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第5章 皇帝編
第188話 ジュチ・ウルスへの反攻(3) ~キプチャク平原の戦い~
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ブリュンヒルデを筆頭とした戦乙女姉妹は、ロートリンゲン大公フリードリヒが女神アフロディーテとの間にもうけた私生児であったが、嫡子として認知されていた。
フリードリヒは半分神の血を持つ身であるから、神との間にできた彼女らは4分の3神の血を持つ神に近い存在だった。
戦乙女たちは、ブリュンヒルデを筆頭に、その名のとおり、長じて武芸の達人となっていった。
そんなブリュンヒルデも18歳。一番歳下のシグルドリーヴァも14歳となった。
年頃の娘なのだから、恋の話の一つや二つあってしかるべきなのであろうが、彼女たちは武芸に夢中でそれどころではないようだ。
そのうちに彼女たちの強さは暗黒騎士団の兵士では全く相手にならず、地獄の主ルシファーや熾天使のミカエルでないと相手にならないようなレベルに達していた。
彼女らは、ゲルヒルデは槍、オルトリンデは剣、ジークルーネは魔法、ロスヴァイセは騎馬など、その名前に応じ得意な武芸も様々であった。
フリードリヒの助言もあって、そのうちに彼女らはペガサスに乗って空を飛んで戦うことを好むようになった。やはり戦乙女といえば、大空を騎行するものではないか。
彼女らはペガサス騎兵同様に自動小銃も使いこなしたが、フリードリヒが「君たちは魔法が使えるんだから、ただ弾丸を打つだけではつまらないよな」というなにげない一言をきっかけに、奮起したブリュンヒルデは凶悪な技を開発してしまった。
自動小銃の弾丸に爆裂魔法をエンチャントして発射するのである。
弾丸が命中した標的は込められた魔力量に応じて爆発を起こす。
いわば彼女らは空飛ぶ砲台となってしまったのだ。
砲兵隊の弱点はその機動力にあるから、それを克服してしまった彼女らはこの上ない強力な戦力となっていた。
そんな彼女らの使いどころはどうしたものか、フリードリヒは悩んでおり、実戦における彼女たちの初陣は先延ばしになっていた。
今回のジュチ・ウルスへの反攻に当たり、フリードリヒは、戦乙女のリーダーのブリュンヒルデに通告していた。
「今回のモンゴル軍との戦いでは戦乙女たちも従軍させる。よいな」
「待っていましたわ。お父様。やっと思う存分戦えますのね」
──なんでこんな風に育ってしまったのか…名前が悪かったのかな…
◆
ロートリンゲン軍は、残るヴォルガ・ブルガールを開放するため進軍を開始した。
進軍経路は敢えてキプチャク平原を通っていくことにした。
今度はモンゴル軍もヴォルガ・ブルガールが解放されるのを黙って見ていることはないとフリードリヒは踏んでいた。
このため、索敵しやすい平原を進むことにしたのだ。
セイレーンのマルグリートと配下の鳥たちを上空から敵情偵察に出していたが、報告がある。
「敵は4個軍団の約12万人よ。中央に2個軍団と左右に広く間隔を開けて、それぞれ1個軍団。中央の2個軍団のうち前衛の1個軍団は辺境鎮戍軍ね」
「なるほど。見た目5千の我が軍に対して、ほぼ全勢力を投入してきたな。天使や悪魔も計算に入れているということか…それにしてもチンギス・ハーンのドクトリンを律儀に守っているな」
フリードリヒは、悪魔ルシファーとベルゼブブを呼んだ。
「君たちにはそれぞれ左右の1個軍団の対応を任せる。好きなように料理してよいぞ」
「御意」
中央軍は本隊で相手をするか…
それから悪魔アビゴールを呼ぶ。
「おまえの配下を隠形させて敵左右軍と中央軍の連絡を絶ってくれ」
「中央軍の斥候潰しはどうされるのですかな?」
「必要ない。正面から堂々と戦う」
「承知いたしました」
◆
モンゴル軍のベルケ本陣に報告がもたらされた。
「申し上げます。ロートリンゲン軍を発見いたしました。奴らは軍を分けることもなく、のこのことキプチャク平原を進んでおります」
