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第四章

神殿の採掘場へ

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 けれど、ここの岩場から産出される星玉は邪の耐性があるとラークは言っていた。それなら、審査会でその星玉を使用すれば穢れないはず。
 強い想いで見上げるルウリの意志が変わらないのを見たマドゥは説得を諦めた。

「どうぞ、お好きなだけ掘ってください。飽きたらお帰りになって結構ですよ。ラークシャヴァナ様には私からお話ししておきましょう」

 まるですぐに諦めるのがわかっていると云わんばかり。
 茶器を片付けるマドゥと物言いたげなティルバルールを残して、ルウリは肩に止まらせたパナと共に神殿を後にした。
 神殿の裏手は崖になっている。切り立った岩場に所々梯子が掛けられており、これを伝いながら崖を登って採掘場へ行くらしい。
 絶対に、諦めないわ。
 ルウリは梯子に手を掛けた。



「ルウリ、大丈夫? 大丈夫じゃないよね、手は痛くない?」
「ん……」

 口を利く余裕がなくなってきた。梯子とはいえ絶壁に近い崖を登っていくのは楽ではない。次の梯子に手を掛けようとして靴先が滑る。慌ててパナが支えてくれたが、体の大きさが違いすぎるので押し潰してしまいそうになる。

「パナが怪我しちゃう。飛んで先に行ってて」

 見上げれば、頂上はもう少しだ。上で待っていてくれたほうが目標が見えて助かる。

「でもでも、落ちたらどうするんだよ。僕が引っ張ってあげるよ」

 下は見たくない。きっと足が竦んで動けなくなってしまうだろう。ルウリは力を振り絞って梯子を掴む。そのとき、重厚な羽音が耳を掠めた。

「パナ殿、こちらへ。余計な話をしてはルウリ殿が体力を消耗する」
「余計なって何だよ! って、おまえ何でいるの⁉」
「助力に馳せ参じた」

 頂上に舞い降りたティルバルールは、くちばしに咥えていたロープを杭に結んだ。ロープの端が、ふわりと空に舞う。それはルウリの目前にまで垂れてきた。

「これを体に巻き付けるのだ。支えられていると思えば気力も湧く」
「ありがとう、ティルさん」
「さんは、いらぬ。さあパナ殿も我と共に引っ張るのだ」
「わかってるよ!」

 パナとティルバルールのくちばしに引かれる力は、ほんのわずかだったかもしれない。けれど、助けてくれる存在がいることは、ルウリに大きな勇気をもたらした。あれほど疲弊していた体は途端に軽くなり、ルウリは無事に崖を登りきった。

「ふう……。やっと着いた。ありがとう、ふたりとも」
「礼はいらぬ。まだ採掘現場に到着しただけであるぞ」
「やる気下がるようなこと言うなよ~。ルウリ、がんばろ!」

 採掘はこれから始まるのだ。呼吸を整えて気合いを入れ直す。
 額の汗を拭ったルウリは、崖上からの眺望を見渡して息を呑んだ。

「わあ……! すごい」

 果てしなく続く雲が眼下にある。まるで絨毯のように広がる雲のむこうに、太陽がその身を沈めようとしていた。ゆっくりと雲間に呑み込まれる間際、橙色の残光が世界を照らす。
 神秘的な景色に、ルウリは言葉もなく見入った。
 やがて陽は沈み、茜色に染まっていた空に一番星が瞬く。藍の紗幕が天を覆い、星々が煌めきを地上に落としていく。
 パナは、ぽつりと呟いた。

「……日が暮れちゃったね。今から発掘できる?」

 今更戻れない。やるしかない。ルウリは採掘場を振り返る。丘のようになだらかな斜面が連なり、所々が掘り返されている。中には梯子が掛けられて降りていくような深い穴もあった。

「やってみましょう。いつもラークはここで発掘してるんだもの」
「うむ。むこうに小屋がある。そこの道具を使うと良い。とりあえず明かりが必要であろう」

 ティルバルールの案内で訪れた小屋から、つるはしや角灯を借りる。角灯から漏れる仄かな明かりが暗闇に包まれた採掘場の穴を照らすと、深淵はより深く不気味に映し出された。
 どれだけの長い時間、ラークはここで、ひとりで、星玉を探していたのだろうか。
 星玉がどれだけ埋まっているのか、どのような質なのかは、ある程度掘り返してみないとわからない。ジャイメール鉱山であっても容易に見つかるとは限らないのだ。それをたったひとりでこなすなんて気が遠くなる作業だ。
 ルウリは、つるはしを振るった。
 幾度も、幾度も、手が痺れても。
 星玉らしい鉱石は全く出ない。マドゥの言うとおり、産出量はとても少ないらしい。
 いつの間にか汗をかいて服が肌に貼りつく。それを冷たい風が攫い、体を冷やしていく。
 位置をずらして掘り進めていく。角灯の明かりを頼りに、梯子を下り、奥深くまで。

「いたっ……」

 柄を握っていた掌のまめが潰れてしまった。じわりと血が滲む。結構な時間が経過していたらしい。仰いで見れば、穴の彼方にちいさな空が丸く切り取られている。 
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