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第4章 国主編

第144話 暗殺集団 ~暗殺戦術特殊部隊~

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 時は少しさかのぼる。

 はぐれ魔女だったウラ・ギンガーを助けたフリードリヒは、その処遇について考えていた。

 結果、(彼女も自主的にやっていたわけだし、法で裁くことが難しいような極悪人に対し超法規的な死の裁きを下す暗殺集団を作ろう)と考えるに至った。
 フリードリヒとしては好みではないが、政治的に使う可能性もあるしな…

 それに、こちらに探りを入れている暗殺教団に対抗する意味もある。

 そして女悪魔のグレモリーに残り11人の魔女を集めるよう命じる。

「魔女は13人で一組だからな。あと11人集めてくれ。誰でもという訳にはいかないから、死刑囚から適当に見繕ってくれ」
「それは構わないのですが、お願いがあります」

「なんだ?」
「アスタロトだけ愛妾あいしょうというのは不公平にございます」

「確かに一理あるが…」

 ──今更悪魔が一人増えたところで何も変わらないか…

「わかった。その代わりに仕事はきっちりやってくれよ」
御意ぎょい

 グレモリーが出発しようとすると、アスタロトが声をかけてきた。

「あんたも旦那の愛妾あいしょうになるのかい?」
「当然だ。あれほど高貴な魂の持ち主など他にいない。おまえなどに独占はさせない」

「はいはい。それはよかったね。ところで魔女を調達に行くんだろう?」
「それがどうした?」

「ああ見えて旦那は面食いなところがあるからな。失望させないようにせいぜい気張ることだな」
「そうか。忠告感謝する」

 グレモリーは神聖帝国中を駆け回り、美猊びぼうの死刑囚11人を見繕みつくろった。

 もちろん代わりにダミーの死体を置いて、悲嘆ひたんのあまり自殺したように見せかけてある。

 彼女らは命をあきらめていた者たちなので、皆が魔女の契約に素直に従った。

 グレモリーはそろった魔女たちをフリードリヒに披露ひろうした。

「おお。なかなかの美人ぞろいではないか。素晴らしい。それはそうと彼女たちは暗殺に特化した訓練を積んでもらう。よろしく頼む」
御意ぎょい

 その夜はいつもよりもアバターを1体多く出し、グレモリーの相手をして苦労をねぎらってやった。
 アスタロトのときに負けず劣らず濃厚な夜となった。

    ◆

 とりあえず新人の11人はまだ訓練が必要なので、暗殺集団の仕事は、魔女ウラに加え、エリーザベトとアズラエルにも手伝わせることにした。
 こういう闇の仕事にはうってつけの2人だ。

 暗殺集団の名前は、暗殺戦術特殊部隊アテンター・タキッシェ・スペツァライハイテンとした。

 彼女たちは、表向き、ウラは占い師、エリーザベトは第7騎士団の伍長、アズラエルは引き続き食客しょっかくの扱いだが、いざことがあれば暗殺戦術特殊部隊に早変わりする訳だ。

 そして最初の事件が起こるのだが…

    ◆

 イオニアス・フラウエンロープはナンツィヒ近郊で小作農を営む農家だった。
 家族は、妻リア、長男ゴットヘルフ、次男バルタザール、長女ヘルタ、三男フォルカーの合わせて6人家族。

 だが、耕地面積が少なく農業収入だけでは食べていけず、農業の合間に日雇い労働で日銭を稼ぐ、今でいう兼業農家だった。

 長女のヘルタは金髪碧眼の清楚な美少女で、粗末な衣服を着ていてもその美貌びぼうは近隣の人々の評判となっていた。いわゆる〇〇小町というやつだ。

 そんなヘルタを陰からいやらしい目で見る男がいた。ミムン・ラモッテといい、日雇い労働者派遣業と営むヴァルター・エールリヒの配下で、日雇い労働者のとりまとめ役をやっている。

 ヴァルター・エールリヒは、工事業者=今でいうゼネコン事業者であるカール・フェーレンシルトから優先的に仕事を回してもらうため、賄賂わいろまがいの上納金を常々渡すことをしていた。
 そして金だけではなく、ヘルタをフェーレンシルトにあてがうことを狙い、その機会をうかがっていたのだ。

    ◆

 次男バルタザールは、手先の器用な男で、彼だけは家具職人の親方マイスターのもとで修行に励んでいた。
 職人には、親方になる前に兄弟団に入り、旅に出て他の親方マイスターの下で腕を磨くという習慣がある。

