乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

文字の大きさ
上 下
13 / 54
第二章 マリアの涙を盗め

刑事たちの訪問 2

しおりを挟む
「平気です」

 病み上がりだから気を遣ってのことだと思うが、御婦人扱いしてほしくない。女だとバレたのではと憶測して心の奥が波立ってしまう。バレていなくても、今後も誰の手を取ることもないのだと改めて思い知り、勝手に落ち込んでしまう。

「少し話したいことがある。具合が悪くなればすぐに室内に戻ろう」

 俯いているノエルに気遣わしげな声が掛けられる。
 アランが先ほどの仮説に納得しているとは到底思えない。相談か、あるいは詰問が待っているのだろう。
 脳裏を昨夜のできごとが駆け巡る。
 月明かりの下で凶悪に光るダークグリーンの眸。
 強く握り返された掌は夜明けまで跡が残っていた。
 普段は強引だがあくまでも紳士的なアランの、男として、警察としての凄みを垣間見た。

「お話しとは何でしょう?」

 負けられない。
 乙女怪盗の矜持を守ることが、ライバルとしてのアランに対する礼儀だ。
 若干硬い声音を出したノエルと並んで薔薇の小径を歩きながら、アランはゆるりと口を開いた。

「乙女怪盗は何故宝石を盗むんだろうな」
「……はい?」

 突然の問いかけにノエルは首を捻る。
 警察がそういった疑問を持つとは意外だった。ノエルにとって宝石を盗む理由は明確なのだが、話すわけにもいかない。

「金のためじゃない。盗まれた宝石は闇市場にも、どこのルートにも乗ってこない。かといってコレクションでもない。共犯者と共有するコレクションなど有り得ないからな」
「そうでしょうか。有り得ないということはないでしょう」
「では、ノエルの狂気人形は誰かと共有しているか?」
「いいえ。誰にも狂気人形の素晴らしさは理解されませんね」
「そういうものだ。コレクターとは孤独なものなんだ。まして金にもならない盗みに手を貸す輩はいないだろう。つまり、乙女怪盗が宝石を盗むのは一味しか知らない特別な理由がある」

 ノエルは肝を冷やした。
 徐々に核心に近づいている気がする。というより、もはや掠めている。
 狂気人形の中に宝石が入っていると、アランが繋げて考えないよう祈りながら方向転換を図った。

「有名になりたいのでは? あの格好をしていることこそ不思議ですよ。新聞記事には、乙女怪盗は引退後に女優になるために名を売っていると書いてありました」
「名声か。印象付けたいのは確かだろうな。だが宝石を盗む理由とは別だろう。それならば絵画でも金塊でも良いはずだ」
「宝石は軽いから持ち運びが楽なんですよ」

 金塊なんて担がせられてはかなわない。小さいので盗みやすいのは事実だ。
 アランはゆるく首を振って、咲き乱れる薔薇に目をむけた。

「すべて後付けだ。俺は今まで様々な泥棒や詐欺師を見てきたが、乙女怪盗はそのどれにも当てはまらない。こんなに手こずるのは初めてだ。警察としての自信を失いそうだ」

 彼が弱気になるなんて意外すぎて目を瞠る。
 なんとか元気を出してほしかった。
 その自信喪失の原因を作っているのは他ならぬノエルなのだが。
 どんな励ましの言葉も上滑りしてしまいそうで、あれこれと考えながら薔薇のアーチを潜る。新緑から零れ落ちる木漏れ日が優しい。

「アランはどうして警察になったんですか? 御父上はお医者さまなんですよね」
「よく知ってるな」
「小耳に挟みました」

 もちろん、詳しく調査済みである。ロランヌ地方出身で医者の息子。学業成績は優秀だが問題行動の多い不良生徒。警察に入隊してからは数々の実績を作り、エリートコースまっしぐら。
 以上が調査から得た情報で一見すると優等生のようだが、学生時代の問題行動という点が気になった。
 授業をサボったりしたのかな。男の子同士で、やってられっかーパン食いにいこうぜーみたいな。そういうの憧れる。

「俺は田舎の生れでな」
「ロランヌ地方ですよね」
「そうだ。リュゼルという村だ」
「水車の名産地ですよね」

 アランは、ぷっと吹き出した。表情が綻ぶと意外にも少年のような若々しさが溢れる。

「行ったことないだろ。紙から得た情報ばかりだな」

 あ、バレた。
 ノエルは首都から出たことがない。地方の特色などは地理学から得た知識だけだ。

「引きこもりですから」
「その分だと水車も見たことがなさそうだな。大きいものは家の丈を超えるんだぞ。まあ、村には水車もあるんだが、夕陽や星が綺麗なんだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

たぬきち25番
ファンタジー
*『第16回ファンタジー小説大賞【大賞】・【読者賞】W受賞』 *書籍化2024年9月下旬発売 ※書籍化の関係で1章が近日中にレンタルに切り替わりますことをご報告いたします。 彼氏にフラれた直後に異世界転生。気が付くと、ラノベの中の悪役令嬢クローディアになっていた。すでに周りからの評判は最悪なのに、王太子の婚約者。しかも政略結婚なので婚約解消不可?! 王太子は主人公と熱愛中。私は結婚前からお飾りの王太子妃決定。さらに、私は王太子妃として鬼の公爵子息がお目付け役に……。 しかも、私……ざまぁ対象!! ざまぁ回避のために、なんやかんや大忙しです!! ※【感想欄について】感想ありがとうございます。皆様にお知らせとお願いです。 感想欄は多くの方が読まれますので、過激または攻撃的な発言、乱暴な言葉遣い、ポジティブ・ネガティブに関わらず他の方のお名前を出した感想、またこの作品は成人指定ではありませんので卑猥だと思われる発言など、読んだ方がお心を痛めたり、不快だと感じるような内容は承認を控えさせて頂きたいと思います。トラブルに発展してしまうと、感想欄を閉じることも検討しなければならなくなりますので、どうかご理解いただければと思います。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

毒はすり替えておきました

夜桜
恋愛
 令嬢モネは、婚約者の伯爵と食事をしていた。突然、婚約破棄を言い渡された。拒絶すると、伯爵は笑った。その食事には『毒』が入っていると――。  けれど、モネは分かっていた。  だから毒の料理はすり替えてあったのだ。伯爵は……。

処理中です...