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第三章
憧れのカフェへ 1
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ややあって一軒のカフェへ辿り着き、まずは店の外観を眺める。
特注の扉はオレンジ色だ。黒板にお洒落な文字でメニューが書かれてある。
山形は寒い土地なので、カフェにはオープンテラスがないことが多い。箱形の店の外観だけでは、ケーキ屋なのか雑貨屋なのかわからないという不便さがあるが、同時に楽しみもある。
清光は目をきらきらと輝かせながら、カフェに見入っていた。
まるで誕生日ケーキを前にした子どものようだ。
先程、旧本間邸で冷静に家屋を眺めていた様子とは別人のようである。
「こ、ここがカフエーか……。入店してもよいのだな?」
「清光こそカフェの店主でしょ……。入っていいんだよ」
緊張を漲らせている清光は、神剣の入った釣り竿ケースをしっかりと持ち、空いたほうの片手でドアノブを握った。強く握りしめるのでドアノブが曲がらないか不安になる。
ものすごく緊張してるんだけど、大丈夫かな。
妙な挨拶をしないよう、釘を刺しておかないと……と僕が思ったときには、扉が開いてしまった。清光は店内へ足を踏み出す。
すると、暖かい空気と愛想の良いお姉さんの声に出迎えられる。
「いらっしゃいませ。空いているお席へどうぞ」
「う、うむ……」
圧倒されているらしき清光は瞠目して店内を見回していた。
彼の後ろから一歩店内に入っただけで、僕は目を見開く。
とてつもなく洒落た内装なのである。
柔らかな明かりを紡ぎ出す照明器具は、星が連なったような独特のデザインだ。その灯火が、白無垢のテーブルと椅子を温かく包み込んでいる。
さりげなく隅に配置された大きな葉の観葉植物が、心を落ち着かせてくれた。
造り付けの棚には可愛らしい猫のオブジェや、外国の絵本、それにブリキのおもちゃなどがセンス良く飾られている。
居心地の良い空間がそこには形成されていた。清光の寂れたカフェもある意味、心地好さを覚える場所だが、種類が異なっている。同じカフェとはいえ、飛島の店とここは別世界だった。
「明るいね……それに、小物がお洒落だよね」
「うむ……」
異世界を目の当たりにした清光は、ぎくしゃくとして出窓のある端の席に足を向けた。
その席の奥に座れば、厨房からの死角になる。兜丸が顔を出しても見えないだろう。
僕たちはどきどきしながら着席する。幸いというべきか、店内には他に客がいなかった。
お冷やをふたつ持ってきたお姉さんは、テーブルにメニューを置いた。
続いて置かれた水の入ったグラスを、清光は凝視している。
ゆらゆらと揺れる氷水が、猫の顔に入っているのだ。二重硝子の構造で、内側が浅く造られているのである。僕のグラスは熊だ。
「お決まりになりましたら、お呼びくださいね」
「はい」
返事のついでにお姉さんの顔を見たが、彼女は屈託のない笑顔を浮かべていた。清光の存在に不審は抱かれなかったようだ。
僕はメニューを広げながら、小さな声で話した。
「良かったね。あのお姉さんには、ちゃんと清光が見えてるんだよ。サングラスとマスクは外していいんじゃない?」
「う、うむ……そうだな。カフエーでは外さなくてはな」
おずおずと、清光はサングラスとマスクを外した。
まるで借りてきた猫である。
僕自身、久しぶりにカフェを訪れたけれど、ここは一般的な内装だろう。清光のカフェが特殊すぎるのである。その落差に僕も驚いてしまった。
だが清光は、現代のカフェを初めて訪問したのだ。たとえれば、僕が清光に伴われて平家の御殿を訪ねるようなものか。それは恐縮するに決まっている。
「これがメニューだよ。ほら、こういうふうに写真付きで色々な飲み物や軽食を紹介するんだ。お客さんはこの中から注文したいものを選ぶというわけ」
「ほう……。こんなにたくさんあるのか。難解な言葉ばかりだな……」
「ロイヤルミルクティーとか、難しいかな?」
「ロ、ロイアル……? テーは紅茶のことを指すのだな。我が店では紅茶は扱っていないが、それは知っている」
「うん、まあ……ロイアルテーでいいよ」
また新たな清光語が誕生してしまった。
そのとき、パーカーの中から兜丸がひょこりと顔を出した。ばさりと羽ばたくとテーブルに降り立ち、僕たちと一緒にメニューを眺める。
「清光様、ロイヤルミルクティーとは、すごい紅茶の意でございますよ」
「ほほう。格式の高い紅茶なのだな。では、私はこれを飲んでみよう」
逐一正すのも野暮というか、面倒になった僕は会話の流れに任せた。確かに、すごい紅茶で間違ってはいない。
兜丸は嬉しそうにメニューを嘴で指し示す。
