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第二章

呪い

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 鉱山といえども、星玉になる鉱石はごくわずかだ。内包物のある星玉は非常に数が多いが、その殆どが土や塵などの不純物で、逆に星玉の価値を下げる要因になる。だからこそ綺麗な星玉を造る星玉師は重宝されるわけだが、審査会で塵を解放しても合格はできないだろう。
 かといって先日の小鳥のように生物を扱えば点数は上がるかもしれないが、失敗すれば痛手になる。必ず成功するとは限らないのである。内包されている生物の状態によっては、死んでしまうこともある。
 ルウリは鉱山を見渡しながら、持参したつるはしを取り出した。邪魔にならないようサリーを捲り上げる。

「懐かしいよね。パナと会ったの、あそこだったわ」

 木の根元を指差す。数年前、鉱山を訪れた際にルウリは鳥精霊が内包された星玉を見つけた。それは木の傍に、ころりと転がっていたのである。

「僕、よく覚えてないんだよね。何で星玉に呑まれちゃってたのかなぁ」

 工房に持ち帰り、パナを解放したら懐かれてしまった。ルウリはずっとひとりぼっちだったので、気のいいパナが一緒に住んでくれたことはとても嬉しかった。

「どうして星玉は、色んなものを呑んじゃうのかしらね」
「食事? あ、でもそしたら僕もう生きてないや」

 星玉の怒りに触れると呑まれるという説があるが、詳しい原因は解明されていない。星玉と対話して形状を変化させることができるのは星玉師だけだ。
 呑む星玉、解放する星玉師。
 つるはしを振るいながら、ルウリは手元の指輪を眺める。
 隣で発掘していた壮年の男が、ルウリの指輪に目を留めた。

「お嬢さん。それ、星玉かい? 緑色とは珍しいな。ちょっと見せてくれ」
「あ、これは……」

 手を取られて、指輪を覗き込まれる。男の脂ぎった掌の感触に、ぞっと背筋が総毛立った。
 だめ、見ないで。これは、わたしの――
 罪の証。

「俺の連れに何か用か」

 間に割り込んだラークは、男の手首を強く押さえた。ルウリの掌が解放される。文句を呟きながら、男は河岸を変えた。

「ありがとう、ラーク」
「その指輪、仕舞っておけ」

 機嫌悪そうに顎でしゃくられる。ラークが気分を害することは何もないと思うのだけれど。

「でも、なくすといけないから。いつも身につけていたいの」
「これに通せ」

 ラークは自らの首筋に両手をまわして、首から提げていた革紐を外した。指輪をそっと引き抜かれる。先ほどの男に触れられたときは嫌悪が湧いたのに、わずかに触れたラークの熱い体温は心地良ささえ覚えた。
 指輪が革紐に通される。ラークの両腕が、ルウリの細い首筋にまわった。
 何故かとくりと心臓が跳ねて、彼の顔を見れない。ひたすらラークの襟の辺りに視線を注いでいると、うなじで革紐が留められた気配がした。

「これでいい」
「ありがとう」

 さらりとローブを翻して、ラークは崖上に座り込む。発掘する気はないらしい。彼のと二人分の星玉が要り用になりそうだ。

「ねえ、ラーク。どういう星玉がいいかしら?」
「知るか」

 ぶっきらぼうだけれど、意外と親切なラークに自然と笑みが零れる。ルウリはいつになく、楽しい気分でつるはしを振るった。



 太陽が山の稜線に溶け込もうとする頃、発掘に没頭していた星玉師たちの間から騒ぎが起きる。

「おい、何だこれ」
「こっちもだ」

 皆は採掘した鉱石を取り出して驚いている。ルウリも麻袋に入れた採掘物を確認した。
 石が、汚れたように黒ずんでいる。
 採掘したときは通常の色だったのに、どうしたことだろう。

「ねえ、ルウリ、なにこれ。ぜんぶ黒くなっちゃったよ?」

 止まっていた枝から飛んできたパナは、鉱石をくちばしで突いた。
 石は沈黙している。採掘した鉱石だけが染色されてしまったらしく、掘り出していない箇所は無事だ。けれど星玉師たちが新たに採掘すると、鉱石はまた悪い空気に汚染されるかのごとく黒ずんでしまう。

「ヘンね。擦っても取れないわ。空気は汚れてないのに、どうして鉱石だけ色が付くのかしら」
「呪いだ」

 崖上で見物していたラークがぼそりと呟いた。どういうことかと問う前に、彼は身を翻して山道を下っていく。
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