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宰相の裏切り 3
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神の贄として、王からの預かりものであるアルファたちを守ることは、セナに残された最後の使命だった。
だが必死に懇願するセナを、アポロニオスは鼻で笑い飛ばす。
「さすが神の贄と讃えるべきか、君はそればかりだな。ほかの男の心配をされては、まったく面白くない。これは早々に処刑するべきかな」
「そ、そんな……! お約束が違います。僕が言うことを聞けば、捕虜の命は保証すると仰ったではありませんか」
「さあ、どうだったかな」
飄々とした態度で嘯くアポロニオスは信頼性がなく、気分次第で捕虜の処遇を決めかねない。戦いの勝者である彼には、その権利があるのだ。
セナは慌ててファルゼフに助けを求めた。
「ファルゼフからも、アポロニオスさまに進言してください。アルファたちを処刑すれば、トルキア国との間に亀裂が生じます。今後ベルーシャ国の王族になるのならば、トルキアに対して友好的な態度を見せなければならないでしょう?」
トルキア国とラシードの怒りを煽るような真似をするのは、ファルゼフとしては避けたいところだろう。アルファたちを無闇に殺しても、なんの得にもならないはずだ。
だが、唯一の救いと思われたファルゼフさえも、可笑しそうに喉奥から笑いを漏らす。
「リガラ城砦が陥落した時点で、友好など望むべくもないでしょう。両国の亀裂とおっしゃいますが、そんなものはとうの昔から生じています。この地域は何百年も前から戦場となり、国境線はその都度、書き換えられてきたのですから」
「そのとおり。新たな歴史が刻まれたというわけだ。ベルーシャ国のアポロニオス王がリガラ城砦を落としたという、輝かしい記録がね。捕虜の命なぞ取るに足りないものだ。むしろ逃がしてしまえば、新たな火種を生じさせるだろう」
アポロニオスの残忍な笑みに息を呑む。
そんなセナに反し、ファルゼフは優美に問いかけた。
「では我が王、捕虜の処遇はいかがいたしましょうか?」
「明日の朝陽が昇るのと同時に、城砦の前で首を落とそう。我が戦斧に血を吸わせてやらねばな」
「御意にございます。では、わたくしはそのための準備に取りかかりましょう」
「うむ。頼んだぞ。我が一族よ」
慇懃な礼をするファルゼフを、体を震わせながらセナは見つめた。
アポロニオスには初めから、捕虜を助けてあげようという慈悲の心はなかったのだ。彼らの命は明日の朝陽が昇るまでと、決定づけられてしまった。
しかも処刑のために、ファルゼフが手助けをするなんて。
つい先日までラシードに仕えていたファルゼフが平然として裏切り、同じように今度はアポロニオスに仕えるだなんて、セナには信じがたいことだった。彼らの良心は全く痛まないのだろうか。
退出しようとするファルゼフとシャンドラに、セナは声を上げて追い縋る。
「待ってください! お願いです、トルキア国に戻ってきてください。僕たちと一緒に帰りましょう!」
もはや彼らの心は決まっているのだろうが、訴えずにはいられない。
他国の王族の座はそんなにも居心地のよいものだろうか。
たくさんの命を犠牲にしてでも――?
きっと裏切りと血で染まった椅子に座っても、そこは安住の場所ではないと想像に易い。
ファルゼフとシャンドラは今回の裏切りを、この先もずっとアポロニオスに記憶され、疑心を招くのではないだろうか。いずれは彼らの地位も安全ではないと思える。
この期に及んでセナが案じたのは、ふたりの今後であった。
彼らを憎めない。
ふたりとも、セナを愛してくれた。優しく抱いてくれた。
慈しむ心があるのならば、せめてもの恩情としてアルファたちを解放してほしい。
ファルゼフはちらりとセナに眼差しを向けたが、なんの感情も沸かないようで、無言のまま部屋を出て行った。シャンドラはこちらに一瞥もくれず、兄のあとに付き従っている。
唐突に、セナの脳裏にファルゼフから囁かれた言葉がよみがえった。
『あなたを愛してしまった。……ですが、このことはふたりだけの秘密です。目が覚めたら忘れるのです。いいですね?』
愛していると言ってくれた。
それは、ふたりだけの秘密だとも。
あの告白は、なんだったのだろう。
愛しているのでセナの命は助けてやるから、恩に着ろということだろうか。
アルファたちが殺されるのなら、セナも生きてはいられない。
みんなを見殺しにして、子どもたちを見捨てて、他国の妃に収まるなんて、そんな未来は耐えられなかった。
パタン……と閉じられた扉を呆然として見つめる。
身を貫いていたアポロニオスが、ぐいと腰を突き上げてきた。無理やり与えられる快楽に、強制的に意識が引き戻される。
「あっ、あぅ……もういや。アポロニオスさまの言ったことは全部嘘じゃありませんか! 初めからアルファたちを殺すつもりだったんですね!」