「我らは平原での野戦が最も得意だというのに…なめられたものだな…相手の斥候はどうしている?」
「それが…全く見当たりません」
「斥候がいないだと…どういうことだ?」
「わかりません」
「まあ良い…では奴らの背後に回り込むぞ」
「承知いたしました」
ところが、回り込もうとしてもロートリンゲン軍は真っ直ぐにモンゴル軍本軍に向けて進んでくる。
「奴らはどうやって我が軍の所在を把握しているのだ?」
「…………」
だが、それに答えられる者はいなかった。
「こうなったら正面から迎え撃つ。騎馬どうしの戦いで我が軍が後れをとるはずがない」
「承知いたしました」
「右軍と左軍に敵の背後に回り込むよう伝令を出せ」
「はっ」
◆
その頃。
モンゴル軍右軍の1個軍団はロートリンゲン軍を発見できないまま索敵を続けていた。そこに報告がある。
「申し上げます。前方に敵。その数百」
「なに? ちっ。索敵部隊か…一気に…」
その時、モンゴル軍右軍の周囲に無数の魔法陣が浮かび上がり、黒い霧の中から異形の悪魔たちが次々と姿を現わした。その数は10万を下らない。
突然の出来事にモンゴル軍右軍指揮官は泡を食った…
ルシファーが命じる。
「今回は手加減の必要はない。一気に殺し尽くせ!」
悪魔軍団は舌なめずりをしながらモンゴル軍に襲いかかった。
◆
モンゴル軍左軍1個軍団も同様にロートリンゲン軍を索敵していた。
その時。前方に暗雲が見えたかと思うと急速にモンゴル軍の方に向かってきた。
それはあっという間にモンゴル軍の上空を埋め尽くし、視界が暗くなるほどだった。
暗雲に見えたのは、ベルゼブブ率いる空飛ぶ悪魔軍団だった。その数はやはり10万を下らない。
それを見たモンゴル軍左軍は恐慌状態に陥った。
ベルゼブブは命じた。
「今回は思う存分狩って良いぞ。突撃!」
◆
一方、モンゴル軍本軍はロートリンゲン軍を視認できる距離に近づいていた。
ベルケはゲルトラウトに命じた。
「例のあれを…」
「承知いたしました」
ゲルトラウトが命じると魔女たちが次々と空へ飛び立っていった。その数は約500。
この日のためにゲルトラウトがルーシやヨーロッパ方面を駆けずり回って集めておいたのだ。
モンゴル軍は、前回の教訓からフリードリヒの大規模殲滅魔法を第一に警戒していた。
このために、まずは制空権を確保し、大規模殲滅魔法を詠唱する隙を与えず、間断なくフリードリヒを攻撃しようという作戦である。
「ふ~ん。考えたな…」
フリードリヒはボソリと言うとブリュンヒルデに声をかけた。
「ヒルデ。出られるか?」
「いつでも」
「では、出撃してあの魔女どもを蹴散らしてくれ。その後は後衛のモンゴル人どもを思う存分料理していいぞ」
「わかったわ。お父様」
ブリュンヒルデは妹たちを引き連れ、ペガサスに乗って出撃していく。
一方、モンゴル軍の魔女たちの指揮官は拍子抜けしていた。
てっきり、ロートリンゲン軍のペガサス騎兵と魔導士団が出撃してきて空中での魔法戦となることを想定していたのだが、出撃してきたのはペガサスに乗ったうら若き乙女が11人ばかり…
「あれはなんだ…舐めているのか?」
その時、彼女のすぐ横で爆発が起こり、その爆風に巻き込まれ、危うく墜落しそうになった。すんでのところで立て直すが、巻き込まれた魔女が約10名墜落していくのが見えた。
敵はまだようやく視認できるほど遠くにいる。
「この距離で魔法だと…」
だが、爆発は次々と連続して起こった。
このまま集まっていては狙い撃ちされる。
「各自、散開せよ!」
戦乙女たちにとっては、銃の射程距離などあってないようなものだった。届かなければ、サイコキネシスで弾丸を加速すればいいだけの話だからだ。
視認できる距離ならばほぼ確実に命中させることができる。
モンゴル軍の散開命令は遅きに失した。
既に半数以上の魔女が墜落しており、生き残った者も多くが負傷している。
フリードリヒは追撃を命じた。
「ペガサス騎兵と魔導士団は戦乙女たちを援護せよ。その後、後衛のモンゴル人どもを攻撃しろ」
「御意」
これがダメ押しとなり、モンゴル軍の魔女軍団は壊滅した。
