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第3章 軍人編
第52話 ホルシュタイン統治 ~体制整備と大規模プロジェクト~
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ホルシュタインの統治に関しては地方領主の交代はできるだけしないようにした。
彼らは自らの意思で帝国に反乱した訳ではなく、デンマークに支配されていただけだ。帝国に対する忠誠も厚いとは言えないが、それはこれからなんとかする話だ。
フリードリヒとしては、彼らの統治のやり方というものをまずは尊重し、地方領主交代により住民の生活が激変することは避けたいと思った。
そのかわりにホルシュタイン伯としての武威は示し続けるつもりだ。喉元過ぎれば熱さを忘れるでは困る。
そのため、フリードリヒは暗黒騎士団を引き連れて領内を巡回し、主要な都市では示威のための観閲式を行った。
観閲式に押し寄せた住民は、ダークナイトの異形やバイコーンの獰猛さに恐怖し、ペガサス騎兵が空を飛ぶ姿に感心し、魔導士団が披露する魔法に驚愕した。
ノイミュンスターの町を暗黒騎士団が行進している時それは起きた。
「この野郎! 町を出ていけ!」
大人たちが恐怖で腰が引けている中、10歳くらいの男児が先頭を行くタークナイトめがけて石を投げた。
ダークナイトは攻撃を受けたとみて身構える。
「お待ちください! この子は子供で何もわかっていないんです」
男児の母親が駆け付け、男児を抱きかかえて必死に庇っている。
ダークナイトは剣を構えると、親子めがけて振り下ろす。
「ガキン」という激しい音とともに、剣は親子の脇の石畳をえぐり、穴が開いた。石のかけらが飛び散り、母親に当たる。
「ううっ!」
母親は痛みに呻いた。だが、命の別状はない。
そこにいささか場違いな感じの漆黒のゴスロリ服を着た少女が進み出てきた。オスクリタである。
「少年。弱者は…強者に守られないと…生きていけない」
「そんなこと言って、おまえたちが守ってくれるっていうのかよ!」
「守る」相変わらず抑揚のないしゃべりである。
「そんなこと信じられるか!」
「信じないのは…少年の自由」
そう言うと、オスクリタは何事もなかったかのように踵を返した。
舐められるのはまずいが、恐怖による支配というのはこういう反発も産む。
フリードリヒは認識を新たにした。
──恐怖支配もやり過ぎないようにせねば…
このあと暗黒騎士団はアウクスブルクへ引き上げるが、代わりにフリードリヒの食客千人のうちから優秀な者を500人ばかりホルシュタインの領軍に組み入れることにした。
フリードリヒの名声は、騎士団長になってからも高まるばかりであり、食客の方も順調に増えていて、千人を超えていた。
だが、孟嘗君は往時には三千人の食客を抱えていたというから、これにくらべればかわいいものだ。
◆
経済的にはタンバヤ商会の経営ノウハウや資金をホルシュタインの各都市に惜しみなく提供することにした。これにより領内の経済も活性化していくことだろう。
フリードリヒは、リューベックで商工組合総連合会の理事長をしているゴットハルト・ギルマンを呼び出した。
「ゴットハルト。ホルシュタイン関連の投資については、お前に任せる。タンバヤ商会の力を見せつけてやれ。
まあ、リューベックの繁栄ぶりをみれば馬鹿でもわかるがな…」
「簡単に言ってくれまんな。店長は。わいらはわいらでたいへんなんやで」
と愚痴をこぼすゴットハルト。
「たいへんならいくらでも人を使えと言っているだろう」
「そう簡単に人材は育ちまへんのや! わいは店長見たいなドSなシゴキなんかできまへん」
「今度、コツを教えてやろうか?」
「結構です!」
と言いつつ、ゴットハルトは言われた仕事は必ずやり遂げてくれる。フリードリヒの方もやれるであろう限界ギリギリを狙って発注してはいるのだが…
「それから商工組合総連合会に頼みたい大仕事が一つある。
新しい航路を開発するのだ」
「航路?」
「何をとぼけた顔をしている。海運こそ商人の強みだろう」
「もちろんそうですが…」
