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第4章 国主編

第150話 ユーグⅣ世の誤算 ~ブルゴーニュ公国の共同統治~

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 フリードリヒの夜の生活のローテーションは引き続きアバター3体を前提に組まれていた。
 実際にはアバターの方は相当に上達していて、数十体は出せるようになっていたのだが、これは秘密にしていた。アバターの上限を出していたらきりがないからだ。

 だが、ローテーションどおりというのも味気ない。
 そこで気分が乗ったときは、アバターを1体余計に出して、ローテーション外の妻・愛妾あいしょうたちのところにサプライズ訪問をすることもあった。

 その時の彼女たちの喜びようは半端でないので、フリードリヒの方も喜んでもらえるとうれしかった。
 おそらく彼女たちはアバターを4体以上出せることに気づいているのだが、そこのところは暗黙の了解となっているのだった。

 今日はルクレシーほか2名のローテーションの日である。
 が、事の際中に突然フリードリヒの動きが止まった。

『殺すな。捕らえておけ』とテレパシーで命じていたのだが、心ここにあらずといった様子のフリードリヒを見てルクレシーは不安になった。

「あなた…どうされましたの?」

 フリードリヒはハッと我に返ったかと思うと答えた。
「何でもない。気にするな。
 ちょっと雰囲気を壊してしまったね。今日はいつもよりもサービスだ」

「あなた…」(そういう問題ではないのだけれど…)とルクレシーは言いかけたが、ルクレシーは思い直した。

 ──そんなことはあの人もわかっている。ここは素直に甘えよう…

    ◆

 この日。フリードリヒとルクレシーのいる寝室に忍び寄る2人組の黒装束の男の姿があった。
 夜の事の最中は警備が手薄になるのは事前に調査済みだった。

 案の定、警備をする者の姿は見当たらない。
 してやったりと顔を見合わせる2人。

 寝室のドアに近づいたとき、黒装束の男の1人が「カハッ」という妙な声を発したかと思うと宙に浮き、苦しそうな表情でもがいている。

 実は隠形おんぎょうした悪魔がネックハンギングを食らわせているだけなのだが、霊能力のないものには、宙に浮いているようにしか見えない。

「おい。どうした!」ともう1人の男が駆け寄ろうとしたが、こちらも同様だった。
 見えない何者かが首をつかんだと思ったら、上へ持ち上げられた。
「カハッ」
 苦しい。息ができない。
 必死にもがくが意識は薄れていき、そのうちに暗転した。

『殺すな。捕らえておけ』とフリードリヒからテレパシーで指示があったので、悪魔たちは2人を縄で拘束すると、尋問室にぶちこんでおいた。

    ◆

 翌日。
 ナンツィヒの城の尋問室にフリードリヒと親衛隊の魔女たちの姿があった。

 目の前で拘束され、気を失っている男二人にイゾベル・ゴーディが水魔法で水を頭からぶちまけると2人は気がついたようだ。

 懸命に拘束されている縄を外そうともがいているが無駄な努力だ。
「くそっ。ここは?」
「城の尋問室だ」

 そう言われて見回すと、数々の拷問具ごうもんぐがこれ見よがしに置かれている。

「おまえ。大公だな」
「さすが。よく知ってるじゃないか。
 君たちには黒幕が誰なのかしゃべってもらわねばならない」

拷問ごうもんする気か? 話すものか。俺たちは特殊な訓練を受けている」

「ふっふっふっ」と薄ら笑いを浮かべるフリードリヒ。

「そうこなくちゃ面白くない。君たちは死ぬ覚悟はできているのだろう?」
「当然ではないか」

「それなら思う存分楽しませてもらえそうだ。簡単にしゃべるとか言わないでくれよ」
「…………」

「さて…今日は趣向を変えてみるか…」
 そうつぶやくと、フリードリヒの前に召喚陣が浮かび上がり、邪悪な顔をし、全身を黒い炎に覆われた雌馬が姿を現した。ナイトメアである。

 ナイトメアは悪夢を見せる夢魔の一種だ。
 ナイトメアの恐ろしいところは、悪夢を見せる者の深層心理を操るところにある。
 ナイトメアが恐ろしいと思う夢を見せるのではなく、本人自らが深層心理から恐ろしいと思うものを引き出すよう仕向けるのだ。