戦乙女たちはその勢いでモンゴル軍前衛の辺境鎮戍軍を飛び越し、後衛のモンゴル人たちに襲いかかる。
ブリュンヒルデは、弾丸に魔力を込めると眼下のモンゴル兵に向かって発射した。すると一際大きな爆発が起きる。
ジークルーネが指摘する。
「お姉さま。ズルいですわ。今のはメガエクスプロージョンでは?」
「それが何か? お父様は『好きなように料理してよい』と言っていたわよ」
「確かに…なら私も…」
戦乙女たちは次々と攻撃をメガエクスプロージョンに変えていった。それに伴い攻撃の効率は数倍に跳ね上がる。
◆
モンゴル軍本陣ではベルケがゲルトラウトを詰問していた。
「ゲルトラウトよ。これはどういうことだ?」
「メガエクスプロージョンだと思われますが、このクラスの広域殲滅魔法を連発するとは…私の理解の範疇を超えています。
とにかく、今は私の魔法障壁で耐えていますが、それも間もなく限界です」
「打つ手なしか…やむを得ない。全軍撤退だ。急げ」
「はっ」
モンゴル軍前衛の辺境鎮戍軍は、後衛のモンゴル人たちが蹂躙される様子を見て唖然としていた。相手がはるか上空では手の出しようがない。
しかし、後衛のモンゴル人たちが撤退していく様子をみて騒ぎ出した。
「モンゴル人のやつら俺たちを見捨てて逃げて行くぜ」
「バカバカしい。これ以上あんな化け物相手に命をかけられるか」
あっという間に辺境鎮戍軍は厭戦の雰囲気に包まれた。
モンゴル人の指揮官たちは慌てて指示を出す。
「おまえら。撤退の指示が聞こえないのか?」
「撤退してまた戦えっていうんだろう。これ以上やってられるか!俺たちは投降するぜ」
「何をバカなことを言っている。命令を聞かないと…」
「命令を聞かなきゃ何だっていうんだよ」
気がつくと少数のモンゴル人指揮官たちは辺境鎮戍軍の異国人の兵たちに取り囲まれていた。
「殺っちまえ!」
辺境鎮戍軍の兵士たちの殺意は、一斉にモンゴル人指揮官たちに向けられ、あっという間に殺害されていく。
これから逃れられたのはごく少数だった。
だが、結果として辺境鎮戍軍の兵たちは役にたっていることに気づいていなかった。
ロートリンゲン軍は投降兵の収容に追われ、モンゴル軍の追撃を断念することになったからだ。
◆
辺境鎮戍軍の投降兵を収容しているところで、ルシファーとベルゼブブからフリードリヒに復命があった。
ルシファーがフリードリヒに報告する。
「敵右軍は半数以上を削りましたが、殲滅には至りませんでした」
「奴らは逃げ足も速いからな。そのぐらいできれば上々だろう」
続いてベルゼブブも報告する。
「右に同じにございます」
「そうか。わかった…」
そこにブリュンヒルデを先頭に戦乙女たちが意気揚々と戻ってきた。
「お父様。どうでした。私たちの働きは」
「ああ。見事な働きだった。だがな、今回は君たちの初陣だろう。自分たちのやった結果をまじかでもう一度見てくるといい」
「まじかでもう一度?」
疑問に思いながらも戦場だったところに戻って行く戦乙女たち…
やがて彼女たちは一様に青い顔をして戻ってきた。
「お父様…」
そういうなり、ブリュンヒルデは二の句が継げなかった。
彼女たちは見たのだ。はるか上空からはよくわからなかったものを…
そこにはちぎれ飛んだ人馬の手足やどこの部位ともわからぬ肉片が所かまわずに散らばっていた。
それを見た彼女たちは込み上げるものに耐えられず嘔吐した。
フリードリヒは静かに言った。
「戦争というものは、どんな崇高な目的であれ、悲惨な結果を生むものだ。それがわかれば今は良い」
「承知…いたしました」とブリュンヒルデは力なく答えた。
◆
ジュチ・ウルスの首都サライまで逃げおおせたベルケは、ロートリンゲン軍の更なる攻撃に備え、軍団を再編成するしかなかった。
しかし、敗残の兵をかき集めても負傷兵を含めて1個軍団3万人にしかならない。
やむを得ず、ベルケは、ヴォルガ・ブルガールに駐留していた1個軍団3万人を首都サライに呼び寄せた。
駐留軍のいなくなったヴォルガ・ブルガールは、待っていましたとばかりに反旗を翻し、独立を宣言した。