この時代、流通の中心は陸路と河川であり、商業の盛んな北イタリアへの航路は開発されていない。海運が流通の中心となるのは14世紀以降である。これを100年先取りする。
「フランスやスペイン沿岸を通り、ジブラルタルを抜けて地中海に入る航路を開発するのだ」
「なるほど。その手がありましたか! だが、そう簡単にいきますかいな?」
「もちろん途中通過する国々の中継地には当たりをつけておく必要がある」
「そうですわな」
「何をとぼけている。それをおまえがやるのだ」
「はあー。やっぱりそうなりますか」
──わいを信用するのもたいがいにして欲しいわな。
◆
戦争前に問題となっていたデーン人商人の問題だが、フリードリヒは通行税を徴収したうえで、陸路でホルシュタイン領内を通過することを認めることとした。
当初、リューベック市長ヨハン・ヴィッテンボルクらのハンザ商人はデーン人商人の領内通過を認めないよう強硬に主張していた。
「デーン人商人の通過を認めるなど論外です。戦争に勝った意味がないではないですか!」
「デーン人商人を完全に止めてしまってはハンザ商人の一人勝ちになってしまうではないか。競争がない経済は必ず腐敗する」
「何をきれいごとを! これだから小僧は…」
「何もしない訳ではない。通行税を取ると言っているのだ。それでも大負けするようならハンザ商人の怠慢以外の何ものでもない。
まさか勝てないとは言うまいな?」
「そ、それは…」
「それに商人というのは持ちつ持たれつだ。喧嘩ばかりではなく、お互いに産品を融通しあうというあり方もあるのではないかな?
私はいろいろなプランを持ち合わせている。貴殿もうかうかしているとタンバヤ商会の一人勝ちということになってしまうぞ」
「くっ…」
ヴィッテンボルクの顔を冷や汗が伝った。
「だが、貴殿には朗報を知らせてやろう」
「朗報とは?」
「今度、新しい航路を開発するのだ」
「航路?」
「フランスやスペイン沿岸を通り、ジブラルタルを抜けて地中海に入る航路を開発するのだ
この話は商工組合総連合会の方で進めるからリューベックも協力してくれ」
「それは凄いアイデアですな。もちろん協力させてもらいます」
ヴィッテンボルクの顔が急に明るくなった。商人とういうのは全く現金なものである。
◆
フリードリヒがとっておきの施策として導入するのが、アイダ―運河の建設である。
アイダ―運河は北海に注ぐアイダ―川の上流を延長・拡張してバルト海に面するキールに至る北海とバルト海を結ぶ運河である。
前世の歴史では18世紀に建設されるものだが、これを500年前倒しで実行する。
これには種がある。
フリードリヒがフライブルグに設立した魔法学校の運営は順調に進んでおり、フライブルグは魔導士の町としても有名になっていた。その魔導士学校で土属性の魔導士を大量に育成していたのである。
その土魔導士に公共事業の工事をやらせる。なにも戦争だけが魔導士の仕事と限ったものではない。
そのとびっきりの大規模プロジェクトがアイダ―運河の建設という訳だ。
アイダ―運河建設の経済効果は計り知れない。
まずは、建設中の投資により周辺の都市が潤う。
これに加え、完成の暁には北海-バルト海の航路が短縮され、これには危険なデンマークの領海を通る必要がなくなるというおまけもついてくる。
また通行料収入も恒久的に入ってくる。これはホルシュタイン伯国の大きな財源になるだろう。
フリードリヒは第6騎士団長も兼務しており、プロジェクトを直接監督することは難しいので、フライブルグで家宰を任せていたスヴェン・ハグマイヤーをホルシュタインの家宰に登用することにした。同時にフライブルクからも優秀なスタッフを転属させる。
フライブルクにはタンバヤ商会から相応しい人材を登用する予定である。
運河工事については。土精霊のフムスに踏ん張ってもらう。
運河工事はたいへんだが、土魔導士の良いOJTになるだろう。
「フムス爺さん。よろしく頼む」
「相わかった。土魔導士はもともとあまり戦闘向きじゃないからの。わしもこういうものの方が好きじゃ」
「よい土魔導士をたくさん育ててくれよ」
「このうえまだ必要と申されるか?」
「ああ。神聖帝国はまだまだ発展させるつもりだからな」
フリードリヒのホルシュタイン統治の方針は以上のようなもので、政治的な体制は大きく変えず、主に経済面から領内の活性化を図ろうというものであった。
彼らは自らの意思で帝国に反乱した訳ではなく、デンマークに支配されていただけだ。帝国に対する忠誠も厚いとは言えないが、それはこれからなんとかする話だ。
フリードリヒとしては、彼らの統治のやり方というものをまずは尊重し、地方領主交代により住民の生活が激変することは避けたいと思った。
そのかわりにホルシュタイン伯としての武威は示し続けるつもりだ。喉元過ぎれば熱さを忘れるでは困る。
そのため、フリードリヒは暗黒騎士団を引き連れて領内を巡回し、主要な都市では示威のための観閲式を行った。
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ノイミュンスターの町を暗黒騎士団が行進している時それは起きた。
「この野郎! 町を出ていけ!」
大人たちが恐怖で腰が引けている中、10歳くらいの男児が先頭を行くタークナイトめがけて石を投げた。
ダークナイトは攻撃を受けたとみて身構える。
「お待ちください! この子は子供で何もわかっていないんです」
男児の母親が駆け付け、男児を抱きかかえて必死に庇っている。
ダークナイトは剣を構えると、親子めがけて振り下ろす。
「ガキン」という激しい音とともに、剣は親子の脇の石畳をえぐり、穴が開いた。石のかけらが飛び散り、母親に当たる。
「ううっ!」
母親は痛みに呻いた。だが、命の別状はない。
そこにいささか場違いな感じの漆黒のゴスロリ服を着た少女が進み出てきた。オスクリタである。
「少年。弱者は…強者に守られないと…生きていけない」
「そんなこと言って、おまえたちが守ってくれるっていうのかよ!」
「守る」相変わらず抑揚のないしゃべりである。
「そんなこと信じられるか!」
「信じないのは…少年の自由」
そう言うと、オスクリタは何事もなかったかのように踵を返した。
舐められるのはまずいが、恐怖による支配というのはこういう反発も産む。
フリードリヒは認識を新たにした。
──恐怖支配もやり過ぎないようにせねば…
このあと暗黒騎士団はアウクスブルクへ引き上げるが、代わりにフリードリヒの食客千人のうちから優秀な者を500人ばかりホルシュタインの領軍に組み入れることにした。
フリードリヒの名声は、騎士団長になってからも高まるばかりであり、食客の方も順調に増えていて、千人を超えていた。
だが、孟嘗君は往時には三千人の食客を抱えていたというから、これにくらべればかわいいものだ。
◆
経済的にはタンバヤ商会の経営ノウハウや資金をホルシュタインの各都市に惜しみなく提供することにした。これにより領内の経済も活性化していくことだろう。
フリードリヒは、リューベックで商工組合総連合会の理事長をしているゴットハルト・ギルマンを呼び出した。
「ゴットハルト。ホルシュタイン関連の投資については、お前に任せる。タンバヤ商会の力を見せつけてやれ。
まあ、リューベックの繁栄ぶりをみれば馬鹿でもわかるがな…」
「簡単に言ってくれまんな。店長は。わいらはわいらでたいへんなんやで」
と愚痴をこぼすゴットハルト。
「たいへんならいくらでも人を使えと言っているだろう」
「そう簡単に人材は育ちまへんのや! わいは店長見たいなドSなシゴキなんかできまへん」
「今度、コツを教えてやろうか?」
「結構です!」
と言いつつ、ゴットハルトは言われた仕事は必ずやり遂げてくれる。フリードリヒの方もやれるであろう限界ギリギリを狙って発注してはいるのだが…
「それから商工組合総連合会に頼みたい大仕事が一つある。
新しい航路を開発するのだ」
「航路?」
「何をとぼけた顔をしている。海運こそ商人の強みだろう」
「もちろんそうですが…」
この時代、流通の中心は陸路と河川であり、商業の盛んな北イタリアへの航路は開発されていない。海運が流通の中心となるのは14世紀以降である。これを100年先取りする。
「フランスやスペイン沿岸を通り、ジブラルタルを抜けて地中海に入る航路を開発するのだ」
