上 下
31 / 56
第三章

憧れのカフェへ 1

しおりを挟む
 ややあって一軒のカフェへ辿り着き、まずは店の外観を眺める。
 特注の扉はオレンジ色だ。黒板にお洒落な文字でメニューが書かれてある。
 山形は寒い土地なので、カフェにはオープンテラスがないことが多い。箱形の店の外観だけでは、ケーキ屋なのか雑貨屋なのかわからないという不便さがあるが、同時に楽しみもある。
 清光は目をきらきらと輝かせながら、カフェに見入っていた。
 まるで誕生日ケーキを前にした子どものようだ。
 先程、旧本間邸で冷静に家屋を眺めていた様子とは別人のようである。

「こ、ここがカフエーか……。入店してもよいのだな?」
「清光こそカフェの店主でしょ……。入っていいんだよ」

 緊張を漲らせている清光は、神剣の入った釣り竿ケースをしっかりと持ち、空いたほうの片手でドアノブを握った。強く握りしめるのでドアノブが曲がらないか不安になる。
 ものすごく緊張してるんだけど、大丈夫かな。
 妙な挨拶をしないよう、釘を刺しておかないと……と僕が思ったときには、扉が開いてしまった。清光は店内へ足を踏み出す。
 すると、暖かい空気と愛想の良いお姉さんの声に出迎えられる。

「いらっしゃいませ。空いているお席へどうぞ」
「う、うむ……」

 圧倒されているらしき清光は瞠目して店内を見回していた。
 彼の後ろから一歩店内に入っただけで、僕は目を見開く。
 とてつもなく洒落た内装なのである。
 柔らかな明かりを紡ぎ出す照明器具は、星が連なったような独特のデザインだ。その灯火が、白無垢のテーブルと椅子を温かく包み込んでいる。
 さりげなく隅に配置された大きな葉の観葉植物が、心を落ち着かせてくれた。
 造り付けの棚には可愛らしい猫のオブジェや、外国の絵本、それにブリキのおもちゃなどがセンス良く飾られている。
 居心地の良い空間がそこには形成されていた。清光の寂れたカフェもある意味、心地好さを覚える場所だが、種類が異なっている。同じカフェとはいえ、飛島の店とここは別世界だった。

「明るいね……それに、小物がお洒落だよね」
「うむ……」

 異世界を目の当たりにした清光は、ぎくしゃくとして出窓のある端の席に足を向けた。
 その席の奥に座れば、厨房からの死角になる。兜丸が顔を出しても見えないだろう。
 僕たちはどきどきしながら着席する。幸いというべきか、店内には他に客がいなかった。
 お冷やをふたつ持ってきたお姉さんは、テーブルにメニューを置いた。
 続いて置かれた水の入ったグラスを、清光は凝視している。
 ゆらゆらと揺れる氷水が、猫の顔に入っているのだ。二重硝子の構造で、内側が浅く造られているのである。僕のグラスは熊だ。

「お決まりになりましたら、お呼びくださいね」
「はい」

 返事のついでにお姉さんの顔を見たが、彼女は屈託のない笑顔を浮かべていた。清光の存在に不審は抱かれなかったようだ。
 僕はメニューを広げながら、小さな声で話した。

「良かったね。あのお姉さんには、ちゃんと清光が見えてるんだよ。サングラスとマスクは外していいんじゃない?」
「う、うむ……そうだな。カフエーでは外さなくてはな」

 おずおずと、清光はサングラスとマスクを外した。
 まるで借りてきた猫である。
 僕自身、久しぶりにカフェを訪れたけれど、ここは一般的な内装だろう。清光のカフェが特殊すぎるのである。その落差に僕も驚いてしまった。
 だが清光は、現代のカフェを初めて訪問したのだ。たとえれば、僕が清光に伴われて平家の御殿を訪ねるようなものか。それは恐縮するに決まっている。

「これがメニューだよ。ほら、こういうふうに写真付きで色々な飲み物や軽食を紹介するんだ。お客さんはこの中から注文したいものを選ぶというわけ」
「ほう……。こんなにたくさんあるのか。難解な言葉ばかりだな……」
「ロイヤルミルクティーとか、難しいかな?」
「ロ、ロイアル……? テーは紅茶のことを指すのだな。我が店では紅茶は扱っていないが、それは知っている」
「うん、まあ……ロイアルテーでいいよ」

 また新たな清光語が誕生してしまった。
 そのとき、パーカーの中から兜丸がひょこりと顔を出した。ばさりと羽ばたくとテーブルに降り立ち、僕たちと一緒にメニューを眺める。

「清光様、ロイヤルミルクティーとは、すごい紅茶の意でございますよ」
「ほほう。格式の高い紅茶なのだな。では、私はこれを飲んでみよう」

 逐一正すのも野暮というか、面倒になった僕は会話の流れに任せた。確かに、すごい紅茶で間違ってはいない。
 兜丸は嬉しそうにメニューを嘴で指し示す。

「わたくしはブレンドコーヒーにいたします。ぜひとも、わたくしのウミネココーヒーと味を比べてみたいのです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【NL】花姫様を司る。※R-15

コウサカチヅル
キャラ文芸
 神社の跡取りとして生まれた美しい青年と、その地を護る愛らしい女神の、許されざる物語。 ✿✿✿✿✿  シリアスときどきギャグの現代ファンタジー短編作品です。基本的に愛が重すぎる男性主人公の視点でお話は展開してゆきます。少しでもお楽しみいただけましたら幸いです(*´ω`)💖 ✿✿✿✿✿ ※こちらの作品は『カクヨム』様にも投稿させていただいております。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

処理中です...