淫神の孕み贄

沖田弥子

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アサシンのいざない 2

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 セナも慌てて倣い、壁際に身を寄せる。
 細い窓から、シャンドラは外を窺っていた。
 セナも覗いてみたが、屋外に人の影はない。砂漠地帯の昼は猛烈な陽射しが降り注いでいるので、長時間外に立っていては命にかかわる。
 兵士は城砦の中から見張りをしているだろうから、誰も外にはいないだろう。周辺には街もないので、行き交う人や動物の姿は一切ない。景色はどこまでも荒涼とした大地が続いているだけだ。セナが越えた丘が見えるが、その向こうもまた似たような景色である。背の低い樹木が揺れているので、風があるようだ。
 さらさらとした砂粒が風に乗ってやってきた。

「どうしたんですか?」

 何か変わったことがあっただろうか。
 シャンドラは一段と声を低くして、ぼそぼそと呟いた。

「風の匂いを嗅いだんです。想定より早い。急ぎましょう。ただし、決して走らないでください。俺の前に出ないように」

 それは傍にいるセナにしか聞き取れないほどの声音だったが、確かに伝わった。
 これから、何かが起きるのだ。
 さらに緊張を漲らせたセナだが、シャンドラは落ち着いた様子で再び石段を下りていく。彼の背中を一心に見つめて足を繰り出す。
 やがて長い石段を一階まで下りた。広々とした場所に出てしまったが、ここを横切らないと地下へは行けないようだ。
 幾人かの兵士たちが連れ立って歩いている。シャンドラは悠々とした足取りで彼らと擦れ違った。セナはできるだけ俯き、昂ぶる呼吸を抑えようと努める。
 ふと、セナたちの脇を通り過ぎようとした兵士のひとりがこちらに目を向けた。

「おい、待て」

 呼び止められたセナは叫びだしそうな衝動に駆られた。
 おそるおそる兵士に目を向けると、彼は不審を込めた眼差しをセナに注いでいる。
 よく見ればわかることだが、こんなに華奢な男が巨人族の兵士のわけがない。小柄な人でもハリルほどの体躯なのである。

「見たことのないやつだな。階級と名を名乗れ」

 どうしよう――
 焦るセナは何か言わなくてはと口を開きかけたが、シャンドラの言いつけを思い出した。
 余計なことを喋ってはいけないのだ。
 俯いて黙っていると、すいとシャンドラが兵士との間に割って入った。

「ご苦労様です。アポロニオス王の許可は得ています。俺は上級王族として様々な権限を王からいただいていますので」

 答えになっていないのだが、シャンドラが告げたその言葉に、兵士は嫌そうに眉根を寄せた。
 さっと顔を背けた兵士は足早に去って行く。
 将来の上級王族を約束されたシャンドラとファルゼフのことは、兵士たちの間でも周知されているのだろう。いずれは上官になると思われるシャンドラに非礼を働けば、更迭されるおそれがあるとでも彼は考えたのかもしれない。
 ひとまず、やり過ごすことができた。
 ほっと胸を撫で下ろしたセナに、小さく頷いたシャンドラは元通り悠々とした歩みでホールを横切る。
 やがて隅にある、薄暗い石段をシャンドラは下りていった。この先が地下牢らしい。
 やたらと細くて曲がりくねった、長い階段だ。囚人が逃げ出せないように、こういった狭い造りになっているのだろうか。
 黴臭さが鼻をつく。明かりが射さないためか、石段は苔むしていた。油断していたら滑って転んでしまいそうだ。
 気をつけながら下りていくと、大勢の人間がいる気配が漂ってきた。
 ちらりと見えた鉄格子の向こうには、見知った顔がある。
 ハリルさまたちだ!
 みんなは牢の中で座り込んでいるが、怪我はないようだった。
 よかった。無事だったのだ。
 涙が滲んだセナだったが、次の瞬間、飛び上がるほど驚かされる。

「おい、貴様! そこで何をしている!」

 シャンドラが発した怒鳴り声に、牢の前で見張りをしていた兵士は怪訝な顔をした。
 彼は持ち場で仕事をしていただけなのに、なぜシャンドラから怒鳴りつけられなければならないのかと不思議そうな面持ちだ。
 シャンドラの怒号を初めて聞いたセナは、その勢いに身が竦んだが、何か作戦があるのかもしれない。成り行きを見守り、黙っていることにする。

「はあ……シャンドラ、様? なんでしょうか。今日は俺が牢番なのですが」
「今すぐに、こいつと交代しろ。これはアポロニオス王からの勅令だ。いつまでも貴様が牢の前にいたら、命令違反で首が飛ぶぞ」

 先ほどとは打って変わり、居丈高な態度のシャンドラである。牢番は下級の兵士がつくものというのが定石なので、高圧的に出たのだろう。

「えっ⁉ 王からの勅令だなんて初めてですよ。本当ですか? でも、なんで牢番をこいつに指名するんです?」
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