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第4章 国主編

第152話 コルテヌオーヴァの戦い ~大欲は無欲に似たり~

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 息子のハインリヒの反乱を鎮圧するために皇帝フリードリヒⅡ世がドイツにいるタイミングを見計らって、教皇グレゴリウスⅨ世の支援を受けたロンバルディア同盟は蜂起した。

「グレゴリウスの奴め。人の足元を見おって!」

 彼はロンバルディア同盟を牽制けんせいするためにイタリアに戻ることに決め、ヴェローナ近郊のヴァレッジョに到着し、親しい同盟者であるエッツェリーノⅢ世・ダ・ロマーノらの助けを借りて、ヴィチェンツァの街を奪還だっかんした。

 この結果に満足した皇帝フリードリヒⅡ世は、情勢を監視するためにドイツ騎士団総長ヘルマン・フォン・ザルツァをイタリアに残し、別のドイツの王子の反乱に対処するためにいったんドイツに戻る。

    ◆

 その後、皇帝フリードリヒⅡ世は再びイタリアに戻り、今回はロンバルディア同盟を確実に粉砕することを目指した。

 皇帝フリードリヒⅡ世は、アルプスを渡ってヴェローナに渡り、そこにトレヴィーゾ、パドヴァ、ヴィチェンツァ、ヴェローナの兵士を含むエッツェリーノ・ダ・ロマーノの軍隊などが参加し、更にルチェーラのイスラム教徒の射手を含むシチリア王国の6千の歩兵との騎兵が合流した。
 残りの軍隊は、クレモナ、パヴィア、モデナ、パルマ、レッジョの皇帝派ギベリンによって構成され、合計1万を超える軍が編成された。

 今回はロートリンゲン公フリードリヒには声はかからなかった。
 基本的にイタリア・シチリア勢で決着をつけようということなのだろう。いかにもイタリアにこだわる皇帝らしい。

 ロートリンゲン公フリードリヒは、本来であればロンバルディア同盟にも自由貿易協定を広げたいところなのだが、皇帝との関係も勘案して、今のところは中立を保つことにしていた。

 心配なのは、ミラノの行政長官ポデスタであるピエトロ・ティエポがヴェネツィア共和国のドージェの一族であることだった。
 自由貿易協定を結び、縁戚関係にもあるヴェネツィア共和国がロンバルディア同盟側についてしまうと、フリードリヒは両者の間に挟まれてしまう。

 それだけは避けて欲しいと、事態を注視するフリードリヒだった。

    ◆

 帝国軍は、略奪りゃくだつを逃れるため降伏することを決めたマントヴァに対して最初に進軍し、その後同様の決定を下したベルガモに向かった。
 その後、皇帝軍は途中のゴイトとモンティヒアリを占領しつつブレシアの領土に侵攻したが、その後の抵抗により、ロンバルディア同盟の軍隊のほとんどがブレシアに到達する時間を与えてしまった。

 ピエトロ・ティエポが率いる2千の騎兵と6千の歩兵の強力な軍隊は、マネルビオで騎兵が不利な湿地で区切られた有利な場所を占拠し、両軍は戦わずに15日間対峙した。
 軍が不足していた皇帝軍は、より有利な地位を求めて屯所を離れ、オーリオ川を渡り、ソンチーノで敵の動きを待つために北に行軍した。

    ◆

 ロンバルディア同盟は、皇帝が巧みに広めた「クレモナで冬を過ごすために撤退する」といううわさを信じていた。
 そのため、彼らは冬営に向けて出発した。

 しかし、皇帝は、狼煙のろしを通してロンバルディア同盟の動きを通報させるべく、ベルガモからシビダテ・アル・ピアノに分遣隊を派遣した。
 ロンバルディア同盟軍がポントリオとパラッツォーロでオーリオ川の渡河を完了すると、帝国軍は狼煙のろしを見て、現在位置から18キロ離れたコルテヌオーヴァに移動した。

