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本編

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貧乏子爵、それも3女に生まれた私には着飾ることも結婚を夢を見ることも許さないことは幼心からも理解していた。
なぜなら、貴族とは名ばかりで録に使用人もおらず、ドレス1枚ですら買い与えるのが難しい家。
そんな家に生まれた私が、結婚をしたいと思っても、まず貰い手がないだろう。
仮にいたとしても結婚の際持たせる支度金すら用意が出来ないだろう。
こんな私に出来る事といえば、自分より上の貴族に仕える使用人として奉公に出て、家族の役に立つことだ。
親はいつも私にそう言っていた。姉たちも、質素な服に身を包み自分たちの結婚資金をと涙ながらに訴えていた。


ある日の事、私は朝から贅沢にお湯に入り、身を清め、自分が持っている中で一番綺麗な服を着せられて侯爵家の門を叩いた。私が12歳になってすぐの事だった。

侯爵家は、どこもかしこも整えられており我が家との違いをまじまじと見せつけられた気がした。
「ようこそ、侯爵家へ」
そう出迎えてくれたのはシルバーグレーの髪はしっかりと固められ、綺麗で皴一つ見当たらない服をきた老人だった。
「私はこの侯爵家の筆頭執事、ドルマン。君が子爵家のエルゼだね。今日から家で使用人として働く・・・」
そう言って彼は私の背丈に合わせて足を曲げ、私の顔を覗き込んだ。
「ふむ・・・優しい目をしているね。頑張りたまえ」
「は、はい。よろしくお願いします」
両親もついてきていたが、ドルマン様は無視していた。
そして、冷たい目で両親を追い返し、こう告げた。
「生まれや育ちは自分で決めるものではない。しかし、ここでは君自身の頑張りが評価されることになる」
「はい」
「君の場合、4日に1度の休みがあり、1か月に銀貨2枚が支給される。その内君の手元に残るのは銅貨5枚だ。残りは君の生家が受け取ることになっている」
お金の話をされても、今まで受け取ったことも使ったこともないのでわからないと告げると、
「街の市民は贅沢をしなければ1か月銀貨1枚で暮らせる。その半分ということだ」
多くもないが、少ないわけでもない。そういわれたような気がした。
カランカランと机の上に載っていた鐘を鳴らすと、若い女性が部屋に入って来た。
「では、君の先輩を紹介しよう。アヌーレだ」
「よろしくね。さあ、おいで。お仕着せを着て、着替えた後はさっそく働いてもらわないといけないからね」
アヌーレ様に連れられた部屋で地味な藍色のドレスにエプロンに着替えさせられた。
アヌーレ様は侯爵家の長女の侍女をしており、私はその見習いとして使えることになるらしい。
長女の名前はマリア様。その名前に少し引っ掛かりを感じながらアヌーレ様の説明を聞く。
マリア様は天使のお顔をした気紛れな悪魔のようなお方らしく、侍女が中々続かず困っている。
お茶を入れさせたと思えば、熱いと入れなおしを命じられ、入れなおすと今度はぬるいと顔にお茶をかけられる。
そんな癇癪持ちの令嬢の相手をアヌーレはもう1年半も続けていると。

「マリアお嬢様、侍女見習いをお連れしました。失礼してもよろしいでしょうか?」
豪華な扉の前でアヌーレ様が伺いを立てる。
「いいわ。入りなさい」
「失礼します」
思っていたよりも綺麗な鈴の音のような声が扉からする。
ガチャっと扉をアヌーレ様が開けるとそこには美しい天使がいた。
亜麻色の髪は窓から入る日の光がキラキラと反射し、青い瞳はまるで美しい空を彩ったよう。
くっきりとした顔だち、ルージュをひいていないのに淡いピンクの唇は見るものを引き付ける。
余りの美しさに見とれていると、アヌーレ様に肩を叩かれ、はっとして
「も、申し訳ありません。マリア様の余りの美しさに見とれてしまって・・・失礼いたしました」
顔を下げ謝罪する。
「ふふん。顔を上げなさい」
顔をあげてみると、やはりとても美しい。
「あなた、名前は?」
「あ...え、エリゼにございます」
「ふーん。わたくしに見惚れるぐらい、私の美しさが分かるのならいいでしょう。傍で仕えることを許して差し上げますわ。先ほどの無礼も含めて・・・ね」
「あ、ありがとうございます」
そう告げながらも私は混乱していた。
しかし、なんとかポーカーフェイスでやり切り、与えられた自室―――なんと使用人、見習いにもかかわらず個室だった―――に戻った私はつぶやいた。
「マリア様って・・・・あのマリア様だよね・・・」


そう、マリア様の顔を見たとき。私の脳内では凄みを帯びた絶世の美女がこれまた麗しい男性に詰め寄り責め立てる光景が浮かんだのだ。


「私との婚約を破棄すると・・・?」
「ああ、そうだ!」
「なぜですの?その女のせいでなのですか?」
男性の傍には美女とは違ったタイプの可愛らしい女性がいた。
「ごめんなさい、マリア様。でも、私、わたし・・・・」
はらはらと涙を流しながら謝る女性。
男性はそんな彼女を抱きしめ、
「私にとって大切なのは彼女だ。それに私は知っている、お前が犯してきた罪を!」
「私の罪?いったいどんな罪があるとおっしゃるの??」
美女はキッと女性を睨みつけ
「私は、その方に婚約者がいる男性に近づくようなことはしないようにと伝えてきただけですわ」
そう、今のように・・・とそう告げる美女に対し、男性は
「私が彼女を愛してしまったのが悪いんだ。彼女は悪くないっ!」
それにと続け
「お前は、忠告をしても聞かないと、取り巻きを使って彼女を陥れたな?そればかりか、暗殺者を雇い彼女の命を狙った!!」
証拠もあるとそう告げる男性。美女はふふっと笑い始める。
「馬鹿な方!愚かなお方っ!!今ある姿だけを真実と思い込み、私の、私の想いも努力も全て踏みにじってっ!」
私は、あるべき形へと戻そうとしただけよっ!!と壮絶に笑う美女。
笑っているのに泣いてるように見え――――――



―――――――あ、ここ、『華は可憐に咲き誇る』の世界だ。

と、認識した瞬間、前世の記憶が一気に溢れ出した。
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