 当然に夢の内容は個々人によって違う。
 ゴキブリやナメクジなどの苦手なものに襲われたり、病気で体が腐り落ちたりと様々だ。

「さあ。やってくれ」
 フリードリヒが命じると、ナイトメアは「ヒヒーン」と甲高くいなないた。

 拘束された男2人は強制的に悪夢を見せられ、「ギャー」と悲鳴を上げながら、全身から冷汗をかいている。

 しばらくして、フリードリヒが「パチン」と指を鳴らすと、2人は夢から覚めた。はあはあと荒い息をしている。

「さて…いかがだったかな?」
「…………」
 男二人はそっぽを向いて無視している。

「言っておくが、先ほどから5分しか経っていないからな」
「嘘をつけ。半日は経っているはずだ」

「それは夢を見ていた君たちの感覚だろう。現実には5分だ」
「そ、そんな…」

「まだ、足りないようだな。やれ」
 とフリードリヒが再び命じると2人は悪夢にうなされ始めた。

 人間にとって怖いものとは一つとは限らない。それを手を変え品を変え見せられているのだろう。
 そのうちに鳥肌が立ち、股間を熱いものが濡らした。

 ──どれだけ怖い夢を見せられているんだ。ナイトメア…おそるべし…

 再びフリードリヒが指を鳴らすと2人は目覚めた。しかし、意識は朦朧もうろうとしているようだ。

「さて、また5分経ったが、いかがかな?」
「本当に…5分…なのか?」

「嘘をついても仕方がない」
「…………」

「よほど楽しい夢のようだな。では、サービスしてもう一度…」
「ま、待ってくれ。話す。何でも話すから…」

 男たちの話によると、黒幕はブルゴーニュ公ということだった。

 どういうことだ?
 そういえば前世におけるブルゴーニュ公国の躍進は、ブルゴーニュ女伯との婚姻から始まった。
 それを狙って、まずは邪魔者を消そうということか…

「レネを呼べ」

 ローザの眷属4人組の一人であるレネ・ブライテンライトナーはすぐにやって来た。
「レネ参りました。御身の前に」

「私に向けられた暗殺者アサシンはブルゴーニュ公のものだった。ついては、動機などの背景を探ってくれ」
御意ぎょい

 結果、やはりブルゴーニュ伯ベアトリクスとの婚姻を狙っていたことがわかった。
 しかし、ブルゴーニュ伯国との事前の根回しは一切なされておらず、見切り発車の計画だったようだ。ある意味若い君主が暴走したとも言えるだろう。

    ◆

 暗殺者アサシンの2人は抗議文を持たせた使者とともにブルゴーニュ公国に強制送還することにした。
 2人は馬車の荷台においた鉄格子の中に閉じ込め、道中、人々のさらしものにした。

「この者たちはロートリンゲン公を狙った暗殺者アサシンだ」ということも併せて喧伝けんでんしながら進む。
 これにより、そのことが世間に知れ渡ってしまった。

 しかし、ブルゴーニュ公であるユーグ・ド・カペー、ユーグⅣ世は知らぬ存ぜぬを貫いた。

 彼はまだ22歳の若き君主で、第6回十字軍に参加していたが、十字軍そのものが無血でエルサレムを手に入れたため、武力の実力のほどは定かではない。

「ロートリンゲン公は故なく因縁をつけてブルゴーニュ公国を侵略するつもりなのだ」とまで言う始末だった。

 それほど侵略して欲しいのならば…とフリードリヒは暗黒騎士団ドンクレリッターをブルゴーニュ伯国とブルゴーニュ公国の国境線に配備し、いつでも侵攻できるという姿勢をみせた。
 これに対し、ブルゴーニュ公国の方も軍を派遣し、国境線を挟んで両軍は睨みあいとなった。

 ここでいきなり侵攻する手もあるのだが、それは最後の手段だ。できるだけ血は流したくない。

 ナイトメアの威力を実感したフリードリヒは一計を案じた

 ナイトメアを使って、暗黒騎士団ドンクレリッターの闇の者によって彼の家族や住民が蹂躙じゅうりんされ、悲惨に殺されていく悪夢を繰りかえしユーグⅣ世に見せたのだ。

 ユーグⅣ世はしだいにやつれていき、悪夢を恐れて断眠を決行した。
 しかし、それも4日が限界だった。精神が消耗し、錯覚や幻覚が生じ始めたのだ。

 その果てにユーグⅣ世は重度の鬱病うつびょうかかってしまい。意欲も極度に減退するとともに、「死にたい」と口走るようになった。

 今は軍隊がにらみあっている緊急事態である。
 臣下たちはブルゴーニュ公を必死になだめるとともに、万が一にも自殺などされないように見張りを付けた。

 しかし、ユーグⅣ世は見張りの目を盗んで自らの頸動脈を掻き切り、死亡してしまったのである。

 これをきっかけにブルゴーニュ公国は上を下への大騒動となってしまった。
 この緊急時代にあって、早急に次期君主を決めなければならないが、真っ二つに意見が割れてしまったのだ。

 ユーグⅣ世には2人の姉と妹が1人いた。姉は既に他家に嫁いでいるので、まだ嫁いでいない妹のアリックスを女公とする一派が一つ。
 もう一つは生まれて間もないユーグⅣ世の嫡嗣ちゃくしユーグⅤ世を立て、その母ヨランドを摂政せっしょうとする一派がもう一つである。

