10 / 59
身代わり花嫁の受難 3
しおりを挟む
「そうですよ。何かご入り用でしょうか」
「風邪薬をください。症状は熱と咳、鼻水、食欲もありません」
店主は真後ろからひとつの箱を取り出してカウンターに置いた。
「これをどうぞ。よく効きますよ。七ルイカです」
七ルイカが如何ほどか分からない。煌は腰に提げた小さな鞄から、七枚の紙幣を取り出して薬の横に置いた。店主が目を丸くして紙幣に見入っている。
「あっ。足りませんでした?」
「いえいえ、充分ですよ」
慌てて笑顔を作り紙幣を掴もうとした店主の手を、脇から伸びてきた大きな掌が押さえる。
「おっと、ご主人。七ルイカなら、この札一枚で随分と釣りが来るよな? ぼったくる気か?」
「とんでもない、イサークさん。そんなつもりじゃありませんよ」
「じゃあ、ほら。釣りくれよ」
イサークと呼ばれた男は風邪薬と余分だった紙幣を煌に手渡すと、店主に掌を出して直に釣りを受け取る。煌が慣れない手付きで鞄に仕舞っていると、直接お釣りを鞄に突っ込んで入れてきた。
引き戸を開けてくれたり買い物を手伝ってくれたり、何て良い人なんだろう。しかも彼は煌が王子だとも、もちろん姫だとも知らないのだ。無償の親切に深々と頭を下げる。
「ありがとうございました、イサークさん。それでは僕はこれで」
「ちょっと待て」
「はい?」
呼び止めたイサークは煌の足元を指差した。
「その靴で帰るつもりか? よく転ばないで来られたな」
履いている草履と足袋は氷が付着して凍りついている。濡れたので足指は凍えるほど冷たく、感覚が無い。
「もう転びました」
「だろうな。来いよ」
イサークが薬屋を後にしたので付いていく。路を渡り、斜向かいの店へ入った。やはり扉が二重になっている店内は、数々の靴や洋服が展示されている。大きめのサイズで黒っぽい色の品物が多い。男性向けの実用的な洋品店らしい。
「いらっしゃい、イサーク。その子は? 新人かい?」
店主が気さくに声をかけてきた。イサークの後ろに隠れるとまるで姿が見えなくなる煌は珍しそうに覗き込まれる。
「そんなところだ。ブーツを見繕ってやってくれ」
「了解。どうぞこちらへ、新人さん」
ロマンシアでは初対面の人を『新人』と称するのだろうか。促されてソファに腰掛けると、店主は煌の足を確認してから陳列されたブーツのひとつを持ってきた。
「十二ルインかな。どうぞ履いてみてください」
「お代ですか?」
「え? いえいえ……」
鞄に手を遣り紙幣を取り出そうとする煌を、イサークは朗らかな笑いで制した。
「ルインはサイズだよ。俺の足はでかいから、二十ルインな」
ひょいと掲げたイサークのブーツは驚くほど大きい。サイズの単位とは知らなかった。ブーツの価格かと勘違いしてしまった。
試着した厚底のブーツは内側に絨毯のような断熱材が付いており、とても暖かくて履き心地が良い。イサークは煌の袖口を、つと摘まんだ。
「随分と薄い生地だな。寒くないのか」
「寒いです」
「だろうな。制服も余ってるやつあるだろ。着せてやってくれ」
了解と返した店主はカーテンの奥へ消えていった。制服とは何の制服か分からないが、余り物を貸してくれるならありがたい。
「君の服装は北緯四十度以南だな。まさかそこから歩いてきたのかい?」
笑いながら訊くので冗談だと分かる。大陸南部から歩いてロマンシアまで来るには高山をいくつも越えなくてはならない。この軽装で徒歩では不可能だ。
「馬車で来ました」
「そりゃそうだろ。どこの出身?」
「……瑠璃国です」
彼になら隠さずとも大丈夫だろう。ロマンシアは大国なので近隣の国から移住している人々は珍しくない。皇帝の亡くなった妃も確か、ベルーシャから嫁いできたはずだ。隣国のベルーシャは海に面した国で、各国の海洋拠点となっている。
「瑠璃国か。海に囲まれた島国だな」
「ええ。とても綺麗な透明の海なんです」
「この辺には凍った海しかないから羨ましいよ」
寒いと海も凍るらしい。そうすると地の果てまで歩いて渡れてしまう。
店主に呼ばれたのでカーテンの奥で着替えをする。袖を通した薄いブルーの制服は厚手の生地で作られていた。詰襟なので首元が防寒できる仕様になっている。ベルトまであり、まるで宮廷の衛士になった気分だ。
「風邪薬をください。症状は熱と咳、鼻水、食欲もありません」
店主は真後ろからひとつの箱を取り出してカウンターに置いた。
「これをどうぞ。よく効きますよ。七ルイカです」
七ルイカが如何ほどか分からない。煌は腰に提げた小さな鞄から、七枚の紙幣を取り出して薬の横に置いた。店主が目を丸くして紙幣に見入っている。
「あっ。足りませんでした?」