「なるほど。その手がありましたか! だが、そう簡単にいきますかいな?」
「もちろん途中通過する国々の中継地には当たりをつけておく必要がある」
「そうですわな」
「何をとぼけている。それをおまえがやるのだ」
「はあー。やっぱりそうなりますか」
──わいを信用するのもたいがいにして欲しいわな。
◆
戦争前に問題となっていたデーン人商人の問題だが、フリードリヒは通行税を徴収したうえで、陸路でホルシュタイン領内を通過することを認めることとした。
当初、リューベック市長ヨハン・ヴィッテンボルクらのハンザ商人はデーン人商人の領内通過を認めないよう強硬に主張していた。
「デーン人商人の通過を認めるなど論外です。戦争に勝った意味がないではないですか!」
「デーン人商人を完全に止めてしまってはハンザ商人の一人勝ちになってしまうではないか。競争がない経済は必ず腐敗する」
「何をきれいごとを! これだから小僧は…」
「何もしない訳ではない。通行税を取ると言っているのだ。それでも大負けするようならハンザ商人の怠慢以外の何ものでもない。
まさか勝てないとは言うまいな?」
「そ、それは…」
「それに商人というのは持ちつ持たれつだ。喧嘩ばかりではなく、お互いに産品を融通しあうというあり方もあるのではないかな?
私はいろいろなプランを持ち合わせている。貴殿もうかうかしているとタンバヤ商会の一人勝ちということになってしまうぞ」
「くっ…」
ヴィッテンボルクの顔を冷や汗が伝った。
「だが、貴殿には朗報を知らせてやろう」
「朗報とは?」
「今度、新しい航路を開発するのだ」
「航路?」
「フランスやスペイン沿岸を通り、ジブラルタルを抜けて地中海に入る航路を開発するのだ
この話は商工組合総連合会の方で進めるからリューベックも協力してくれ」
「それは凄いアイデアですな。もちろん協力させてもらいます」
ヴィッテンボルクの顔が急に明るくなった。商人とういうのは全く現金なものである。
◆
フリードリヒがとっておきの施策として導入するのが、アイダ―運河の建設である。
アイダ―運河は北海に注ぐアイダ―川の上流を延長・拡張してバルト海に面するキールに至る北海とバルト海を結ぶ運河である。
前世の歴史では18世紀に建設されるものだが、これを500年前倒しで実行する。
これには種がある。
フリードリヒがフライブルグに設立した魔法学校の運営は順調に進んでおり、フライブルグは魔導士の町としても有名になっていた。その魔導士学校で土属性の魔導士を大量に育成していたのである。
その土魔導士に公共事業の工事をやらせる。なにも戦争だけが魔導士の仕事と限ったものではない。
そのとびっきりの大規模プロジェクトがアイダ―運河の建設という訳だ。
アイダ―運河建設の経済効果は計り知れない。
まずは、建設中の投資により周辺の都市が潤う。
これに加え、完成の暁には北海-バルト海の航路が短縮され、これには危険なデンマークの領海を通る必要がなくなるというおまけもついてくる。
また通行料収入も恒久的に入ってくる。これはホルシュタイン伯国の大きな財源になるだろう。
フリードリヒは第6騎士団長も兼務しており、プロジェクトを直接監督することは難しいので、フライブルグで家宰を任せていたスヴェン・ハグマイヤーをホルシュタインの家宰に登用することにした。同時にフライブルクからも優秀なスタッフを転属させる。
フライブルクにはタンバヤ商会から相応しい人材を登用する予定である。
運河工事については。土精霊のフムスに踏ん張ってもらう。
運河工事はたいへんだが、土魔導士の良いOJTになるだろう。
「フムス爺さん。よろしく頼む」
「相わかった。土魔導士はもともとあまり戦闘向きじゃないからの。わしもこういうものの方が好きじゃ」
「よい土魔導士をたくさん育ててくれよ」
「このうえまだ必要と申されるか?」
「ああ。神聖帝国はまだまだ発展させるつもりだからな」
フリードリヒのホルシュタイン統治の方針は以上のようなもので、政治的な体制は大きく変えず、主に経済面から領内の活性化を図ろうというものであった。
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