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【019】決着

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「……は……?」

 シエラは目をぱちくりさせた。無精髭を生やした中年が少し照れた様にこちらを見ている。セレドだ。北の谷で死んだと思っていた男が、ひょっこりと自分を庇うように現れた。どうやって? 彼が現れる直前にペンダントが光った。もしかして魔法? そういえば、縁が結ばれた物同士の間で転移出来る魔法があるという話は聞いたことがある。

(なんだ、やっぱりチキンじゃん)

 つまりセレドは、いつでも帰ろうと思えば帰れたのだ。母、セレティアの元に。後生大事にペンダントも持っていたし。そう思うと少し腹も立ってくる。やっぱりコイツは母さまから逃げていたチキン野郎だ。

 でも。

 そんな思いとは裏腹に、シエラの瞳からは涙が零れる。目尻から頬を伝って顎の先端に溜まり、そうして胸元へと一滴落ちる。

 セレドが生きていた、それが嬉しいのか。それとも助けに来てくれたのが嬉しいのか。なんだかいろんな感情がごっちゃになって分からない。でも一つだけ言えるのは、シエラがそのセレドの背中に感じたのは——この人は、勇者なんだな——ということだった。

「……は。誰かと思えばあの時のおっさんか。生きてたんか」

 尻餅をついて一瞬呆然としていたビダソアだったが、すぐに正気に戻った。素早く立ち上がり、セレドと視線を合わせる。睨み付けたつもりだったが、セレドは平然としていて、それが気に食わない様にビダソアは歯を剥いた。

 やばい。シエラは腰を浮かし掛ける。セレドではヤツに敵わない。しかもよく見れば、セレドは剣も盾もっていない。丸腰だ。もうここまで来たら逃げの一手しかない。シエラはそう思ったが、しかしセレドは柔らかい笑みを浮かべて、そっとシエラを片手で制した。

「——君、ビダソアくんだったっけ?」
「あん? なんだよ今更名前なんか」
「冒険者組合から依頼されてね、君を排除しにきた。もし今すぐ武器を捨てて勇者の真似事をやれるというなら——酷いことはしない」

 そうセレドから告げられたビダソアの目が丸くした。横で聞いていたシエラも丸くした。それはとても前回負けた相手に言う台詞では無かったからだ。

「は……あははははっ! 聞いたことはあるぜ。冒険者組合が勇者狩りをしている噂はなあ。でもなあ」

 ビダソアはセレドを見て、再び噴き出して笑い出す。

「アンタみたいな出涸らし元勇者に、現役勇者が狩れるのかい?」
「まあ出涸らしなのは否定しないよ。おじさんも歳だし、体力もせいぜい三分ぐらいしか保たないし……でも」

 セレドは形を竦め、そして手に何も持たないまま、ビダソアに対して一歩踏み出した。

「——君相手に、三分はいらないかな?」

 セレドの挑発に、ビダソアは即座に反応した。右手に構えた長刀が奔る。——突き。長剣の切っ先が正確にセレドの鼻先に滑り込む。

「よっ?!」

 シエラは避けてと叫ぼうとした。だがその声が止まる。彼女の遙か後ろの地面に、何かが突き刺さる。それは長刀の切っ先だった。ビダソアを目を剥く。突き入れたはずの長刀の長さが半分になっている。何が起こった?! セレドは何もしていなかったのに。

 セレドは呆れた様に息を吐いた。

「もしかして見えなかったのか? 仕方が無い……今、見えるようにしてあげるよ」

 セレドがそう告げた瞬間、ビダソアは毛が逆立つのを感じた。何か、とてつもない——魔王にすら感じたことの無い「力」が出現しようとしている。

 その力は、セレドの両手に集束していった。青い光と赤い光。闘気と魔力が集束していく。それはそれぞれ剣と円盾の形を取り始め、そしてなお止まらない。青と赤は入り交じり、圧縮され、そして変色し——黒い光となってようやく収まった。

「……黒曜の……勇者……」

 シエラはその様子を見て思わず呟いた。黒曜の勇者、それはセレド——いやタリファの勇者としての二つ名。その由来が今分かった。黒くなるほどに高濃度に圧縮された二つの武具。それが勇者タリファの「勇者」としての力なのだ。

「じゃあ、行こうか」

 ふらりとセレドが前進する。咄嗟に長刀で防御するビダソアだったが、その身体が大きく後ろに吹き飛ばされる。ビリビリと手が痺れる。はっと顔を上げると、すぐそこにセレドの顔があった。