これをもってジュチ・ウルスの支配領域は、キプチャク平原東部を残すのみとなったのである。
フリードリヒは半分神の血を持つ身であるから、神との間にできた彼女らは4分の3神の血を持つ神に近い存在だった。
戦乙女たちは、ブリュンヒルデを筆頭に、その名のとおり、長じて武芸の達人となっていった。
そんなブリュンヒルデも18歳。一番歳下のシグルドリーヴァも14歳となった。
年頃の娘なのだから、恋の話の一つや二つあってしかるべきなのであろうが、彼女たちは武芸に夢中でそれどころではないようだ。
そのうちに彼女たちの強さは暗黒騎士団の兵士では全く相手にならず、地獄の主ルシファーや熾天使のミカエルでないと相手にならないようなレベルに達していた。
彼女らは、ゲルヒルデは槍、オルトリンデは剣、ジークルーネは魔法、ロスヴァイセは騎馬など、その名前に応じ得意な武芸も様々であった。
フリードリヒの助言もあって、そのうちに彼女らはペガサスに乗って空を飛んで戦うことを好むようになった。やはり戦乙女といえば、大空を騎行するものではないか。
彼女らはペガサス騎兵同様に自動小銃も使いこなしたが、フリードリヒが「君たちは魔法が使えるんだから、ただ弾丸を打つだけではつまらないよな」というなにげない一言をきっかけに、奮起したブリュンヒルデは凶悪な技を開発してしまった。
自動小銃の弾丸に爆裂魔法をエンチャントして発射するのである。
弾丸が命中した標的は込められた魔力量に応じて爆発を起こす。
いわば彼女らは空飛ぶ砲台となってしまったのだ。
砲兵隊の弱点はその機動力にあるから、それを克服してしまった彼女らはこの上ない強力な戦力となっていた。
そんな彼女らの使いどころはどうしたものか、フリードリヒは悩んでおり、実戦における彼女たちの初陣は先延ばしになっていた。
今回のジュチ・ウルスへの反攻に当たり、フリードリヒは、戦乙女のリーダーのブリュンヒルデに通告していた。
「今回のモンゴル軍との戦いでは戦乙女たちも従軍させる。よいな」
「待っていましたわ。お父様。やっと思う存分戦えますのね」
──なんでこんな風に育ってしまったのか…名前が悪かったのかな…
◆
ロートリンゲン軍は、残るヴォルガ・ブルガールを開放するため進軍を開始した。
進軍経路は敢えてキプチャク平原を通っていくことにした。
今度はモンゴル軍もヴォルガ・ブルガールが解放されるのを黙って見ていることはないとフリードリヒは踏んでいた。
このため、索敵しやすい平原を進むことにしたのだ。
セイレーンのマルグリートと配下の鳥たちを上空から敵情偵察に出していたが、報告がある。
「敵は4個軍団の約12万人よ。中央に2個軍団と左右に広く間隔を開けて、それぞれ1個軍団。中央の2個軍団のうち前衛の1個軍団は辺境鎮戍軍ね」
「なるほど。見た目5千の我が軍に対して、ほぼ全勢力を投入してきたな。天使や悪魔も計算に入れているということか…それにしてもチンギス・ハーンのドクトリンを律儀に守っているな」
フリードリヒは、悪魔ルシファーとベルゼブブを呼んだ。
「君たちにはそれぞれ左右の1個軍団の対応を任せる。好きなように料理してよいぞ」
「御意」
中央軍は本隊で相手をするか…
それから悪魔アビゴールを呼ぶ。
「おまえの配下を隠形させて敵左右軍と中央軍の連絡を絶ってくれ」
「中央軍の斥候潰しはどうされるのですかな?」
「必要ない。正面から堂々と戦う」
「承知いたしました」
◆
モンゴル軍のベルケ本陣に報告がもたらされた。
「申し上げます。ロートリンゲン軍を発見いたしました。奴らは軍を分けることもなく、のこのことキプチャク平原を進んでおります」
「我らは平原での野戦が最も得意だというのに…なめられたものだな…相手の斥候はどうしている?」
「それが…全く見当たりません」
「斥候がいないだと…どういうことだ?」
「わかりません」
「まあ良い…では奴らの背後に回り込むぞ」
「承知いたしました」
ところが、回り込もうとしてもロートリンゲン軍は真っ直ぐにモンゴル軍本軍に向けて進んでくる。
