上 下
2 / 14

新しい人生の始まり

しおりを挟む
少女の記憶を思い出したのはジェンヌが水汲みをするためにバケツを持った時だった。
頭の中に以前の自分だった頃の記憶がまるで物語の様に頭をよぎり、その情報の多さにジェンヌは持っていたバケツを落とし、頭を抱えた。あまりの情報の多さにクラクラして座り込む。
時間としては短い。けれども、それが自身の過去の記憶だと気づいたジェンヌは今の自分の状況を見て喜んだ。
願いが叶って平民になっていたからだ。
前世の記憶はいつだって自身の屋敷と王宮を馬車で移動するだけの日々。
そこで行われる、歴史・語学・マナーに社交、それらを毎日頭に叩き込み、感情を出すな、ずっと微笑んでいろと強制される。
行き来の馬車から見える同年齢の子どもの楽しそうな姿だけが少女の楽しみだった。



「ジェンヌ?どうしたんだよ。水汲みに行かないとダメだろう?」

頭を抱えしゃがみ込んだジェンヌに、心配そうに声をかけてきたのは村の子ども達のリーダー格の少年、ルークだった。
手を差し伸べ、ジェンヌが立ち上がるとバケツを拾い渡してくれる。

「体調が悪いのか?俺、代わりに行ってやろうか?」
「ううん、ごめんね、ルーク。大丈夫」
「本当か?無理すんなよ」

ジェンヌの顔を覗き込んで心配するルークに、ジェンヌは首を振り微笑んで自身が元気だと伝える。
まだ心配そうにしているルークに、再度、平気だからと伝えるとジェンヌは水汲み場へと歩き出した。
木製のバケツはまだ7歳のジェンヌには大きい。
けれども、今日1日分の水を汲むには小さく、何往復かしないといけないのだ。

(思っていたよりも自由じゃなかったのね)

思い出してみると、貴族の方が良かったとジェンヌは少し後悔した。
こんな風に水を汲んだりしなくていいし、食事も硬いパンと僅かな野菜のクズのスープじゃなく、毎日おいしいものをお腹いっぱい食べられたし、髪や身体も使用人達が綺麗にしてくれたから今の様にガサガサじゃなかった。
思い出す前は、それが当たり前で普通のことだったのに。
前世なんて思い出すんじゃなかった。
そんなことを思いながら1日に使うための水を組み終え、ふぅとため息をついた。
カタンとバケツを置くと母親が顔を出した。

「お疲れ様。少し遊んできてもいいよ」
「ありがとうお母さん。そうするね」
「ああ、行ってらっしゃい」

母親も父親もジェンヌを可愛がってくれる。
その点だけは前世よりも今の方がいいとジェンヌは思った。
外に出ると、同じ様に家の用事を終えた子ども達が集まって今日は何する?と話している。
ジェンヌもその輪に入れてもらおうと声をかけた。

「みんな、私も入れて?」
「あ、ジェンヌ。いいよー!今日はねー森に行こうって話してたの!」
「この時期、森の花がとても綺麗でしょう?」
「それに、木の実とかもあるしなー」

村のすぐ近くの森は子ども達のいい遊び場だ。
この季節だと、アケビやクルミ・ヤマグリ等、山の恵みを夢中になって探して夕食の足しにしたり、綺麗に咲いている名もしない花を摘んで冠を作ったりとやれることは山ほどある。
貴族としての記憶など、すっかり忘れてジェンヌは夢中で森での遊びを楽しんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

諦めた令嬢と悩んでばかりの元婚約者

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
愛しい恋人ができた僕は、婚約者アリシアに一方的な婚約破棄を申し出る。 どんな態度をとられても仕方がないと覚悟していた。 だが、アリシアの態度は僕の想像もしていなかったものだった。 短編。全6話。 ※女性たちの心情描写はありません。 彼女たちはどう考えてこういう行動をしたんだろう? と、考えていただくようなお話になっております。 ※本作は、私の頭のストレッチ作品第一弾のため感想欄は開けておりません。 (投稿中は。最終話投稿後に開けることを考えております) ※1/14 完結しました。 感想欄を開けさせていただきます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

空っぽから生まれた王女

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
幻の王女と言われていた西の大国の第四王女カタリナは、父王の命令で既に側妃のいる小国の国王へ嫁ぐことになった。 赤い髪と瞳の護衛や侍女たちに囲まれ、カタリナは小国の王妃として生きる。 ただ一人だけのために。 作者独自の世界観です。 このお話は別作品『この死に戻りは貴方に「大嫌い」というためのもの』のカタリナ視点のお話です。 本作のみでひとつのお話としてお読みいただけます。 両方お読みいただければ嬉しいですが、雰囲気の違う二作です。 ※本作はダークです。主人公はじめ全員がいい子ではありません。 ※R15と判断しましたが、会話がところどころおねえさん寄りです。 ※妊娠、子どもに関してのセンシティブな内容があります(そう感じない方も、感じる方もいらっしゃると思います)。 ※タグに苦手なものがある場合は読むのを避けてくださいませ。

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~

Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 ※ご都合主義、ふんわり設定です ※小説家になろう様にも掲載しています

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。

夢風 月
恋愛
 カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。  顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。  我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。  そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。 「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」  そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。 「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」 「……好きだからだ」 「……はい?」  いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。 ※タグをよくご確認ください※

【完結】野垂れ死ねと言われ家を追い出されましたが幸せです

kana
恋愛
伯爵令嬢のフローラは10歳の時に母を亡くした。 悲しむ間もなく父親が連れてきたのは後妻と義姉のエリザベスだった。 その日から虐げられ続けていたフローラは12歳で父親から野垂れ死ねと言われ邸から追い出されてしまう。 さらに死亡届まで出されて⋯⋯ 邸を追い出されたフローラには会ったこともない母方の叔父だけだった。 快く受け入れてくれた叔父。 その叔父が連れてきた人が⋯⋯ ※毎度のことながら設定はゆるゆるのご都合主義です。 ※誤字脱字が多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※他サイトにも投稿しています。

愛する貴方の愛する彼女の愛する人から愛されています

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「ユスティーナ様、ごめんなさい。今日はレナードとお茶をしたい気分だからお借りしますね」 先に彼とお茶の約束していたのは私なのに……。 「ジュディットがどうしても二人きりが良いと聞かなくてな」「すまない」貴方はそう言って、婚約者の私ではなく、何時も彼女を優先させる。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 公爵令嬢のユスティーナには愛する婚約者の第二王子であるレナードがいる。 だがレナードには、恋慕する女性がいた。その女性は侯爵令嬢のジュディット。絶世の美女と呼ばれている彼女は、彼の兄である王太子のヴォルフラムの婚約者だった。 そんなジュディットは、事ある事にレナードの元を訪れてはユスティーナとレナードとの仲を邪魔してくる。だがレナードは彼女を諌めるどころか、彼女を庇い彼女を何時も優先させる。例えユスティーナがレナードと先に約束をしていたとしても、ジュディットが一言言えば彼は彼女の言いなりだ。だがそんなジュディットは、実は自分の婚約者のヴォルフラムにぞっこんだった。だがしかし、ヴォルフラムはジュディットに全く関心がないようで、相手にされていない。どうやらヴォルフラムにも別に想う女性がいるようで……。

処理中です...