「クソッ!」

 ビダソアは左手の長剣を振り下ろすが、軽く円盾にいなされた。ビダソアの体勢が崩れる。そこへセレドが剣を突く。

 ざしゅ。

 ビダソアは辛うじて躱す。頬が斬り裂かれる。熱い! 見れば、セレドの黒剣に触れた血は蒸発していた。やぱい、これはやばい。ビダソアの顔に恐怖が滲む。



 ——十秒経過。



「……ッ、今だ!」

 恐怖に抗しきれなくなって、ビダソアは号令を発する。すると周囲から三人の仲間が飛び出してきた。戦士と斥候、そして距離を置いて魔術師。ビダソアが身を翻ると同時に、彼らがセレドに攻撃をしかける。

「ぐわッ!」

 一番最初に吹き飛んだのは斥候だった。投げナイフを投擲したが、正確に弾き返されて片目に刺さって転倒する。次に戦士。闘気を纏った槍だったが黒剣によって切断され、返す刀で袈裟懸けにされた。

 そして魔術師。

『疾く、疾く、更に疾く。ギルダークよ疾く参上し、魔神書の狭間を抜けよ——風刃!』

 カマイタチの刃がセレドに殺到する。だがセレドは動じない。

『疾く、還れ。風の申し子、ここは聖地にあらず——孤穴』

 セレドが呪文を唱えると、高濃度に圧縮された空気の刃が宙空でほぐれた。今はそよ風となったそれがセレドの髪を揺らす。魔法無効化の呪文?! 魔術師は慌てて次の呪文を唱えようとするが、その前にセレドが詠唱した炎弾の魔法が着弾して消し炭と化した。



 ——二十秒経過。



「うおおおおおっ!」

 ビダソアが吼え、跳躍した。双刀が闘気と魔力によって激しく煌めく。今までどんな難敵をも斃して来た必殺の一撃。渾身の力を込めて、ビダソアは双刀を振るった。

 セレドはゆっくりと、黒い円盾を構えた。

 がきん。

 ビダソアの顔が絶望に染まる。振り下ろした長刀は、根本から砕け散った。黒い円盾は小揺るぎもしない。武器を失ったビダソアを、冷静なセレドの視線が射貫く。

(……せめて、三分耐えられれば……ヤツの体力は……)



 ——三十秒経過。



 だがもはやビダソアには、一秒の時間する稼ぐ術は残されていなかった。ざしゅ、と黒剣が振り下ろされた。無慈悲なセレドの一撃。もしそれに救いがあるとするならば、その斬撃には痛みが無かったことだった。

「……この……クソが……」
「……」

 ゆっくりとビダソアが倒れた。血の海に沈んだ彼の身体は一回だけ痙攣すると、そのまま動かなくなった。

 そして辺りは静まり返る。

「……勝ったの……? そう、勝ったんだ……」

 シエラはぼそりと呟いた。どこかこう、現実感が感じられない。セレドの圧勝だった。それはシエラがずっと母親から聞かされていた「勇者様の活躍」のお伽噺の様であった。でも現実のそれは、血生臭い殺し合いでもある。その落差に、彼女の心は戸惑っているのかも知れなかった。

 セレドが大きく息をつくと、彼の両手から黒い武器が霧散する。そしてゆっくりとシエラの方へと歩いてくる。未だへたり込んでいたシエラに向かって、セレドは手を差し出す。シエラは無言のまま、その手を取って立ち上がった。

 セレドは少し自嘲気味な表情を浮かべて、まだ呆然としているシエラに話しかけた。

「どうだい? 勇者なんてのは、結構碌でもない生き物だろ?」
「……ええ、そうね。碌でもない生き物だわ」
「本当にその通りだ。オレは思うんだ。本物の勇者なんていうのは、きっとお伽噺の中にしかいないんだろうってね」
「……そうね。アンタはチキンだしね」
「ははは、耳が痛い」

 シエラの瞳が、急速にその焦点を結んでいく。その碧い瞳にはしっかりとセレドの姿が映っている。

 セレドが手を離そうとするが、シエラは離さない。逆にぎゅっと握り返す。

「それでもわたしは、貴方が助けてくれたことを忘れない。今この瞬間だけは、貴方はわたしの勇者様なのよ」
「——……それはまた、随分くたびれた勇者様だね」
「大丈夫、安心して。そこは妥協してあげるから」
「……ひょっとしてだが、もしかしてまだ諦めていないのかな?」

 セレドがそう問うと、シエラは満面の笑顔でこう答えた。




「言ったでしょ? ——わたしの執念、舐めんなって」


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