獣人王と番の寵妃

沖田弥子

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逢引き 2

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 笑顔を見せれば、エドも微笑みを返してくれた。獣人は眦が吊り上がっているので表情が怖いと思っていたが、エドはなぜか恐ろしいと感じなかった。彼こそ誰よりもきつい眦をしているのに。

「そうか。私も休憩するとき、またここへ来ても良いかな?」
「もちろんです。一緒に川の流れを見ましょう」

 くつくつと喉奥で笑うエドの口許から牙が零れている。鋭い獣人の牙も、エドのものなら好意的に見れるから不思議だ。彼が温厚なひとだからかもしれない。

「良い趣味だ。では明日も、同じ時刻にここで会おう」
「え……明日も会ってくださるのですか?」
「……嫌か?」

 天はふるりと首を振る。
 自らの気持ちを素直に表わした。

「嫌じゃないですけど……なぜ、エドは、僕に毎日会ってくださるのですか?」

 紗布のことも御礼も終わってしまったのに。
 これ以上エドが、一介の候補生である天に時間を作って会う理由などないはずだった。
 エドは真摯な双眸で、天の黒鳶色の瞳を射抜いた。

「天の顔を見て、声を聞きたいからだ。それでは駄目か?」

 僕と、同じ理由なんだ……。
 共有した想いを抱けたことが嬉しくて、天は笑みを浮かべる。

「駄目じゃないです。僕も……会いたいです」
「理由が必要なら、そうだな……明日は天の好きなものを、もうひとつ窺うことにしようか」
「好きなもの……ですか?」

 新たな約束ができたことに胸が弾む一方、課題を出されてしまい、悩んでしまう。
 もうひとつの好きなもの。
 踊りと水が好きだと言ったが、あえて考えたことがないので、いざとなるとこれといったものが出てこない。
 エドは嬉しそうに長い指を立てた。

「たっぷり考えておいてくれ。楽しみにしている」
「はい!」

 天は満面の笑みで頷いた。
 明日もエドと、この秘密の場所で会える。
 密かな楽しみを共有できることに、天は心を躍らせた。



 それから天は川辺で、エドと逢瀬を重ねるようになった。
 毎日ひとつだけ好きなものを教えるという課題を出すエドに、天は答え続けた。
 月、鳥、星など、自然が好きなのでそこに繋がるものが多いのだが、返答を聞くたびになぜかエドは難しい顔をする。好きなものを教えたあとは、身近なことの雑談に興じた。エドは自分のことをほとんど話さないので、必然的に天の勉学の内容、踊りのこと、宿舎での生活が主になる。

「……というわけで、皆で全速力で走ったんですけど間に合いませんでした。今日の懲罰は正座でした」

 厨房の器具が破損したので一部が使用できず、朝食の完成が大幅に遅れてしまったのだ。すべては厨房が狭いのがいけない、と黎は監督官に申し立てたが、そのような言い訳は小賢しいと叱られてしまった。
 愉快そうに笑ったエドは肩を揺らしている。天は形ばかり唇を尖らせて見せた。

「そんなに笑うなんてひどいです」
「すまない。天の声が軽やかなせいか、話が面白いのだ。厨房の器具が壊れたのは気の毒だったな」

 笑いながらも腕を伸ばしたエドは、正座で痺れた天の足をさすってくれる。
 エドと毎日川辺で会うようになってから、今日は彼になにを話そうかと考えを巡らせる時間が増えた。おかげで講義中も上の空になってしまい、慌てて気を引き締めている。エドを巡るそれらは心の浮き立つものだった。
 木漏れ日が彩る青褐色の艶やかな毛並みはそよ風にふわりと泳ぐ。陽の光を映した琥珀色の双眸はまっすぐに天を見つめてきて、その輝きに目を奪われた。
 宴のときに腿を舐められたことには驚いたが、エドはあれ以来不埒な真似をしてこない。こうして痛む足をさすってくれたり、肩に付いた埃を取ってくれたりする程度の接触だ。
 それは安心感を与えるのと同時に、物足りなさも覚えさせた。
 相反する心に、天はこっそり胸の裡で戸惑う。

「この体勢だと撫でづらいな。こうしよう」

 ふいに身体がふわりと抱え上げられた。突然のことに驚きの声を上げる。

「うわっ……エド!?」

 腰と膝裏を抱えられて、いとも容易くエドの膝の上に座らされてしまう。咄嗟に強靱な胸に縋りつくと、息がかかるほど互いの顔が近づいた。

「あ……」

 エドの琥珀色に輝く瞳が、すぐ傍にある。
 彼の目のなかに自分の姿が映っているのを見て取ったとき、天の胸を愛しさが衝いた。
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