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第三章

せめてなりたや殿様に 2

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 その後、江戸時代に庄内藩の所領となり、戦後は酒田市に編入されたのだ。
 上座敷を通り抜けると、屋敷の中央に位置する御仏間があった。
 欄干に金箔の家紋が嵌め込まれ、そこには漢字で『本』と記されている。本間家の家紋だ。
 本朱が塗られた四枚の戸は、今は閉められているけれど、かつてはこの中に仏壇が鎮座していたのだろう。

「こっちは武家屋敷として造られているから、本間家の人たちはあちら側の商家で生活していたんだって」
「同じ棟なのだな。珍しい造りだ」
「そうなんだよね。完全に一体になってるんだ。ある意味、機能的ということかな」

 渡り廊下などはなく、異なる造りの邸が合体している形状だ。
 とはいえ平屋の木造建築なので、驚くほどの差違はない。
 本間家の人々が実際に暮らしていたという商家の側は、書院造りの上座敷とは趣が異なり、生活感が滲んでいた。
 僕たちは子ども部屋や、夫人の着替え部屋を通り、屋敷のもっとも端にある部屋を覗く。

「ここが、本間家歴代の当主の部屋だってさ……」

 本当なのかと、パンフレットを二度見してしまう。
 大金持ちであった当主の書斎は家の角で、物置かと思うような薄暗くて縦長の狭い部屋だ。一組の布団を敷けばいっぱいというくらいである。とても幕府や藩主と繫がりのあった豪商の居室とは思えない。
 清光は小さな窓から、外を覗いた。南向きではないので、部屋に陽は射し込まない。

「ここは乾(いぬい)の方角ではないかな」
「いぬい?」

 清光の懐から首を覗かせた兜丸が補足した。

「戌と亥の間の方位でございますよ。北西ですね」
「うむ。天門は常に乾の方角にあり、災いが出入りするとされている。これを鎮めると家運が栄えると謳われているのだ。ゆえに当主は家の繁栄のため、ここに方除けとして座っていたのだろう」
「へえ。そういうことなんだ。お金持ちの家の当主だからって、贅沢してるわけじゃないんだね」

 北西の部屋ならば夏は西日で暑く、冬は陽が射さないので寒いはずだ。
 商売繁盛のためには様々な苦労があるのだなと思いながら南側へ向かうと、そこは台所だった。
 とても広い間取りの台所は、戸棚や作業台、それに石造りの流しまでもが当時のまま綺麗に保存されている。煉瓦造りの竈があるが、これは戦時中に屋敷を徴収されたとき、軍が増設したものだそうだ。
 僕はパンフレットを捲りつつ、台所を見回した。

「台所は広いんだね。ええと……本間家は武士の身分を許されていたから土間じゃなくて、板張りの台所だったんだってさ。ここでも身分制なんだね」

 艶々とした黒鳶色の板張りの床が印象的だ。天井は吹き抜けになっていて、どうやらロフトのような二階があるらしい。ただ、階段への扉は出入り禁止になっている。

「上は物置かな?」
「女中部屋だろう。この屋敷の規模ならば、数十人は人手が必要だ。電化製品がなかった時代は台所の手間が多かったからな」
「ひえ……ここに泊まるの?」

 数十人が泊まるには、ロフト形式ではあまりにも狭いのではないか。江戸時代だから当時の人々はそんなものだと思っていたかもしれないけれど。
 清光は唇に弧を描いて、僕に笑いかけた。

「蓮も二階に寝泊まりしているではないか」 
「そうだけどね。僕はひとり部屋で助かったよ」
「寂しくはないか? 私と同室でもよいぞ」
「寝ぼけた清光に神剣で斬られたら困るから遠慮しておくよ」
「ははは。ありうるな」
「そこは否定してくれない⁉」

 軽口を言い合いながら、ぐるりと部屋を巡った僕たちは再び表玄関へ戻ってきた。
 屋外へ出ると、樹齢を刻んだ赤松に再び出迎えられる。

「見応えのある屋敷だった。だがカフエーにするには少々手狭かな。私の理想とするのは、やはり宮殿のカフエーだ」
「……そこは揺るがないんだね。機会があったら本物の宮殿に連れていってあげるよ」

 外国となると色々大変だろうけれど、この世間知らずな平家の若様には実際の宮殿を見せてあげないと、その規模をわかってくれそうにない。

「そうだな。いつか、本物を見たいものだ」

 そのとき、清光の懐から顔を出した兜丸は羽根をばたつかせた。

「清光様、蓮殿。わたくしはそろそろ限界です。喉が渇いてしまいました」

 腕時計を見やれば、おやつの時間を過ぎている。
 そろそろ、メインイベントであるカフェを訪ねてパフェを食べに行こう。

「じゃあ、カフェに行こう! 僕がおすすめの店に案内するよ」

 旧本間邸の観光を終えて、僕たちは市街地の一角へ足を運んだ。事前に雑誌でチェックしていたので地図は頭に入っている。
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