ぼくのくま

沖田弥子

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愛情交換 4

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 入るわけない……と思ったのに、潤んだ蕾はくちゅりと美味しそうな音を立てて先端を食む。

「ん、うん……っ」

 いっぱいに開かれた蕾は引き攣り、悲鳴を上げる。
 支えてくれたマークが、くいと自らの腰を穿つ。大きな嵩がぐちゅん、と体内に収まった。

「あっ……、あっ、ん……」

 立てた膝頭がぶるぶると震える。体勢が崩れそうになり、綺麗に腹筋が割れた腹に手を付くと、優しげに眇められた男の双眸が目に飛び込む。

「いちばん太いところ入ったよ。あとは、ゆっくり、膝の力を抜いて。……そう。腰、おとして。そう……上手。奥まで入るよ」

 ずぶずぶと、雄芯が呑み込まれていく感触が体中の神経をざわめかせる。肌が、火を点したように熱い。まるで熱杭を穿たれているようだ。ずん、と衝撃があり、男の下生えが尻に触れる。

「あ……全部、入った……?」

 マークは深い吐息を吐いた。挿入するほうも辛いのだろう。表情には充足感と共に、微量の疲弊が見て取れる。

「俺のペニス、ぜんぶ、瑛一郎さんのなかに入ったよ。中、こんな風になってたんだね。すごく熱いし、締めつけてくる……。きゅうきゅうしてる……」
「そんな、はっきり……言うなよ恥ずかしい」

 官能と羞恥が綯い交ぜになり、瑛一郎は、ほうと艶めいた息を逃がした。
 そんな瑛一郎の表情を下からつぶさに眺めていたマークは、合図を送るように腰を支えていた掌を滑らせる。

「そろそろ、動いてもいいかな?」
「え? 外した方がいいか?」
「え。その……もしかして、これで終わりだと思ってる?」

 くい……といやらしい動きで腰を穿たれると、嵌め込まれた熱杭が狭い隘路を擦り上げた。神経に直接触れられるような刺激に、びくりと腰が大きく揺れる。

「あっ……それ……」
「きもちいい?」
「う、ん……わからない」
「こうしようか」

 頭を擡げていた瑛一郎の昂ぶりが、するりと掌に包まれる。ひと撫でされただけで、たまらない射精感が込み上げた。

「あっ、だめ、両方は……だめ」
「ダメ? すごく気持ちよさそうだよ。すっごく、エロい顔してる」

 違うんだ。ダメだ、ダメ。
 快楽の波に攫われながら、頭の中で必死に否定する。
 これは、ぬいぐるみを取り戻すための取引なのだ。マークの願いを叶えることで、彼の気も済む。それから、ぬいぐるみを返してもらい、彼も元の家へと帰るだろう。
 すべて元通りの日常へ導くための交換条件で抱かれているに過ぎない。

「あっ、う、うぅん……」

 頭が冷えると、途端に与えられた快楽が苦痛に変貌していった。眉根を寄せた瑛一郎を、マークは訝しげに見返す。

「痛い?」
「う、うん……」
「動かないから、前だけ弄るね」
「だめだ。ダメ」
「辛い? 抜こうか」
「だめだ……」

 体中が震え出す。面は蒼白になり、冷や汗がこめかみを伝った。
 体を起こしたマークは、ゆっくりと自身を引き抜く。
 ぐちゅ、と湿った音がして、隘路から溢れた液が太腿をつうと流れた。

「無理させて、ごめん」

 温かい腕に抱き込まれ、罪悪感が込み上げる。胸中が苦いもので満たされる。
 そんな風に、謝らせるつもりじゃなかった。
 うまくやるつもりだった。ぬいぐるみのために。
 そうだ、はじめから、ぬいぐるみのためだったのだ。

「違うんだ、僕は……」

 優しく抱きしめられ、落ち着かせるように背をさすられる。
 腿を流れる液体は熱かったはずなのに、今はやたらと冷えていた。

「大丈夫だよ。心配いらない」
「もう一回しよう。今度はできる」

 彼は放出していないのだ。雄は未だに頭を擡げている。
 射精させなければならない。何のために? ぬいぐるみを取り戻すために。
 マークは焦る瑛一郎の肩に手を置いて、眸を覗き込んだ。ダークブラウンの眸には、もう先ほどまでの色艶は滲んでいなかった。

「瑛一郎さん。俺は、自分さえ出せばいいっていう男じゃないんだ。瑛一郎さんはとても怖がっているし、もうやめたほうがいいと思う。セックスって、ふたりで作るものだから」

 頷くしかなかった。
 何か、言わなくては。
 彼に言いたいことがあるはずなのに、言葉が喉元から出てこない。
 逡巡した末に、瑛一郎は最悪の台詞を、いとも容易く吐き出した。

「ぬいぐるみ……返してくれるよな?」

 初めて見る、マークの表情だった。
 無機質で、無感情で、見開かれた眸は瞬きすらしなかった。
 さながら、ぬいぐるみのよう。
 我に返ったマークは顔を逸らし、ベッドから足を下ろした。

「たぶん……。元に戻ると思う」

 おぼろげな、短い返答。
 今夜はリビングで寝るから、と言い置いて、彼は寝室を出て行った。
 ほんの少し前まで熱していた体は冷たくなっていく。乱れたシーツが生々しい情事の残り香を色濃く滲ませていた。
 そこに体を横たえた瑛一郎は、ひとり苦悩に苛まれながら、長い夜を過ごした。
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