 親方マイスターの勧めもあり、バルタザールは修業の旅に出た。修行の旅は職にあぶれることも多いが、トリーアの町でなんとか職にありつくことができた。

 そしてもうすぐ20歳になろうとしている今、故郷へ戻ってきた。
 帰ってきたバルタザールはその腕を認められ、ギルドの親方衆の技術審査も通った。

 後は就任披露の宴をもよおすだけとなったが、それには大金がいる。その金が用意できないために親方就任をあきらめる者も多かったのだ。
 バルタザールは父に相談した。

「やっぱりそんな大金無理ですよね」
たくわえもないわけでないが、全く足りないな…」

「では、親方マイスターになるのは…」
「いや。何とか考えてみよう」とイオニアスはバルタザールの言葉をさえぎった。

「何とかって…親父…」
「なあに。俺にも多少の甲斐性かいしょうはあるってことさ」

 翌日。イオニアスは大金を持って帰ってきた。
 バルタザール始め家族は一瞬悪い予感を覚えたが、水を差すのもどうかと思い。素直に喜びあった。
 そして、バルタザールの親方マイスター就任披露は無事行われた。

 イオニアスは実はミムンに金を都合してもらったのだ。

 通常、日雇い労働者など信用力がないから、まっとうな金融業者からは金を借りることはできない。ミムンの親玉であるヴァルターは、そのような者に高利で金を貸し、暴利をむさぼっていた。
 そしてミムンは、その機会を狙っていたのだ。

 そして徐々に借金返済に首が回らくなり…
 イオニアスは情けない声で言った。
「ミムンさん。申し訳ない。今月はこれしか用意できなくて…」

 だが、ミムンはにっこりと笑うと言った。
「なあに。ヴァルターさんは仏のヴァルターと言われていてね。足りない分はツケにしておくさ。ゆっくりと返してもらえればいい」

「ありがとうございます」
 イオニアスはミムンの優しさに感謝し、涙した。

 しかし、これは周到な罠だった。
 借金を借金で返すという悪循環に陥り、イオニアスの借金は雪だるま式に増えていった。

 そしてある日。
 ミムンの態度が豹変ひょうへんした。

「仏のヴァルターにも限度っていうものがあるんだ。来月までに耳をそろえて返してもらうぜ。返せなかった家から家財道具一切売り払わせてもらう、それでも足りなければ娘を身売りしてでも返してもらうぜ」
「ま、まさか…最初からそれが目的で…」

 イオニアスは深く後悔した。しかし、後悔先に立たずである。

 家族総出で必死に働いたが、借金は返せるものではなかった。
 実は、ヴァルターはイオニアスたちに支払う賃金のピンハネも行っていたのだ。

 そして約束の日はやってきた。
 ミムンは多数の手下を連れてやってきた。

「今日払えるのはこれだけです…」
「これじゃあぜんぜん足りねえんだよ!」というとミムンは金をイオニアスに向けて投げつけた。

 そして手下に指示を出す。
「おい。野郎ども。予定どおりだ」

 手下たちは手際よく家財道具を運び出していく。
「この家も差し押さえるからな。おまえたちはすぐに出ていけ」
「そ、そんな…」

 そしてミムンはヘルタにいやらしい視線を向けると強引に手をつかみ言った。

「おめえは売春宿に身売りだ。こっちへ来い」
「いや。いやあ。お父様ぁぁぁぁ」

 それから部下に指示を出す。
「そっちの女もだ。多少の足しにはなるだろう」

 部下は妻のリアも強引に連れていく。
「あなた。あなたぁぁぁぁ」

 イオニアスは叫んだ。
「俺がバカだったんだ。こんちくしょう」

    ◆

 イオニアスはどこまでもお人好しだった。
 仏のヴァルターさんなら、直訴すればなんとなるかもしれない…

 イオニアスは、残った子供たちを連れ、ヴァルターの事務所へと向かった。
 が、店の者に締め出しを食ってしまう。
「ヴァルターさんはいないと言ったらいないんだ。とっとと帰れ!」
「いないのなら帰るのを待たせてもらいます。それまでここを動きません」