「奴らはどうやって我が軍の所在を把握しているのだ?」
「…………」
だが、それに答えられる者はいなかった。
「こうなったら正面から迎え撃つ。騎馬どうしの戦いで我が軍が後れをとるはずがない」
「承知いたしました」
「右軍と左軍に敵の背後に回り込むよう伝令を出せ」
「はっ」
◆
その頃。
モンゴル軍右軍の1個軍団はロートリンゲン軍を発見できないまま索敵を続けていた。そこに報告がある。
「申し上げます。前方に敵。その数百」
「なに? ちっ。索敵部隊か…一気に…」
その時、モンゴル軍右軍の周囲に無数の魔法陣が浮かび上がり、黒い霧の中から異形の悪魔たちが次々と姿を現わした。その数は10万を下らない。
突然の出来事にモンゴル軍右軍指揮官は泡を食った…
ルシファーが命じる。
「今回は手加減の必要はない。一気に殺し尽くせ!」
悪魔軍団は舌なめずりをしながらモンゴル軍に襲いかかった。
◆
モンゴル軍左軍1個軍団も同様にロートリンゲン軍を索敵していた。
その時。前方に暗雲が見えたかと思うと急速にモンゴル軍の方に向かってきた。
それはあっという間にモンゴル軍の上空を埋め尽くし、視界が暗くなるほどだった。
暗雲に見えたのは、ベルゼブブ率いる空飛ぶ悪魔軍団だった。その数はやはり10万を下らない。
それを見たモンゴル軍左軍は恐慌状態に陥った。
ベルゼブブは命じた。
「今回は思う存分狩って良いぞ。突撃!」
◆
一方、モンゴル軍本軍はロートリンゲン軍を視認できる距離に近づいていた。
ベルケはゲルトラウトに命じた。
「例のあれを…」
「承知いたしました」
ゲルトラウトが命じると魔女たちが次々と空へ飛び立っていった。その数は約500。
この日のためにゲルトラウトがルーシやヨーロッパ方面を駆けずり回って集めておいたのだ。
モンゴル軍は、前回の教訓からフリードリヒの大規模殲滅魔法を第一に警戒していた。
このために、まずは制空権を確保し、大規模殲滅魔法を詠唱する隙を与えず、間断なくフリードリヒを攻撃しようという作戦である。
「ふ~ん。考えたな…」
フリードリヒはボソリと言うとブリュンヒルデに声をかけた。
「ヒルデ。出られるか?」
「いつでも」
「では、出撃してあの魔女どもを蹴散らしてくれ。その後は後衛のモンゴル人どもを思う存分料理していいぞ」
「わかったわ。お父様」
ブリュンヒルデは妹たちを引き連れ、ペガサスに乗って出撃していく。
一方、モンゴル軍の魔女たちの指揮官は拍子抜けしていた。
てっきり、ロートリンゲン軍のペガサス騎兵と魔導士団が出撃してきて空中での魔法戦となることを想定していたのだが、出撃してきたのはペガサスに乗ったうら若き乙女が11人ばかり…
「あれはなんだ…舐めているのか?」
その時、彼女のすぐ横で爆発が起こり、その爆風に巻き込まれ、危うく墜落しそうになった。すんでのところで立て直すが、巻き込まれた魔女が約10名墜落していくのが見えた。
敵はまだようやく視認できるほど遠くにいる。
「この距離で魔法だと…」
だが、爆発は次々と連続して起こった。
このまま集まっていては狙い撃ちされる。
「各自、散開せよ!」
戦乙女たちにとっては、銃の射程距離などあってないようなものだった。届かなければ、サイコキネシスで弾丸を加速すればいいだけの話だからだ。
視認できる距離ならばほぼ確実に命中させることができる。
モンゴル軍の散開命令は遅きに失した。
既に半数以上の魔女が墜落しており、生き残った者も多くが負傷している。
フリードリヒは追撃を命じた。
「ペガサス騎兵と魔導士団は戦乙女たちを援護せよ。その後、後衛のモンゴル人どもを攻撃しろ」
「御意」
これがダメ押しとなり、モンゴル軍の魔女軍団は壊滅した。
戦乙女たちはその勢いでモンゴル軍前衛の辺境鎮戍軍を飛び越し、後衛のモンゴル人たちに襲いかかる。
ブリュンヒルデは、弾丸に魔力を込めると眼下のモンゴル兵に向かって発射した。すると一際大きな爆発が起きる。
ジークルーネが指摘する。
「お姉さま。ズルいですわ。今のはメガエクスプロージョンでは?」
「それが何か? お父様は『好きなように料理してよい』と言っていたわよ」