「わたくしはブレンドコーヒーにいたします。ぜひとも、わたくしのウミネココーヒーと味を比べてみたいのです」
特注の扉はオレンジ色だ。黒板にお洒落な文字でメニューが書かれてある。
山形は寒い土地なので、カフェにはオープンテラスがないことが多い。箱形の店の外観だけでは、ケーキ屋なのか雑貨屋なのかわからないという不便さがあるが、同時に楽しみもある。
清光は目をきらきらと輝かせながら、カフェに見入っていた。
まるで誕生日ケーキを前にした子どものようだ。
先程、旧本間邸で冷静に家屋を眺めていた様子とは別人のようである。
「こ、ここがカフエーか……。入店してもよいのだな?」
「清光こそカフェの店主でしょ……。入っていいんだよ」
緊張を漲らせている清光は、神剣の入った釣り竿ケースをしっかりと持ち、空いたほうの片手でドアノブを握った。強く握りしめるのでドアノブが曲がらないか不安になる。
ものすごく緊張してるんだけど、大丈夫かな。
妙な挨拶をしないよう、釘を刺しておかないと……と僕が思ったときには、扉が開いてしまった。清光は店内へ足を踏み出す。
すると、暖かい空気と愛想の良いお姉さんの声に出迎えられる。
「いらっしゃいませ。空いているお席へどうぞ」
「う、うむ……」
圧倒されているらしき清光は瞠目して店内を見回していた。
彼の後ろから一歩店内に入っただけで、僕は目を見開く。
とてつもなく洒落た内装なのである。
柔らかな明かりを紡ぎ出す照明器具は、星が連なったような独特のデザインだ。その灯火が、白無垢のテーブルと椅子を温かく包み込んでいる。
さりげなく隅に配置された大きな葉の観葉植物が、心を落ち着かせてくれた。
造り付けの棚には可愛らしい猫のオブジェや、外国の絵本、それにブリキのおもちゃなどがセンス良く飾られている。
居心地の良い空間がそこには形成されていた。清光の寂れたカフェもある意味、心地好さを覚える場所だが、種類が異なっている。同じカフェとはいえ、飛島の店とここは別世界だった。
「明るいね……それに、小物がお洒落だよね」
「うむ……」
異世界を目の当たりにした清光は、ぎくしゃくとして出窓のある端の席に足を向けた。
その席の奥に座れば、厨房からの死角になる。兜丸が顔を出しても見えないだろう。
僕たちはどきどきしながら着席する。幸いというべきか、店内には他に客がいなかった。
お冷やをふたつ持ってきたお姉さんは、テーブルにメニューを置いた。
続いて置かれた水の入ったグラスを、清光は凝視している。
ゆらゆらと揺れる氷水が、猫の顔に入っているのだ。二重硝子の構造で、内側が浅く造られているのである。僕のグラスは熊だ。
「お決まりになりましたら、お呼びくださいね」
「はい」
返事のついでにお姉さんの顔を見たが、彼女は屈託のない笑顔を浮かべていた。清光の存在に不審は抱かれなかったようだ。
僕はメニューを広げながら、小さな声で話した。
「良かったね。あのお姉さんには、ちゃんと清光が見えてるんだよ。サングラスとマスクは外していいんじゃない?」
「う、うむ……そうだな。カフエーでは外さなくてはな」
おずおずと、清光はサングラスとマスクを外した。
まるで借りてきた猫である。
僕自身、久しぶりにカフェを訪れたけれど、ここは一般的な内装だろう。清光のカフェが特殊すぎるのである。その落差に僕も驚いてしまった。
だが清光は、現代のカフェを初めて訪問したのだ。たとえれば、僕が清光に伴われて平家の御殿を訪ねるようなものか。それは恐縮するに決まっている。
「これがメニューだよ。ほら、こういうふうに写真付きで色々な飲み物や軽食を紹介するんだ。お客さんはこの中から注文したいものを選ぶというわけ」
「ほう……。こんなにたくさんあるのか。難解な言葉ばかりだな……」
「ロイヤルミルクティーとか、難しいかな?」
「ロ、ロイアル……? テーは紅茶のことを指すのだな。我が店では紅茶は扱っていないが、それは知っている」
「うん、まあ……ロイアルテーでいいよ」
また新たな清光語が誕生してしまった。
そのとき、パーカーの中から兜丸がひょこりと顔を出した。ばさりと羽ばたくとテーブルに降り立ち、僕たちと一緒にメニューを眺める。
「清光様、ロイヤルミルクティーとは、すごい紅茶の意でございますよ」
「ほほう。格式の高い紅茶なのだな。では、私はこれを飲んでみよう」
逐一正すのも野暮というか、面倒になった僕は会話の流れに任せた。確かに、すごい紅茶で間違ってはいない。
兜丸は嬉しそうにメニューを嘴で指し示す。
「わたくしはブレンドコーヒーにいたします。ぜひとも、わたくしのウミネココーヒーと味を比べてみたいのです」
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