「いえいえ、充分ですよ」
慌てて笑顔を作り紙幣を掴もうとした店主の手を、脇から伸びてきた大きな掌が押さえる。
「おっと、ご主人。七ルイカなら、この札一枚で随分と釣りが来るよな? ぼったくる気か?」
「とんでもない、イサークさん。そんなつもりじゃありませんよ」
「じゃあ、ほら。釣りくれよ」
イサークと呼ばれた男は風邪薬と余分だった紙幣を煌に手渡すと、店主に掌を出して直に釣りを受け取る。煌が慣れない手付きで鞄に仕舞っていると、直接お釣りを鞄に突っ込んで入れてきた。
引き戸を開けてくれたり買い物を手伝ってくれたり、何て良い人なんだろう。しかも彼は煌が王子だとも、もちろん姫だとも知らないのだ。無償の親切に深々と頭を下げる。
「ありがとうございました、イサークさん。それでは僕はこれで」
「ちょっと待て」
「はい?」
呼び止めたイサークは煌の足元を指差した。
「その靴で帰るつもりか? よく転ばないで来られたな」
履いている草履と足袋は氷が付着して凍りついている。濡れたので足指は凍えるほど冷たく、感覚が無い。
「もう転びました」
「だろうな。来いよ」
イサークが薬屋を後にしたので付いていく。路を渡り、斜向かいの店へ入った。やはり扉が二重になっている店内は、数々の靴や洋服が展示されている。大きめのサイズで黒っぽい色の品物が多い。男性向けの実用的な洋品店らしい。
「いらっしゃい、イサーク。その子は? 新人かい?」
店主が気さくに声をかけてきた。イサークの後ろに隠れるとまるで姿が見えなくなる煌は珍しそうに覗き込まれる。
「そんなところだ。ブーツを見繕ってやってくれ」
「了解。どうぞこちらへ、新人さん」
ロマンシアでは初対面の人を『新人』と称するのだろうか。促されてソファに腰掛けると、店主は煌の足を確認してから陳列されたブーツのひとつを持ってきた。
「十二ルインかな。どうぞ履いてみてください」
「お代ですか?」
「え? いえいえ……」
鞄に手を遣り紙幣を取り出そうとする煌を、イサークは朗らかな笑いで制した。
「ルインはサイズだよ。俺の足はでかいから、二十ルインな」
ひょいと掲げたイサークのブーツは驚くほど大きい。サイズの単位とは知らなかった。ブーツの価格かと勘違いしてしまった。
試着した厚底のブーツは内側に絨毯のような断熱材が付いており、とても暖かくて履き心地が良い。イサークは煌の袖口を、つと摘まんだ。
「随分と薄い生地だな。寒くないのか」
「寒いです」
「だろうな。制服も余ってるやつあるだろ。着せてやってくれ」
了解と返した店主はカーテンの奥へ消えていった。制服とは何の制服か分からないが、余り物を貸してくれるならありがたい。
「君の服装は北緯四十度以南だな。まさかそこから歩いてきたのかい?」
笑いながら訊くので冗談だと分かる。大陸南部から歩いてロマンシアまで来るには高山をいくつも越えなくてはならない。この軽装で徒歩では不可能だ。
「馬車で来ました」
「そりゃそうだろ。どこの出身?」
「……瑠璃国です」
彼になら隠さずとも大丈夫だろう。ロマンシアは大国なので近隣の国から移住している人々は珍しくない。皇帝の亡くなった妃も確か、ベルーシャから嫁いできたはずだ。隣国のベルーシャは海に面した国で、各国の海洋拠点となっている。
「瑠璃国か。海に囲まれた島国だな」
「ええ。とても綺麗な透明の海なんです」
「この辺には凍った海しかないから羨ましいよ」
寒いと海も凍るらしい。そうすると地の果てまで歩いて渡れてしまう。
店主に呼ばれたのでカーテンの奥で着替えをする。袖を通した薄いブルーの制服は厚手の生地で作られていた。詰襟なので首元が防寒できる仕様になっている。ベルトまであり、まるで宮廷の衛士になった気分だ。
11
お気に入りに追加
576
あなたにおすすめの小説
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
完結・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら、激甘ボイスのイケメン王に味見されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ようよう白くなりゆく
たかせまこと
BL
大学時代からつきあっていた相手に、実は二股かけられていた。
失恋して心機一転を図ったおれ――生方 郁――が、出会った人たちと絆を結んでいく話。
別サイトにも掲載しています。
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる