煌めく氷のロマンシア

沖田弥子

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姫の不貞 2

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「君の耳にも入っているだろう。紗綾姫とキラ・ハルアが不貞を働いているという噂だ。ツァーリは君に失望している。俺もただの噂であってほしかったが、紅宮殿に一晩中滞在していたとあっては見逃すわけにはいかない。しかもこれが初めてではないようだな。まるで同棲のように度々出入りしているようじゃないか。どういうつもりなんだ。皇帝の婚約者に手を出すなんて、死罪に等しいぞ。自分が何をしているのか分かっているんだろうな」

 厳しい追及にも、言い訳が立つわけもなかった。
 紗綾姫とは友人ということになっているが、裏口から侵入して夜通し滞在していたとなれば、恋人関係を疑われても仕方がない。
 何も言わない煌に落胆したように、イサークは嘆息した。

「勅令が出ている。無期限の謹慎処分だ。本来は姦通罪で捕まってもおかしくないんだぞ。ツァーリの恩情に感謝しろ」
「……はい。申し訳ありません」
「謝るな。俺は君が真面目で正しい人物だということを知っている。何か事情があるんだろう。住居が不明な点と関連があるのか?」

 真面目で正しくなんかない。僕は始めから、間違ったことをしている。
 アレクに名を偽り、身代わり花嫁としてロマンシアを欺いた。不貞だって、そんなことをしていないと言えない。
 吹雪の夜、アレクに抱かれた。
 あれこそ不貞ではないのか。間違ったことではなかったか。
 許されないと分かっている。
 けれど心が求めてやまないのだ。
 あの一夜の出来事を、なかったことにしたくない。少なくとも煌の心の中では、生涯胸に刻まれる思い出だ。アレクに触れられた指先も身の内側も、未だこんなにも熱を持っている。
 誰にも認められなくても、自分だけは、この恋心を許してあげたい。
 だから、不貞などないと声高に訴えられなかった。

「何も、ありません。謹慎処分を受け入れます」
「おい、キラ。無期限だぞ。何も申し開きをしなければ、いずれ除隊処分になるんだ」

 それまで黙してやり取りを眺めていたルカは、優美に口端を引き上げた。

「無駄だよ、イサーク。仕事と恋は別だよ。純真そうなキラだって、恋をしているときは別の顔なのさ」

 ルカの言うとおりだ。
 失礼します、と挨拶をして将校室を退去する煌を、騎士たちは無言で見送った。
 謹慎といえども、結局は紅宮殿に帰るしかない。官邸を出ると、壮麗なエルミターナ宮殿が視界に映る。
 アレクは、今どうしているのだろうか。
 何も言い訳をすることなどない。
 けれど、彼に会いたいという想いに衝かれた。謹慎の身分ではもうユーリイにも会えなくなる。せめて自らが赴いて、事の成り行きを謝りたい。
 煌は宮殿に足をむけた。煌めくシャンデリアの吊された大階段を上れば、廊下の果てまで真紅の絨毯が敷かれている。慣れた足取りでユーリイの部屋へ向かっていると、ミハイルが廊下を塞ぐように佇んでいた。

「ハルア侍従。どちらへ行かれます?」
「あ……ミハイルさん。ユーリイさまに会いに来ました。それから……アレクにも。お部屋にいらっしゃいますか?」

 理知的に眼鏡の奥を煌めかせたミハイルは、無情に宣告した。

「お引き取りください。あなたには謹慎処分が下されたはずです。ツァーリにもユーリイさまにも、会わせることはできません」
「お願いです。ひとことだけでいいんです。ご挨拶させてください」

 ミハイルは手を掲げて衛士を呼んだ。衛士に肩を掴まれて、無理やり引き摺られる。
 表門の外まで連れ出された煌は、放られるように路に投げ出された。裂傷が走り、痛みを覚える。掌を開けば、薄らと血が滲んでいた。
 キラ・ハルアとして初めてアレクに出会った日、傷を手当てしてもらったことを思い出す。あのときの手の傷よりもずっと浅いはずなのに、なぜか涙が滲むほどに痛い。
 以前アレクが紅宮殿を訪れたとき、『Kira』という刻印の入った鉤針を発見して訝しんでいた。鉤針を貸し借りするほど仲が良いのかとも質問していた。
 紗綾姫とキラが密通しているのではないかと、アレクが疑うのも当然のことだろう。
 アレクの目にはさぞ、不実で尻の軽い侍従に映っているに違いないのだ。
 見上げた門は天を突くように高くそびえ立っている。
 望まれていないのに、またこの門の内に戻るのは惨めな思いがした。
 煌は埃に汚れた体を起こすと、重い足取りで裏へ回った。



 紅宮殿の階から空を見上げれば、ベール越しに曇天が広がる。煌は長いドレスの裾を抓みながら、宮廷へ続く渡り廊下へ入った。
 紗綾姫の姿で紅宮殿を出るのは、ロマンシアに到着して以来のことなので数ヶ月ぶりになる。謁見の間へ来るようにとの皇帝よりの命令が下りたためだ。何か特別な話があるのだという予感がした。おそらく、キラ・ハルアとの関係について問い質されるのではないだろうか。
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