煌めく氷のロマンシア

沖田弥子

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吹雪の一夜 1

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 皇帝であるアレクの身をこれ以上危機に晒すわけにはいかない。宮殿で待っている皆も心配していることだろう。
 猛吹雪の中を再び駆け出そうとした煌の腕を、アレクは強い力で掴んだ。

「待て。死ぬ気か。この吹雪の中を行けば君の命が危ない」
「でも、アレクをこのようなところに留まらせるわけにはいきません」

 アレクは半ば無理やり煌の体を引き摺り、雪のかからない庇の内側に入れた。頬に手をかけて、確かめるように顔を上向かせられる。

「私の傍にいろ。どのような過酷な場所であろうと、ここはロマンシアだ。私の国なのだ」

 きつい眼差しで言い聞かされる。
 たとえ古びた小屋にいようと、アレクの愛するロマンシア国にいることに変わりはない。そのことが胸の中心に、すとんと落ちた煌は頷いた。

「……はい」

 頬を辿られる感覚がない。返事をした唇は凍りついたように掠れた声を絞り出した。
 煌の様子に眉根を寄せたアレクは腰に腕を回して引き寄せる。抱えられるようにして鍵の付いていない戸口をくぐる。

「血の気がないぞ。このままでは凍傷にかかる。体を温めるんだ」
「僕は……だ、い……」

 大丈夫です、と言おうとしたのに言葉が紡げない。脚が前へ進まず、体は強張っていた。
 小屋は簡素な造りで、室内は片付いていた。床に毛布を敷いて、その上に体を横たえられる。アレクは灰の残った暖炉に薪を放り込み、火を点した。
 薄暗い室内に橙色の灯火が浮かび上がる。その明かりを瞼に刻んで、煌はすうと意識を手放そうとした。

「寝るな! このまま眠っては死ぬぞ!」

 耳元で怒鳴られ、途端に意識が引き戻される。
 体温が低い状態で眠れば、体温調節の機能が低下するため死の危険が迫る。せめて体温が上昇するまで意識を保っていなければならない。
 煌は襲いかかる睡魔と必死に戦った。

「アレク……もう……」
「起きるんだ。すぐに温める」

 濡れた服を剥ぎ取られる。寒くはない。ただ朦朧として、目の前の灯りが、アレクの姿が遠い。
 アレクも纏っていた服をすべて脱ぎ捨てた。全裸になったアレクの強靱な体が、再び瞼を閉じようとしていた煌に覆い被さる。
 途端に痛烈な痛みが首筋に走り、びくりと肩が跳ねる。

「つ……う……っ」

 首筋に噛みついたアレクは唇を離した。舌を出し、宥めるように歯形のついた首筋を舐めていく。

「痛いか。すまない。遠慮なく噛みつかせてもらったぞ」
「う……へいき、です。おかげで目が……覚めました」
「体が冷たい。末端がもっとも凍傷にかかりやすい。私と手足を絡ませるんだ」

 ひとつひとつの指を絡ませて握りしめられる。裸足の脚も、互いの腿と脛を重ね合わされた。
 一糸纏わぬ体を重ねる。アレクの体の熱が、隅々まで染み渡っていくような感覚がした。
 頬を寄せられ、熱い吐息をすぐ傍で感じる。

「アレク……熱い」

 どれほどそうしていただろうか。やがて冷えていた体は熱を持ち、手足の感覚が戻ってきた。混濁していた意識も明瞭になる。
 アレクは顔を上げると、煌の様子を観察した。顔色を眺め、手指の状態を確かめる。

「良かった。大丈夫のようだな。だが、まだ安心はできない。今夜はここに泊まって互いを温め合い、明日の朝に吹雪が収まってから戻ろう」
「申し訳ありません。僕が氷の花を見たいと願ったせいで、アレクをこのような目に遭わせてしまうなんて……」

 アレクはまた指を絡めて手を繫ぎ直した。煌の顔に擦りつけるように頬を寄せる。黄金の髪がふわりと頬を撫でて、少しくすぐったい。

「気にすることはない。なぜなら私はこの状況を……喜んでいる」
「え?」
「無論、キラの体が無事だと確認したからだが。……こうして、君の肌に触れる理由を得ることができた」
「アレク……?」

 皇帝であるアレクは望めば何でも手に入るはずなのに。
 アレクが望みさえすれば、煌はその身のすべてを捧げるだろう。
 それなのに、煌の肌に触れることに理由が必要なのだろうか。
 アレクは低い囁き声で言葉を継いだ。

「私は不埒な男だな。君の笑顔を見るたびに、触れたいという衝動を持て余していた。軽蔑するか?」
「軽蔑なんて、しません。僕は……」

 アレクの熱い吐息が、頬にかかる。口端を、雄々しい唇が掠めた。
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