ぼくのくま

沖田弥子

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人形の謎 1

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 秋晴れの空の下、マークと瑛一郎を乗せた車は高速を走っていた。

「うわあ、見て見て瑛一郎さん。家がすごいスピードで走っていくよ!」
「はいはい。走ってるのは車だから。家は動かないからな」

 ウィンドウに張り付いたマークは物珍しい光景に歓喜している。家が後ろ向きに走るという新しい発見が落ち着くと、いそいそと弁当を開き始めた。

「もう昼か」

 時計を見ると十二時だ。高速を下りれば、目的地までもうすぐ。祖母の家には日の高いうちに着けるだろう。
 マークは大仰に重箱を掲げて「じゃじゃーん」と運転席の目の前に差し出してくれる。

「すごいすごい。早起きして作ったもんな。運転の邪魔になることはやめような」

 見えないんだっつうの。
 ちらりと重箱の中身を見ると、色鮮やかなおかずが詰まっていて美味そうだ。綺麗に並んだ太巻きに目を惹かれる。これなら運転中でも食べられそうだ。

「太巻き食べたい」
「はい、あーん」

 ご丁寧に口に入れようとするので、咄嗟に片手で太巻きを握った。

「いいよ、自分で食べるから」
「運転に集中しないと。はい、ハンドル握ろうね」
「おまえに言われたくないっつうの」
「俺、あーん、するのが好きなんだ。はい、あーん」

 仕方ないので口を開く。咀嚼すれば米の甘い風味のなかに、弾ける海老の旨味が口いっぱいに広がる。磯を思わせる海苔の香りが鼻孔をくすぐる。

「んまい」
「良かった。お茶あるよ」
「言っとくけどお茶は手渡せよ」
「はい、あーん」

 聞いちゃいない。水筒のコップを口元に付けられ、お茶を含まされてしまう。前方から目を離せないので飲むのが難しい。口端から零れたお茶が顎を伝い落ちた。
 ぬるま湯で良かった。熱湯だったら大惨事だ。
 袖で拭おうとしたら、ぐいと手首を掴まれる。

「おい、もう邪魔……んっ」

 ぺろりと、顎から口元にかけて舐め取られる。
 呆然とカーブに沿ってハンドルを切っていると、マークは何事もなかったかのように自らも太巻きを食べ始めた。

「イカさんウィンナーもあるよ。それから……」

 弁当の解説を聞きながら、瑛一郎は舌が触れた感触が、いつまでも口元に留まっているのをやたらと意識していた。
 


 予定通り午後には市街地に到着した。田舎といっても日本国内なので、熊田市とそう景色は変わらない。見慣れたコンビニの看板、同系列のデパート、忙しそうなサラリーマン。

「婆ちゃんの家は、ここから山を入った集落にあるんだ。距離的には遠くないけど、山越えがあるから一時間くらいかかるな」

 コンビニに停車して地図を確認していると、マークは車を下りて屈んでいた。大柄な男が駐車場に這いつくばって懸命にアスファルトを見つめている姿は一種異様でもある。

「すごいよ、瑛一郎さん。アリが一列になって行進してるよ!」
「はいはい。蟻さんは仕事中だから邪魔するなよ」

 こいつといると、楽しいな。
 そんな風に思えることは初めてだ。
 これまでの人付き合いとは瑛一郎にとって、仮面を被って行う仕事であり、疲れる以外の何者でもなかった。それはぐる愛メンバーや蘭丸が相手であっても、やはり「瑛さん」という仮面を付けることは同じなのである。
 マークの前では素の自分でいられる。何も繕わなくていい。
 こいつと、ずっとくだらない話をして、笑い合って、適当にドライブしていたい、いつまでも。
 そんな風に思いながら地図上の道路を指で辿る。

「ほら、見て! 女王アリだよ、すごいでしょ」

 突然目の前に蟻をぶらさげるので、驚いてシートに反り返ってしまった。

「女王蟻のわけないだろ。放してやれよ」
「ええ。こんなに大きいのに。じゃあ、お兄さんアリにしておくね」
「わかったわかった。お兄さん蟻だな。そろそろ乗れよ。行くぞ」
「じゃあね、お兄さんアリ」

 マークは蟻を列に返して手を振っている。近くを通りかかった学校帰りの小学生が不思議そうな顔でマークを眺めていた。瑛一郎は肩を竦めて、ギアを入れた。
 市街地から山道へ入ると、急カーブと急勾配の連続になる。盆地の街並みが次第に遠ざかり、天空へ上っているような錯覚すら起きる。遠くの山は紅葉が進み、赤茶に塗られていた。

「キレイだねー……。何だか頭がくらくらする」

 目眩を起こしたらしく、マークは目元を掌で覆っていた。車酔いしたのかもしれない。

「吐きそうか?」
「ううん、平気」
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