煌めく氷のロマンシア

沖田弥子

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身代わり花嫁の受難 3

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「そうですよ。何かご入り用でしょうか」
「風邪薬をください。症状は熱と咳、鼻水、食欲もありません」

 店主は真後ろからひとつの箱を取り出してカウンターに置いた。

「これをどうぞ。よく効きますよ。七ルイカです」

 七ルイカが如何ほどか分からない。煌は腰に提げた小さな鞄から、七枚の紙幣を取り出して薬の横に置いた。店主が目を丸くして紙幣に見入っている。

「あっ。足りませんでした?」
「いえいえ、充分ですよ」

 慌てて笑顔を作り紙幣を掴もうとした店主の手を、脇から伸びてきた大きな掌が押さえる。

「おっと、ご主人。七ルイカなら、この札一枚で随分と釣りが来るよな? ぼったくる気か?」
「とんでもない、イサークさん。そんなつもりじゃありませんよ」
「じゃあ、ほら。釣りくれよ」

 イサークと呼ばれた男は風邪薬と余分だった紙幣を煌に手渡すと、店主に掌を出して直に釣りを受け取る。煌が慣れない手付きで鞄に仕舞っていると、直接お釣りを鞄に突っ込んで入れてきた。
 引き戸を開けてくれたり買い物を手伝ってくれたり、何て良い人なんだろう。しかも彼は煌が王子だとも、もちろん姫だとも知らないのだ。無償の親切に深々と頭を下げる。

「ありがとうございました、イサークさん。それでは僕はこれで」
「ちょっと待て」
「はい?」

 呼び止めたイサークは煌の足元を指差した。

「その靴で帰るつもりか? よく転ばないで来られたな」

 履いている草履と足袋は氷が付着して凍りついている。濡れたので足指は凍えるほど冷たく、感覚が無い。

「もう転びました」
「だろうな。来いよ」

 イサークが薬屋を後にしたので付いていく。路を渡り、斜向かいの店へ入った。やはり扉が二重になっている店内は、数々の靴や洋服が展示されている。大きめのサイズで黒っぽい色の品物が多い。男性向けの実用的な洋品店らしい。

「いらっしゃい、イサーク。その子は? 新人かい?」

 店主が気さくに声をかけてきた。イサークの後ろに隠れるとまるで姿が見えなくなる煌は珍しそうに覗き込まれる。

「そんなところだ。ブーツを見繕ってやってくれ」
「了解。どうぞこちらへ、新人さん」

 ロマンシアでは初対面の人を『新人』と称するのだろうか。促されてソファに腰掛けると、店主は煌の足を確認してから陳列されたブーツのひとつを持ってきた。

「十二ルインかな。どうぞ履いてみてください」
「お代ですか?」
「え? いえいえ……」

 鞄に手を遣り紙幣を取り出そうとする煌を、イサークは朗らかな笑いで制した。

「ルインはサイズだよ。俺の足はでかいから、二十ルインな」

 ひょいと掲げたイサークのブーツは驚くほど大きい。サイズの単位とは知らなかった。ブーツの価格かと勘違いしてしまった。
 試着した厚底のブーツは内側に絨毯のような断熱材が付いており、とても暖かくて履き心地が良い。イサークは煌の袖口を、つと摘まんだ。

「随分と薄い生地だな。寒くないのか」
「寒いです」
「だろうな。制服も余ってるやつあるだろ。着せてやってくれ」

 了解と返した店主はカーテンの奥へ消えていった。制服とは何の制服か分からないが、余り物を貸してくれるならありがたい。

「君の服装は北緯四十度以南だな。まさかそこから歩いてきたのかい?」

 笑いながら訊くので冗談だと分かる。大陸南部から歩いてロマンシアまで来るには高山をいくつも越えなくてはならない。この軽装で徒歩では不可能だ。

「馬車で来ました」
「そりゃそうだろ。どこの出身?」
「……瑠璃国です」

 彼になら隠さずとも大丈夫だろう。ロマンシアは大国なので近隣の国から移住している人々は珍しくない。皇帝の亡くなった妃も確か、ベルーシャから嫁いできたはずだ。隣国のベルーシャは海に面した国で、各国の海洋拠点となっている。

「瑠璃国か。海に囲まれた島国だな」
「ええ。とても綺麗な透明の海なんです」
「この辺には凍った海しかないから羨ましいよ」

 寒いと海も凍るらしい。そうすると地の果てまで歩いて渡れてしまう。
 店主に呼ばれたのでカーテンの奥で着替えをする。袖を通した薄いブルーの制服は厚手の生地で作られていた。詰襟なので首元が防寒できる仕様になっている。ベルトまであり、まるで宮廷の衛士になった気分だ。
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