「ここに居られるとじゃまなんだよ。帰れ!」

 騒ぎを聞きつけて、野次馬が集まってきて町が騒然としてきた。
 その時、ヴァルターが店の中から顔を出した。

「どうしました。イオニアスさん?」
「実は…借金の件なのですが…」

「それならば店の中で話を聞きましょう。息子さんたちもどうぞ」
「ありがとうございます」

 4人は店の中に消えて行った。
 騒ぎが収まった様を見て野次馬たちも三々五々散っていった。

 しかし、翌日。
 4人の死体が川に浮かぶこととなる。

    ◆

 一方、ヘルタとリアは売春宿へ連れて行かれ、カール・フェーレンシルトの前にいた。

 ヴァルターが言う。
「今日はいつもと違う趣向でございます。どちらでもお好みの方をどうぞ」
「なかなか気がきくではないか。ヴァルターよ。どこからかどわかしてきたのだ?」

「かどわかしたなど人聞きの悪い。正当な借金のかたにございます」
「まあよい。それでは若い方をもらおうか」

「へっへっへっ。お目が高い。そちらは初物ですぜ」
「そうか。それは楽しみだ」

 一方、リアは…
「おまえは俺たちの相手だ」

 そして…
 2人は男たちに乱暴の限りを尽くされた。

    ◆

 翌朝。
 ショックで気を失っていたヘルタは目を覚ました。
 瞬間、昨夜の忌まわしい記憶がよみがえる。

「いやぁぁぁぁぁ…」と悲鳴を上げると、見張りの男たちの手をすり抜け、裸足のまま外へ飛び出して行く。
 そして売春宿の横を流れる川を見つけると躊躇ちゅうちょすることなく、その身を投げた。

 それを見ていたリアは見張りの男たちに食ってかかった。
「あんたたちのせいよ。あんたたちが殺したも同然よ!」
「うるせえ。こうなったら口封じだ」

 と言うと短刀を抜き、リアの心臓を一突きにした。
 そして死体を川へ運んで流す。
「親子仲良く川へ浮かびやがれ」と見張りの男は捨て台詞を言って去っていった。

    ◆

 この日の早朝。
 魔女ウラは川の見回りをしていた。

 実は、今日の未明にフリードリヒに突然呼びだされたのだ。
「今日は一段と寝覚めが悪い。良くないことが起こる気がする。たぶん、川の辺りだな…」

 ──そんな漠然ばくぜんとしたことを言われても、どうすれば…

「なぜ私なのですか?」
「虫の知らせだ」

「はあ?」
「おまえが適任だと思った。それだけだ」

 ウラは絶句した。
 フリードリヒの言うことなのだから何らかの予知夢である可能性は高い。だが、抽象的過ぎる。

「悪いが行ってくれるか?」
御意ぎょい

 それであてもなく川を彷徨さまよっているのだ。
 いちおう占ってみて、川に関係することはわかったのだが、それ以上の特定は無理だった。

 しかし、ふと川の上流を見ると何か流れてくる。
 人間…か?

 ウラはほうきで飛ぶと、人間と思われるものを引き上げた。
 どうやら人間の少女のようだ。

 かすかに息があるようだ。
 すると気がついて絞り出すような声で必死に訴えている。
「たす…けて…。犯される。たす…けて…。たす…けて…」

 ウラは少女を抱きかかえた。
「もういい。わかったから」

 それでも少女は訴え続けた。
「たす…けて…。たす…けて…」

 そしてそのまま事切れてしまった。
 ウラは愚痴った。
「何が適任だ!回復魔法が使えない魔女にはどうしようもないではないか!」

 しかし、ウラにはわかっていた。
 自分だからこそ少女を発見できたのだ。
 そうでなければ少女は海まで流され、事件は発覚しなかっただろう。

 少女が死んでしまったのは、神のおぼしとしか言いようがない。
 ついでに神にも文句を言う。
「これだから、神ってやつはダメなんだ!」

    ◆

 魔女ウラはこのことをフリードリヒに報告した。

「ウラが発見したのも何かの縁だ。この事件は暗殺戦術特殊部隊の初事案としよう」
御意ぎょい

 捜査はそれほど難しくなかった。
 ヘルタは町の有名人だったので素性はすぐに割れた。

 金銭トラブルで労働派遣業者のヴァルターともめていたことも聞き込みですぐにわかった。
 だが、書類の類はきちんとそろっていた。イオニアスが高額の借金を抱え、そのかたに売春宿に売られたのだ。