 議論は夜を日に継いで行われたが、この緊急時に幼君は心もとないという意見が大勢を占めるに至り、アリックスが女公となることに決まった。

 アリックスはもとよりブルゴーニュ伯国を手に入れようというような野望はもっていないので、早速に和平の使者を派遣してきた。

 まずは、外務卿どうしが交渉をする。

 ロートリンゲンの外務卿ヘルムート・フォン・ミュラーは、暗殺者アサシンを派遣したことに対する謝罪と賠償金の支払いを強硬に主張した。
「貴国が暗殺者アサシンを放ったのは当人の自白から明白だ」

 フランドル公国の外務卿セザール・ド・ラペルトリが反論する。
「しかし、当人の自白しか証拠がないのであろう。拷問ごうもんの末に行われた自白など信用ができぬ。それに暗殺者アサシンなる2名の者は行方をくらましたというではないか」

 ──それはお前らが闇で始末したんだろう!

「ロートリンゲン公とて戦争で多くの血を流すことを望んではいない。しかし、和平をなすためには、そのあかしが必要だ。
 謝罪と賠償金が無理だと言うのならば、貴国としての誠意を示す何かが他にないのか?」
「そのようなものはない」

 ──そんなことも気づかないのか。このバカ者め。

「ならば交渉決裂ということで、戦争をもって決着をつけることになりますが、よろしいですな」
「そ、それは…とにかく持ち帰って検討するから時間が欲しい」

「よろしいでしょう。しかし、ロートリンゲン公は決して気の長い方ではありませんので、引き伸ばしなどはなさりませんよう」
「それはわかっている」

 どうやら敵は暗黒騎士団ドンクレリッターの精強さを十分に心得ており、戦争に突入したら負けることを十分にわきまえているようだ。

 セザール・ド・ラペルトリが話を持ち帰ると、早速に御前会議が開かれた。しかい喧々諤々けんけんがくがくの議論はまとまりがつかず、要領を得ない。

 ただ1人、ブルゴーニュ女公のアリックスだけは、解決策に気づいていた。そしてその決断を通告する。

「皆の者。静まりなさい!和平の証として、私がロートリンゲン公と婚姻すれば済む話です。ロートリンゲン公には共同統治者になってもらいます」
「しかし、それでは…」

「では、黙ってロートリンゲン公国に侵略されて直轄領となることを望むのですか。共同統治とはいえ、カペー家の血筋は残るのですよ」
「戦争になっても、勝てばいいことです」

「あなたは何を見ているのですか。これまでどんな大国も暗黒騎士団ドンクレリッターには勝てなかったのですよ。我が国のようなたいして大きくもない国が勝てるというのは根拠があっての話なのですか?
 気概があれば勝てるなどの精神論は受け付けませんよ。もっと現実をご覧なさい」
「それはそうと、公のお気持ちはどうなのですか?」

「兄上がしたことを考えればロートリンゲン公はいきなり軍隊を我が国に差し向けることもできたのです。それをしなかったということは、我が国の住民の命をも大事に考えてくださっているのだと私は考えます。
 そのような優しい心遣いのできるロートリンゲン公を私は好ましく思います」
「公にそこまでのお覚悟があるのであれば、これ以上申し上げることはございません」

 こうしてブローニュ伯国に続き、ブルゴーニュ公国も共同統治領ということになり、ロートリンゲン公国は着々とその支配領域を広げていく結果となった。

 フリードリヒとしては、ブルゴーニュ公国は君主のユーグⅣ世が若い君主であるがために、長期的に取り組むことを考えていたが、結局は欲に目がくらみ、自滅した結果となった。
 予想もしていなかっただけに、フリードリヒとしては、棚から牡丹餅の気持ちがしていた。

 ただ、気になるのはフランスの動向だ。
 ブルゴーニュ公国は極めて独立性が強いとはいえ、形式上はフランスの封建臣下である。

 フランドル伯国に続き、ブルゴーニュ公国とフランスの封建臣下を蚕食している形になってしまっているので、摂政せっしょうブランシュがどう思っているか気になる。

 フリードリヒは再びタブーを破って、ブランシュとの文通の中で、ずばりブルゴーニュ公国を共同統治国としたことをどう思うか聞いてみた。

 返事は、ロートリンゲンが大々的にフランスに侵攻する意図がないことはわかっているので気にしていないということだった。むしろ、戦争という手段ではなく、共同統治という形で丸く収めてくれたことに感謝するとさえ書いてあった。

 これを読んでフリードリヒは胸をなで下ろした。
 なんだかんだ言って、あの女傑を怒らせたら怖いからな…
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