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8章 飲み会とアフター

46.年頃の女の子は繊細

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 親父が食後のコーヒーを飲むと、声をひそめて話し始めた。

「さっきの話だがな、おまえとアンナはまだ幼かったから詳しい話をしていなかったが、アンナの病気のことなんだ。おまえからも騎士団の給料を借金返済に当ててもらってるんだから、もっと早く教えるべきだったのかもしれんが……」
「病気って、もう治ったことだろ? 病気は完治、後に残ったのは莫大な借金だけ」

 その莫大な借金のために、俺も昼は騎士、夜はセクシーダンサーで稼いでるんだ。副業については親には内緒だけど。

「病気は完治したと思っていたんだが、最近、アンナの体調が悪くてな。長く咳をしていて食欲もない。だから、神官長様に見てもらえないか、手紙を出したんだよ」
「なんでそこで神官長なんだ? 昔、治してもらったのが神官長ってこと? 普通は病気を治すなら医者だろ」

 基本的に農民は村医者や町医者に見せるのが普通だ。大聖堂の神官がやるのは、神の加護とか祈祷になるから、貴族や金持ちの神頼み、みたいな話になる。
 だからお布施もかなりの高額になる。農民が手を出していいもんじゃない。

「もちろん、おれも医者に頼ったさ。でも、どんな高価な薬を飲ませても、有名な医者に診てもらっても治らなくてな、その間に貯金は消えて借金は増える一方だった」
「……普通には治らない病気だったってことか?」
「そういうことだ。おまえは当時のアンナの様子を覚えているか?」
「そりゃあ、もう13にはなってたし、俺だって面倒を見るのに手伝ってた」
「変だと思わなかったか? 赤い目をして、干からびたように皮膚がやつれて、食欲もないのに凶暴で以前を見る影もなくなった」

 言われて思い出すと、たしかにそんな様子だった。
 2歳の小さな体とは思えないほど強い力で暴れて、力尽きたら長く眠り込んでいた。

「まさか……」
「『ゾンビ化』って病だったんだ」
「ゾンビ!? ダンジョンにいるっているゾンビ!?」
「本来はダンジョンでゾンビから人に感染する病なんだが、非常に稀だが地上でも発生することがあるそうだ。そのことを冒険者をしていた流れの医者に指摘されてな、大聖堂に駆け込んで治療を頼んだ」
「そうか、ダンジョン由来の病気は魔法で治すのが一般的で、医者の治療の範囲外だからな」
「このあたりに魔術医がいれば……、それかダンジョンの近くの町なら、もっと早く判明したんだろうが、ここはそういう土地柄じゃないからな。医者による対処療法じゃ治らずに悪化していくばかりだった。流れの医者が、神官なら神聖魔法でゾンビ治療ができるって教えてくれたんだ」

 思い出した記憶では、妹の赤い目に目薬を差し、シワだらけの肌に薬を塗り込んでいた。 暴れるのは寝不足だからと睡眠薬も飲ませていた。
 これでゾンビ化が治るはずがない。

「その時に治療してくれたのが、神官長か」
「その当時はまだヒラの神官だったがな」

 神官長の冒険者時代は、神聖魔法を使う白魔法士だったと聞いた覚えがある。
 冒険者と聞いた時には意外で驚いたけど、妹があの神官長の神聖魔法に救われていた。
 その奇跡を思うと体が震えた。

「とても親身になって治療してくれて、その後もなにかとアンナの状態の確認に手紙をくれているんだ。今回もアフターケアは当時のお布施に含まれてるって言ってくれてな。あれ以来、会うことはなかったが、あのかたが神官長ならおまえも安心して預けられる」
「いや、俺を預けるって逆! 俺が護衛している立場なんだけど!」
「しっかり護衛するんだぞ! 傷ひとつつけるのは許さん!」
「……まさか俺の家族、みんな神官長のファンなの?」
「当たり前だ。母さんも財布に神官長様の姿絵を入れているぞ」
「嫉妬しろよ」
「おれの公認に決まってる」

 いつのまにか家族が神官長ガチ勢だったどうしよう。

「アンナはこの話を知らないのか」
「神官長に治療してもらったことは言ったが、病気の詳しい話は伏せているんだ。年頃の女の子がゾンビになりそうだったなんて過去を知ったら……」
「恐ろしい未来が見えるな」
「それに大きな声で話せない事もあってな。まだ完全なゾンビになる前だったから周りに感染しなかったけど、完全なゾンビになっていたらパンデミックだ。村がいくつか滅んでいたらしい」
「……そうなれば、俺も今頃はゾンビ村のゾンビ騎士か」
「おれもゾンビ村のゾンビ親父だ」

 真面目な顔で黙った親父と目があった。
 同時に笑いが漏れる。

「って冗談じゃないんだぞ。おまえも話すときは気をつけろよ」
「なになに~、父ちゃんたち何をゲラゲラ笑ってんの??」

 アンナが戻ってくる頃には深刻な顔は消し去り、親父から神官長の手紙を預かった。
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