 この時代は、売春も身売りも禁止されてはいない。
 手段は強引だったかもしれないが、書類上は違法ではない。

 だが、怪しい…

 エリーザベトはヴァルターの店の会計担当者を拉致すると、締め上げる。

「おい。本当は裏帳簿か何かあるんだろう」
「そんなものはない!」

「本当のことを言うまで付きあってもらうぜ。これはさあ。旦那に教えてもらったんだけど〇玉に針を刺すと痛えらしいなぁ。女のあたしにはわからんが…」

 というと極太の畳針のようなものを取り出して見せる。
「そう思って20本ほど用意してきたんだ。何本まで耐えられるかなぁ…」

 担当者は青ざめて「わかった。言う。言うから」と言い、裏帳簿の在りかを白状した。

「よしよし。物わかりのいい奴だな。ご褒美に1本で勘弁してやるよ」
 針を1本刺すと男は「ギャー」と悲鳴を上げて気絶してしまった。

「やっぱりそうとう痛えみたいだな…女にはわからんが…」

    ◆

 裏帳簿を調べると確かに借金はかさんでいたが、家と家財道具を売れば、身売りまでせずとも後はなんとかなりそうな金額だった。

 それに賃金のピンハネをしていたこともわかった。
 この分も含めれば、身売りなど全く不要になる。

 それに決定的な証拠が出てきた。
 アズラエルがヴァルター・エールリヒとカール・フェーレンシルトの売春宿での会話を盗み聞きしたのだ。

「この間のヘルタとかいう娘は惜しいことをしたな」
「申し訳ございません。少しばかりショックが大きかったようで」

「しかし、わしが急げと言ったとはいえ、ありもしない借金のかたに強引にしてしまうとは…おぬしも悪よのう」
「いえいえ。帳簿上は借金があることになっておりますので…どうかご内密に…」

「今度はもうちょっとばかし色っぽいのがいいのう」
「承知いたしました」

    ◆

 魔女ウラたちは捜査結果をフリードリヒに報告した。

「証拠を積み重ねれば法的に処分できないこともない…だが、こんな奴らと同じ空気を吸っているかと思うとそれも不愉快だ。早々にやってしまえ!」
「「「御意ぎょい」」」

    ◆

 そして…

 翌日。カール・フェーレンシルトは自宅の寝室で喉笛を掻き切られて死亡しているのが発見された。

 ミムン・ラモッテとその取り巻きが借金の取り立てに向かっていたところ、覆面をした細身の騎士が突然前に立ちはだかった。

「ミムンだな?」
「だったらなんだ?」

「ヘルタのかたき…」
「なにっ!?」
 レイピアが鋭く突き出され、ミムンの喉笛を直撃した。
 ミムンがドサリと倒れる。

「思い知ったか…」

 取り巻き連中も抜刀し、抵抗を試みるが、エリーザベトに次々と急所を突かれ全員が絶命した。

 残るヴァルター・エールリヒに報告がある。
「カール・フェーレンシルト様が殺害されたということです」
「なにっ!なんということだ…」

 しばらくして、別な報告がある。
「ミムンと取り巻きが殺害され、全滅したとのことです」
「いったい何が起こっているというのだ…」

 不安に思いながらヴァルターは就寝した。
 夜中に突然気分が悪くなり激しく嘔吐した。

 が、嘔吐した物を見てヴァルターは驚愕した。
 白く細長いものが絡み合ったかたまりがうねうねとうごめいている。

 この時代、人間の体に寄生虫が住み着いていることは珍しくないが、ヴァルターの体の中で回虫が異常増殖し、これが限界に達していたのだ。

 そのうち激しい腹痛もしてきて肛門からも出てきた。
 激しい頭痛もする。消化器官だけでなく、回虫が脳まで達したのだ。

 更には鼻の穴から、眼球と目の間からとあらゆる隙間から回虫が這い出してきた。

 ヴァルターは全身を激痛が走り、苦しさでうめきながら全身を掻きむしり、血だらけとなっている。

 騒ぎを聞き、家人が駆け付けたがあまりに壮絶な光景に近づくのも憚られ、遠巻きに見守ることしかできない。

 結局、朝まで苦しみ抜いてヴァルターは絶命した。

 死亡して体温が下がった遺体からは回虫が際限なく這い出して来るので、葬儀屋もさじを投げた。
 仕方なく、そのまま数日間放置され、腐乱してきて激しい異臭が近隣まで広がったという。

 これは当然にウラの呪殺による結果だった。

    ◆

 すべてが終わった夜。
 エリーザベトはフリードリヒの寝室を訪れていた。

「今回の任務、結構きつかったんだからね。ご褒美をくれないとすねちゃうぞ」と言うとフリードリヒに抱きついてきた。
「わかった…わかったから…」

 エリーザベトは正式には愛妾あいしょうとして認めていないが、時々こうして相手をしていた。

 たまにガス抜きをしないと何をしでかすかわかったもんじゃないからな。こいつは…
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