 サラセン人と騎兵からなる帝国の前衛は、撤退するロンバルディア同盟軍に初撃を加え、歩兵が続いた。

 ピエトロ・ティエポのもとに報告がある。
「後背から敵の攻撃です!」
「何っ! くそっ。はかられたか!」

「直ちに反転して防衛線を築くのだ!」
「無理です。既に敵に押し込まれています」

「何てことだ…やむを得ん。コルテヌオーヴァに撤退だ。急げ!」
「はっ!」

 ロンバルディア同盟軍は防衛線を築くことができず、コルテヌオーヴァに逃げこんだ。

 皇帝と帝国軍の主力が戦場に到達したとき、そこには死傷した騎士が散乱し、乗り手のいない馬によって通行が妨げられるような状況だった。

 コルテヌオーヴァでは、ロンバルディア同盟軍はカルロッチョ(戦闘用の大型四輪ワゴン)の周りに集結し、サラセン人の矢とドイツ人の突撃にさらされながらも勇敢に戦った。
 ベルガモ軍の到着にもかかわらず、ミラノ貴族の縦隊は、コルテヌオーヴァへの軍の退却の時間を夕暮れまで確保することができた。

 夜の到来により戦闘は中断した。
 が、皇帝フリードリヒⅡ世は命じた。

「軍の士気をできるだけ高く保つため、部隊に鎧を着て眠るよう徹底しろ。夜明けの初光とともに攻撃だ」
御意ぎょい

 一方、ピエトロ・ティエポは、軍隊が更なる戦いに耐えられないと認識し、カルロッチョと残りの荷駄に加え、町の放棄を命じた。
 ロンバルディア同盟軍は、既に昼間の戦闘で限界を迎えていたのである。

 夜明けがきた。
 皇帝の命令のかいもあり、帝国軍の士気は高かった。

 ロンバルディア同盟軍は、最小限の抵抗で崩壊し、急激に退却していく。
 帝国軍は、これを情け容赦なく追撃する。

 退却時の混乱により、洪水であふれていたオーリオ川で多くの人が溺死した。
 約5千人のロンバルディア同盟軍が捕獲され、負傷者と死者は数千人に及んだ。

 帝国軍にとって、これ以上は望めないほどの大勝利だった。

    ◆

 ロートリンゲン公フリードリヒは、アークバンパイアであるローラの眷属けんぞくの一人、ラウラ・ロルツィングに対し、戦況の視察を命じた。
 普通に徒歩での旅は無理なので、魔女のイゾベル・ゴーディがほうきに乗せて飛んでいくこととなった。

 ルーシ侵攻の一件以来、戦況視察と言えば、この2人が定番となってしまった。

 戦況を見ていた限り、敗因はロンバルディア同盟軍が撤退を開始したことにある。
 ラウラは聞き込みをしてみたが、「クレモナで冬を過ごすために撤退する」というまことしやかな噂が流れていたようだ。

 どうやらロンバルディア同盟軍は、そのうわさ鵜呑うのみにし、裏を取らなかったことが敗因のようだ。

 ラウラが言った。
「どうやら戦闘前の情報戦で決着がついていたみたいですね」

「それにしても、ろくに裏も取らないとは…人は都合の良い情報を信じたがるものなのだな」とイゾベルがしみじみと言う。
「それは閣下に聞いたことがあります。それを『確証バイアス』というのだそうです」

「『確証バイアス』は多かれ少なかれ誰にでもあるものですが、情報部の人間は特に気をつけろと言われました」
「確かにな。取ってきた情報が都合の良いように編集されていては閣下も正確な判断ができないってもんだ」

「とにかく、今回の戦争を見てしまうと私たちの仕事の重要さが痛感されますね」
「しかしよう。タンバヤ商会情報部っていうのは大公閣下が商会を立ち上げた時からあるんだろう?」

「そう聞いていますが」
「商会ってのは閣下が5歳のときに立ち上げたんだろう。どんだけすごいい5歳なんだよ!」

「どこまで見越していたかは想像がつきませんが、情報というものの重要性は認識していたのでしょうね。
 商会ができてから20年。その間のノウハウの蓄積もありますし、人材も育ってきています。そういう意味では情報戦に関して、ロートリンゲン公国は相当なアドバンテージがありますね」
「まったくだぜ。戦争の度に閣下には感心させられる…」

    ◆

 コルテヌオーヴァの戦いでの大勝利によって、皇帝フリードリヒⅡ世は、戦略家としての名声を高めた。
 しかしながら、ミラノからの和平提案を退け、ミラノの無条件降服に固執したことは、判断の誤りであった。

 ミラノは他の5都市と連合して徹底抗戦を続け、結局翌年秋には、ブレシアの包囲を解いて撤退しなければならなくなった。

 結局、ロンバルディア同盟との戦いは、コルテヌオーヴァの戦いで決着とはならず、引き続きもつれながら続いていくことになる。
 まさに、「大欲は無欲に似たり」な状況になってしまったのである。
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