「はは、当たり前だろう。捕虜を殺さないでくれだなんて面白いことを言うものだから、少々からかってみただけだ。そんなに怒らないでくれ」
だが必死に懇願するセナを、アポロニオスは鼻で笑い飛ばす。
「さすが神の贄と讃えるべきか、君はそればかりだな。ほかの男の心配をされては、まったく面白くない。これは早々に処刑するべきかな」
「そ、そんな……! お約束が違います。僕が言うことを聞けば、捕虜の命は保証すると仰ったではありませんか」
「さあ、どうだったかな」
飄々とした態度で嘯くアポロニオスは信頼性がなく、気分次第で捕虜の処遇を決めかねない。戦いの勝者である彼には、その権利があるのだ。
セナは慌ててファルゼフに助けを求めた。
「ファルゼフからも、アポロニオスさまに進言してください。アルファたちを処刑すれば、トルキア国との間に亀裂が生じます。今後ベルーシャ国の王族になるのならば、トルキアに対して友好的な態度を見せなければならないでしょう?」
トルキア国とラシードの怒りを煽るような真似をするのは、ファルゼフとしては避けたいところだろう。アルファたちを無闇に殺しても、なんの得にもならないはずだ。
だが、唯一の救いと思われたファルゼフさえも、可笑しそうに喉奥から笑いを漏らす。
「リガラ城砦が陥落した時点で、友好など望むべくもないでしょう。両国の亀裂とおっしゃいますが、そんなものはとうの昔から生じています。この地域は何百年も前から戦場となり、国境線はその都度、書き換えられてきたのですから」
「そのとおり。新たな歴史が刻まれたというわけだ。ベルーシャ国のアポロニオス王がリガラ城砦を落としたという、輝かしい記録がね。捕虜の命なぞ取るに足りないものだ。むしろ逃がしてしまえば、新たな火種を生じさせるだろう」
アポロニオスの残忍な笑みに息を呑む。
そんなセナに反し、ファルゼフは優美に問いかけた。
「では我が王、捕虜の処遇はいかがいたしましょうか?」
「明日の朝陽が昇るのと同時に、城砦の前で首を落とそう。我が戦斧に血を吸わせてやらねばな」
「御意にございます。では、わたくしはそのための準備に取りかかりましょう」
「うむ。頼んだぞ。我が一族よ」
慇懃な礼をするファルゼフを、体を震わせながらセナは見つめた。
アポロニオスには初めから、捕虜を助けてあげようという慈悲の心はなかったのだ。彼らの命は明日の朝陽が昇るまでと、決定づけられてしまった。
しかも処刑のために、ファルゼフが手助けをするなんて。
つい先日までラシードに仕えていたファルゼフが平然として裏切り、同じように今度はアポロニオスに仕えるだなんて、セナには信じがたいことだった。彼らの良心は全く痛まないのだろうか。
退出しようとするファルゼフとシャンドラに、セナは声を上げて追い縋る。
「待ってください! お願いです、トルキア国に戻ってきてください。僕たちと一緒に帰りましょう!」
もはや彼らの心は決まっているのだろうが、訴えずにはいられない。
他国の王族の座はそんなにも居心地のよいものだろうか。
たくさんの命を犠牲にしてでも――?
きっと裏切りと血で染まった椅子に座っても、そこは安住の場所ではないと想像に易い。
ファルゼフとシャンドラは今回の裏切りを、この先もずっとアポロニオスに記憶され、疑心を招くのではないだろうか。いずれは彼らの地位も安全ではないと思える。
この期に及んでセナが案じたのは、ふたりの今後であった。
彼らを憎めない。
ふたりとも、セナを愛してくれた。優しく抱いてくれた。
慈しむ心があるのならば、せめてもの恩情としてアルファたちを解放してほしい。
ファルゼフはちらりとセナに眼差しを向けたが、なんの感情も沸かないようで、無言のまま部屋を出て行った。シャンドラはこちらに一瞥もくれず、兄のあとに付き従っている。
唐突に、セナの脳裏にファルゼフから囁かれた言葉がよみがえった。
『あなたを愛してしまった。……ですが、このことはふたりだけの秘密です。目が覚めたら忘れるのです。いいですね?』
愛していると言ってくれた。
それは、ふたりだけの秘密だとも。
あの告白は、なんだったのだろう。
愛しているのでセナの命は助けてやるから、恩に着ろということだろうか。
アルファたちが殺されるのなら、セナも生きてはいられない。
みんなを見殺しにして、子どもたちを見捨てて、他国の妃に収まるなんて、そんな未来は耐えられなかった。
パタン……と閉じられた扉を呆然として見つめる。
身を貫いていたアポロニオスが、ぐいと腰を突き上げてきた。無理やり与えられる快楽に、強制的に意識が引き戻される。
「あっ、あぅ……もういや。アポロニオスさまの言ったことは全部嘘じゃありませんか! 初めからアルファたちを殺すつもりだったんですね!」
「はは、当たり前だろう。捕虜を殺さないでくれだなんて面白いことを言うものだから、少々からかってみただけだ。そんなに怒らないでくれ」
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