、外から冷やかすだけにしよう。お父様達からもメイドからも「見るだけ」ってきつく言われているし、思い返してみれば前回も見るだけだったものね。
 今はダメでも、学園でみんなに出会えれば、買い物だって自由にできるようになる。デートでいろんな所に連れて行ってもらえるから、楽しみはその時までとっておこう。

 それより、『家』を見に行かなきゃ。貴族街の近く、確か高級住宅地みたいなところにあったから、お嬢様の私とメイドの二人きりで足を延ばしても問題ないの。
 そこは記憶通りの場所に、すぐ見つかった。

 ……と、思ったけど、あれ?

 行ってみれば、格好良い門番さんが立っている。どうして?
 鉄柵の向こうに見える庭の様子もなんだか違う。建物はここで間違いないのに、どこか違う。
 もしかして先に住んでた人? でもルドヴィクは「父上がずっと所有していた。ずっと昔から誰も住んではいなかった」って言っていたのに。

「立派なお館ですね」

 メイドさんが私の視線を勘違いしたのか、そんなことを言ってきた。ううん、それでびっくりしているんじゃないの。でもこんなこと言えないし……。

「何か御用でしょうか」

 とうとう門番さんに声をかけられてしまった。
 どうしよう。訊いちゃおうかな……。

「あの……ここは、空き家じゃないの?」
「お嬢様!? 何を仰るのです!?」
「え、だって……」
「大変失礼いたしました! 先日こちらの国へ越して参りましたばかりで、まだ何もわかっておらず……不案内のため、どなたかのお館と間違えておられるようです。どうかご容赦を……!」

 メイドさんが急に門番さんに謝り出してびっくりした。そ、そこまで深刻になることだった!?

「他国から来られたのですね。どうか顔をお上げください。お小さいお嬢様が驚いておられます」

 そうよそうよ門番さん、言ってあげて! 「お小さい」っていうところは聞かなかったことにしてあげるから!
 この人、優しい人だわ。メイドさんをたしなめて、ちゃんと説明もしてくれた。

 ここは、さる公爵様が二十年ほど前に購入して、誰も住んではいなかったけど、何度か貴族専用の貸し家として利用することはあったみたい。
 でもある日、公爵様は他家のご令息の優秀さに感銘を受けて、このお館を譲渡した。
 門番さん達は、そのご令息にお仕えしているんですって。

 嘘でしょ……ルドヴィクのお父様、自分の息子に譲る前に、よそのおうちの息子にあげちゃったの?
 私達がこれから住む『家』なのに、そんなことってあるの?

 呆然として、どうやって帰ったのかあんまり憶えてない。
 でも、もっとショックなことがこの後にあった。

 帰宅したお父様が、興奮した様子で家族みんなに見せてくれたの。
 とても綺麗な、ガラス製のペンを。

「素晴らしいだろう。かの大商会アランツォーネの神童が、ある伯爵令息をビジネスパートナーとして手掛けている《セグレート》のペンだ。噂では聞いていたが本当に素晴らしい。大使の赴任祝いとして、我々秘書にまでこのような……これでも比較的シンプルなデザインで安価に抑えられたものだそうだが、私の収入では購入を躊躇ためらう一品だぞ」

 子供みたいに嬉しそうに語るお父様とペンを、私は呆然と見つめるしかできなかった。
 アランツォーネ―――ラウル。
 どうして、あなたがそのペンを……!?


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