「確かに…なら私も…」
戦乙女たちは次々と攻撃をメガエクスプロージョンに変えていった。それに伴い攻撃の効率は数倍に跳ね上がる。
◆
モンゴル軍本陣ではベルケがゲルトラウトを詰問していた。
「ゲルトラウトよ。これはどういうことだ?」
「メガエクスプロージョンだと思われますが、このクラスの広域殲滅魔法を連発するとは…私の理解の範疇を超えています。
とにかく、今は私の魔法障壁で耐えていますが、それも間もなく限界です」
「打つ手なしか…やむを得ない。全軍撤退だ。急げ」
「はっ」
モンゴル軍前衛の辺境鎮戍軍は、後衛のモンゴル人たちが蹂躙される様子を見て唖然としていた。相手がはるか上空では手の出しようがない。
しかし、後衛のモンゴル人たちが撤退していく様子をみて騒ぎ出した。
「モンゴル人のやつら俺たちを見捨てて逃げて行くぜ」
「バカバカしい。これ以上あんな化け物相手に命をかけられるか」
あっという間に辺境鎮戍軍は厭戦の雰囲気に包まれた。
モンゴル人の指揮官たちは慌てて指示を出す。
「おまえら。撤退の指示が聞こえないのか?」
「撤退してまた戦えっていうんだろう。これ以上やってられるか!俺たちは投降するぜ」
「何をバカなことを言っている。命令を聞かないと…」
「命令を聞かなきゃ何だっていうんだよ」
気がつくと少数のモンゴル人指揮官たちは辺境鎮戍軍の異国人の兵たちに取り囲まれていた。
「殺っちまえ!」
辺境鎮戍軍の兵士たちの殺意は、一斉にモンゴル人指揮官たちに向けられ、あっという間に殺害されていく。
これから逃れられたのはごく少数だった。
だが、結果として辺境鎮戍軍の兵たちは役にたっていることに気づいていなかった。
ロートリンゲン軍は投降兵の収容に追われ、モンゴル軍の追撃を断念することになったからだ。
◆
辺境鎮戍軍の投降兵を収容しているところで、ルシファーとベルゼブブからフリードリヒに復命があった。
ルシファーがフリードリヒに報告する。
「敵右軍は半数以上を削りましたが、殲滅には至りませんでした」
「奴らは逃げ足も速いからな。そのぐらいできれば上々だろう」
続いてベルゼブブも報告する。
「右に同じにございます」
「そうか。わかった…」
そこにブリュンヒルデを先頭に戦乙女たちが意気揚々と戻ってきた。
「お父様。どうでした。私たちの働きは」
「ああ。見事な働きだった。だがな、今回は君たちの初陣だろう。自分たちのやった結果をまじかでもう一度見てくるといい」
「まじかでもう一度?」
疑問に思いながらも戦場だったところに戻って行く戦乙女たち…
やがて彼女たちは一様に青い顔をして戻ってきた。
「お父様…」
そういうなり、ブリュンヒルデは二の句が継げなかった。
彼女たちは見たのだ。はるか上空からはよくわからなかったものを…
そこにはちぎれ飛んだ人馬の手足やどこの部位ともわからぬ肉片が所かまわずに散らばっていた。
それを見た彼女たちは込み上げるものに耐えられず嘔吐した。
フリードリヒは静かに言った。
「戦争というものは、どんな崇高な目的であれ、悲惨な結果を生むものだ。それがわかれば今は良い」
「承知…いたしました」とブリュンヒルデは力なく答えた。
◆
ジュチ・ウルスの首都サライまで逃げおおせたベルケは、ロートリンゲン軍の更なる攻撃に備え、軍団を再編成するしかなかった。
しかし、敗残の兵をかき集めても負傷兵を含めて1個軍団3万人にしかならない。
やむを得ず、ベルケは、ヴォルガ・ブルガールに駐留していた1個軍団3万人を首都サライに呼び寄せた。
駐留軍のいなくなったヴォルガ・ブルガールは、待っていましたとばかりに反旗を翻し、独立を宣言した。
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そして・・・・
【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
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