淫神の孕み贄

沖田弥子

文字の大きさ
上 下
128 / 153

宰相の裏切り 3

しおりを挟む
 神の贄として、王からの預かりものであるアルファたちを守ることは、セナに残された最後の使命だった。
 だが必死に懇願するセナを、アポロニオスは鼻で笑い飛ばす。

「さすが神の贄と讃えるべきか、君はそればかりだな。ほかの男の心配をされては、まったく面白くない。これは早々に処刑するべきかな」
「そ、そんな……! お約束が違います。僕が言うことを聞けば、捕虜の命は保証すると仰ったではありませんか」
「さあ、どうだったかな」

 飄々とした態度で嘯くアポロニオスは信頼性がなく、気分次第で捕虜の処遇を決めかねない。戦いの勝者である彼には、その権利があるのだ。
 セナは慌ててファルゼフに助けを求めた。

「ファルゼフからも、アポロニオスさまに進言してください。アルファたちを処刑すれば、トルキア国との間に亀裂が生じます。今後ベルーシャ国の王族になるのならば、トルキアに対して友好的な態度を見せなければならないでしょう?」

 トルキア国とラシードの怒りを煽るような真似をするのは、ファルゼフとしては避けたいところだろう。アルファたちを無闇に殺しても、なんの得にもならないはずだ。
 だが、唯一の救いと思われたファルゼフさえも、可笑しそうに喉奥から笑いを漏らす。

「リガラ城砦が陥落した時点で、友好など望むべくもないでしょう。両国の亀裂とおっしゃいますが、そんなものはとうの昔から生じています。この地域は何百年も前から戦場となり、国境線はその都度、書き換えられてきたのですから」
「そのとおり。新たな歴史が刻まれたというわけだ。ベルーシャ国のアポロニオス王がリガラ城砦を落としたという、輝かしい記録がね。捕虜の命なぞ取るに足りないものだ。むしろ逃がしてしまえば、新たな火種を生じさせるだろう」

 アポロニオスの残忍な笑みに息を呑む。
 そんなセナに反し、ファルゼフは優美に問いかけた。

「では我が王、捕虜の処遇はいかがいたしましょうか?」
「明日の朝陽が昇るのと同時に、城砦の前で首を落とそう。我が戦斧に血を吸わせてやらねばな」
「御意にございます。では、わたくしはそのための準備に取りかかりましょう」
「うむ。頼んだぞ。我が一族よ」

 慇懃な礼をするファルゼフを、体を震わせながらセナは見つめた。
 アポロニオスには初めから、捕虜を助けてあげようという慈悲の心はなかったのだ。彼らの命は明日の朝陽が昇るまでと、決定づけられてしまった。
 しかも処刑のために、ファルゼフが手助けをするなんて。
 つい先日までラシードに仕えていたファルゼフが平然として裏切り、同じように今度はアポロニオスに仕えるだなんて、セナには信じがたいことだった。彼らの良心は全く痛まないのだろうか。
 退出しようとするファルゼフとシャンドラに、セナは声を上げて追い縋る。

「待ってください! お願いです、トルキア国に戻ってきてください。僕たちと一緒に帰りましょう!」

 もはや彼らの心は決まっているのだろうが、訴えずにはいられない。
 他国の王族の座はそんなにも居心地のよいものだろうか。
 たくさんの命を犠牲にしてでも――?
 きっと裏切りと血で染まった椅子に座っても、そこは安住の場所ではないと想像に易い。
 ファルゼフとシャンドラは今回の裏切りを、この先もずっとアポロニオスに記憶され、疑心を招くのではないだろうか。いずれは彼らの地位も安全ではないと思える。
 この期に及んでセナが案じたのは、ふたりの今後であった。
 彼らを憎めない。
 ふたりとも、セナを愛してくれた。優しく抱いてくれた。
 慈しむ心があるのならば、せめてもの恩情としてアルファたちを解放してほしい。
 ファルゼフはちらりとセナに眼差しを向けたが、なんの感情も沸かないようで、無言のまま部屋を出て行った。シャンドラはこちらに一瞥もくれず、兄のあとに付き従っている。
 唐突に、セナの脳裏にファルゼフから囁かれた言葉がよみがえった。

『あなたを愛してしまった。……ですが、このことはふたりだけの秘密です。目が覚めたら忘れるのです。いいですね?』

 愛していると言ってくれた。
 それは、ふたりだけの秘密だとも。
 あの告白は、なんだったのだろう。
 愛しているのでセナの命は助けてやるから、恩に着ろということだろうか。
 アルファたちが殺されるのなら、セナも生きてはいられない。
 みんなを見殺しにして、子どもたちを見捨てて、他国の妃に収まるなんて、そんな未来は耐えられなかった。
 パタン……と閉じられた扉を呆然として見つめる。
 身を貫いていたアポロニオスが、ぐいと腰を突き上げてきた。無理やり与えられる快楽に、強制的に意識が引き戻される。

「あっ、あぅ……もういや。アポロニオスさまの言ったことは全部嘘じゃありませんか! 初めからアルファたちを殺すつもりだったんですね!」
「はは、当たり前だろう。捕虜を殺さないでくれだなんて面白いことを言うものだから、少々からかってみただけだ。そんなに怒らないでくれ」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

処理中です...